「話があるの。かな、ルビー。それに、ツクヨミ」
沈む夕日が図書室を赤く染める頃、黒川あかねが3人の少女を呼び止めた。そこにはすでに、アクアと不知火フリルが冷徹な表情で佇んでいる。
「なによ改まって……。テストの点数で煽りに来たんなら、今度は負けないんだから!」
有馬かながいつものように突っかかるが、アクアの「冗談じゃない」と言わんばかりの瞳を見て、言葉を詰まらせた。「これを見てほしい」
アクアが差し出したのは、フリルが本部の目を盗んで手に入れていた『出荷管理記録』と、首筋の発信機を一時的に無効化する改造部品だった。
「……なに、これ」ルビーが文字を追い、顔を青ざめさせていく。
そこには、数日前に「最高の里親が見つかった」と言って笑顔でハウスを出て行ったはずの親友、7歳の少女・ニナの名前の横に、無機質なスタンプが押されていた。
――【出荷済】。
「ここは孤児院じゃない。鬼という異形の怪物に捧げる『食用児』の養育場だ。そしてママ……アイは、俺たちを最高の肉に育てるための飼育官だ」
アクアの残酷な告白に、かなは
「嘘よ……」
と激しく首を振った。
「だって、ママはあんなに私たちを愛してくれてる! 私たちがフルスコアを取ったら、あんなに喜んで……!」
「そうよ、かな。喜んでいるのよ」
フリルが、一切の感情を排した声で遮った。
「脳を発達させた『高品質の肉』に育ったから、喜んでいるの。ママの愛は本物よ。でもそれは、人間が手塩にかけて育てた家畜に向ける愛と同じ。……かな。あなたは成績上位で美味しく育っているから、12歳の誕生日に確実に殺されるわ」
「――ッ!」
かなの身体が恐怖でガタガタと震え出す。
しかし、その絶望の渦中で、最も幼いツクヨミだけは、静かに自分の首筋の認識番号をなぞっていた。
「やっぱりね。カラスが言ってた通り。ここは綺麗で、残酷な星の檻」
「ツクヨミ……あんた、知ってたの?」
かなが驚愕するなか、ルビーは涙をボロボロとこぼしながらも、アクアの服の裾を強く掴んだ。
「お兄ちゃん……。じゃあ、メルトくんも、まだレオも、ニアもトムも……みんな、みんな殺されちゃうの!?」「ああ。だから、逃げるんだ」
アクアはルビーの目を真っ直ぐに見据えた。
「ママを騙し通して、このハウスを全員で脱獄する。そのために、お前たちの力が必要だ」
かなは恐怖を必死に抑え込み、じっと自分の震える拳を見つめた。
持ち前の負けん気と意地が、絶望を塗り替えていく。
「……わかったわよ。やってやろうじゃない。あのママの完璧な笑顔に、最高の『嘘』を引っ提げて泥を塗ってやるわ」
「私もやる! みんなで一緒に生き残るんだから!」
ルビーも力強く頷いた。
しかし、3人が去った後、図書室に残ったフリルは、アクアに向けて冷ややかな視線を投げかけた。
「これで『実戦部隊』は揃ったわね、アクア。……でも、私の意見は変わらないわよ」
フリルは改造部品をポケットに収め、淡々と言い放つ。
「私はあなたとルビー、あかね、かな、そして私の『上位5人』しか逃がすつもりはないわ。メルトのような落ちこぼれや、レオやニアみたいな小さな子供たちを連れていけば、確実に足手まといになって全滅する。
ママやシスターを出し抜いて壁を越えられるのは、私たちのフルスコアの知能があってこそよ」
フリルの境界線は明確だった。全員を連れていくというアクアの理想は、自殺行為にしか見えなかった。
「……フリルの言うことも一理あるわ」
あかねが沈痛な面持ちで口を開く。
「ママとシスターも、私たちの動きを完全に察知して、網を絞ってくるはず。全員を連れて逃げるのは、物理的に不可能に近い……」
「それでも、全員だ」
アクアは夜の窓の外、静まり返るハウスの寄宿舎を見つめた。
そこには、何も知らずにすやすやと眠るレオやニアたちの姿がある。
「置いていけば、俺たちが逃げた後、腹いせに即座に処分される。そんな寝覚めの悪い脱獄はごめんだ。フリル、お前の合理的な脳を、その『不可能な全員脱獄』を可能にするために使え」
フリルはあきれたように溜息をついたが、その瞳には、アクアの絶対的な覚悟に対する奇妙な信頼が宿っていた。
同じ頃、壁の向こうの第3プラントでは、エマがイザベラによって物理的に足を折られるという「絶望の夜」を迎えていた。
「おめでとう、ノーマン。あなたの出荷が決まったわ。」
二つのプラントが、それぞれの『脱獄の決断』を固め、最悪の包囲網のなかで血を吐くような頭脳戦へと突き進んでいく。