自我持つ兵器の英雄譚“Prequel” 1945 to 2000 作:Nyappy-
主力戦車、重駆逐と来たら……?
日本国防陸軍の演習場に、何両もの装軌車両が並んでいた。
その中に、ひときわ大きな砲を背負った車両がある。
足回りや車体下部には、どこか見覚えがあった。四式中戦車改、いわゆるチト改と同じ系列の車体を使用しているためである。
しかし、上部の構造は大きく異なっていた。
戦車のような旋回砲塔はない。ホリ改のように、強力な対戦車砲を収めた重装甲の固定戦闘室でもない。
車体後方には、上部の一部を開放した大きな装甲戦闘室が設けられ、その中から長大な砲身が突き出している。
54式155mm自走榴弾砲。
秘匿名称、ホヲ。
1954年に制式化された、戦後日本が新たに開発した自走榴弾砲だった。
その役割は、チト改やホリ改とは根本的に違う。
敵戦車と直接撃ち合うための車両ではない。
遠く離れた敵へ砲弾を送り込み、味方部隊の行動を支援する。そのために設計された、砲兵のための車両だった。
演習開始の合図が出る。
所定の射撃陣地へ入ったホヲの乗員たちは、慣れた手つきで準備を進めていった。
通信の確認。射撃諸元の受領。砲の照準と装填。
周囲では、他の車両も同様に準備を進めている。
やがて、射撃指揮所から命令が伝えられた。
「射撃用意、よし!」
砲側の確認が終わる。
一瞬の静寂。
そして、轟音が響いた。
155mm榴弾砲が火を噴き、大きな砲身が後退する。駐退復座機が反動を受け止め、砲身は再び元の位置へ戻った。
撃ち出された砲弾は、遥か遠方の目標区域へ向かって飛んでいく。
やや遅れて、観測班から着弾の報告が入った。
射撃指揮所では、その結果を基に修正を行い、次の射撃諸元を伝える。
再び装填。
そして、発射。
今度は他の車両も射撃に加わった。
複数の155mm榴弾砲が、遠く離れた目標区域へ次々と砲弾を送り込んでいく。
その光景は、砲兵としては何も珍しくないものだった。
必要な場所へ、必要な火力を届ける。
それが砲兵の仕事であり、ホヲもまた、その仕事を果たすために作られた兵器だった。
だが、この車両が生まれるまでには、決して短くない道のりがあった。
話は、もう少し前へ遡る。
1949年
日本国防軍が創設されてから、まだ一年ほどしか経っていなかった頃。
国防陸軍では、四式中戦車改の量産がようやく安定し始めていた。
前年の創設式典では、九七式中戦車チハの列に混じっていた新型戦車。それが少しずつ数を増やし、新生日本陸軍の主力戦車として配備されつつあった。
もちろん、問題がなくなったわけではない。
国産戦車を量産するための設備、部品供給、整備員の教育、各部隊から報告される不具合への対処。さらに、将来の敵戦車を見据えた火力と防御力の強化も必要だった。
開発者たちは、量産と改良の両方に追われていた。
その一方で、別の仕事も進められている。
五式砲戦車改。
戦時中に研究されたホリを、戦後の国防陸軍向けに作り直した重駆逐戦車である。
チト改とホリ改は、役割こそ違うものの、できる限り多くの構造や部品を共通化する方針で開発されていた。
そもそも、戦後のチト改自体が、戦時中の四式中戦車をそのまま量産したものではない。
チトの設計を基礎としながら、チリで得られた大型車体の経験を取り込み、ホリが要求した大口径砲や重量物の搭載余裕まで考慮する。
そうして生まれたのが、戦後の大型チト系共通車体だった。
既に戦車と重駆逐戦車という二種類の兵器が、その車体から作られていた。
そして、その設計に目を付けた者たちがいた。
国防陸軍の砲兵である。
「この車体、砲兵でも使えませんかね」
ある日の会議室。
若い砲兵将校が、技術者たちの前へ図面を広げた。
チト改の車体図である。その隣には、ホリ改の図面も置かれていた。
技師の一人が首を傾げた。
「戦車が欲しいんですか?」
「いえ、戦車ではありません」
「では、ホリのような砲戦車を?」
「それも違います。欲しいのは、こちらの後継です」
将校が取り出したのは、四式十五糎自走砲ホロの資料だった。
九七式中戦車チハの車体に、十五糎榴弾砲を搭載した自走砲である。
「……ホロですか」
「ええ」
国防陸軍は再軍備に際して、ホロを再び活用していた。
大口径榴弾砲に自走能力を与えるという発想自体は、戦後になっても有効だった。むしろ、機械化された部隊が増えつつある今だからこそ、その価値は高まっていた。
しかし、ホロは本来、既存の車体と火砲を利用して短期間で戦力を確保するための兵器だった。
戦後の機械化砲兵が必要とする能力を、最初から満たすように設計された車両ではない。
「チハの車体ですからね。走れないわけじゃありませんが、これからの戦車部隊に合わせて使うには厳しいんです」
将校は資料を指した。
「機動力もそうですが、砲の性能、乗員の作業環境、弾薬の扱い方……。どれも、今のままで十分とは言えません」
「それは、そうでしょうね」
「長十二糎自走砲も同じです。今はああいう車両があるだけでも助かりますが、いつまでも頼るつもりはありません」
技師は頷いた。
旧式車体と使用可能な火砲を組み合わせれば、短期間で自走火力を確保できる。
それは再軍備を急ぐ国防陸軍にとって、合理的な選択だった。
しかし、あくまでも暫定的な解決策である。
「……それで、チト改の車体を?」
「はい。ホリ改まで作れるくらいですから、相応の余裕はありますよね」
「ありますが……」
技師は少し難しい顔になった。
「何を載せるつもりです?」
将校は、用意していた別の資料を差し出した。
新しい自走榴弾砲の構想だった。
そこには、大口径榴弾砲の搭載を前提とした要求が記されている。
そして、その口径は155mm。
技師は一瞬、言葉を失った。
「……大きいですね」
「ええ。ですから、あの車体が欲しいんです」
「戦車の車体が余っているわけじゃないんですよ?」
「分かっています」
「生産設備だって、今はチト改とホリ改で手一杯です。砲兵用に回す余裕がどこまであるか……」
「だから、新しい車体を一から作るより、共通化できる部分を使いたいんです」
将校は、真剣な表情で続けた。
「戦車部隊だけ新しくなっても、それを支援する砲兵が取り残されては困ります。前線の戦車が進めるのに、砲兵がついていけないのでは意味がありません」
技師は、しばらく図面を見つめていた。
そして、机の上に置かれたホリ改の車体図へ目を移す。
機関、変速操向装置、走行装置、大口径砲の搭載を前提とした車体構造。
確かに、利用できそうなものは多かった。
ただし、だからといって簡単な仕事になるわけでもない。
「……一応、検討はできます」
将校が顔を上げた。
「本当ですか?」
「ただし、戦車の上を取り払って砲を載せれば終わり、なんて考えないでくださいよ」
技師は苦笑した。
「155mm榴弾砲を載せるんですから、上はほとんど作り直しになります」
155mm。
数字だけ見れば、旧日本陸軍が長年使用してきた十五糎級火砲に近い。
だが、新型自走榴弾砲の計画は、旧式の十五糎榴弾砲を少し大きくするという話ではなかった。
戦後の国防陸軍は、アメリカをはじめとする西側諸国から、兵器とその運用技術を学んでいた。
砲兵も例外ではない。
155mm級の榴弾砲は、アメリカ軍をはじめとする西側諸国で広く使われている。その技術や弾薬体系を研究し、国防陸軍へ取り込むことには大きな意味があった。
「十五糎では駄目なんですか?」
検討会で、若い技師が尋ねた。
「駄目というわけではありません。ただ、これから新しい砲を作るなら、戦後の補給体系も考えたいんです」
砲兵将校は、机に並べた資料を指した。
「今後、アメリカ軍をはじめとする西側の部隊と協力する機会もあるでしょう。その時、弾薬や補給の規格があまりに違っていると不便です」
「……なるほど」
「もちろん、口径を同じにしただけで、外国の砲弾が何でも使えるようになるわけではありません。弾薬の寸法や装薬、薬室、信管など、合わせなければならないものは多いですから」
将校は続けた。
「でも、新しく作るのであれば、最初からその辺りも考えておくべきでしょう?」
技師は頷いた。
旧陸軍には、十五糎級火砲の開発・製造・運用経験が残されている。
それを捨てる必要はない。
しかし、これからも戦前と同じ兵器を作り続けなければならない理由もなかった。
「……戦車と同じですね」
技師が呟いた。
「戦車も?」
「ええ。チト改だって、旧軍の図面をそのまま量産しているわけじゃありませんから」
将校は小さく笑った。
戦後日本が目指しているのは、かつての軍隊をそのまま復活させることではない。
残された技術を出発点として、新しい時代に必要な兵器を作ることだった。
砲兵もまた、同じである。
「それに、できれば最初から自走榴弾砲として設計したいんです」
将校が続けると、技師は顔を上げた。
「ホロのように、既存車体へ砲を載せるだけではなく?」
「そうです。車体を使うのは構いません。でも、砲兵用として必要な部分は、最初から考え直したい」
技師は少し考えた後、別の用紙を引き寄せた。
「……分かりました。まず、上部構造の検討から始めましょう」
「お願いします」
「ただし、注文は遠慮なく出してください。後になってから言われる方が困りますので」
将校は苦笑した。
「恐らく、かなり多くなると思いますよ」
「でしょうね」
技師も笑った。
実際、その予想は見事に的中することになる。
新しい自走榴弾砲の設計において、最初に問題となったのは、車体の使い方だった。
チト改とホリ改。
両者は共通する部分の多い車体を使用しているが、戦闘方法は大きく異なる。
チト改は、旋回砲塔を備えた主力戦車だった。敵を直接照準し、機動しながら戦う。
一方のホリ改は、強力な105mm対戦車砲を固定戦闘室へ収めた重駆逐戦車である。大口径砲と重装甲を組み合わせ、敵の装甲戦力を撃破するために作られていた。
しかし、砲兵用の自走榴弾砲は、そのどちらとも違う。
「……ホリ改の戦闘室を使うのは、どうでしょう」
若い技師が尋ねた。
年長の技師は、図面を見ながら答えた。
「構造は参考にできる。だが、そのまま使うのは難しいな」
「理由は?」
「まず、砲の使い方が違う」
年長の技師は、ホリ改の図面を指した。
「ホリは、基本的に敵を直接狙って撃つ。そのための照準装置と砲架がある。だが、今度は遠く離れた目標へ間接射撃をするんだ」
若者は頷いた。
「大きく仰角を取れるようにしなきゃいけませんね」
「それだけじゃない。弾薬の扱いも違う」
155mm榴弾砲では、砲弾と装薬を分けて扱う。
必要な射程や弾道に応じて装薬量を調整し、射撃を行うためである。
当然、装填作業も戦車砲とは異なる。
砲弾は重く、装薬も別に扱わなければならない。乗員が無理なく作業できるだけの空間が必要だった。
「……結局、上はほとんど新しく作るんですね」
「そうなるな。ただし、全部を一から作るわけじゃない」
年長の技師は、車体下部を指した。
「機関、変速操向装置、走行装置、履帯。それに、大きな砲を載せるために考えた構造もある。利用できるところは利用する」
「でも、砲塔はないんですね」
「全周旋回する砲塔までは、今のところ必要ない。砲兵が欲しいのは、戦車のように敵を追い回せる砲塔じゃないからな」
技師は、車体後方へ線を引いた。
「必要な射界と仰角を確保して、安定して砲撃できる構造にする。砲の左右旋回は限定されるが、それ以上の方向変更が必要なら車体を動かす」
若者は図面を眺めた。
「……なるほど」
「それに、装甲も考え直せる」
「薄くするんですか?」
「ああ。ホリと同じ重装甲を、そのまま持ってくる必要はない」
砲兵だからといって、戦場の危険から完全に逃れられるわけではない。
敵砲兵による反撃。
航空攻撃。
砲弾の破片や、小火器による被害。
そうした脅威から乗員を守るための防護は必要だった。
しかし、敵戦車の徹甲弾を正面から受け止めるための重装甲を、自走榴弾砲へそのまま与える必要はない。
その分の重量を、砲架や弾薬、乗員の作業空間へ回すことができる。
設計の方向性は、次第にはっきりしていった。
基本構造は固定式。
車体後方には、砲兵用の広い戦闘室を設ける。
乗員が大口径弾薬を扱いやすいよう、上面の一部を開放した構造とする。
当然、雨や雪への対策は必要だが、戦車のような完全密閉式の砲塔にするわけではない。
「……雨の日は大変そうですね」
若い技師が呟いた。
「大変だろうな」
「そこは何とかできませんか?」
「覆いは考える。ただ、砲の動きと乗員の作業を邪魔するようじゃ意味がない」
年長の技師は苦笑した。
「何もかも守ろうとすれば、どんどん重くなる。だから、どこまで必要かを決めるんだ」
戦車とは異なる仕事をする車両なのだから、戦車とは異なる設計が必要になる。
それが、新しい自走榴弾砲の出発点だった。
開発が本格化すると、砲兵側から次々と注文が届くようになった。
「もう少し弾薬を積めませんか?」
ある日の会議で、砲兵将校が尋ねた。
技師は、苦い顔をした。
「またですか」
「できれば、ですが」
「前にも説明しましたが、積む場所には限界があるんです」
「そこを何とか」
「無理に積めば、砲員が作業できなくなります」
将校は図面を眺めた。
確かに、戦闘室には既に多くの装備が収められている。
大きな砲架、駐退復座機、照準装置、砲弾と装薬の収納場所。
それに、乗員が移動し、弾薬を取り出し、装填するための空間も必要だった。
「砲弾を一発増やすだけでも、結構大変なんですよ」
技師が説明した。
「ただ収めればいいわけじゃありません。射撃中に取り出せなければ意味がありませんし、装薬を安全に扱える配置にもしておかなければなりません」
「……それは、そうですね」
「それに、砲弾は重いんです。戦車砲の弾薬とは違いますから」
将校は頷いた。
155mm榴弾砲の砲弾は、乗員が簡単に片手で扱えるようなものではない。
射撃を続けるには、それを何度も取り出し、運び、装填する必要がある。
その作業を、限られた人数で繰り返すのである。
「砲兵の方々は、随分と注文が多いですね」
若い技師が、思わず呟いた。
将校は笑った。
「戦車兵の方々だって、同じでしょう?」
「……まあ、そうですね」
「結局、使うのは人間ですから」
その言葉に、技師は頷いた。
図面の上では、機械の寸法や重量が問題になる。
だが、実際の車両には人間が乗る。
そして、戦場で動かすのも人間だった。
「それに、我々は一発撃てれば満足というわけではありません」
将校が続けた。
「必要なら、何度でも撃ちます。そのための兵器ですから」
一発の砲撃で役目が終わるわけではない。
観測結果を受け、修正し、再び撃つ。
必要なら、複数の砲を集中させる。
そのためには、砲の性能だけでなく、乗員が継続して作業できることも重要だった。
「……分かりました」
技師は頷いた。
「装填作業と弾薬配置を、もう一度見直します」
こうして、図面は何度も修正されていった。
車両の内部に十分な弾薬を積みたい砲兵。
その要求を実現しながら、重量と安全性を守らなければならない技術者。
両者の意見は、時として対立した。
しかし、目指しているものは同じだった。
戦場で本当に使える自走榴弾砲を完成させること。
ただ大きな砲を載せただけの車両ではなく、砲兵が必要とする仕事を果たせる兵器にすることだった。
試作車の製作が進むにつれ、次の問題が明らかになった。
砲撃時の負荷である。
155mm榴弾砲は、決して小さな火砲ではない。
砲弾を撃ち出す際には大きな反動が発生し、駐退復座機を介して砲架や車体へ力が伝わる。
その負荷を受け止めながら、繰り返し射撃しても問題のない構造にしなければならなかった。
「……撃てましたね」
初期の射撃試験後、若い技師が呟いた。
年長の技師は、点検結果へ目を落としていた。
「撃てたな」
「車体も無事です」
「ああ」
「……良かったじゃないですか」
「まだ分からんよ」
若者が顔を上げる。
「一発撃って壊れなかったからといって、百発撃っても壊れないとは限らん。負荷がどこへ集中しているか、きちんと調べないとな」
技師は試験車両を見た。
大きな砲身。
それを支える砲架。
そして、下にある大型チト系共通車体。
元々、大口径砲の搭載を想定して余裕を持たせた車体ではある。
だが、ホリ改の対戦車砲と、砲兵用の155mm榴弾砲では、要求される砲架構造も射撃姿勢も違っていた。
単に砲の重量を支えられればよいという話ではない。
大きく仰角を取った状態でも、繰り返し射撃できなければならない。
射撃によって機器が故障したり、砲架に問題が生じたりするようでは困る。
さらに、射撃を終えた後には移動できなければならなかった。
「……砲が撃てれば終わり、じゃないんですね」
若い技師が呟いた。
年長の技師は笑った。
「一発で壊れるようじゃ、自走砲とは呼べんだろう」
「……ですよね」
「次も撃てて、その次も撃てる。必要なら移動して、また撃てる。それが仕事だ」
若者は頷いた。
試験は、その後も繰り返された。
砲架の強度、反動の受け止め方、装填作業、機関や走行装置への影響。
細かな問題を一つずつ洗い出し、必要な修正を行っていく。
そして、そうした試験の積み重ねによって、ようやく自走榴弾砲としての形が整えられていった。
一方、国防陸軍では、自走榴弾砲をどのように運用するかについても議論が続いていた。
装軌車両へ大口径榴弾砲を搭載する。
それだけなら、戦争中にも行われている。
しかし、新しい自走榴弾砲に求められていたのは、単に自力で走れることではなかった。
戦車部隊や歩兵部隊の機動に合わせ、砲兵も移動する。
必要な時に射撃陣地へ入り、砲撃を加える。
役目を終えれば、次の陣地へ移動する。
その一連の行動を、部隊として行わなければならなかった。
「……車両が速くなれば、それでいいんですか?」
ある会議で、若い将校が尋ねた。
年長の砲兵将校は首を振った。
「良くはなる。だが、それだけじゃ足りん」
「何が必要です?」
「まず、目標を見つけることだ」
年長の将校は、机に広げられた演習用の地図を指した。
「砲兵は、自分から見えない敵へ撃つことが多い。では、誰が敵を見つける?」
「観測班です」
「そうだ。では、その情報はどう届く?」
「通信です」
「それが遅れたら?」
若い将校は少し考えた。
「……撃つ頃には、目標が移動しているかもしれません」
「そういうことだ」
年長の将校は頷いた。
砲兵の仕事は、砲を撃つことだけではない。
目標を発見し、位置を確かめ、必要な火力を判断する。
射撃諸元を計算し、砲側へ伝える。
そして、着弾を観測して修正する。
その一連の流れが成立して、初めて砲兵部隊は戦力になる。
「車両だけ速くなっても、命令が遅ければ意味がない。通信が途切れても困るし、弾薬が届かなければ砲撃を続けることもできん」
「……なるほど」
「今度の自走砲は、機械化された砲兵の一部だ。だったら、砲兵側もそれに合わせて変わらなきゃならん」
年長の将校は、地図の一角を指した。
「戦車が前へ進めるのに、砲兵だけ置いていかれるわけにはいかんだろう」
若い将校は頷いた。
新しい自走榴弾砲。
それは、一両の新型兵器であると同時に、砲兵全体の運用を変えるための道具でもあった。
試作と改修を重ねていた頃。
チト改の開発に関わっていた技師の一人が、製作中の自走榴弾砲を見に来た。
「……何だ、随分変わったな」
車両を見上げながら、そう呟いた。
案内していた若い技師が笑う。
「戦車とは違いますから」
「それは分かるが……」
年長の技師は、車体を一周した。
足回りには、見慣れた部分がある。
機関や駆動系統にも、共通化された構造が残っている。
だが、上部構造は大きく違う。
旋回砲塔はない。
ホリ改のように、前方の敵装甲を撃ち抜くための固定戦闘室でもない。
その代わり、大口径榴弾砲と、砲兵のための設備が収められていた。
「……同じ車体とは思えんな」
「元のまま、というわけではありませんからね」
「そりゃそうだ」
年長の技師は笑った。
「しかし、ここまで使うとは思わなかった」
若者が顔を上げる。
「最初から考えていたんじゃないんですか?」
「何を?」
「共通車体を、いろんな兵器に使うことです」
「使えればいいとは思っていたさ」
年長の技師は頷いた。
「だが、ここまで具体的に考えていたわけじゃない」
若者は少し意外そうな顔をした。
「……そうなんですか」
「ああ」
年長の技師は、車体の側面を軽く叩いた。
「余裕を残しておけば、後で誰かが使える。そう考えただけだ」
「なるほど」
「そして、お前らが使った」
若者は、もう一度車両を見上げた。
大型チト系共通車体。
その設計者たちが残した余裕を、砲兵用の車両として使い直した。
もちろん、元の構造をそのまま利用できたわけではない。
大きく変更した部分もある。
新しく作らなければならなかった部分もある。
しかし、最初から使えるものが残されていたからこそ、ここまで来ることができた。
「……これで三種類ですね」
若者が呟いた。
「何が?」
「チト改、ホリ改。それから、これです」
年長の技師は少し考えた。
そして、笑った。
「そうだな」
主力戦車。
重駆逐戦車。
自走榴弾砲。
同じ基本車体を出発点として、三つの異なる仕事をする兵器が生まれた。
「……まさか、砲兵まで面倒を見ることになるとはな」
年長の技師が呟いた。
若者は笑った。
「こちらは助かりましたよ」
「それなら良かった」
二人は、しばらく試作車を眺めていた。
戦争中に生まれた技術が、戦後の日本で新しい使い道を得ている。
そのことを、二人とも何となく実感していた。
1954年
新しい自走榴弾砲は、制式採用へ向けた最終段階を迎えていた。
走行試験と射撃試験は繰り返され、砲兵側からの要求も設計へ取り込まれていた。
機関と駆動系統、砲架、弾薬配置、乗員の作業性、射撃時の安定性、そして砲兵部隊の中で運用するための装備。
それらを一つずつ確かめ、問題を修正してきた。
もちろん、完璧な車両になったわけではない。
限られた車体の中へ155mm榴弾砲を収める以上、妥協しなければならない部分はある。
また、もともと戦車を出発点とした車体であることも、設計上の制約となっていた。
しかし、それでも国防陸軍が必要としていた能力を持つ、自走榴弾砲としての形は整いつつあった。
試作車の評価を通じて、基本的な性能も明らかになっている。
戦闘重量は約39トン。
主砲は155mm、砲身長はおよそ27口径。
通常榴弾の最大射程は約15.5km。
車内には24発の弾薬を搭載し、七名の乗員によって運用する。
大仰角での間接射撃を前提とし、砲の左右旋回は限定される。
発射速度は、継続射撃で毎分一〜二発程度。条件が良ければ短時間に毎分三〜四発級まで引き上げることもできるが、それを長時間維持するような兵器ではなかった。
155mm砲弾と装薬を扱う以上、給弾と装填には相応の手間が掛かる。
乗員の疲労も無視できない。
それでも、1950年代の機械化砲兵が必要とする能力を、十分に備えた車両だった。
そして、最後には実際の部隊行動の中で確かめなければならない。
ある日の演習。
新型自走榴弾砲を含む砲兵部隊が、戦車部隊の行動に合わせて移動していた。
前方では、四式中戦車改を中心とする機甲部隊が行動している。
その後方を、砲兵部隊が追っていた。
やがて、自走榴弾砲は予定された射撃陣地へ入った。
砲兵たちが準備を始める。
通信を確認し、射撃指揮所からの指示を受ける。
砲側では、指定された条件に従って照準と装填の確認が行われた。
そして、発射。
155mm砲が火を噴いた。
激しい砲声が周囲へ響き、遠方の目標区域へ砲弾が飛んでいく。
観測班から、着弾に関する情報が伝えられた。
射撃指揮所が結果を確認し、次の射撃へ必要な修正を行う。
再び砲撃。
今度は、複数の自走榴弾砲が射撃に加わった。
目標区域へ次々と砲弾が送り込まれる。
砲兵として、当たり前の仕事だった。
だが、その砲を撃っているのは、トラックで牽引されてきた榴弾砲でも、戦前のチハを改造したホロでもない。
戦後日本が新たに作り上げた、自走榴弾砲だった。
砲撃を終えた部隊は、次の行動へ移る。
必要な確認を済ませ、車両を移動させる。
砲兵もまた、機械化された部隊の一員として行動していた。
それは、国防陸軍が求めていた姿の一つだった。
演習後。
砲兵将校たちが、車両の近くで話していた。
「……どうだった?」
年長の将校が尋ねた。
若い将校は少し考えた。
「良いと思います」
「どこが?」
「移動できることです」
年長の将校は笑った。
「自走砲なんだから、当たり前だろう」
「いえ、そういう意味じゃありません」
若者は、演習を終えた車両を指した。
「砲兵が、戦車部隊と同じ作戦の流れに乗れるんです」
「……ほう」
「もちろん、直接一緒に戦うわけじゃありません。でも、必要な場所へ移動して、必要な時に支援できる」
若い将校は続けた。
「今までより、ずっとやりやすいと思います」
年長の将校は頷いた。
「そうだな」
もちろん、まだ改善すべき部分はあった。
車両の整備、弾薬の補給、観測班との連携、射撃指揮所との通信、部隊全体としての運用方法。
新しい自走榴弾砲を導入したからといって、すべてが完成するわけではない。
だが、少なくとも砲兵たちは、新しい可能性を手に入れていた。
「もっとも、こいつを使いこなすには、我々の方も勉強し直さなきゃならんな」
年長の将校が言った。
若い将校は笑った。
「そうですね」
「機械だけ新しくなっても、中身が変わらなきゃ意味がない」
「……はい」
二人は、新しい自走榴弾砲を見た。
戦争中から使われてきた十五糎級火力。
その思想を受け継ぎながら、今度は戦後の155mm砲と大型チト系共通車体を組み合わせる。
だが、引き継いだのは兵器だけではない。
砲兵としての経験。
射撃を指揮する方法。
観測と通信。
部隊を動かすための知識。
それらもまた、戦後の国防陸軍へ渡されていた。
古い大砲を残すことが目的ではない。
砲兵という仕事を、次の時代へ繋ぐ。
そのための新しい道具が、ようやく完成しようとしていた。
1954年。
新型自走榴弾砲は、正式に制式採用された。
54式155mm自走榴弾砲。
秘匿名称、ホヲ。
日本国防陸軍は、戦後の大型共通車体を利用した本格的な自走榴弾砲を、ついに手に入れた。
その車体は、チト改の系譜に属する。
同じ系列には、ホリ改もいる。
だが、ホヲは両者とは異なる兵器だった。
チト改は、国防陸軍の主力戦車として敵と直接戦う。
ホリ改は、強力な対戦車火力で敵の装甲戦力を撃破する。
そしてホヲは、その後方から砲兵火力を提供する。
三つの車両は、同じ基本車体から生まれながら、それぞれ異なる仕事を担っていた。
当然、完全に同じ車体を使っているわけではない。
任務が異なれば、必要な構造も違う。
砲塔の有無、戦闘室の構成、重量配分、装甲、弾薬配置、砲架。
それぞれの用途に合わせ、必要な部分は大きく作り替えられていた。
それでも、機関や駆動系統、足回り、履帯、整備工具、工場設備、部品の供給体制など、共通化できるものは共通化した。
完全な統一ではなくても、共通部分が多いことには意味がある。
何もかも別の車両を作るより、工場も整備部隊も負担を減らせる。
新しい兵器を作るための費用と時間を抑えられる。
その分だけ、必要なところへ技術者と資源を使うことができた。
戦後日本が、限られた条件の中で選んだ方法だった。
そして、その結果として生まれたホヲは、単なるホリ改の砲身換装型でも、チト改の車体に榴弾砲を載せただけの車両でもなかった。
最初から砲兵用として必要な性能を追求した、一つの独立した兵器だったのである。
とはいえ、ホヲが制式化されたからといって、ホロがその日のうちに消えたわけではなかった。
長十二糎自走砲も同じだった。
国防陸軍には、まだ旧式兵器を使う理由があった。
新しい車両を生産するには時間が掛かる。
配備先を決め、整備員を教育し、必要な部品と弾薬を用意しなければならない。
何より、新型車両を受け取った部隊が、すぐにその性能を最大限発揮できるとは限らなかった。
「ホロ、まだ使うんですね」
ある日、若い砲兵が尋ねた。
年長の将校は頷いた。
「使えるうちはな」
「でも、ホヲができましたよ?」
「できたな」
「じゃあ、もう古い方はいらないんじゃ……」
年長の将校は首を振った。
「全部の部隊へ、一度にホヲを配れるわけじゃないだろう」
「……それは、そうですけど」
「今ある火力を捨ててから、新しい火力を揃えるわけにはいかん」
若者は頷いた。
「だから、少しずつ置き換える」
「はい」
年長の将校は、近くに並んだ車両へ目を向けた。
ホロとホヲ。
どちらも大口径榴弾砲を搭載する自走砲だった。
しかし、同じ仕事をするための車両でも、時代が違う。
一方は、戦時中にチハ車体と既存火砲を組み合わせて作られた兵器。
もう一方は、戦後の要求に合わせて設計された自走榴弾砲だった。
「古い方にも、役目はある」
年長の将校が言った。
「だが、いつまでも主役でいられるわけじゃない」
若い砲兵は、ホヲを見た。
新しい時代の砲兵。
その中心となる車両が、少しずつ部隊へ届き始めていた。
そして、再び1956年。
演習を終えた54式ホヲの近くで、若い砲兵将校が車両を眺めていた。
隣には、開発に関わった技師が立っている。
「……随分、立派になりましたね」
将校が呟いた。
技師は少し笑った。
「何がです?」
「この車両です」
将校はホヲを指した。
「最初は、チト改の車体を使えないか、という話だったんですよね」
「そうですね」
「それが、今ではちゃんと砲兵の車両になっている」
技師は頷いた。
確かに、その通りだった。
出発点は、四式中戦車改の車体だった。
だが、そのまま砲を載せただけではない。
砲兵の要求に合わせ、必要な構造を考え直した。
乗員が作業しやすいように工夫し、継続して射撃できるようにした。
そして、実際に部隊で運用するための装備として完成させた。
その結果として、ホヲがある。
「チト改って、面白い車体ですね」
将校が言った。
技師が顔を上げる。
「どうしてです?」
「だって、戦車として作ったんでしょう?」
「元々は、そうですね」
「それがホリ改にもなって、ホヲにもなる」
将校は、車体の側面を軽く叩いた。
「まるで、何にでもなれるみたいです」
技師は少し笑った。
「何にでも、というほどではありませんけどね」
「そうですか?」
「ええ。限界はあります」
技師は、ホヲを見上げた。
「でも、最初から余裕を持たせておいたのは、良かったと思います」
将校は頷いた。
その余裕がなければ、そもそもホヲという車両を作ることは難しかったかもしれない。
戦時中の設計を、そのまま使い続けるのではない。
残されたものを調べ、必要な部分を取り込み、次の仕事に使う。
そして、今度は自分たちが新しい経験を残す。
その繰り返しが、戦後の国防陸軍を少しずつ変えていた。
「そういえば」
将校が、ふと思い出したように尋ねた。
「この車体、まだ何かに使うんですか?」
技師は少し考えた。
「使えるものには使うでしょうね」
「まだ増えるんですか?」
「どうでしょう」
技師は笑った。
「ただ、何か作りたいものがあれば、まず使える車体がないか考えるでしょう」
将校も笑った。
「便利なものですね」
「ええ」
技師は頷いた。
「だから、共通車体なんです」
二人は、しばらくホヲを眺めていた。
戦車として生まれた車体が、今では砲兵の仕事をしている。
それは、少し不思議な光景だった。
だが、戦後日本が目指していた兵器開発の姿でもあった。
1948年。
四式中戦車改は、戦後日本の主力戦車として生まれた。
その車体は、戦時中のチトをそのまま再生産したものではなかった。
チリで得られた大型車体の経験。
ホリで必要とされた重量と搭載余裕。
それらを取り込み、戦後の要求に合わせて作り直した車体だった。
同じ基本設計から、ホリ改が生まれた。
そして、1954年。
その車体は、さらに別の姿を手に入れた。
54式155mm自走榴弾砲。
───ホヲ。
かつての十五糎級自走火力を受け継ぎながら、戦後の155mm砲と機械化砲兵の運用思想を取り込んだ車両だった。
チト改は、前線で敵と戦う。
ホリ改は、強力な砲で敵装甲を撃破する。
そしてホヲは、その後方から砲撃を加える。
三つの車両は、同じ基本車体から生まれながら、まったく違う仕事を担っていた。
だが、共通していることもある。
いずれも、戦時中に残された技術を出発点として、戦後の日本で作り直された兵器だった。
そして、それぞれが次の時代へ渡すものを持っていた。
戦車としての技術。
重火力車両としての技術。
そして、機械化砲兵としての技術。
同じ車体から、三つの方向へ経験が積み重ねられていく。
それは、限られた資源と技術を使って軍隊を再建しようとした日本が、ようやく手に入れ始めた能力だった。
古いものを、ただ残すのではない。
使えるものを拾い、必要に応じて作り替える。
そして、その結果を次へ渡す。
ホヲは、その考え方から生まれた車両だった。
戦時中の中戦車から始まった一つの車体が、戦後の砲兵へ新しい可能性を与える。
四式中戦車改。
五式砲戦車改。
そして、54式155mm自走榴弾砲。
三つ目の姿。
それは、遠く離れた味方を守るために火を噴く、大きな榴弾砲を背負った姿だった。
続く
あ と が き
秘匿名称の系譜は国防陸軍にも継承されています。
次回 艦隊再建