誠にごめんなさいでした。
「ドアに頼みごとですか。聞いてあげますよ。
でも、頼むにしては少し高いと思いませんか? ――頭が」
――誠意ある対応(プロモ版)
フツオくんが闇のファイトに勝っちゃった。
確かに、
レガシーの無い一般人が闇のカード相手に……えぇ……。
でも、フツオくんが無事で良かった……。
安心したせいか、感情が溢れてきて、ボクはボロボロと泣いていた。
フツオくんにみっともない顔を見せたくなくて、止めようとしても次から次へと溢れてくる。
嗚咽が止まらない。フツオくんの無事を喜びたかったけれど、このままだとかえって心配させてしまう。
ポケットからハンカチを取り出して、何度も何度も拭うけれど、ただただハンカチを濡らしていくだけだった。
ひとしきり泣いて、ようやく少しは周りを見る事ができるようになった。
あ、いつの間にやら、フツオくんと闇のファイターが何やら話してて。話が終わったらしい老人が親指を立てたまま、良い笑顔でカードになっていった。
「店長、これで終わりましたよ。
散らかった部屋を片付けて、食事の続きを……店長?」
「ん……。うん。フツオくん、お疲れ様」
ボクはフツオくんの元へ近付き、彼をギュッと抱きしめる。
フツオくんが無事に立っているのが、ボクの見ている幻覚でないか確かめるのと、泣いた後のひどい顔を見られたくなかったからだ。
暖かな体温と、少し速い鼓動が伝わってくる。ボクもドキドキしているけれど、フツオくんに伝わっているのだろうか。
「て、店長?」
「フツオくんは嫌かもしれないけど、もう少し……もう少しだけ、このままでいていいかな」
答えは返ってこなかったけれど、フツオくんからも恐る恐るとボクの背中に手を寄せ弱々しくも抱き返してくれた。
もっと強く抱いてくれてもいいという不満と、言葉にできない喜びがない混ぜになりつつも、ボクの中から一つの問いが浮かんできた。
――これから、どうしたらいいんだろう。
とりあえず、抱きしめてみたけれど、こういうのはいつ離れればいいのかなあ。
ボクとしては、もう少しじゃなくてずっとこうしててもいいけれど、フツオくんには迷惑だよね。
よくあるのはここからキスに繋げるわけだけど、いきなりってのも考えものだよね……。というか、いきなりキスしたら痴女認定されてしまうのでは……?
答えがでないまま、無言で抱き合っている時間が過ぎていく。
フツオくんの体温を感じる心地よい時間が流れていく時に、ふと、彼の顔から血が流れているのが見えた。
「フツオくん、血が……」
「さっきのファイトでシャドウグールに殴られた時に少し。
でも、骨とかは無事ですから、心配するようなケガじゃないですよ」
少しずつだけど流れ出てくる血を思わず舐め取ってしまう。
血の味と、フツオくんの
あの子とはまるで違う。
苦味のようなものが強く、決して美味しいとは言えない。
だけど、これがフツオくんのモノだと思うと、不快には感じなかった。
「店長!? な、何を……」
「んっ……。ボクにできるせめての事だから……。
血を止めるお手伝いをさせて、くれないかな……」
カードショップに設置を義務付けられているから、救急箱は店の中にある。
だけど、彼から離れたくはなかった。
フツオくんのスピリットを感じるたびに、ボクの体が熱くなってきて、何時までもそばにいたくなってしまう。
「んッ……。ちゅっ……。あ、まだ、でてるぅ……」
じゅるっとはしたなく血液をすすりながら、フツオくんのスピリットを感じる。
でも、フツオくんの血圧が高いのか、舐めた所から血が少しずつ滲み出てくる。この年齢で高血圧なのは心配だなあ。
ボクの唾液の限界を感じたので、救急箱を取るために、フツオくんから離れようとしたら手首を掴まれてしまった。
痛みを感じるほど強くはないが、彼がこんな事をするのは始めてだったから困惑してしまう。
「店長、店長が悪いんですよ……」
何かを我慢するような辛そうな表情。
ボクの何が悪かったのかはわからないけど……やっぱり治療とはいえ舐めたのはよくなかったかな?
それでもフツオくんの辛そうな顔を見たくはなくて、掴まれていない手で、そっと彼の頬に触れた。
「じゃあ、フツオくんがボクに罰を与えてよ……」
何が辛いのかはわからないけれど、ボクでフツオくんの気が晴れるなら……あれ?
あれれ?
あれれれ?
『さあ、冬のエレウシス第三戦!
夏の覇者
先程のファイトの後の拍手から一転、実況の人が名前を読み上げた途端に会場がブーイングで満たされていく。
そんな会場の空気を無視して、フィールドに入場すると
『あ~、この選手またデッキ変わってるよー。え~と、このテーマの動きは……』
提出したデッキリストを見たのだろう。
妙に彼の試合だけやる気のない解説の――いや、毎回違うデッキだと解説も大変だからそうなるか――声に、ブーイングの圧力が一段階増した。
「なんやなんや。モブの奴、また人気が上がっとるやんか」
ぼくの隣でリナが実に楽しそうに笑う。
味方なんだけど、その言い方は悪くないかな?
「やって、一番ブーイングしてんの
リナが指差すのはフィールドの外で激しく声を上げているドロシーと、ファイトが終わって隣に並んでいるナツミちゃん。
「ナっちゃんはドアに付き
まーだモブの復帰の時のコト、根に持ってんのかいな」
「まあ、理由としては最低の部類だったからね」
あれは彼に女帝のデッキレシピを渡す時だった。
喫茶店でぼくら三人に頭を下げて、Life部に復帰したいと告げてきたんだ。
ちょうどメンバーを探していた時だったし、ぼくもリナも賛成。ドロシーなんて文字通り両手を上げて賛成していたっけ。
デッキのアドバイスもする、指導もする、仮想ファイトの相手だってするけど、代わりにできるだけ試合の回数を増やしてほしいというのが条件だった。
さすがに何か理由があるのかと尋ねたら、場所をMeeKingへ移して説明を始めてくれて――
「まさか、子供ができたから、養うためにプロになりたいってのはなあ」
「そうだねえ」
まさか店長さんと恋人になって、子供ができたと報告されるなんて思いもしなかった。
そして、土下座までして再度部への復帰を頼んで――無表情になったドロシーが、即座にモブくんの頭を踏んでいた。
「ドアが踏みつけても、一度も顔を上げなかったのは本気やって思えたけどなぁ」
「……そうだねえ」
踏みつけるドロシーと、ボクも悪いからと土下座しようとする店長さんを二人で慌てて止めて、その後ボロボロと泣き出したドロシーを抱えてその日は解散になった。
次の日に部室にモブくんがやって来て、部員達にも頭を下げた。
不満な部員や、エレウシスのメンバー候補だった部員がいるならファイトで決着をつけようとして――真っ先にドロシーが並んでいたのはぼくとリナも苦笑するしかなかったが、そのファイトで過半数の部員を黙らせる結果になったのは良かったのかな?
その後はなんやかんやで一部の部員以外のほとんどに認められて、ここに立っているわけだけど。
「いやぁ、相変わらずエグいなぁ。対戦相手まともに盤面作れてないやん」
「
毎回こういうファイトだから、嫌われるのはわかるけど」
対戦相手のデータから、有利に運べるようデッキを構築する。
言葉にすれば簡単だけど、実現できるファイターは少ない。
共鳴の問題もあるし、急ごしらえのデッキが動くはずがないからだ。
しかし、モブくんのデッキは的確に相手の急所を狙うように動いている。
大多数の観客はモブくんを卑怯だとか、自分のデッキを使わない不真面目な態度だとか思っているだろうけど、彼の異常性に気付いているのは何人いるのだろう――。
「うわあ。モブさんすっごい嫌われてる」
「モブは刺激が強い。こうなるのは必然」
「フツ兄ならぁ、このくらいの環境でも大丈夫だよぉ。
フツオくん達の試合観戦にと一緒に連れてきた店員のサレンちゃんと、常連のユウキちゃんとマリカちゃんが、売店で買ってきたものを口にしながらワイワイと楽しんでいる。
……マリカちゃんの物騒な話はちょっと気になったけれど。
ボクもキュウリ黒豆ジェラートを舐めながら、部員のみんなに応援されているだろうフツオくんを見る。
良かった。気負っているような素振りはないみたい。
冬だというのに、観客の熱気で会場は暑いくらいだ。
ビールの売り子さんも、たびたび呼び止められて……ビール……。
「ん。セトはダメ」
視線を読まれたのだろうか、サレンちゃんがボクの腕を握って止めてくる。
はいはーい。わかってますよーだ。
また会話に戻ったサレンちゃんを一瞥して、まだ目立たないお腹にそっと手を当てる。
「ねぇ、
闇ファイター″101人目″が倒れた時、解放された本物の地柩セト――。
彼女が還ってきたのは、ボクの体じゃなくて、ボクに宿っていたもう一つの命だった。
ボク自身も当時は妊娠に気付いてなかったけれど――この事を知ったフツオくんが大慌て。
説得して高校生活は続けて貰うようにしたけれど、学生でもプロになれると聞いてからは、その機会を得るために土下座までしてくれた。
その決意を嬉しく思うけれど、ボクにもっと甘えてくれてもなぁとも思うのです。
でも、だから、彼の頑張りをボクとこのコは応援してあげたいんだ。
「
遊戯王AVエンド。もしくは卵王子エンド。
店長がモブの傷口を舐めてたのは治療行為であり、猥褻は一切無い。
余談:カードになった教授は、どこのご家庭にもある闇カードを破いた後に薬品かけたり燃やしたりする用の金属ケースに即封印されたので、店長が抱きついた後のシーンは知覚していません。