自我持つ兵器の英雄譚“Prequel” 1945 to 2000 作:Nyappy-
チトだけど、チトじゃない。
1949年
四式中戦車改は、ようやく「珍しい新型戦車」ではなくなり始めていた。
前年の日本国防軍創設式典では、九七式中戦車の列へ混じる、ほんの少数の新型車両でしかなかった。
敗戦から三年。
一度軍需生産を止めた工場を動かし直し、散っていた技術者を集め、部品会社を繋ぎ直し、そもそも戦時中ですら本格量産されなかった戦車を、軍隊の主力として大量に作れる状態へ持っていく。
一両を完成させるより、同じ品質の物を何十両、何百両と作り続けられるようにする方が難しかった。
それでも一年が経つ頃には、生産速度も少しずつ安定し始めていた。
チハだけで編成されていた部隊へ、一両、また一両と新型が届き、やがて小隊が揃い、中隊が揃う。
戦後日本が初めて本格量産する、国産主力戦車。
四式中戦車改───チト改。
ただし、その名前から想像されるほど、この戦車は戦時中の四式中戦車そのままではなかった。
1948年
再生産計画が始まった時点で、設計者たちの間には一つの疑問があった。
「そのまま作るのか?」
机の上には、四式中戦車チトの図面が広げられている。
完成車が存在し、長砲身75mm砲を搭載できる。乗員は五名で、それ以前の日本戦車と比べれば、車内にもかなり余裕がある。
敗戦からわずか三年で国産戦車の生産を再開するなら、有力候補であることに疑いはなかった。
だが、設計者の一人が別の図面を持ってきた。
『五式中戦車チリ』
チトより大きい。
そして、その大きさこそが重要だった。
「こっちで分かったこともある」
戦時中のチリは、意欲的な戦車だった。
より大きな車体を用意し、強力な主砲と大型砲塔を載せる。将来の火力増強まで考えれば、その余裕は魅力だった。
一方で、車体前面へ副砲を置くなど、戦後の主力戦車として改めて考えれば、必ずしも残す必要のない要素も抱えていた。
「大きい車体は欲しい」
「副砲はいらん。その分を砲塔と弾薬に回せ」
「無線もだ」
「機関にも余裕を寄越せ」
「燃料も増やしたい」
言いたいことはいくらでも出てきた。
そこへ、さらにもう一枚の図面が広げられる。
『ホリ』
十糎級の強力な砲を搭載するため、戦争末期に研究されていた砲戦車。
国防陸軍の再建に際して資料棚から引っ張り出されたのは、チトだけではなかった。チリも、ホリも、戦争に間に合わなかった設計まで一緒に机の上へ戻された。
そして、一つの結論へ辿り着く。
基本は四式中戦車とする。
だが、四式中戦車そのものを、そっくりそのまま作り直す必要はない。
チリで得た大型車体の経験を使い、ホリで求められた重量と搭載余裕も考える。その一方で、戦後の戦車に必要のないものは捨てる。
そうして生まれた車体は、四式中戦車より一回り大きく、五式中戦車よりずっと整理されたものになった。
副砲はない。
そのための弾薬庫も、専用の乗員配置も必要ない。
そこで空いた容積と重量を、砲塔へ、主砲弾へ、無線機へ、燃料へ、機関へ、装甲へ。そして、まだ見ぬ将来改良のための余裕へ回す。
『四式中戦車改』
その「改」の一文字は、無線機が新しくなったから付いたのではない。戦後の光学機器を積んだからでも、製造品質が良くなったからだけでもなかった。
車体そのものから、一度作り直していた。
言ってしまえば、大きくしたチト。
あるいは、余計なものを取り払ったチリ。
その中間。
戦争末期に残された複数の設計を、敗戦後の技術者たちがもう一度机へ並べ、必要な部分だけを選び直して作った車体だった。
しかも、同じ考え方はもう一両───ホリにも使われた。
旋回砲塔を持つ主力戦車型、チト改。
強力な砲を固定戦闘室へ載せる重駆逐戦車、砲戦車型のホリ改。
用途は違う。
砲塔を載せるか、固定戦闘室を載せるか。
だが、その下まで全部別物にする理由はなかった。
足回り、機関系統、変速機、履帯、整備工具、そして可能なら生産設備まで。
「どうせ両方作るなら、下は揃えろ」
乱暴に言えば、それだけだった。
再建されたばかりの国防陸軍に、主力戦車と砲戦車でまったく別の車体を大量生産する余裕などない。
もちろん、完全に同じではない。
固定戦闘室を支えるための補強が要り、重量配分も内部配置も変わる。それでも、可能な限り共通にする。
チト改を作る工場で、ホリ改の部品も作れる。
チト改を直せる整備兵なら、ホリ改でも知っている部品が多い。
予備部品も、工具も、教育も減らせる。
戦争中なら別々の兵器計画として終わっていたかもしれないものを、戦後の国防陸軍は一つの体系へまとめ直そうとしていた。
そして、この判断が後になって効いてくる。
1948年型の時点で、チト改は既に元の四式中戦車より大きな器を持っていた。
その時はまだ、その余裕をこの先何年も使い倒すことになるとは、誰も知らなかった。
1949年
ようやく量産が軌道へ乗り始めたところだというのに、設計者たちの机には、もう次の問題が積み上がっていた。
「これが、現在確認されているソ連の新型です」
置かれた写真は鮮明とは言い難い。
それでも、低い車体、傾斜した前面装甲、大きな砲塔、長い主砲。その特徴は見て取れた。
『T-54』
その隣には、さらに重々しい姿をした戦車がある。
『IS-3』
鋭く尖った車体前面、厚い装甲、大口径砲。
国防陸軍の将校たちは、しばらく写真を見ていた。
「……今の四式で、これを相手にするのか」
現在のチト改が弱いわけではない。
長砲身75mm砲、五人乗り、戦後品質の無線機、改善された光学機器。
戦時中の日本戦車から見れば、遥かに進歩している。
だが、比べる相手も同じ場所で止まってはいなかった。
もう、シャーマンへ追いつけるかどうかだけを考えていればいい時代ではない。
日本が軍隊を再建した理由の一つは、北にある。
「主砲を強化する必要があります」
「八八粍級か?」
「そこを終着点にする理由がありません」
技師が別の資料束を開いた。
ソ連だけではない。
今度は、世界中の戦車が机の上へ並んだ。
最初に開かれたのは、大戦末期のドイツ戦車だった。
『パンター』
『ティーガーII』
『ヤークトパンター』
『フェルディナント/エレファント』
日本と同じく戦争に敗れた国が残した兵器。
敗戦したからといって、そこで使われた技術まで無価値になるわけではない。
「パンターは参考になる」
傾斜した装甲。
強力な高初速砲。
広い履帯。
重量の割には高い機動力。
「ただし、全部真似するな」
「足回りですか」
「それもだ」
強力な戦車を作った。
その代わり、複雑になり、重くなり、整備も難しくなった。
兵器は、強ければそれだけで良いわけではない。
次に開かれたティーガーIIの資料には、長砲身88mm砲と厚い装甲が並んでいる。
正面から戦えば、恐ろしい。
だが。
「……日本で使えるか?」
「道路から作り直しますか?」
「やめておけ」
日本の道路、橋梁、鉄道、港湾、工場、整備設備、輸送能力。
戦車一種類のために、日本列島そのものを作り直すわけにはいかない。
国防陸軍が欲しいのは、世界で一番重い戦車ではなかった。
日本で動かせる。
運べる。
直せる。
その上で、敵戦車を撃破できる。
そういう戦車だった。
ホリ改の技術者たちが特に長く見ていたのは、ヤークトパンターだった。
パンターの車体に固定戦闘室を載せ、そこから強力な長砲身88mm砲が伸びている。
「考えることは同じだな」
「向こうは八八粍。こっちは十糎」
「砲塔を捨てて、火力を取る」
戦争末期から、ホリも同じ方向を向いていた。
ただし、次に出てきた車両は別の意味で重要だった。
フェルディナント、そしてエレファント。
巨大な固定戦闘室、強力な長砲身砲、厚い装甲。
見た目の考え方だけなら、ホリにも近い。
そして……重い。
非常に重い。
中身も、単純とは言い難かった。
「……ここまでやる必要はないな」
誰かが言った。
「でも、撃たれ強くて火力もあります」
「動いて、直せるならな」
資料をめくる。
重量、整備、故障車の回収。
近接防御、視界、状況認識。
実戦へ出して初めて判明した問題と、そこから加えられた改修。
車体機銃、車長用キューポラ。
その他、細かな修正。
「出してから直した」
「なら、こっちは出す前に分かるものは潰せる」
技師の一人が、ホリ改の図面へ目を戻した。
ヤークトパンターには、参考にできる答えがある。
フェルディナントとエレファントには、火力と防御を欲張った時に何が起こるかという答えがある。
どちらも使えた。
ホリ改は、日本版ヤークトパンターを作るための車両ではない。
エレファントを真似するための兵器でもない。
日本が戦争末期に自分で考えていたホリへ、他国が実戦で得た答えを戦後になって食わせ、その上で、自分たちの条件に合った車両へ作り直す。
それでよかった。
アメリカ戦車は、もっと身近だった。
『M4A3E8』
これは資料だけではない。
国防陸軍自身が使っている。
走らせられる。
撃てる。
整備できる。
故障すれば、分解することもできる。
戦車兵も、整備兵も、設計者も、実物から学ぶことができた。
そして、その先にあるM26パーシング。
90mm砲。
大型砲塔。
強化された装甲。
戦争末期、アメリカがより強力な敵戦車へ対抗するため投入した車両だった。
「九〇粍級を載せるなら、こいつが分かりやすい」
砲、砲架、砲塔、弾薬、車内容積を一つずつ確認していく。
「今の砲塔へ入るか?」
「無理でしょう。新砲塔が必要です」
「砲塔環は?」
「車体側は、まだ手があります」
そこで設計者の一人が、少しだけ笑った。
「……太らせておいて正解だったな」
1948年。
もし元のチト車体を、寸法も内部余裕もほとんど変えず再生産していたなら、わずか一年後の時点で、もう苦しくなっていたかもしれない。
だが、チト改は最初から少し大きかった。
そこで残した余裕が、新しい砲塔を載せる余裕になり、90mm級の砲を載せる余裕になる。
M26の隣には、さらにその改良型、M46の資料が置かれていた。
外見だけなら、まったく別の戦車になったようには見えない。
だが、機関が違う。
変速機が違う。
走行性能が違う。
戦争末期に作った戦車を、戦後の要求に合わせて作り直している。
若い技師が、資料を読んでから言った。
「向こうもやってるんですね」
「何をだ?」
「戦争中に作った戦車を、戦後に直してる」
机の反対側には四式中戦車改。
その横には1948年型の共通車体案。
さらに、チト、チリ、ホリ。
そこから引かれた、いくつもの線。
M26からM46へ。
チトとチリとホリから、チト改へ。
国も違う。
元になった戦車の性能も違う。
それでも、やっていることには少し似たところがあった。
「完成した戦車なんてないんだ」
年長の設計者が言った。
「戦争が終わったからって、戦車の進歩まで止まるわけじゃない」
最後に広げられたのは、イギリスの資料だった。
『センチュリオン』
旧陸軍出身の将校が写真を見て、眉を寄せる。
「重戦車か?」
「向こうは、巡航戦車と歩兵戦車を一つにまとめようとしているらしいです」
「どういう意味だ」
「これ一両で、大抵の仕事をやる」
歩兵戦車。
巡航戦車。
中戦車。
重戦車。
第二次世界大戦では、それぞれ異なる役割を想定した戦車があった。
だが、これからは、十分な火力、十分な防御、十分な機動力を一両へまとめる方向へ進むかもしれない。
「万能戦車か」
「何でも完璧にできる、という意味ではないでしょう」
若い技師は答えた。
「一番多く作る戦車に、必要なものを全部まとめるんです」
机の上を見る。
パンター、ティーガーII、ヤークトパンター、フェルディナント、エレファント。
M26、M46。
センチュリオン。
T-54、IS-3。
そして、四式中戦車改。
一両ずつ見れば、全部違う。
だが、まとめて見れば、戦車という兵器そのものが別の時代へ進もうとしていることが分かる。
「……中戦車だから、こうする」
若い技師が呟いた。
「重戦車だから、こうする」
資料を見ながら、続ける。
「そういう作り方自体が、古くなるのかもしれませんね」
その言葉を、誰も笑わなかった。
国防陸軍が本当に欲しいものは、
一番多く配備出来て、敵戦車と戦えて、歩兵を支援出来て、長距離を移動出来る。
そんな戦車部隊の中心、「主力」となる戦車。
後の時代なら、主力戦車───MBT。
そう呼ばれる考え方へ、世界は少しずつ近づき始めていた。
日本も、その流れの外にはいなかった。
部隊の戦車兵にとっては、もっと単純な話だった。
「良い戦車ですか?」
若い兵士が尋ねる。
訓練を終えた四式中戦車改の砲塔から、車長が顔を出した。
「九七式から乗り換えたら天国だ」
「じゃあ良い戦車じゃないですか」
「良いよ」
車長は車体を軽く叩いた。
「ただし、これで例のIS-3と正面から殴り合えって言われたら嫌だ」
若い兵士は少し考え、隣に停まっているM4A3E8を見た。
「シャーマンなら?」
「もっと嫌だ」
「じゃあ何ならいいんです」
「向こうより強い戦車だ」
「そんなの、まだないですよ」
車長は鼻で笑った。
「だから作ってんだろ」
乱暴だったが、その通りでもあった。
一年前、国防陸軍に必要だったのは、まず戦車部隊そのものだった。
だからチハを使い、シャーマンを受け取り、チト改を作った。
そして今、ようやく戦車部隊が形になり始めた。
ならば次は、その戦車部隊がソ連機甲部隊とぶつかった時、どうやって生き残るのかを考えなければならない。
北海道なのか。
朝鮮半島なのか。
それとも、別の場所なのか。
本当に戦う日が来るかどうかさえ、誰にも分からない。
それでも、戦争が始まってから戦車を作るのでは遅い。
そのことだけは、日本人は嫌というほど知っていた。
別の試験場では、ホリ改が走っていた。
砲塔はない。
代わりに固定戦闘室があり、そこから長い105mm砲身が伸びている。
戦争末期、完成へ届く前に時間切れとなった砲戦車。
それが四年後、新しい軍隊の車両として走っている。
「昔のホリとは、少し変わったな」
旧陸軍出身の技術将校が言った。
「下がチト改とほぼ同じですから」
「チリから持ってきた方だろ」
「両方です」
若い技師が笑った。
「チトを大きくして、チリを整理した車体です」
「便利な言い方だな」
「便利だから作ったんでしょう」
返す言葉がなかった。
主力戦車と重駆逐戦車に、同じ車体を使う。
完全共通ではない。
固定戦闘室を載せるホリ改では、補強も重量配分も内部配置も変わる。
それでも、履帯、転輪、機関、変速機、工具を可能な限り揃える。
チト改がホリ改を育て、ホリとチリがチト改を育てる。
旧軍時代なら別々の計画として終わっていたかもしれない三つの戦車が、敗戦後になって、一つの車体へ集まろうとしていた。
試験走行を終えたホリ改から、乗員が降りてくる。
担当者が車体を見た。
「これで進める」
戦争中に完成できなかった兵器が、旧陸軍そのものが消えた後で、新しい国防陸軍の重対戦車戦力として、ようやく完成へ向かい始めていた。
その一方で、試験場にはもっと妙な車両もいた。
九七式中戦車チハ。
その小さな車体へ、似合わないほど巨大な十二糎砲を背負わせた長十二糎自走砲。
戦争末期に作られた発想を、国防陸軍は再び使っていた。
理由は、あまりにも単純だった。
車体がある。
砲がある。
なら、載せる。
本格的な新型自走砲を大量生産できるようになるまで、使える火力は何でも使う。
旧海軍系の十二糎級砲まで、陸軍へ回された。
それを初めて見た旧陸軍出身の整備兵は、しばらく何も言わなかった。
「……何ですか、あれ」
若い兵士が聞く。
「チハだ」
「砲が」
「見れば分かる」
「チハって、あんな砲積むんですか?」
「積まねえよ」
即答だった。
男にとってチハは、戦争中、どこへ行っても見た戦車だった。
小さい。
装甲も薄い。
砲も、戦争後半には力不足だった。
それでも、日本陸軍の戦車といえば、あれだった。
そのチハが、馬鹿みたいに大きな砲を背負っている。
「……王チハ」
少し考える。
「いや、キングチハだな」
「はい?」
「何でもない」
少し離れた場所では、戦後入隊の若い戦車兵たちも同じ車両を見ていた。
彼らは、帝国陸軍を知らない。
国防陸軍へ入って初めて乗った戦車が、チハだった。
変速を失敗する。
履帯を鳴らす。
教官に怒鳴られる。
そこから、戦車の動かし方を覚えた。
彼らにとってチハは、戦争の記憶ではない。
教習車だった。
その教習車へ、十二糎砲。
「キングチーハー」
同期の一人が笑った。
「何だそれ」
「チハの王様」
「王様って」
「じゃあ親玉」
「キングチハでいいだろ」
「キングチーハーの方が強そうだ」
「何が違うんだよ」
誰かが正式に名付けたわけではない。
公式名称でもない。
それでも、数か月もすると、
「キングチハの履帯どこだ?」
「キングチーハーですか?」
「同じだろ」
「何でそっちでもそう呼んでるんです?」
「……お前らもか?」
旧軍出身者と、戦後入隊者。
チハに対する記憶は、まるで違う。
片方にとっては戦争。
もう片方にとっては訓練。
それでも、小さなチハへ巨大な砲を載せた姿を見れば、妙に似たところへ辿り着く。
正式名称、長十二糎自走砲。
現場では、キングチハ。
あるいは、キングチーハー。
新しい国防陸軍の中で自然に生まれた、最初期の兵隊言葉の一つだった。
もちろん、キングチーハーが国防陸軍の未来になるわけではない。
そしてそれは、ホロも同じだった。
今ある車体、今ある砲、今ある設備。
それを使って時間を買う。
四式十五糎自走砲ホロは、まだ使える。
十五糎級榴弾砲を自走化し、戦車部隊へ追随する火力を短期間で用意する。創設直後の国防陸軍にとって、その価値は大きい。
だが、いつまでもチハの車体へ戦前の榴弾砲を載せ続けるわけにはいかない。
砲兵側では、既にその次が考えられていた。
「次は、こっちを使えないか」
机の上へ置かれたのは、チト改とホリ改、その二両の下にある大型共通車体の図面だった。
主力戦車と重駆逐戦車のために用意した、大きな車体。
搭載重量に余裕がある。
機関にも、足回りにも。
そして何より、量産設備を既に作り始めている。
「砲塔はいらない」
「はい」
「前へ出て、敵戦車と殴り合う必要もない」
「なら装甲は減らせます」
「その分を?」
「砲と弾薬へ」
今度載せるのは、戦車砲ではない。
砲兵が使う、本格的な大口径榴弾砲。
ホロが持っていた十五糎級の火力を受け継ぎながら、最初から戦後の自走砲として設計する。
西側諸国との弾薬体系まで考えれば、将来的には155mm級。
そんな案も、既に紙の上へ現れ始めていた。
「チト改とホリ改だけじゃないんですね、この車体」
若い技師が言う。
「せっかく大きいのを作ったんだ」
年長者が答えた。
「使えるものには使う」
戦車。
砲戦車。
自走榴弾砲。
同じ車体から複数の車両を作る。
用途ごとに専用車体を好きなだけ新造できるほど、戦後日本はまだ豊かではなかった。
だから、一度作ったものを、できる限り使い切る。
その新しい自走榴弾砲には、旧陸軍以来の自走火力用秘匿名称を続けるなら、次の名が与えられる。
───ホヲ。
もっとも、1949年の今は、まだ構想と図面でしかない。
実際に155mm砲を背負い、自分の力で走る日までは、もう少し時間が必要だった。
それまでは、ホロが働く。
長十二糎自走砲も働く。
古い兵器で時間を買い、その時間で次の兵器を作る。
砲兵もまた、戦争中から残ったものを足場に、戦後へ進もうとしていた。
チト改は、量産されながら、同時に改良された。
部隊から不満が上がれば工場へ戻し、故障すれば原因を調べる。
M4を使う。
M26を見る。
M46を見る。
センチュリオンを見る。
パンターを見る。
ティーガーIIを見る。
ホリ改の側では、ヤークトパンター、フェルディナント、エレファント。
そして、倒すべき相手としてT-54とIS-3。
外国の答えを、そのまま日本へ持ってくるわけではない。
日本の道路、橋、鉄道、港、工場、整備力、乗員。
そして、相手にしなければならない敵。
そのすべてを考え、必要なものだけを取り込む。
1949年末
設計室の壁には、量産中の四式中戦車改の図面が掛かっていた。
その横には1948年型の共通車体案。
さらに、戦時中のチト、チリ、ホリを重ねた比較図。
別の机には、新砲塔案、90mm級主砲、強化機関、足回り補強、装甲増強、射撃管制の改善案。
そして、その周囲を、パンター、ティーガーII、M26、M46、センチュリオン、T-54、IS-3。
世界各国の戦車が、紙の上で四式中戦車改を取り囲んでいた。
若い技師が、現在型と改良案を見比べる。
「これ、本当に四式中戦車ですか?」
年上の設計者が笑った。
「四式中戦車改だ」
「便利ですね、その『改』」
「便利だから付いてるんだろ」
「最初から車体が違うじゃないですか」
「チリの良いところを入れた」
「今度は90mm砲です」
「載せる」
「新砲塔も?」
「作る」
「機関も強くしないと」
「強くする」
「足回りも」
「直す」
「装甲も増やしたいです」
「増やせるところまでな」
若い技師は、もう一度図面を見た。
「……この車体、大きくしておいて良かったですね」
「だから大きくした」
「最初から、ここまで考えてたんですか?」
年上の男は少し黙り、そして笑った。
「まさか」
図面へ目を戻す。
「だが、余裕を残しておくと、後で誰かが使う」
1948年。
副砲を捨て、車体を少し大きくした。
チリとホリから、余裕を持ってきた。
一年後、その余裕が新砲塔へ変わろうとしていた。
90mm砲へ。
強い機関へ。
より良い足回りへ。
装甲へ。
射撃管制へ。
そして、さらに何年か先の改良へ。
「それでも」
若い技師が言った。
「いつか限界は来ますよ」
今度は、年上の設計者も笑わなかった。
「ああ。来る」
図面を見る。
四式中戦車改は、どこまで改良しても1940年代に生まれた戦車の血を引いている。
最初から戦後の主力戦車として、白紙から設計された車両ではない。
いつか、90mm砲も、新砲塔も、装甲も、機関も、すべて載せたところで、これ以上は無理だという日が来る。
「その時は?」
「新しく作る」
「四式を捨てるんですか」
「違う」
年上の男は、四式中戦車改の図面を軽く叩いた。
「こいつの仕事は、永遠に使われることじゃない」
チト、チリ、ホリ。
完成したもの。
完成しなかったもの。
敗戦後に、もう一度拾われたもの。
そこへM4が加わり、M26が加わり、M46が加わる。
センチュリオンが加わり、パンターが加わる。
そして、T-54やIS-3という敵が加わる。
その全部を、四式中戦車改の上で試す。
大型砲塔、90mm級火力。
重量配分、機関、足回り。
乗員配置、射撃管制。
量産、整備、実際の部隊運用。
戦車を設計する能力だけではない。
作る能力、直す能力、使う能力。
そして、使った結果を次の設計へ戻す能力。
「次の戦車を、一から作れるところまで」
年上の設計者が言った。
「日本の戦車屋を連れていく」
「それが、四式中戦車改の仕事だ」
その次は、もう旧軍戦車の車体を引き延ばさなくてもいい。
戦時設計の制約を、最初から背負わなくてもいい。
本当の意味で、戦後の主力戦車を一から設計する。
その戦車は、収斂の末に61式と呼ばれることになる。
だが、それはまだ先の話だった。
外では、四式中戦車改が走っていた。
1948年に作られた車両。
1949年に作られた車両。
並べて見れば、細かなところがもう違う。
これから先、さらに違っていく。
75mm級の砲から90mm級へ。
新しい砲塔。
強い機関。
強化された足回り。
厚くなる装甲。
改良される射撃管制。
そうやって、第二次世界大戦型の中戦車として始まった車両は、戦後の要求を次々と飲み込み、やがて第一世代主力戦車と呼ばれる領域へ、片足を踏み入れるところまで進んでいく。
それでも、最後まで完全な戦後戦車にはなれない。
だからこそ、意味があった。
この戦車が完成形ではないことに、意味があった。
四式中戦車改の役割は、日本戦車の最後になることではない。
次の戦車へ、日本自身の手で辿り着くことだった。
その大きな車体の中には、チトがいた。
チリがいた。
ホリがいた。
アメリカがいた。
ドイツがいた。
イギリスがいた。
そして、倒すべき相手としてソ連がいた。
過去から残ったものと、外国から学んだものと、未来に必要なもの。
そのすべてを積み込みながら、四式中戦車改は少しずつ、戦後の戦車になっていった。
続く
あ と が き
後世におけるチト改の異名、
『最弱の第一世代MBT』は、蔑称に非ず。
次回 我らは“空軍”