自我持つ兵器の英雄譚“Prequel” 1945 to 2000 作:Nyappy-
零戦や隼が最新鋭とされた時代から、僅か10年。
1951年
朝鮮半島から届く戦闘報告書には、少し前までなら異常と思われたであろう数字が並ぶようになっていた。
高度、速度、上昇率。そして、敵機との交戦記録。
日本国防空軍の若い搭乗員は、机の上に広げられた報告書を何度も読み返していた。
「……本当に、これだけ出るんですか?」
向かいに座る教官は、すぐには答えなかった。代わりに、報告書の隣に置かれた一枚の写真へ目を落とす。
後退翼。機首に大きく開いた吸気口。そして、どこにもプロペラのない機体。
『MiG-15』
朝鮮半島で戦争が始まった頃、その空にはまだ、第二次世界大戦の続きを思わせる航空機が数多く飛んでいた。
レシプロ戦闘機、攻撃機、爆撃機。戦争の終結から数年が経過したとはいえ、当時の航空戦力の多くは、依然として大戦中に完成した技術を基礎としていた。
だが、戦争が続くにつれ、その景色が急速に変わり始めた。
ジェット機の存在そのものは、何も新しい話ではない。
第二次世界大戦中、ドイツではMe262が実戦に投入され、日本でも橘花が空を飛んだ。アメリカやイギリスにも既にジェット機が存在し、日本国内ではネ20のほか、より大きな推力を目指した発動機の研究も進められていた。
しかし、ジェット機の存在を知っていることと、ジェット機が航空戦の基準になることは、まったく別の話だった。
「教官」
若い搭乗員が、写真を指した。
「仮に、これと疾風で戦うことになったら、どうします?」
教官は少し考えた。
「戦い方はある」
「勝てますか?」
「条件次第だな。向こうにも弱点はあるし、こっちが有利になる状況もある」
そこで一度、言葉を切った。
「だが、それを聞いているんじゃないだろう?」
若者は黙った。
教官は報告書を閉じ、机の上へ置いた。
「疾風を、これからも空軍の主力として使い続けられるか。そう聞いているなら……」
「……はい」
「無理だ」
あまりにも簡単な答えだった。
別に、疾風五型が劣った戦闘機になったわけではない。紫電五三型も、51式単発戦闘機も、51式双発戦闘機も同じだった。いずれもレシプロ戦闘機としては十分に優秀であり、機体によっては大戦中の航空機を大きく上回る性能さえ備えている。
それでも、戦場の基準が動けば、優秀という言葉の意味も変わる。
より速く、より高く飛ぶ敵機が現れる。
しかも、それが一部の特殊な機体ではなく、当たり前のように戦場へ投入されるようになる。
そうなれば、レシプロ戦闘機がどれほど完成されていても、主力としての寿命には限界が来る。
教官は、もう一度MiG-15の写真を見た。
「別に、昨日までの飛行機が今日から飛べなくなるわけじゃない。だがな」
その指が、写真の後退翼を軽く叩いた。
「相手は、こっちが完成させたものを待ってくれん」
日本も、動かなければならなかった。
もっとも、必要な数のジェット戦闘機を、すぐに国内だけで揃えることは難しかった。
戦時中から研究を続け、戦後も再開発に取り組んでいるとはいえ、日本のジェット航空技術はまだ若い。発動機の推力も、信頼性も、量産技術も、既に実戦でジェット機を使っている国々へ追いついているとは言い難かった。
だが、幸いなことに、答えの一つは既に存在していた。
アメリカのF-86『セイバー』。
後退翼を備え、朝鮮半島の空でMiG-15と戦っているジェット戦闘機だった。
日本国防空軍にとって、当面必要なのはジェット戦闘機を一から発明することではない。
ジェット戦闘機を実際に飛ばし、整備し、戦わせられる空軍を作ることだった。
そして、その目的を果たすには、実戦経験のある完成機を導入するのが最も確実だった。
「……国産戦闘機は諦めるんですか?」
ある日の会議で、若い技師がそう尋ねた。
上司は書類から顔を上げる。
「誰がそんなことを言った?」
「ですが、F-86を導入するんでしょう?」
「するとも」
「しかも、いずれ国内でも生産することになると……」
「そのつもりだ」
上司はあっさり頷いた。
「それの何が問題なんだ?」
「国産機の開発に回せる予算も人員も、限られています」
「そうだな」
「なら、外国機の生産まで始めたら……」
そこで上司は、机の上に置かれた二つの資料を引き寄せた。
片方はF-86の技術資料。もう片方は、国内で進められているジェット戦闘機の研究報告だった。
「今すぐ必要な戦力は、完成している良い機体で揃える。その機体を国内で作れるようになれば、製造技術も手に入る」
まず、F-86の資料を叩く。
次に、国産機の資料へ手を移した。
「その間に、自分たちの技術を育てる」
「……両方ですか?」
「両方だ」
上司は当然のように答えた。
「そもそも、F-86を作ることと、日本が戦闘機を作らなくなることは、同じ意味か?」
若手は返事に困った。
その様子を見て、上司は少し笑った。
「外国に良いものがあるなら使う。国内に残っている技術があるなら育てる。再軍備が始まってから、ずっとやってきたことだろう」
実際、その通りだった。
今あるものを使い、その間に次を作る。
日本国防軍は、創設以来その方法を繰り返してきた。
そして、F-86の導入には、もう一つ大きな意味があった。
量を任せられる主力戦闘機が別に存在するなら、国産機は必ずしも同じ仕事をする必要がなくなる。
F-86と同じ性能を目指し、F-86より遅く完成し、F-86より少数しか生産できない機体を作ったところで、得られるものは限られる。
ならば、国産機には国産機にしかできない仕事を与えればよい。
日本が独自に追求する価値のある性能とは、何なのか。
その問いに答えるため、二つの名前が改めて表舞台へ現れた。
橘花。
そして、震電だった。
橘花が初めて日本の空を飛んだのは、1945年のことだった。
戦争末期、国産ジェット機として実際に飛行した数少ない機体の一つである。
ただし、その完成度は決して高くなかった。
発動機は未成熟で、飛行試験も十分ではない。機体そのものも、実用機としての評価を終える前に戦争が終わってしまった。
終戦後、研究は一度中断された。
しかし、すべてが失われたわけではない。
残された図面。保存された機体。ネ20の試験記録。製造途中で見つかった問題と、飛ばしてみて初めて分かった欠点。
そして何より、それらの意味を理解できる技術者たちが残っていた。
日本国防軍創設後、橘花は再び設計室へ持ち込まれた。
目的は、戦時中の機体をそのまま量産することではない。
戦後の材料、加工技術、工作精度、品質管理。さらには新たに入手できるようになった国外の技術情報。
それらを使い、未完成のまま終わった橘花を、実際に運用できる航空機として成立させ直すことだった。
橘花一一型。
正式略符号、J9N1。
戦時中には特殊攻撃機として開発された橘花を、今度は国防空軍のジェット戦闘機として再構成した機体である。
もちろん、用途の変更は簡単な話ではなかった。
戦闘機として必要な飛行性能、操縦性、武装、機体強度。整備や部品交換の容易さまで含めれば、戦時中の橘花から手を加えるべき場所はいくらでもあった。
それでも、一から何もかも設計するよりは、遥かに多くのものが残されていた。
ある試験の日。
地上で発動機を回す橘花の傍らに、かつて戦時中の機体にも関わった技師が立っていた。
甲高い音が響き、排気が滑走路の向こうの景色を揺らす。
「どうです?」
若い整備員が尋ねた。
古参技師は、しばらく発動機の音を聞いていた。
「……随分、落ち着いた音になったな」
「戦争中のものは、そんなに酷かったんですか?」
「酷いというか……」
男は苦笑した。
「あの頃は、まず回ってくれるだけでありがたかった」
今は違う。
一定の出力を維持できるか。加速に遅れはないか。温度や振動は許容範囲か。何時間運転でき、どれだけの整備を必要とするのか。
ただ動くことを喜ぶ段階から、使える機械として評価する段階へ移っていた。
それこそが、橘花一一型の意味だった。
そして戦後の日本には、戦争中には手に入らなかったものが存在した。
答え合わせである。
アメリカを経由してもたらされた、ドイツの航空技術資料。
その中には、Me262に関する膨大な記録も含まれていた。
機体構造、吸気系、排気系、発動機、耐熱材料、燃料系統。高速飛行時の問題、振動、整備性、故障事例、実戦運用、量産上の障害。
戦争中の日本が断片的にしか知ることのできなかった情報を、今度はまとまった形で読むことができた。
ある日、技術者たちの前に、大量の資料を詰め込んだ木箱が運び込まれた。
箱を開けると、図面や冊子が次々と取り出される。
若い技師が、その一冊を開いた。
数頁をめくり、途中で手を止める。
「……これ、全部ですか?」
「全部かどうかは知らん。少なくとも、向こうが調べたことの一部ではあるだろうな」
隣の年長者が答えた。
若手は、改めて冊子の厚みを確かめた。
「こんなに……」
「ジェット機を実戦で使ったんだ。当然、問題も山ほど出る」
しばらく無言で読み進めた後、若手がぽつりと呟いた。
「……戦争中に、これがあればなあ」
「もっと酷く負けていたかもしれんぞ」
「……夢がないですね」
「現実を見るのが仕事だろう」
年長者は平然と言い返した。
もっとも、そう言った本人も、既に別の資料へ手を伸ばしていた。
技術者にとって、そこにはいくらでも学べるものがあった。
何しろ、ドイツは実際にジェット戦闘機を戦場へ送り出したのだ。
飛ばした。戦わせた。壊した。直した。そして、大量に作ろうとした。
その過程で何が起きたのか。
どんな欠陥が見つかり、どんな対策が試され、何が最後まで解決できなかったのか。
成功だけではない。失敗にも価値がある。
だからといって、Me262をそのまま国産化するわけではなかった。
橘花とは機体規模も要求性能も異なる。日本の工場や運用環境に、そのまま適用できない技術も多かった。
それでも、参考にできるものはある。
ならば、使わない理由はなかった。
こうして得られた知識は、橘花の改良へ少しずつ取り込まれていく。
橘花二二型。
J9N2。
一一型が、戦時中の橘花を戦後の技術で成立させ直した機体だとすれば、二二型は、そこからようやく日本が自分たちの手で育て始めた橘花だった。
もっとも、ドイツから持ち込まれた資料は、航空機や発動機に関するものばかりではなかった。
「……これ、エンジンじゃないですよね」
ある技師が、一枚の図面を広げながら言った。
「見れば分かる」
「機関砲ですか?」
「そうらしいな」
図面には、一風変わった機構が描かれていた。
複数の薬室を回転させ、装填、閉鎖、発射、排莢を順番に行わせる。
一門の砲身を使いながら、高い発射速度を得るための仕組みだった。
ドイツが研究していた、MG213、MK213系のリボルバー式航空機関砲である。
「……二〇ミリと、三〇ミリ?」
若手が資料をめくる。
「三〇ミリか」
隣にいた年長の技師が呟いた。
「それなら、こっちにも経験があるな」
日本海軍が開発した、五式三〇粍固定機銃。
大型機を短時間の射撃で撃破するために作られた、大口径の航空機関砲だった。
戦争末期の限られた状況で開発された兵器ではあったが、日本にも三〇ミリ航空機関砲を作った経験がある。
砲身、弾薬、給弾機構、製造設備。そして、それらを実際に扱ってきた技術者たち。
目の前には、それとは異なる方法で高発射速度を得ようとしたドイツの研究成果があった。
「……誰に回します?」
「五式をやっていた連中だな。向こうの技術者とも突き合わせてみよう」
「作れますかね?」
「さあな」
男は少し考え、図面をまとめた。
「まず調べろ。何が優れていて、何が難しいのか。そこからだ」
「すぐに試作は?」
「急いで真似すると、ろくなことにならん」
そう言いながらも、男の表情はどこか楽しそうだった。
五式三〇粍固定機銃。
ドイツの回転薬室式機関砲。
どちらにも利点があり、欠点がある。
そして、両方を知ったからこそ考えられる、新しい可能性があった。
もっとも、この時点では、まだ資料を持ち寄っただけに過ぎない。
新しい国産航空機関砲の形が決まったわけでも、実際に動く試作品が完成したわけでもなかった。
ただ、一本の線が繋がった。
その先に何が生まれるのかは、まだ誰も知らなかった。
一方、震電。
こちらの再開発は、橘花以上に面倒なものだった。
戦争末期、わずかな飛行試験を終えただけで終戦を迎えた、試製震電。
機首に武装を集中させ、操縦席の前方に小さな翼を置き、主翼と発動機を後方へ配置する。
先尾翼、推進式。
通常の戦闘機とは、まるで逆のような構成だった。
その異様な姿は、見る者に強烈な印象を残した。
だが、どれほど珍しい形をしていようと、完成しなければ兵器としての価値は証明できない。
震電は、まさにその段階で戦争が終わってしまった機体だった。
だからこそ、国防空軍が震電の研究再開を決めた時、最初に取り組んだのはジェット化ではなかった。
まず、元の震電を完成させることだった。
震電一一型。
J7W1。
基本的な姿は、戦時中の試製震電とほとんど変わらない。
前翼、主翼、機首、機体後部の発動機と推進式プロペラ。あの独特な輪郭も、そのまま残された。
だが、中身は違った。
戦後の品質で作られた部品。十分に確保された燃料。整備された試験設備。計測機器。そして何より、失敗したからといって直ちに計画が終わるわけではない、十分な試験時間。
戦争末期には、どれも不足していたものだった。
何度も飛ばし、着陸させ、機体を分解する。
問題があれば直し、原因が分からなければ調べる。
振動、冷却、操縦性、機体強度。飛行中に現れる癖を、一つずつ確かめていく。
かつて数回の試験飛行で終わってしまった震電が、本来どんな飛行機だったのか。
まず、それを知る必要があった。
その震電を、誰よりも長く眺めている男がいた。
設計主任。
戦時中、先尾翼機という当時の日本では異質な構成を、本当に空へ上げるところまで持っていった人物の一人だった。
あの戦争の末期。
時間も物資も足りない中で、震電は生まれた。
そして、ようやく飛んだところで終戦を迎えた。
それから数年。
男は再び、震電の図面を前にしていた。
「……本当に、またやるんですか?」
傍らに立つ若い技師が尋ねた。
主任は図面から目を離さなかった。
「何をだ?」
「震電です」
「目の前にあるだろう」
「そうではなくて……」
若者は言葉を探した。
「もう、ジェットの時代ですよ」
「そうだな」
「先尾翼で、しかも推進式で……」
「うん」
「戦争中にも完成しなかった機体を、今からわざわざ……」
そこで主任は、ようやく顔を上げた。
「だからだろう?」
若者が黙る。
「何が悪かったのか。どこまで出来ていたのか。そもそも、この形が本当に正しかったのか」
主任は図面へ視線を戻した。
「それすら分からないまま、終わったんだ」
図面には、見慣れた震電の姿があった。
戦時中、何度も見た形だった。
だが、その機体について、まだ知らないことがあまりにも多い。
「失敗作だったなら、それでもいい。直せる欠点があるなら直せばいい。もっと良いやり方があるなら、そっちへ進めばいい」
主任は静かに続けた。
「だが、実際に確かめもしないで、全部無駄だったことにするのは違うだろう」
少し間を置いた。
「だったら、一度、最後までやる」
若い技師は、改めて図面を見下ろした。
そこに描かれているのは、今の時代から見れば古い飛行機だった。
しかし主任にとっては、まだ終わっていない飛行機だった。
それが、震電一一型の出発点だった。
戦時中の震電には、一つの数字が付きまとっていた。
400ノット。
時速にして、およそ740キロ。
その速度へ到達することは、震電の開発における大きな目標の一つだった。
もちろん、戦闘機は最高速度だけで決まるものではない。上昇力、加速力、運動性、火力、航続力。どれか一つが優れていても、それだけで強い戦闘機になるわけではなかった。
それでも、400ノットという数字は特別だった。
戦争中、確かにそこを目指していた。
そして、届いたのかどうかさえ十分に確かめられないまま、終わってしまった。
「……四百ノット」
若い技師が呟いた。
主任が頷く。
「そうだ」
「今なら、ジェット機でその先を狙えます」
「そうだな」
「だったら、もう……」
そこまで言いかけて、若者は口を閉じた。
主任が、少し笑っていたからだ。
「宿題が終わっていないのに、次の問題へ行くのか?」
そう言って、一一型の図面を指した。
「まず、こいつがどこまで飛べるのかを調べる。それからだ」
震電一一型。
戦時中の設計を完成させ、原型としての性能を確かめる。
次に、震電二二型。
J7W2。
レシプロ戦闘機として、さらに限界を詰めるための改良型だった。
発動機、過給機、冷却系統、機体の細部。そして、機体後部の推進装置には、二重反転プロペラが採用された。
もちろん、それだけで済むわけではない。
出力が増えれば熱も増える。推進装置が変われば振動や荷重も変わる。重量配分が変われば、あの独特な先尾翼機の飛行特性にも影響する。
一つ改良すれば、別の問題が現れる。
技術者たちは、その繰り返しに付き合うことになった。
「……まだプロペラでやるんですか?」
ある日、二二型の図面を見ていた若手が尋ねた。
「やるとも」
主任は即答した。
「噴式震電も作るんですよね?」
「作る」
「だったら、最初からそっちを……」
「いきなり全部変えたら、何が良くて何が悪かったのか分からなくなるだろう?」
主任は、手元の資料を軽く叩いた。
「レシプロの震電で、どこまで出来るか。それを知らんままジェットにしてしまったら、何を受け継いで何を捨てるべきか、判断できん」
まず、元の機体を知る。
その上で、改良を重ねて限界を確かめる。
そこで得た知識を持って、次へ進む。
順番には、意味があった。
そして、ようやく次の段階へ進む時が来た。
震電三三型。
J7W3。
実用ジェット震電である。
機体後部から、レシプロ発動機とプロペラが姿を消した。
代わって導入されるのは、ジェット推進だった。
無論、単純に発動機を取り外し、その場所へジェットエンジンを収めれば済む話ではない。
吸気をどこから取り込むか。排気をどう逃がすか。熱から機体をどう守るか。重量配分が変わった状態で、先尾翼機特有の飛行特性をどう扱うか。
設計の大部分に、改めて手を入れる必要があった。
しかし、不思議なことに、震電の奇妙な形状は、必ずしもジェット化の障害ばかりではなかった。
機首には武装を集中できる。操縦席は前方にあり、主翼は後方。そして、元々機体後部へ推進装置を配置する設計だった。
ジェット化に際して再検討すべき問題は多いものの、その独特な構成だからこそ選べる方法もあった。
「……最初からジェット化を考えていたんですか?」
若い技師が尋ねた。
主任は、呆れたように首を振った。
「そんなわけがあるか」
「ですよね」
「戦争中に、そこまで都合よく未来が見えてたまるか」
そう言って笑う。
もっとも、主任の視線はすぐに図面へ戻った。
「ただまあ……」
指先が、震電の輪郭を辿った。
「変な形というのは、変える時にも、変な逃げ道があるらしい」
その言葉に、若い技師も笑った。
戦時中、あれほど異質に見えた震電の姿。
それは、戦後になってもなお、新しい可能性を秘めていた。
橘花二二型、J9N2。
震電三三型、J7W3。
二機が、同じ試験場へ姿を現した。
片方は、戦時中の小型ジェット機を出発点として育てられた機体。
もう片方は、先尾翼のレシプロ戦闘機を、段階的にジェット機へ発展させた機体だった。
開発の経緯も、機体の構成も、考え方も異なる。
共通しているのは、日本が独自に開発したジェット戦闘機であるということだけだった。
後の時代、この比較試験はしばしば『橘花対震電』、あるいは『国産ジェット戦闘機コンペ』などと呼ばれることになる。
もっとも、その呼び方は、試験の本質を必ずしも正確に表してはいなかった。
両機が争っていたのは、次期主力戦闘機の座ではない。
その仕事は、既にF-86が担うことになっていた。
必要な数を揃え、全国の部隊へ配備する。搭乗員と整備員を育て、国内で生産する体制を確立する。
その役割まで、国産試作機同士で奪い合う必要はなかった。
では、何を比較するのか。
答えは単純だった。
F-86という主力戦闘機が別に存在する以上、国産機へ何を求めるべきなのか。
そして、橘花と震電には、それぞれ何ができるのか。
それを確かめるための試験だった。
試験記録が、机の上へ積み重ねられていく。
整備性。
橘花が優勢。
扱いやすさ。
橘花が優勢。
運用上の完成度。
これも、橘花に分があった。
元々ジェット機として生まれた橘花は、改良を重ねるにつれて、実用機としての安定性を着実に高めていた。
対する震電は、何もかもが特殊だった。
先尾翼という機体構成。独特な飛行特性。そして、元来レシプロ機として生まれた設計を、ジェット戦闘機へ発展させた経緯。
扱う側にとって、容易な機体とは言い難い。
「……全敗じゃないですか」
試験記録を眺めていた震電側の若い技師が、嫌そうな顔をした。
担当者は首を振った。
「そうでもない」
「ですが、これを見る限り……」
「普通の戦闘機として使うなら、そうなるだろうな」
担当者は別の資料を引き寄せた。
そこには、震電の迎撃試験に関する記録がまとめられていた。
震電は元々、敵爆撃機を強力な機首集中火力で迎え撃つために開発された局地戦闘機だった。
速く上昇する。
敵を捕捉する。
機首を向け、短時間で大火力を叩き込む。
そして、必要な時には、その性能を使って敵戦闘機とも渡り合う。
ジェット化しても、その基本的な性格は残っていた。
万人向けではない。
癖も強い。
整備や運用に手間がかかり、誰が乗っても同じように性能を引き出せるわけではない。
だが、特定の目的へ思い切って性能を振り向けるなら、その癖もまた武器になり得た。
「F-86が主力なら、震電にF-86の真似をさせる必要はない」
担当者はそう言った。
「それに……」
今度は橘花の資料へ視線を移す。
「橘花に、震電の真似をさせる必要もない」
その言葉が、比較試験の方向性を決定づけた。
勝者を一機だけ選ぶ必要はない。
違いを見つけ、その違いを使えばよい。
橘花には、橘花の長所があった。
ジェット機としての安定性。比較的扱いやすい操縦特性。整備性。そして、機体の発展余地。
戦闘機として使えることは、既に分かっている。
ならば、その能力を空対空戦闘だけに限定する必要はなかった。
爆弾を搭載する。
地上目標を攻撃する。
必要ならば、艦艇を相手にするための兵装も検討する。
戦闘機としての能力を維持しながら、攻撃機としての仕事も引き受ける。
その方向へ育てれば、橘花にはF-86とも震電とも異なる居場所が生まれる。
もちろん、この時点で完成された戦闘攻撃機が出来上がったわけではない。
機体に積める兵装には限界があり、航続距離も、兵装搭載量も、改善すべき余地が残っていた。
それでも、進むべき方向は見えてきた。
橘花の仕事は、戦闘機だけでは終わらない。
その系列は、さらに改良を重ねながら、より幅広い任務へと枝を伸ばしていくことになった。
一方、震電にも居場所があった。
ただし、それは多数を配備する主力戦闘機という立場ではない。
F-86ほどの数を揃えることは難しく、運用上の負担も大きい。扱いやすさという点でも、明らかに不利だった。
その代わり、より極端な性能を求められる。
高く上がれ。
速く飛べ。
敵を捕捉し、短い時間で撃ち落とせ。
必要ならば、強力な火力を機首へ集中しろ。
局地戦闘機。
迎撃機。
そして、特別な性能を必要とする戦闘任務を担う機体。
誰にでも乗せるための戦闘機ではなく、その性能を引き出せる搭乗員へ与える戦闘機。
F-86と同じ仕事をさせれば、欠点が目立つかもしれない。
だが、震電に適した仕事を与えれば、F-86とは違う強さを発揮できる。
「……これで、残せますかね」
震電側の若い技師が尋ねた。
担当者は、資料を閉じた。
「残すだけなら、博物館にでも置けばいい」
「……」
「そうじゃないだろう?」
若者は、もう一度震電の試験記録を見た。
あの奇妙な機体には、まだ伸ばせる性能があった。
「使うために、残すんだ」
震電は、戦後の日本で新たな居場所を見つけようとしていた。
1953年
F-86の完成機が、少数ながら日本国防空軍へ導入された。
それは単に、新型戦闘機が配備されたというだけの出来事ではなかった。
日本の航空産業にとって、まったく新しい教科書が届いたことを意味していた。
同時に、国内ライセンス生産の準備も本格化していた。
F-86FJ。
日本がジェット戦闘機を、自国の工業力でまとまった数だけ作るための計画だった。
当然ながら、戦闘機は設計図さえあれば作れるというものではない。
一定の品質を保った材料を揃え、精度の高い部品を作り、それらを決められた手順で組み立てる。
同じ部品が何度作っても同じように使え、別の機体へ取り付けても問題なく動く。
発動機を安定して製造し、整備できる。
一機だけではなく、十機、百機と作っても、それらの品質を維持できる。
そうした能力まで含めて、初めて量産できると言えた。
戦後の日本には、既に高い工作技術を持つ技術者や企業が存在していた。
しかし、近代的なジェット戦闘機を大量生産するには、それだけでは足りなかった。
戦争中に培われた技術を見直し、新しい技術を学び、工場そのものを変えていく必要がある。
「……ここまで厳密に揃えるんですか?」
製造資料を見た工員が、思わず声を漏らした。
隣の技師が頷く。
「一機だけ作るなら、もっと融通は利く」
「ですが?」
「同じものを百機作って、百機とも同じように飛ばすなら、話は別だ」
工員は図面へ視線を戻した。
完成した外国製の戦闘機を導入することと、その戦闘機を自分たちで作れるようになること。
二つの間には、大きな隔たりがある。
そして日本は、今まさにその隔たりを埋めようとしていた。
外国機を作る。
だが、ただ組み立てるだけではない。
分解し、測定し、製造方法を調べ、なぜその構造になっているのかを考える。
自分たちが戦時中に作っていた機体とも、戦後に開発している国産機とも比較する。
そこで得た知識を、国内の研究へ持ち帰る。
逆に、国産機の開発で得られた成果が、製造設備や部品の改良に活かされることもあった。
F-86FJの国内生産と、国産ジェット機の研究。
二つは、別々の道ではなかった。
互いに影響を与えながら、日本の航空産業を育てることになった。
そして、同じ1953年。
震電三三型、J7W3が制式化された。
格納庫では、一人の古参整備員が機体を見上げていた。
その男は、戦時中の試製震電を知っていた。
機首の形状。前方に突き出た小翼。後方へ寄せられた主翼。
見慣れた部分もあれば、明らかに変わってしまった部分もある。
何より、機体後部には、もうプロペラがなかった。
「あの頃とは、随分変わりましたね」
若い整備員が隣に立った。
「そうだな」
「……もう、別の飛行機みたいです」
古参は、しばらく返事をしなかった。
機首を見る。
前翼を見る。
そして、機体後部へ目を向ける。
戦時中の震電が持っていたものの多くは、既に姿を変えていた。
それでも、変わらずに残っているものもある。
「……いや」
男は、ゆっくりと首を振った。
「まだ、震電だよ」
若手には、その言葉の意味がよく分からなかった。
だが、古参整備員の目には、確かに同じ機体の続きを作り続けてきた結果が映っていた。
戦争末期、完成しないまま終わった一機の戦闘機。
その姿は大きく変わった。
けれども今、震電は初めて実用ジェット戦闘機として、戦後の空へ飛び立とうとしていた。
一連の試験が終わった後。
設計主任は、格納庫に収められた震電三三型を、しばらく眺めていた。
傍らには、若い技師が立っている。
「主任」
「うん?」
「……これで、四百ノットの宿題は終わりましたか?」
少し冗談めかした問いだった。
主任は、機体へ目を向けたまま、すぐには答えなかった。
戦争中。
あれほど遠い目標だった400ノット。
その数字は、今や戦闘機の性能を語る上で、特別な到達点ではなくなり始めていた。
目の前にあるのは、ジェットエンジンを搭載した震電だった。
後部には、あれほど苦労した推進式プロペラもない。
空気を切り裂く音も、機体に伝わる振動も、操縦の感覚も、戦時中の震電とは大きく違う。
それでも、この機体は、あの震電の延長線上にあった。
「四百ノットという数字だけなら……」
やがて主任が口を開いた。
「もう、終わったな」
「では……」
「だが」
若い技師が続きを言いかけたところで、主任は彼の方を向いた。
「飛行機屋の宿題は、数字を一つ越えたら終わりなのか?」
その顔には、どこか楽しそうな笑みが浮かんでいた。
若者も、つられて笑った。
世界では既に、音速の壁が破られている。
日本がようやく国産の実用ジェット戦闘機を完成させた時、世界はもう、その先を飛び始めていた。
400ノット。
それは、かつて目指した数字だった。
だが、今となっては、次の目標を考えるための出発点でもあった。
「……次は?」
若い技師が尋ねた。
主任は答えなかった。
代わりに、机の上へ置かれていた紙へ手を伸ばした。
鉛筆を取り、一本の線を引く。
次に、もう一本。
若者が覗き込むと、主任は何事もなかったかのように、さらに線を書き加えた。
「……何を描いているんです?」
「さあな」
「主任?」
「まだ決まっていないんだから、名前も付けようがないだろう」
そう言って、少し笑った。
紙の上には、まだ型式番号も、名前もない。
ただ、次の飛行機へ繋がるかもしれない、幾本かの線だけがあった。
400ノットで、終わりではなかった。
F-86FJ。
橘花二二型。
震電三三型。
この三つは、同じ仕事をするための飛行機ではなかった。
F-86は、国防空軍の主力を支える存在だった。
まとまった数を揃え、部隊の基礎を作る。同時に、ジェット戦闘機を国内で大量生産するための技術を、日本の航空産業へもたらす機体でもあった。
橘花は、戦後日本が自力でジェット機を育てるための系列だった。
戦闘機としての完成度を高めながら、対地攻撃、対艦攻撃といった、より幅広い仕事へ可能性を広げていく。
そして震電は、より極端な性能を追求するための系列だった。
扱いやすさや生産数ではF-86に及ばなくとも、その性能を必要とする場面で、ほかの戦闘機にはできない仕事をする。
主力。
多用途。
特殊高性能。
それぞれの答えがあった。
何か一つだけが正しいわけではない。
役割が違うのなら、三つとも必要になる。
外国製の優秀な兵器を導入することは、国内開発を諦めることではなかった。
むしろ、そこから学び、自分たちの兵器をさらに発展させることができる。
戦後日本は、ようやくその両方を実行できる国になり始めていた。
もっとも、ジェット化の波は、戦闘機だけに留まるものではなかった。
別の設計室では、双発攻撃機に関する新しい任務要求が検討されていた。
高速で目標へ侵入する。
敵の戦術拠点を攻撃する。
艦艇を攻撃する。
夜間でも、悪天候でも、必要な場所へ辿り着き、任務を果たす。
かつて、銀河が担おうとした仕事だった。
戦後、日本は銀河をレシプロ攻撃機として一度完成させ、その能力と限界を確かめていた。
機体そのものの役目には区切りを付けた。
だが、銀河が担っていた仕事まで消えたわけではない。
爆弾を運ぶ。
敵の拠点を叩く。
必要な距離を飛び、目標へ正確に到達する。
戦闘機とは異なる仕事をする以上、求められる能力も違っていた。
「……やはり、双発ですか」
若い技師が図面を見ながら言った。
「要求を考えればな」
「戦闘機とは、随分違いますね」
「当たり前だ。運ぶものも、飛ぶ距離も違う」
男は、机の上に置かれた任務要求書を指した。
「戦闘機が速くなったからといって、爆撃機の仕事までなくなるわけじゃない」
若者は頷いた。
その傍らには、かつての銀河の資料も置かれていた。
しかし、新しく描かれている機体には、もうプロペラがない。
まだ名前もなく、試作機さえ存在しない。
それでも、爆撃機の側でもまた、同じ変化が始まろうとしていた。
滑走路には、F-86が並んでいた。
その向こうには橘花。
さらに、独特な機影を持つ震電三三型の姿もある。
少し離れた場所では、疾風や紫電が整備を受けていた。
51式単発戦闘機と51式双発戦闘機も、まだ現役の短い時間の中にいた。
一つの時代が、一日で終わるわけではない。
レシプロ戦闘機が姿を消すには、まだ時間が必要だった。
飛行隊を転換し、搭乗員を育て直し、整備員へ新しい技術を教える。補給や整備施設も、ジェット機に対応させなければならない。
旧式になったからといって、昨日まで使っていた機体を、すべて翌日には捨てられるわけでもない。
古いものと新しいものが並ぶ。
比べられ、使われ、評価される。
そこで得たものが、次の世代へ渡されていく。
「……教官」
滑走路の傍らで、若い搭乗員が口を開いた。
「F-86と震電、どっちが強いんですか?」
隣に立つ教官は、即答しなかった。
「何をさせる?」
「空戦です」
「どんな空戦だ?」
「……戦闘機同士の」
「高度は?」
「え?」
「距離は?」
「……」
「速度は? 相手は何だ? 何機いる? こっちの任務は?」
若者は黙り込んだ。
教官は、その顔を見て笑った。
「前にも教わっただろう」
若者には、嫌な予感がした。
零戦六四型。
隼四型。
雷電五五型。
まだジェット機の搭乗員になる前、訓練で散々な目に遭わされた、あの古い戦闘機たち。
機体の性能では勝っているはずなのに、気付けば不利な場所へ追い込まれていた。
速いから勝てる。
新しいから勝てる。
そんな単純な話ではないと、嫌というほど教えられた。
「飛行機に、正解が一つしかないと思うな」
教官が言った。
「……またそれですか」
若者は、少し嫌そうな顔をした。
「ジェットになったくらいで、急に変わると思ったか?」
教官は笑っていた。
若者は、もう一度滑走路を見た。
F-86、橘花、震電。
どれもジェット戦闘機だった。
けれども、同じ飛行機ではなかった。
速さがあるなら、その速さをどう使うか。
高度を取れるなら、どこでその高度を使うか。
強力な火力を持っているなら、どうすれば敵へ向けられるか。
癖の強い機体なら、その癖をどう利用するか。
そして何より、自分の機体に何ができて、何ができないのかを知ること。
その考え方は、プロペラがなくなったからといって変わるものではなかった。
「……結局、飛行機が変わっても、やることは同じなんですね」
若者が呟く。
教官は頷いた。
「そういうことだ」
一拍置いて、付け加える。
「ただし、飛行機が変わった分だけ、覚えることは増えるぞ」
「……ですよね」
若者が肩を落とした。
教官は、楽しそうに笑った。
やがて、滑走路の向こうでジェットエンジンの音が高まり始めた。
機体が動き出し、徐々に速度を上げる。
車輪が地面を離れ、戦闘機が空へ舞い上がっていく。
そこには、かつてのレシプロ戦闘機とは明らかに違う速さと力があった。
だが、その機体を飛ばすのは、やはり人間だった。
何を考え、どう操り、どのように戦うのか。
空で戦う人間が最初に覚えるべきことは、そう簡単には変わらなかった。
1953年。
日本国防空軍は、ジェット戦闘機を手に入れた。
それだけではない。
外国から、今を学ぶ道。
橘花で、仕事を広げる道。
震電で、性能の先を追う道。
その三つを、同時に持ち始めた。
戦争中、400ノットを目指した翼は、ようやく戦後の空へ飛び立った。
そして、その時にはもう。
次の宿題が、待っていた。
続く
あ と が き
航空機はまだまだ速くなり続ける。
次回 世代交代