自我持つ兵器の英雄譚“Prequel” 1945 to 2000 作:Nyappy-
空軍の黎明。
1949年
日本国防空軍には二つの主力戦闘機があった。
四式戦闘機五型「疾風」と、紫電五三型である。
片方は旧陸軍航空の系譜から生まれ、もう片方は旧海軍航空の系譜から生まれた。どちらも、戦争末期まで積み上げてきたレシプロ戦闘機技術を基礎としている。
だが、戦時中と同じ機体を、そのまま作り直したわけではない。材料、製造品質、無線、電装、整備性など、戦争末期には手が回らなかった部分を、戦後の条件でもう一度見直していた。
その二機種を、一つの空軍が同時に主力として使っていた。
当然、疑問は出た。
「二種類も作る必要があるのか?」
国防空軍が発足して間もない頃、その問いは何度も会議の机へ載った。一種類に統一すれば部品が減り、整備教育も楽になる。搭乗員教育も揃えられ、補給も簡単になる。軍隊として考えるなら、理屈は正しかった。
だが、1948年の日本には、その正しさだけを選べるほどの余裕がなかった。
疾風を作れる工場があり、紫電系列を作れる工場もある。疾風を知る整備員がいれば、紫電を知る整備員もいる。旧陸軍航空で四式戦闘機を飛ばした搭乗員がいれば、旧海軍航空で紫電や紫電改を飛ばした者もいた。
どちらか一方へ統一すれば、もう一方に残された人間と設備を、自分たちから遊ばせることになる。そんな余裕はなかった。
「だから、両方作る」
会議でそう結論が出た時、旧陸軍出身者も旧海軍出身者も、珍しく同時に黙った。
好き嫌いではない。どちらが優れているかを決める話でもない。再軍備を急ぐなら、使えるものを、使えるうちに使う。それだけだった。
もっとも、飛行機を二種類使うことより、人間を一つの空軍へ押し込む方が遥かに厄介だった。
同じ基地、同じ制服、同じ日本国防空軍。その中に、旧陸軍航空出身者と旧海軍航空出身者がいる。整備場では、そんな違いが些細なところから顔を出した。
「ハ四五、こっちへ回してくれ」
旧陸軍出身の整備員が言うと、向かいにいた男が顔を上げた。
「何だ、それ」
「発動機だよ」
「誉だろ」
「ハ四五だ」
「誉だ」
「同じ物だろうが」
「同じなら誉でいいだろ」
「何でそっちに合わせるんだ」
その横で、部品表を抱えていた若い整備兵が、困ったように二人を見比べた。彼には旧陸軍式も旧海軍式もない。国防空軍へ入って、初めて航空機を触った世代だった。
「……結局、帳簿には何て書けばいいんです?」
二人とも黙った。
戦争中なら、それぞれの組織の中だけで通じればよかった。だが今は違う。同じ倉庫から部品を出し、同じ補給組織が管理し、同じ空軍の機体へ積む。
部品の名前、整備要領、書類の書き方、飛行場で使う言葉、教育課程。似たような問題はいくらでも出てきた。
「統一名称を決めろ」
上から言われる。
「どっちに?」
そう返せば、また揉める。
結局、どちらかを勝たせるのではなく、国防空軍として新しく決め直すしかなかった。昔の呼び方をする人間まで、無理に変える必要はない。必要なのは、思い出まで同じにすることではなく、これから入ってくる若い兵士が、迷わず仕事をできることだった。
飛ぶ側でも、事情は似ていた。
同じ滑走路に、疾風五型と紫電五三型が並ぶ。創設直後、旧陸軍出身者は自然と疾風へ向かい、旧海軍出身者は紫電へ向かった。誰かに命じられたわけではない。知っている機体、慣れている系統、身体が覚えている操縦感覚、そこへ足が向いただけだった。
それを見ていた教官が、ある日、配置を入れ替えた。
「お前、紫電に乗れ」
旧陸軍航空出身の搭乗員が、露骨に嫌そうな顔をした。
「自分は疾風ですが」
「知ってる」
「では、何で」
「空軍だからだ」
隣では、旧海軍出身者が疾風へ回されていた。そちらも似たような顔をしていた。
乗ってみれば、違いはすぐに分かった。操縦感覚、視界、速度の乗り方、旋回の癖、上昇と降下、機体が搭乗員へ要求するもの。そのどれもが、慣れた機体とは違っている。
最初は、やはり自分が慣れた機体の方がいいと思う。だが、何度か乗り、互いを相手に模擬戦をし、混成編隊を組むうちに、見え方が変わってくる。
「あそこで紫電は、そう動くのか」
「疾風なら、そこからこう逃げる」
「じゃあ次は、そっちを塞ぐ」
旧陸軍航空が積み上げた戦い方と、旧海軍航空が積み上げた戦い方。どちらか一方だけを正解にする必要はなかった。両方を知り、使えるものを使えばいい。
それは、この数年間、日本国防軍そのものが続けてきたことでもあった。
だからといって、感情まで簡単に一つになるわけではない。
食堂では、相変わらず些細なことで揉めた。
「海軍さんは随分と格好にうるさいな」
「陸軍さんは雑だからな」
「何だと」
「聞こえなかったか?」
近くの若い兵士たちは、慣れたように少し席をずらした。
戦争中、陸軍と海軍は同じ国の軍隊でありながら、別々の組織だった。予算も違い、兵器も違い、教育も文化も違う。互いを、同じ国の軍隊というより競争相手のように扱った時代さえあった。
しかも、そこには戦友がいた。死んだ仲間がいた。自分たちのやり方で戦い抜いたという誇りもある。
敗戦から四年経ったから、今日から全部忘れろ。そう言われて消えるものではなかった。
「お前ら、まだやってるのか」
教官が呆れた。
「こいつが先に」
「こいつが先です」
二人同時に言った。
教官が笑う。
「仲良いじゃないか」
「どこがです!」
また同時だった。
食堂が笑いに包まれた。
翌日、その二人は同じ編隊で飛んだ。疾風と紫電が敵役を見つけ、一機が回り込み、もう一機が逃げ道を塞ぐ。無線で交わされる言葉は短い。それでも、互いが何をするのか、少しずつ分かるようになっていた。
訓練を終えて戻ると、旧陸軍出身者がぽつりと言った。
「さっきの入り方、悪くなかった」
旧海軍出身者は、少し間を置いて答えた。
「そっちもな」
仲良くなったわけではない。昔の違いが消えたわけでもない。だが、一緒に戦える。軍隊にとって、まず必要なのはそちらだった。
同じことは、工場でも起きていた。
疾風五型を作り、紫電五三型も作る。効率だけを見れば、確かに悪い。だが、それによって旧陸軍系航空機を作っていた工場も、旧海軍系航空機を作っていた工場も、戦闘機生産へ戻ることができた。
工作機械が動き、治具が再び使われ、職人が戻る。そこへ若い技術者が入り、戦時中を知る者が教える。そして、かつてなら別々の役所から要求を受けていた技術者たちが、今度は同じ国防空軍を相手に仕事をする。
すると、主力戦闘機以外にも、一度先を断たれた航空機が次々と机の上へ戻ってきた。
ただし、すべてを同じように残そうとしたわけではない。
この頃、国防空軍には一つの考え方が形になり始めていた。戦争末期に未完成のまま終わった機体、あるいは十分に成熟する前に終戦を迎えた機体を、古いからという理由だけで捨てない。
逆に、珍しいから、思い入れがあるからという理由だけで、いつまでも残すこともしない。
資料がある。実物がある。技術者がいる。短期間で完成できる。なら、一度まともな条件で完成させ、飛ばし、測り、評価する。
その上で、主力として残すのか、特殊用途で残すのか、技術だけを次へ渡すのか、それともそこで終えるのかを決める。
飛龍も、その一機だった。
戦時中より良い材料、安定した品質の発動機、戦争末期には望んでも得られなかった製造環境。それを与え、本来ならどこまでやれたのかを確かめる。
戦後品質で完成した飛龍を見て、若い技師が言った。
「よく飛ぶじゃないですか」
旧陸軍出身の設計者が頷く。
「ああ」
「なら、まだ改良できますね」
「何年やるつもりだ」
若者が黙ると、男は別の設計図を示した。
「次を作る」
飛龍は、悪い機体だから終わるのではない。戦後へ持ち越し、これから何年も主力として育てる意味が薄いからだった。
だから、一度完成させ、評価し、使える経験を取る。それで終わる。終わらせることも、技術を残すために必要だった。
面白いことに、旧海軍側にも同じ結論へ辿り着いた機体があった。
銀河。
戦時中、発動機や製造品質、それ以外にも様々な問題に悩まされた高速双発攻撃機であり、旧海軍系の技術者にとって、心残りの大きな機体だった。
だからこそ、戦後、もう一度作った。
良質な材料、安定した燃料、安定した品質の発動機、余裕を持った生産。戦争中には揃えられなかった条件を揃え、本来の銀河がどこまでやれたのかを確かめた。
結果は悪くなかった。
「これなら、戦争中に欲しかったな」
試験結果を見ながら、古参の技術者が言った。
若手が聞く。
「じゃあ、このまま改良を?」
男は、しばらく銀河を見ていた。
「いや」
そして静かに答えた。
「銀河は、これで終わりだ」
若手が意外そうな顔をした。
「良い機体なんですよね?」
「良いよ」
「なら、どうして」
「良い機体なのと」
男は答えた。
「これから作るべき機体なのは、別だ」
双発レシプロ攻撃機が、明日から役に立たなくなるわけではない。まだ飛べるし、爆弾も積める。戦場へ出せば、仕事もできる。
だが、そこからさらに何年も掛けて次の主力へ育てるなら、話が変わる。速度を求めればジェットが来るし、搭載量や航続距離を求めれば、もっと大きな機体がある。銀河の立っていた場所そのものが、少しずつ狭くなろうとしていた。
「作りたかったものは作った」
古参の技術者は言った。
「飛ばしたかった姿で飛ばした」
銀河を見る。
「どこまで出来たかも分かった」
そして、静かに続けた。
「なら、もういい」
諦めではなかった。戦争中に終えられなかった仕事を、戦後になってようやく終えたのだ。
旧海軍の血を引く機体だから、何が何でも残す。そういう話ではなかった。銀河は、きちんと完成し、きちんと評価され、そしてきちんと終わった。
ただ、銀河という機体が終わっても、高速で敵地へ入り、攻撃して帰ってくるという考え方まで消えるわけではない。機体は終わっても、役割は別の形へ渡せる。
もっと速く、もっと高く、敵に捕まる前に侵入し、必要なものを叩いて帰ってくる。それがこれからも必要なら、次に作るべきなのは「銀河」として改良した機体ではない。
若い技師の机には、新たな双発機の線が引かれ始めていた。その翼に、プロペラは描かれていなかった。
一方で、連山は終わらなかった。
こちらもレシプロ機だが、仕事が違った。四発、長い航続距離、大きな機体、大きな搭載量。戦後に改めて完成させ、試験した結果、まだ使い道があると判断された。
「銀河は終わりで、連山は残すんですか」
若手が聞く。
「残す」
「同じ爆撃機ですよ」
「同じじゃない」
古参の技術者は、連山を見上げた。
「銀河の仕事は、これから別の機体に食われる」
少し間を置いて、続ける。
「連山の仕事は、まだ連山にやらせられる」
この時点では、ただの大型四発爆撃機だった。遠くまで飛び、多くの爆弾を積み、長い時間、空にいられる。その能力だけで、まだ十分に存在理由があった。
将来、この大きな機体が別の仕事まで背負うことになるとは、まだ誰も知らない。
流星にも、先があった。
一機で複数の攻撃任務へ対応する。その考え方自体には、戦後にも価値がある。
「いつまで流星を弄るつもりだ」
旧陸軍出身者が言った。
旧海軍出身者が答える。
「使える間は」
「新しい攻撃機を作れ」
「流星を新しくすればいい」
「それを新しい機体と言うんじゃないのか?」
「名前が流星なら流星だ」
「そういうところだぞ、海軍」
「お前らがすぐ捨てるだけだ」
本気半分、冗談半分。だが、流星には本当に続けるだけの理由があった。
彩雲も、機体そのものがいつまでも同じ姿で残るとは限らない。それでも、速く飛び、遠くへ行き、見て、帰るという高速偵察の考え方には、まだ先があった。
そして、二式大艇。こちらはもっと分かりやすかった。
海は広い。飛行場のない場所がある。水面から飛べる。遠くまで行ける。洋上を探せる。人を助けられる。物を運べる。速度だけでは、代わりの利かない仕事だった。
旧海軍出身者たちは、二式大艇の話になると特に頑固だった。
「こいつは残す」
「まだ何も聞いてませんよ」
「どうせ捨てる話だろ」
「そこまで捨てたがりじゃありません」
そんな会話の向こうで、巨大な飛行艇が水面を走る。飛沫を上げ、やがてゆっくりと空へ浮かび上がった。
機体がいつまで同じ姿で残るかは、まだ分からない。だが、その仕事には明らかに次があった。
そして、強風六三型。
紫電の系譜を、もう一度水の上へ戻したような機体だった。言ってしまえば、先祖返りである。
「せっかく陸上戦闘機になったものを」
旧陸軍出身者が呆れる。
「また浮かせるのか」
「必要だからな」
「飛行場を作ればいいだろ」
「全部の島に?」
「……それは」
「全部の海域に?」
返事が止まった。
島嶼、前進基地、滑走路の建設が難しい場所、そして滑走路そのものが攻撃される可能性のある戦場。水面を滑走路として使える戦闘機という考え方には、まだ価値がある。
もちろん、強風六三型そのものが何十年も第一線を飛び続けるわけではない。所詮はレシプロ水上戦闘機であり、紫電が主力を降り、ジェット戦闘機が当たり前になれば、強風もそのままでは時代に置いていかれる。
だが、機体が消えることと、発想が消えることは同じではない。
「強風が消えたら」
若い技師が聞いた。
「水上戦闘機も終わりですか?」
旧海軍出身の男は、すぐには答えなかった。
水面へ降りた強風を見る。大きなフロート、頑丈な支柱、水上機には必要なものだが、同時に高速化には邪魔なものでもある。
「……フロートが邪魔なんだよな」
「水上戦闘機ですから」
「分かってる」
「取ったら沈みますよ」
「それも分かってる」
男は机へ戻ると、紙を引き寄せた。機首、主翼、胴体。だが、プロペラは描かなかった。
若い技師が覗き込む。
「ジェットですか」
「ああ」
「水上機ですよね?」
「ああ」
「フロートは?」
鉛筆が止まった。
大きなフロートを付ければ、速く飛ぶ意味が薄れる。なら、飛行中は邪魔にならず、水面へ降りる時だけ使える、別の何かが必要になる。
男は、機体下面へ細い線を二本引いた。
「何です、それ」
「まだ知らん」
「知らないんですか」
「これから考えるんだよ」
若者は、その線を見た。
「浮くんですか?」
「浮かせるんじゃない」
男は紙の下へ、水面を示す長い線を引いた。
「走らせる」
まだ名前はない。型式もない。実際に飛べるかどうかさえ分からない。
ただ、強風という機体がいつか消えても、水面から戦闘機を飛ばすという発想そのものまで、一緒に消える必要はなかった。
戦闘機開発の別の場所でも、二つの文化は少しずつ混ざり始めていた。
旧陸軍にはKi-83があった。高速、長航続、重武装。双発戦闘機として高い可能性を持ちながら、戦争の終わりによって十分に育て切れなかった機体である。
旧海軍には天雷があった。こちらも双発で、迎撃を主任務とする戦闘機だった。
戦後、二つの計画が一度、同じ机へ戻された。
「二つともやるのか?」
「最初はな」
一つの空軍になったからといって、昨日まで別々だった設計陣を、今日から一つへ溶かせるわけではない。しばらく、旧陸軍系のKi-83発展案と、旧海軍系の天雷発展案が並行して研究された。
ただし、戦争中とは違う。今は互いの資料を隠す理由がなく、試験結果も共有できる。同じ要求に対して、二種類の双発戦闘機を別々に量産する必要もない。
比べる。すると、差が出る。
「こっちを残す」
最終的に、軸になったのはKi-83だった。
だからといって、天雷側で得たものを全部捨てたわけではない。単座双発迎撃機としての考え方、機首へ集中させる重武装、搭乗員配置、視界、冷却、整備。使えるものはKi-83側へ移す。
旧陸軍の機体へ、旧海軍の成果を入れる。そうして、戦後型Ki-83、Ki-83-IIが少しずつ形になった。
「陸軍機に海軍のものを入れるのか」
古参が冗談半分に言った。
若い技師が首を傾げる。
「空軍機ですよね?」
一瞬、誰も答えなかった。そして、誰かが笑った。
「そうだったな」
それで話は終わった。
単発戦闘機の側にも、戦争中の心残りがあった。
Ki-87。高高度迎撃を狙った戦闘機だが、戦争中には十分な試験を終えられなかった。それを戦後にもう一度、仕上げ直す。
発動機、過給機、電装、製造品質。戦争末期に苦しんだところへ、戦後の技術と環境を入れる。
Ki-87-II。
出来上がった機体は悪くなかった。高く上がり、速く飛ぶ。高高度迎撃機として、十分に使える。試験を終えた搭乗員も、機体を悪く言わなかった。
「良いですよ、これ」
報告を受けた側も頷く。
「そうか」
「主力に?」
そこで、答えが止まった。
機体が悪いからではない。時代の方が、先へ進んでいた。
1950年代が近づく。朝鮮半島からは、ジェット戦闘機の情報が届き始めていた。今から新しい工場を用意し、新しいレシプロ戦闘機を何百機も揃え、その先の十年を任せる。そんな時間は、もうなかった。
「少数は作る」
最終的な判断は、そうなった。
良い機体だから、使い道はある。高高度迎撃、教導、研究、新装備の試験。そして、戦争中には辿り着けなかった高高度レシプロ戦闘機の完成形を、実際に使う。そこから経験を取る。
だが、次の主力にはしない。
Ki-87-IIは、失敗したから短命になるのではなかった。完成するのが、少し遅かった。ただ、それだけだった。
1951年、Ki-87-IIとKi-83-IIの二機は、揃って制式化されることになった。
そこで、妙な問題が起きた。
「名称をどうする」
古い陸軍式の感覚なら、区別する方法はいくらでもある。当初、座席数で分ける案もあった。
だが、戦後型Ki-83を整理していく中で、後席は消えた。通信、航法、重量、抵抗、そして天雷側から取り込まれた単座双発迎撃機としての考え方。それらをまとめた結果、Ki-83-IIも一人乗りになった。
会議で書類を見ていた担当者が、しばらく黙った。
「……両方単座じゃないか」
「はい」
「どうするんだ、これ」
沈黙。
やがて、一人が言った。
「発動機の数で分けたらどうです?」
「発動機?」
「こっちは一つです」
Ki-87-IIを指す。
「こっちは二つ」
Ki-83-II。
「そのままだな」
「分かりやすいでしょう」
他に困る理由もなかった。
こうして、Ki-87-IIは51式単発戦闘機、Ki-83-IIは51式双発戦闘機と呼ばれることになった。
少し説明的な名前だった。だが、その名前そのものが、二つの機体が同じ年に、同じ空軍の中で、同時に存在した証拠でもあった。
どちらも性能が悪かったわけではない。どちらも正式な戦闘機として使われた。そして、どちらも主力として長く居座ることはなかった。
レシプロ戦闘機という時代そのものが、急速に終わろうとしていたからだった。
ある日の訓練後、二人の搭乗員が滑走路脇に立っていた。
一人は旧陸軍航空出身、もう一人は旧海軍航空出身である。少し前なら、食堂で言い争っていた二人だった。
目の前には疾風五型、その隣に紫電五三型、少し離れてF-51Dがある。格納庫の向こうでは、51式単発戦闘機の試験機が整備され、さらに奥には双発の機体が見える。
「増えたな」
一人が言った。
もう一人が少し笑った。
「統一したはずなんだがな」
二人とも笑った。
確かに、日本国防空軍は一つになった。だが、飛行機の種類はむしろ増えている。
「良い飛行機ばかりだ」
「そうだな」
少し沈黙してから、片方が空を見る。
「……でも」
声が変わった。
「次は、これじゃないんだろうな」
今度は、誰も笑わなかった。
朝鮮半島の空では、景色が変わり始めていた。
戦争の初め、そこにいたのは第二次世界大戦の続きを思わせる機体だった。プロペラ、レシプロ発動機、戦時中から続く戦闘機や爆撃機。
だが、戦争が続くにつれて、新しい音が混ざり始めた。
ジェット。
速い。高い。今までとは違う。
疾風でも、紫電でも、51式単発戦闘機でも、51式双発戦闘機でもない。その先には、もう別の時代が見えていた。
研究施設では、別の図面が広げられていた。
橘花、ネ20、そして戦争中、日本がどうにか空へ送り出したジェット機。その周囲には、戦争中に完成へ届かなかった国産ジェットエンジン研究と、海外から入ってくるドイツやアメリカの技術資料が並んでいる。
別の机には震電があった。あの奇妙な形をした戦闘機にも、その先を考える線が少しずつ描かれ始めていた。
疾風を作った者、紫電を作った者、Ki-87を作った者、Ki-83を作った者、天雷を知る者、流星を残そうとする者、銀河の仕事を終えた者、連山を育てる者、彩雲の高速偵察思想を惜しむ者、二式大艇を絶対に捨てたくない者。
そして、水上ジェット戦闘機などという、まだ形にもならないものを描き始めた者。
戦争中なら、陸軍と海軍、会社も違い、要求元も違った。互いの計画を、詳しく知らないことさえあった。
今は、同じ部屋で同じ次の時代を考えている。
若い技師が、机の上を見回した。
「結局」
年長者へ聞く。
「どっちの技術を使うんです?」
「どっちって?」
「陸軍と海軍です」
男は少し考えた。その問いそのものが、もう古くなり始めていた。
「使える方だ」
答えは短かった。
「両方使えるなら?」
「両方使う」
「外国の方が良かったら?」
「それも使う」
若者が笑った。
「節操ないですね」
男も笑った。
「空を守るのに、血統書が要るか?」
その横には、ジェットエンジンの図面がある。まだ日本が自由自在に作れるものではない。知らないことも多く、外国から学ばなければならないことも山ほどある。
だが、今度は最初から陸軍機ではない。海軍機でもない。
「せっかく一つの空軍にしたと思ったら」
若い技師が言った。
「次は、飛行機そのものを全部変えるんですね」
「飛行機だけなら楽なんだがな」
「まだあるんですか?」
「飛び方も変わる」
男は指を折る。
「整備も」
「基地も」
「燃料も」
「教育も」
若者が少し嫌そうな顔をした。
「また全部ですか」
「ああ」
男はジェット機の図面を見た。そして、軽く指先で叩く。
「だが」
少し笑う。
「今度は陸軍も海軍もない」
紙の上にある、まだ完成していない新しい飛行機。
「最初から」
男は言った。
「空軍の飛行機だ」
疾風五型と紫電五三型。
二つの翼は、どちらかが勝ったから一つになったのではない。
旧陸軍航空と旧海軍航空、二つの文化を一度そのまま同じ空軍の中へ持ち込み、そこで比べ、争い、学び、混ぜ、残し、終わらせた。
疾風と紫電のように、二つとも使った方がいいものもあった。Ki-83と天雷のように、別々に始まった計画から一つを軸にし、もう一方の成果を混ぜるものもあった。
銀河のように、ようやく完成したからこそ、そこで役目を終えられる機体もあった。連山のように、古い形式に見えても、まだ仕事の残っている機体もあった。
流星のように、役割そのものに先があるものもあった。彩雲のように、機体以上に思想を残す価値のあるものもあった。二式大艇のように、他の機体では簡単に代われないものもあった。
強風のように、機体そのものはいずれ消える。それでも、水面を滑走路にするという考え方だけは次へ渡せるものもあった。
旧陸軍のもの、旧海軍のもの、外国から来たもの。その区別より、何が使えるのか、何を次へ渡せるのか。そちらの方が、少しずつ重要になっていった。
それが、国防空軍にとっての統合だった。
そして、二つの翼がようやく同じ方向へ飛び始めた頃、空そのものは既に次の時代へ変わろうとしていた。
日本は、旧陸軍の翼と旧海軍の翼を一つの空軍へ受け取った。
そして今度は、その二つの翼から、プロペラを外そうとしていた。
続く
あ と が き
航空機の高速化は止まらない。
次回 いつまでも変わらぬもの