嘘だろ!?って、3度見しましたよ。
その後も店主の厚意……と、もはや半ば意地になっていたのか?取り敢えず俺は幾つかの銃を試射させてもらった。だが、サブマシンガンを連射すれば。
「発射!!……お誕生日おめでとうございまーす…なんちゃって……」
「わー……きれー…」
「なんでクラッカーがそんなに出るんですか!?」
銃口からなぜか無数の七色クラッカーと紙吹雪が発射されて射撃場がお祝いムードになり、リボルバーを構えて撃てば。
「今度こそ!……新台入りましたー、なんて……なんで?」
「こっちが聞きたいですよ…」
「わー…おおあたりだー。……ひぃん…?…なんでぇ……?」
シリンダーがカジノのスロットマシンのように猛回転して『777』が揃い、何故か的から小銭がジャラジャラと噴き出す始末だった。
撃つたびに何かしら現実がバグり散らかす光景が何回も続く事に、ロボット店主は「頼むからもう撃たないでくれ、俺の電子頭脳がショートしちまう」と頭から煙を吹いて懇願してきた。
結局、俺は最初に撃ったあの黒いハンドガンを購入することにした。
標的が自ら突っ込んできて床に沈んだり、薬莢の代わりに飴が出てきたりはしたものの、手の中に収まるサイズ感といい、握り心地のしっくり感といい、一番しっくりきたからだ。
代金を支払い、手続きを終えて自分のものになった真新しいハンドガンを、俺は店内でまじまじと見つめていた。
黒光りするスライドの金属感。掌に伝わる適度な重み。これが、今日から俺の相棒となる銃だ。
「いい銃だな。大切に手入れしよう。うん、本当に」
俺が満足して頷く後ろでは、凄惨な精神的消耗戦を終えた二つの影が並んでいた。
「…………もうツッコみませんよ、私は。絶対にツッコみません……ツッコんだら負けなんです……」
ホシノは完全に生気を吸い取られた顔で壁にもたれかかり、乾いた虚空を見つめていた。一世一代のツッコミ疲れを起こし、もはや抜け殻と化している。
そしてその隣では。
「ひぃん……ひぃん……」
ユメ先輩が、感情が高ぶった時に出る特有の口癖を、まるで壊れたレコードのようにリピートする機械になっていた。
両手でスカートを押さえ、おろおろと視線を泳がせ
「ひぃん……お小遣い……お誕生日に小銭がいっぱい出たよぅ……ひぃん……でも別に今日は誕生日でも何でもないよぅ……」
と呟き続けている。ポヤポヤした先輩のキャパシティすら、俺の漏れ出る謎の前には限界を突破してしまったらしい。
だが、俺がホルスターに銃を収めようとしたその時、ユメ先輩の丸い瞳が正気を取り戻し、俺の手元にピタリと止まった。
「……あれ? ショウくん、その銃……!」
「ん? どうかしましたか」
「あーっ! そのハンドガン! 私とお揃いだよ〜〜っ!!」
一瞬前までの「ひぃん」が嘘のように、ユメ先輩の顔に満開の向日葵のような笑顔が咲き誇った。
彼女は自分のホルスターから愛用の銃を嬉しそうにパッと抜いて見せてくる。同じ掌サイズの拳銃――いわゆる『ハンドガン仲間』だ。
「ホシノちゃんはショットガンだからね、拳銃のお友達がいなくてちょっと寂しかったんだ〜! ショウくんとお揃いだねぇ、えへへっ、かっこいいでしょ〜!」
「……ユメ先輩。一瞬で立ち直るのは結構ですけど、お揃い云々で喜ぶ前に、さっきの現象の数々を記憶から抹消するのはやめてください……」
ホシノが死んだ魚のような目でぼやいたが、ユメ先輩のハイテンションはすでに誰にも止められなかった。
その後、くたびれた店主から「持っていけ、お守りだ」と幾らかオマケしてもらった弾薬を買い込み、俺たちはガンショップを後にした。
夕日はすっかり沈みかけ、空は青と茜色が混ざり合う幻想的なグラデーションに染まっている。涼しい夜風が吹き抜ける通りを歩くこと十数分、俺たちは本日のもう一つの目的地へと辿り着いていた。
赤茶けた砂漠の街並みの中で、そこだけ異彩を放つ看板。
そこには力強い筆文字で『柴関ラーメン』と書かれていた。周囲の建物が砂に侵食されつつある中で、その店舗の戸には砂埃ひとつなく、驚くほど清潔に保たれている。
「ここだよ〜! アビドスで一番美味しいラーメン屋さん!」
ユメ先輩が嬉しそうにガラガラと引き戸を開けた。
中へ足を踏み入れると、豚骨と醤油の香ばしい匂いが湯気と共に鼻腔をくすぐった。カウンターとテーブル席が綺麗に磨き上げられた、どこか懐かしい昭和の風情を残す店内。
そして厨房の奥から、威勢のいい声が飛んできた。
「へいらっしゃい! ……って、おおっ! ユメの嬢ちゃんじゃねえか!」
寸胴鍋から顔を上げたのは、人間ではなかった。
頭にキリリと白いバンダナを巻き、清潔な白のエプロンを身につけた、茶色い毛並みの柴犬の獣人。ピンと立った三角の耳と、精悍で人の良さそうな顔立ち。右目に傷があるのか、まぶたは閉じたまま。しかしその傷もかわいらしい見た目のアクセントになっている。彼がこの店の店主、柴大将だった。
「大将、こんばんは〜! また来ちゃった!」
ユメ先輩がパタパタと手を振ってカウンターへ駆け寄ると、柴大将は人懐っこい笑みを浮かべ、腕組みをしてガハハと喉を鳴らした。
「おうおう、よく来たな! 最近顔を見ねえから心配してたんだぜ。砂嵐も酷かったし、生徒会の仕事で無理して倒れてやしねえかってよ。……ん? そっちの連中は……」
柴大将の黒い瞳が、ユメ先輩の後ろに立つ俺たちに向けられた。
ホシノの姿を見て「お、ホシノの嬢ちゃんも一緒か」と目を細め、そして俺の姿――灰色の髪、威圧感のある長身、鋭い目つき、そして頭上でゲーミング色にピコピコと明滅するオーディオスペクトラムゲーミングヘイローを捉えた瞬間、ピクッと犬耳が跳ね上がった。
だが、大将は並の不良のように怯えて逃げ出すような真似はしなかった。ただ驚いたように目を丸くし、それから気風のいい笑みを浮かべて太い腕をぽんと叩いた。
「へぇ……! そいつはまた、ずいぶんと骨のありそうな新顔を連れてきたじゃねえか!」
「えへへ、そうなんだよ大将! 紹介するね! 今年アビドスに入学してくれた、新入生の小鳥遊ホシノちゃんと、円ショウくんだよ〜!」
ユメ先輩がまるで自分のことのように誇らしげに胸を張り、俺たちを交互に指し示した。
「ホシノちゃんは前から手伝ってくれてたけど、正式にうちの後輩になってくれたの! そしてショウくんはね、外の世界からアビドスを選んで来てくれたんだよ〜! 今日はショウくんの武器を買った帰りなの!」
ユメ先輩の紹介を受け、俺は一歩前に出て、頭上のヘイローをピコピコ上下させながら頭を下げた。
「円ショウです。今日からアビドスでお世話になってます。よろしくお願いします、大将」
「……小鳥遊ホシノです。よろしくお願いします」
合わせてホシノもぺこりと頭を下げる。
柴大将は俺たちの顔を順番に見回すと、手ぬぐいで汗を拭い、カウンターをバンと叩いて破顔した。
「そうかい、そうかい! 今年の新入生かい! 噂には聞いてたが、こんな砂に埋もれかけたアビドスに、二人も飛び込んできてくれる骨のある若者がいたとはな! 嬉しいねぇ、実にめでたい!」
大将の声には、一切の打算や憐れみなどなく、ただ純粋な歓迎と激励の温かさが満ちていた。
大人がほとんどおらず、治安も崩壊しかけているこの自治区において、この人は間違いなく、数少ない「気風がよくて頼れる本物の大人」だった。
「ユメの嬢ちゃんが一人で看板背負って走り回ってるのを見て、ずっとハラハラしてたんだ。だが、こんな頼もしい仲間ができたなら百人力だな! おい坊主ども、よくぞアビドスに来てくれたなあ!」
ガハハと豪快に笑う柴大将の笑顔に、俺の頭上のヘイローも嬉しそうにリズムを刻む。
そして大将はエプロンをキュッと締め直すと、厨房のコンロにカチリと青い炎を灯した。
「よし! めでてぇ入学祝いだ! 今日は腕によりをかけて、一番美味い特製ラーメンを奢ってやるからな! 三人とも、そこの席に座ってくれ!」
「へいお待ち! 柴関特製、全部乗せラーメンだ!」
大将が威勢のいい掛け声と共に、湯気を立ち上らせる三つの丼をカウンターへ豪快に並べた。
目の前に置かれたラーメンは、圧巻の一言だった。
分厚く煮込まれた巨大なチャーシューが何枚も重なり、黄金色に輝く味玉、山盛りの白髪ネギに青々としたホウレン草、そして香ばしい焼き海苔。何より、澄み渡りつつも濃厚な旨味を湛えた醤油豚骨のスープが、店内の照明を浴びてつややかに煌めいている。立ち上る芳醇な香気だけで、胃袋が猛烈に自己主張を始めるほどだった。
「わぁぁ……! すっごく美味しそう……! でも大将、こんなに豪華にしてくれちゃって、本当にいいの……? うち、今はお金あんまりないよ……?」
ユメ先輩がおずおずと丼を見つめ、心配そうに眉を下げた。
だが、柴大将は手ぬぐいで額の汗を拭うと、豪快にガハハと喉を鳴らした。
「馬鹿言っちゃいけねえよ! ユメの嬢ちゃんがこの砂漠でどれだけ歯を食いしばって頑張ってるか、自治区の連中はみんな知ってるんだよ。大人ってのはな、頑張ってるガキに美味い飯を食わせるために働いてんだ。今日ばかりは無粋な金の話なんかすんな! この柴に、めでてぇ門出を祝う奢りをさせてくれ!」
「大将……! うぅ……ありがとう、ありがとう大将……!」
ユメ先輩は大きな瞳にぽろぽろと涙を浮かべ、両手で顔を覆って感激に震えていた。
その姿を見て、俺とホシノは自然と顔を見合わせ、思わず口元を綻ばせた。
「……よかったですね、ユメ先輩」
「ああ。本当にいい人?だ」
ツンツンしていたホシノの表情も、すっかり柔らかくほどけている。
こういう温かい大人が見守ってくれているからこそ、この荒れ果てたアビドスでも、彼女たちは前を向いていられるのだろう。
「よし、冷めないうちにいただこうか」
「ですね。いただきます」
「いただきま〜す!」
三人が手を合わせ、割り箸を割る。
俺はレンゲで熱々のスープを一口すくい、麺を豪快に啜り上げた。
――瞬間。
脳天を突き抜けるような圧倒的な旨味の奔流が、口内から五臓六腑へと一気に染み渡っていった。
こ、これは……ッ!?
「すすればすするほど味が深くなって……こうやって具と合わせれば……」
箸で分厚いチャーシューとシャキシャキの白髪ネギを麺に絡め、スープをたっぷり纏わせて一気に口へと放り込む。
「――うまい!!」テーテッテテー
どこからともなく、某知育菓子の魔女の歓喜じみた謎のファンファーレが店の中に響き渡った。
あまりの美味さに感情が爆発したせいか、頭上のヘイローが臨界突破を起こし、パチンコ屋の新台装飾か巨大クラブのメインステージ並みに激しい極彩色の光をビッカビッカと撒き散らし始めた。
「なんですかその音……あとヘイローが眩しいんですよショウ!」
案の定、横からホシノの鋭い呆れツッコミが飛んできた。
だが、調理場からその様子を見ていた柴大将は、腰に手を当てて嬉しそうに目を細めた。
「ハハハッ! おいおい、頭の上がえらい賑やかなことになってるじゃねえか! だが、そこまで体全体で喜んでくれたら料理人冥利に尽きるってもんよ! どんどん食え、スープも一滴残さず飲み干してくれ!」
「はい、大将。めちゃくちゃ美味いです」
俺たちは夢中になって箸を動かし、最後の一滴までスープを堪能した。
食事を終える頃には、三人の腹はすっかり満たされていた。
空になった丼を前に、熱い緑茶をすすりながら、自然と話題はこれからのこと――アビドスの借金返済と、学校の復興計画へと移っていった。
普段なら胃が痛くなるような重いテーマのはずだ。だが、美味いラーメンで腹を満たし、心通う大人に背中を押されたせいか、そこに漂う空気はちっとも暗くなかった。むしろ、未来へ向けた前向きで賑やかな様相を呈していた。
「やっぱり、一番堅実なのは自治区の清掃ボランティアと復興作業のアルバイトだよねぇ。ショウくんも来てくれたし、三人で手分けすれば結構なお給料になると思うんだ〜!」
「そうですね。それに、自治区の外れに放置されてるスクラップや資源を回収して売り払えば、初期の活動資金くらいにはなります」
ユメ先輩とホシノが意見を出し合う。俺も腕を組んで頷いた。
「俺の力ならいくらでも使ってくれていいぞ。瓦礫の撤去でも何でも任せてくれ。あと、砂漠を整地して畑でも作るか? 自給自足ができれば食費も浮くしな」
「あ、それすっごくいいねぇ! アビドス特産の巨大スイカとか育てたいな〜!」
「待ってくださいユメ先輩、砂漠で農業を舐めちゃいけません。水資源の確保が先ですよ」
ホシノが冷静にツッコミを入れつつも、その瞳にはどこか楽しげな光が宿っていた。
すると、何を思ったのか、ホシノが悪戯っぽく口角を吊り上げ、ショットガンの銃身を指先でトントンと叩いた。
「……まあ、手っ取り早く解決するならですね。いっそのこと、トリニティあたりから走ってくる新入生がいるバスを自治区の境界でハイジャックして、『アビドス高校の転入届にサインするまでこのバスは一歩も動かさない』って銃を突きつけるのが一番早いかもしれませんよ」
「ええっ!? だ、ダメだよホシノちゃん、それは立派なテロ行為だよ〜!?」
ユメ先輩が目を丸くして手をパタパタと振る。
俺は思わず、横に座る相棒の横顔をまじまじと見つめてしまった。
「お前、そんな冗談も言えるんだな」
「……うへー、冗談に決まってるでしょう。本気でやるわけないです」
ホシノはふいと視線を逸らし、少しバツが悪そうに湯呑みを両手で包み込んだ。
だが、その表情には入学初日のような張り詰めたトゲは欠片もなく、年相応の少女らしい悪戯心が滲んでいた。
「ふふっ、みんなで話してると、なんだか何でもできそうな気がしてきちゃうねぇ!」
ユメ先輩の屈託のない笑顔に、俺もホシノも自然と笑みをこぼす。
砂漠に埋もれかけたこの学校の未来は、決して絶望だけじゃない。この三人なら、きっとどんな困難も乗り越えていける――そんな根拠のない確信が、確かに胸の内に灯っていた。
「大将、ごちそうさまでした。本当に美味かったです」
「おう! いつでも腹減らして来いよな、待ってるぜ!」
柴大将に見送られ、俺たちは柴関ラーメンの暖簾をくぐって夜の通りへと出た。
空には満天の星が広がり、乾いた砂漠の夜風が心地よく火照った頬を撫でていく。
「それじゃあ、今日はこの辺で解散しよっか! 明日もまた学校でね〜!」
ユメ先輩が手を振り、ホシノも「はい、また明日……」と口を開きかけた、その時だった。
「…なんだ?銃声?」
夜の静寂を切り裂くように、通りの先から甲高い連続銃声が響き渡った。
銃声の響いた方角へ視線を向けると、百メートルほど先の薄暗い路地で、オレンジ色のマズルフラッシュが激しく瞬いていた。
数人のヘルメット団が、すでにシャッターの降りた個人商店のガラス戸を銃床で叩き割り、店内に押し入ろうと略奪を働いている最中だった。
「なっ……商店街の店を襲ってる!? 許せません……!」
「ダメだよあんなことしちゃ! やめさせなきゃ〜!」
その光景を目にした瞬間、ホシノとユメ先輩の顔つきが一変した。
二人は目配せを交わす暇すら惜しむように、ほとんど同時にアスファルトを蹴って夜の闇へと飛び出していった。
普段はおっとりしているユメ先輩も、アビドスを守る生徒会長としての矜持があるのだろう。迷いのない凄まじいダッシュだ。
「おい、待ってくれ二人とも!」
俺も慌てて二人の背中を追い、少し遅れて夜の路地を突貫する。
「そこまでだよ〜! 夜遅くにお店を壊して物を盗むなんて、絶対にダメだよっ!」
先陣を切ったユメ先輩が、夜の通りに響き渡る大声で行いを咎めた。
だが、略奪に夢中になっていたヘルメット団の不良たちは、現れた制服姿の少女たちを見るなり、下品な嘲笑を浮かべて銃口を一斉に向けてきた。
「あァ!? なんだぁテメエらは!アビドスの落ちこぼれ生徒会じゃねえか!」
「ガタガタうるせえんだよ! アタシたちグルグルヘルメット団の手で蜂の巣にして砂漠の肥やしにしてやるぜェッ!」
容赦のない銃撃。
乱射された無数の銃弾が、甲高い風切り音を立てて真っ先にユメ先輩へと殺到する。
だが、ユメ先輩は怯むどころか、小柄な身体からは想像もつかない手慣れた動作で、背負っていた鞄から金属製のプレートを引き抜いた。
澄んだ金属音と共に、装甲板が一瞬で展開され、彼女の上半身を覆い隠す折りたたみシールドが出現した。
直後、降り注ぐ銃弾の嵐がシールドの表面に激突し、火花を散らして甲高い金属音を立てる。だが、頑丈な防弾盾はビクともせず、すべての弾丸を余裕で弾き返していた。
「――ユメ先輩、行きますっ!」
盾の陰から、鋭い声と共に飛び出したのはホシノだった。
ユメ先輩の完璧な防御を足がかりにし、弾幕の切れ目を縫うようにして一気に敵の懐へと肉薄する。
その瞳には、昼間の冗談めいた柔らかさは微塵もなく、獲物を屠る肉食獣のような冷徹な光が宿っていた。
「は、はや……ぐべっ!」
ゼロ距離から放たれたショットガンの轟音が、夜の街を震わせた。
前衛にいたヘルメット団の一人が、放たれた鉛の散弾を浴びて悲鳴をあげる間もなく吹き飛び、背後の壁に激突して白目を剥いて気絶する。
「ヒッ……!? こ、こいつ、強す――」
「遅いですよ!」
ホシノは足を止めない。
散弾の反動を利用するように流れるようなステップで間合いを詰めると、慌てて引き金を引こうとした別の不良の手首を足払いで刈り倒し、無防備になった鳩尾へショットガンの台尻を強烈に叩き込んだ。
鈍い打撃音と共に、二人目がくの字に折れ曲がって砂の上に崩れ落ちる。
銃撃と体術を一切の無駄なく融合させた、圧倒的な制圧劇。
小柄な体躯からは想像もつかないその鬼気迫る戦闘力に、残っていたヘルメット団の不良は完全に度肝を抜かれていた。
「バ、化物かよ……!? やってられるか!」
仲間の無残なやられっぷりを目の当たりにした最後の一人が、恐怖に引き攣った悲鳴をあげ、背を向けて脱兎の如く逃げ出した。
だが、パニックを起こしたそいつが逃走経路に選んだのは――あろうことか、後ろから駆けつけていた俺とユメ先輩がいる方向だった。
「逃がさないよ〜っ!」
ユメ先輩が盾の隙間から愛用のハンドガンを構え、パン、パン、と正確に引き金を引いた。
放たれた銃弾は逃走する不良の足元や肩口へと的確に命中する。
だが――
「ぐあっ……クソがッ!このくらいで止まるかよっ!」
他の連中よりも着込んでいる防弾チョッキが分厚いのか、あるいは体格が良いせいか、その不良は被弾の衝撃に顔を歪めながらも足を止めない。
それどころか、血走った目で両手のアサルトライフルを構え直し、進行方向を塞ぐ俺たちに向かって狂乱の形相で突進してきた。
「邪魔だァァァッ!!そこをどかねえと、ぶち殺るぞオラァッ!!」
狂ったように叫びながら、銃口が真正面から俺の眉間へと向けられた。
俺は腰のホルスターから真新しいハンドガンを抜き、突進してくるヘルメット団へと銃口を向ける。
だが――引き金にかけた人差し指が、鉛のように重く強張った。
(……くそっ)
頭では分かっている。ここは日常的に銃弾が飛び交うキヴォトスで、相手は銃を構えて突っ込んできている暴徒だ。撃たなければこちらがやられる。
だが、生まれてからずっと銃刀法で厳しく禁止された世界で生きてきた俺にとって、生身の人間へ向けて引き金を絞るという行為には、本能的なブレーキがかかってしまった。頑丈故に撃たれるのには慣れていても、他人に鉛玉を撃ち込むことへの抵抗感が、どうしても指先を鈍らせる。
その躊躇のコンマ数秒の間に、血走った目の不良は目と鼻の先まで肉薄していた。
「ショウッ!!撃ち返してくださいっ!!」
「ショウくん危ないっ!!」
視界の端で、ホシノとユメ先輩が血相を変えてこちらへ手を伸ばし、必死の形相で駆け寄ってくるのが見えた。
いつもツンツンしながらも面倒を見てくれた同級生と、どんな俺でも笑顔で迎え入れてくれた先輩。二人をこれ以上、危険に晒すわけにはいかない。
腹を括れ。撃つんだ。
俺は息を吐き出し、地下射撃場でホシノに教わった基本姿勢を頭の中で急速にトレースした。
足を肩幅に開き、重心を落とす。両腕でしっかりとグリップをホールドし、銃口を敵の正中線――最も外しようのない胴体中央へと合わせる。
そして、迷いを断ち切ってトリガーを一気に絞り込んだ。
「ふっ!」
澄んだ銃声と共に、マズルフラッシュが夜闇を切り裂いた。
今回は弾丸がフリーズすることもなく、標的が突進してくることもなく、トースターの音もしない。銃口から真っ直ぐに放たれた一筋の鉛玉は、夜風を切り裂き、突進してくるヘルメット団の防弾チョッキの中央へと吸い込まれるように着弾した。
ペチィッ。
……何とも情けない、まるでお風呂場のタイルに濡れタオルを叩きつけたような気の抜けた音が響いた。
「…………え?」
直撃を受けたヘルメット団の不良が、前のめりの体勢のままピタッと足を止めてしまった。
突っ込んできていた勢いすら微塵も殺されていない。チョッキに穴が空いたわけでもなく、衝撃でよろめく気配すらなかった。
「……あ、あれ?」
不良は自分の腹部をペタペタと触り、それから俺が構えるハンドガンをまじまじと見つめた。
「な、なんだぁ……?まったく痛くねえぞ……ハ、ハハッ!そんな目でビビらせやがって! 豆鉄砲にもなりゃしねえ威力のなさじゃねえか!効かねえぜ、テメエのヘナチョコ弾なんてよォォ――」
勝ち誇った不良がアサルトライフルを振り上げ、下品な嘲笑を浮かべた――その瞬間。俺の頭上で、七色に明滅していたヘイローが、一瞬だけ鋭く発光した。
直後、目の前のヘルメット団の様子が劇的に一変した。
「――おっ!?」
振り上げられていたアサルトライフルが、カランコロンと虚しくアスファルトの上へと転がり落ちた。
不良の少女はガクガクガクッと全身を激しく痙攣させ、目を見開いたまま両手で自らの下腹部を抱え込むと、脂汗を滝のように流しながらその場にドサリと崩れ落ちたのだ。
「ぐ、あ……っ!? な、なんだ……!? なんなんだ急に……っ!?」
静まり返った夜の路地に、その腹部からあり得ない重低音が響き渡る。
キュルルルルルル……ゴロゴロ、キュウゥゥゥゥッ!!
それは、この世のあらゆる生命体が絶対に逆らえない、社会に生きる者としては絶対に外でしてはいけない破滅の音。
突如として体内で巻き起こった、今のヘルメット団に取っては超新星爆発級の腹痛の音だった。
「う、うそだろ……っ!?ちょ、まっ……!?出る、出る出る出る!!いま動いたら完全に大惨事になるッッ!!うあああああお腹がァァァッッ!!」
不良の少女は内股になり、お尻をキュッと引き締めながら、必死の形相で地面に突っ伏した。
ヘルメットの奥の顔はすでに青ざめを通り越して土気色になり、瞳からは大粒の涙がボロボロと溢れ出している。先ほどまでの凶悪な面影は塵一つ残っておらず、そこにあるのはただ、一人の少女として、否、一人の人間としての社会的尊厳をかけた極限の防衛戦に挑む哀れな姿だけだった。
「えっ……と……」
俺は構えていたハンドガンを下ろし、激しく動揺した。
人を撃ってしまった罪悪感どころの話ではない。急に相手が下腹部を押さえて尊厳死の危機に瀕している。
「あ、あの……大丈夫か……?」
「近づくなぁ!!話しかけるな!腹筋に余計な刺激を与えないで!?息をするだけで決壊しそうなんだよチクショウッッ!!」
必死の形相で絶叫され、俺は思わず一歩後ずさった。
そこへ、息を切らして追いついてきたホシノとユメ先輩が合流する。だが、二人が目にしたのは、銃撃戦の血生臭い光景ではなく、別の意味で生々しすぎる地獄絵図だった。
「ショウ、無事ですか……は?」
こっちに来たホシノ。しかし、困っている俺と地面に蹲り情けない声を上げるヘルメット団の姿を見ると、数秒考えた後、何とも言えない表情になったあと両手で頭を抱えて叫んだ。
「な、何なんですかこの状況!?なんで敵の不良が内股で悶絶して脂汗流してるんですか!?ショウ、貴方いったい何を撃ち込んだんですか!?」
「いや、普通に胴体を狙って撃っただけなんだが……」
「普通に撃って腹下させる弾丸がこの世のどこにあるんですか!!」
「ひぃん……この子、なんかすごく大変なことになってるよぅ〜〜っ!!」
ユメ先輩はおろおろと両手を振り回し、完全にパニックに陥って「ひぃん」を連発している。
「ホシノちゃん!この子、今にも女の子としての何かが爆発して取り返しのつかないことになっちゃいそうだよっ!?」
「わ、分かってます先輩! こんなところで決壊されたら、一生のトラウマになっちゃいますよ!!貴方、耐えなさい!括約筋に全神経を集中させるんです!!」
「む、無理ぃぃぃ……っ! もう耐えられない……誰か、トイレぇぇぇ……っ!!」
絶体絶命の悲鳴が夜空に木霊したその時――
ガチャリ、と音がして、さっきまでヘルメット団に襲われていた店舗の壊れかけた扉が、内側から恐る恐る開いた。
中から、割れたメガネをかけた猫の獣人の店主のが、怯えた様子で恐る恐る顔を覗かせる。
「あ、あの……急に静かになったようだが、一体何が……」
「店主さんっ!!」
ユメ先輩が弾かれたように振り返り、壊れた扉に駆け寄った。
「お願いです、トイレを貸してあげてください!大至急!一分一秒を争う非常事態なんです〜〜っ!!」
「えっ!?ト、トイレ!?いや、それよりそこの倒れてる奴……さっきまでウチの店を銃撃してガラスを割ってた強盗団の……えっ?なんであいつ、あんな生まれたての子鹿みたいにプルプル震えてお尻を押さえて……?」
「事情を説明してる暇はありません店主さん!このままだと貴方の店の前が『別の意味』で取り返しのつかない大惨事になります!! 社会的尊厳のバイオハザードです!!」
「えっ!?ば、バイオハザード!?ト、トイレなら店の一番奥の突き当たりだけど」
「ありがとうございます!!」
怒涛の勢いと急激に切り替わった現場の異常事態に、店主は思考を完全に混乱させ、ついさっきまで自分を脅迫していた強盗犯相手だということも忘れて、反射的に奥を指差してしまった。
「ト、トイレあったよ!立てる!?歩ける!?」
「う、うあぁぁぁ……っ、神様ぁぁぁ……っ!!」
ヘルメット団の少女は涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔で立ち上がり、腰を深く落とした異様な摺り足のまま、猛烈なスピードで店内へと雪崩れ込んでいった。
直後、バタンッ!!と凄まじい勢いでトイレのドアが閉まる音が響き渡る。
「………………」
「………………」
襲撃犯の仲間は気絶して転がり、被害者であるはずの店主は呆然と立ち尽くし、ユメとホシノの二人は肩で息をして脱力している。
誰も言葉を発せない、あまりにもカオスな静寂が通りを支配していた。
俺は手の中の真新しいハンドガンを見つめながら、ただ一人、深い深い戸惑いの渦の中に立ち尽くしていた。
「お腹がグルグルヘルメット団……」
「ショウくん。それは言っちゃだめ」