自我持つ兵器の英雄譚“Prequel” 1945 to 2000 作:Nyappy-
ようやく復活の兆しが見え始める海軍。
1955年
日本国防海軍に、一隻の巡洋艦が就役した。
全長約200メートル。艦首側には20.3cm連装砲三基六門を集中配置し、中央から後部にかけてはミサイル兵装や電子装備、艦隊指揮に必要な設備を備える大型水上戦闘艦。
その名は、阿武隈。
戦後日本が初めて、自国の手で新造した巡洋艦だった。
その姿には、かつての日本海軍重巡洋艦を思わせるものがあった。前方へ集められた大口径主砲、長大な船体、そして外洋を行動する大型軍艦らしい堂々とした艦影。
だが、旧日本海軍の巡洋艦をそのまま復活させたわけではない。
20.3cmという口径には、確かに戦前からの血統がある。
しかし、砲身や閉鎖機、装填・揚弾装置、砲塔駆動、射撃管制に至るまで、戦後の技術を取り込んで再設計されていた。
そして、主砲の後方には、かつての重巡洋艦にはなかったミサイル兵装と電子装備が並んでいる。
砲で戦う能力を残しながら、ミサイルの時代にも対応する。
阿武隈は、その二つを両立させるために設計された艦だった。
岸壁には、就役したばかりの艦を見上げる人々が集まっていた。
建造に携わった造船技師、工員、国防海軍の将兵。
そして、その中には、終戦とともに日本の軍艦が次々と解体されていく光景を見ていた者たちもいた。
「……本当に、また作ったんだな」
年配の造船技師が、思わず呟いた。
隣にいた若い技師が振り返る。
「巡洋艦を、ですか?」
「ああ。戦争が終わった時は、もう二度と日本でこんな艦を作ることはないと思っていた」
若者は阿武隈を見上げ、少し笑った。
「でも、作れたじゃないですか」
「……そうだな」
年配の技師は、静かに頷いた。
終戦から十年。
かつて海軍を失った日本が、再び大型巡洋艦を自国で建造できるところまで戻ってきた。
もっとも、その道のりは決して平坦ではなかった。
残された旧軍艦を調べ、外国の軍艦を受け取り、古い艦を改修し、新しい装備を試す。使えるものは使い、足りないものは新しく作る。
その積み重ねが、ようやく形になったのである。
しかし、この十年間に国防海軍が取り戻そうとしていたものは、大型軍艦の建造能力だけではなかった。
むしろ、阿武隈とは比較にならないほど小さな艦艇たちが、毎日のように日本の海を走っていた。
そして、その小さな艦艇こそが、当時の国防海軍を支える中心的な存在だった。
話は、七年前へ遡る。
1948年7月1日
日本国防軍の創設に伴い、国防海軍も正式に発足した。
しかし、その時点で国防海軍が保有していたのは、決して強大な艦隊ではなかった。
掃海艇、警備艦、海防艦級の小型艦艇、輸送艦、補助艦。そして、アメリカから供与されたフレッチャー級などの駆逐艦。
そうした艦艇を組み合わせ、ようやく一つの海軍を形にしている段階だった。
日本周辺の海上交通路を守ることは、国家にとって欠かせない仕事である。
掃海、沿岸警備、哨戒、海難救助、密輸取締、漁船保護、航路確保、船団護衛。
中国大陸と朝鮮半島の情勢が不安定な以上、海上交通路を脅かす可能性のある事態にも備えなければならなかった。
だが、戦力は十分ではない。
戦前の海軍が持っていた大型軍艦の多くは失われ、残されたものも戦後の接収や解体によって姿を消していた。
国防海軍は、そうした状況から再出発しなければならなかったのである。
もっとも、旧日本海軍が積み重ねてきたものまで、すべて失われたわけではない。
造船所があった。
工作機械が残っていた。
図面や技術資料も残されていた。
何より、それらを使いこなしてきた人間がいた。
そして国防海軍は、その技術をもう一度使えるものにするため、残された旧軍艦を可能な限り確保しようとしていた。
その中でも、大型水上艦の技術を取り戻す上で特に重要な存在となったのが、利根だった。
旧日本海軍の巡洋艦。
艦首側へ20.3cm連装砲四基八門を集中配置し、艦の後方を航空機運用のために大きく割り当てた、独特な設計を持つ巡洋艦である。
もっとも、1948年の利根は、そのような勇壮な姿を留めていなかった。
既に解体が進み、砲塔や上部構造物の多くを失っていた。
直ちに戦力として使えるような状態ではない。
それでも、1948年7月1日。
国防軍創設当日に、その解体は停止された。
「……本当に、残すんですか?」
解体作業に関わっていた若い工員が、技師に尋ねた。
「そう決まった」
「でも、もう随分と外してしまいましたよ」
「ああ」
「今から軍艦へ戻すのは、大変じゃありませんか?」
年配の技師は、むき出しになった船体を見た。
「大変だろうな。そもそも、今すぐ軍艦へ戻すつもりもない」
若者は首を傾げた。
「……では、何に使うんです?」
「調べるんだ」
「調べる?」
「ああ。大型巡洋艦というものが、どう作られているのかをな」
利根には、既に多くの装備が残っていなかった。
しかし、機関区画や船体構造、重量物の配置、弾薬庫、配管、区画配置など、調べられるものはまだ多い。
そして、半ば解体されていたからこそ、通常の完成艦では容易に見ることのできない部分まで観察できた。
「……わざわざ壊して調べなくても、もう壊れているから分かる」
若者が呟くと、年配の技師は少し笑った。
「まあ、そういうことだ」
もちろん、それだけではない。
大型艦を設計するための図面が残っていても、実物を知らなければ理解しにくい部分はある。
重量物をどのように支えているのか。
機関区画の限られた空間に、どのように装置を収めているのか。
乗員は、どの経路を通って各部署へ移動するのか。
損傷した時、どの区画を閉鎖すれば被害を抑えられるのか。
そうしたことを、実際の船体から学ぶ。
「……将来、また巡洋艦を作るつもりなんですか?」
若者が尋ねた。
年配の技師は、少し考えた。
「作れるようには、しておきたいな」
それが、当時の精一杯の答えだった。
新しい巡洋艦の建造がいつ実現するのか、まだ誰にも分からない。
だが、利根を解体してしまえば、その実物教材まで失われる。
いつか必要になるかもしれない技術を、今のうちに残しておく。
そのために、利根は保存されたのである。
もっとも、1948年の国防海軍が、最初から大型巡洋艦の建造を最優先できたわけではなかった。
むしろ、優先順位は逆だった。
「……巡洋艦が欲しい、という気持ちは分かる」
ある日の会議で、年長の海軍将校が言った。
「だが、その前にやることがあるだろう」
机の上には、日本周辺の海域を示した地図が広げられていた。
海峡、港湾、商船の航路、漁場。
そして、警戒が必要な沿岸海域。
「……護衛ですか」
若い将校が尋ねた。
「それもある。だが、護衛だけじゃない」
年長の将校は地図を指した。
「毎日、これだけの海を見て回らなければならん。船が遭難すれば救助に向かう。航路の安全も確かめる。怪しい船がいれば臨検も必要になる」
「……はい」
「それを、巡洋艦一隻でどうにかできると思うか?」
若い将校は首を振った。
「できません」
大型軍艦は強力な戦闘能力を持つ。
しかし、一隻の大型軍艦が、同時に何か所もの海域を警戒できるわけではない。
平時の海軍には、戦争中とは異なる仕事がある。
それも、一日や二日で終わる仕事ではなかった。
日本の海を守る限り、毎日続く仕事である。
「……つまり、数が必要なんですね」
若い将校が呟いた。
「そういうことだ」
年長の将校は頷いた。
「必要な時に必要な海域へ艦を出せるようにしなければならん。いくら立派な艦を持っていても、一隻しかなければ、別の場所には出せないだろう」
若者は、もう一度地図を見た。
新しい日本海軍。
その建設は、かつての連合艦隊を復活させるところから始まるわけではなかった。
まず、日本の周囲を守れるだけの艦艇を揃える。
しかも、それを長期間運用できるようにする。
そのための船が必要だった。
こうして国防海軍では、海防艦の建造が重要な政策として位置付けられることになる。
それは、旧日本海軍が戦争末期に大量建造した海防艦を、そのまま作り続けるという意味ではない。
船団護衛や対潜戦闘、近海哨戒という任務を受け継ぎながら、戦後の装備や技術を取り込んだ新しい海防艦を作る。
必要な海域へ、必要な数を配備する。
それが、当時の日本国防海軍が選んだ方針だった。
そして、この方針は、その後の建艦計画へ長く影響を与えることになる。
1950年代前半
国防海軍のある海防艦が、船団護衛訓練に参加していた。
周囲には、数隻の商船を模した訓練目標がいる。その外側を海防艦が航行し、周辺海域を警戒していた。
艦橋では、航海と見張りを担当する乗員たちが忙しく動いている。
「右舷側、異常なし!」
「了解。引き続き警戒」
艦内では、ソナー員が水中から届く音へ耳を傾けていた。
訓練には、潜水艦を想定した目標も含まれている。
見つけなければ、攻撃することもできない。
敵が見えないまま商船へ近づいてしまえば、護衛は失敗だった。
やがて、ソナーから報告が入った。
艦橋で状況が確認され、艦長は針路の変更を命じる。
同時に、僚艦へ情報が伝えられた。
海防艦は、訓練目標との位置関係を確かめながら、警戒を続けていく。
それ自体は、決して華々しい光景ではなかった。
大口径砲を撃つわけでもなければ、敵艦を撃沈するわけでもない。
ただ、商船を守るために海を走る。
しかし、それこそが国防海軍にとって欠かせない仕事だった。
訓練が終わった後、若い乗員が上官へ尋ねた。
「……こういう仕事が、これからも続くんですか?」
「続くだろうな」
「戦争にならなくても?」
「ああ」
上官は、遠くを航行する商船を見た。
「日本は、船が来なくなれば困る国だからな」
若者も、同じ方向へ目を向けた。
食料、燃料、工業原料……。
日本の社会を支えるものの多くが、海を通って運ばれてくる。
それを守ることは、国防海軍の重要な任務だった。
「……でも、巡洋艦があれば、もっと安心できそうですけど」
若者が呟いた。
上官は少し笑った。
「巡洋艦があれば助かる場面もあるだろうさ」
「じゃあ、やっぱり必要なんですね」
「必要だろうな。ただ、あんな大きな艦を、そこら中へ配置するわけにはいかんだろう」
「……まあ、そうですね」
「そのために、俺たちがいるんだ」
若者は頷いた。
海防艦は、巡洋艦の代わりになる兵器ではない。
逆に、巡洋艦も海防艦の代わりにはならない。
それぞれ、必要とされる場所が違う。
そして、日本周辺の海を継続的に守るためには、こうした比較的小型の艦を数多く揃える必要があった。
国防海軍では、そのために海防艦の建造が続けられていた。
一方で、数を揃えることにも問題はあった。
艦を作れば、その艦を動かすための乗員と燃料、弾薬が必要になる。
整備員と補修部品、各種訓練設備も必要。
それらを揃えなければ、いくら新しい艦を建造しても戦力にはならない。
そして、海防艦の建造に予算と造船設備を使えば、その分だけ、他の艦艇へ使える余裕は減っていく。
「……結局、何を作るにしても金が掛かるんですね」
ある会議で、若い将校が呟いた。
年長の将校は苦笑した。
「当たり前だ」
「巡洋艦も欲しい。駆逐艦も欲しい。海防艦も必要です」
「ああ」
「……全部は無理ですか」
「一度にはな」
年長の将校は、机の上の建艦計画を見た。
少数の大型戦闘艦。
多数の海防艦。
そして、その中間に位置する駆逐艦。
国防海軍には、そのすべてが必要だった。
だからこそ、優先順位を決めなければならない。
「……大型艦は、技術を取り戻すためにも必要だ」
年長の将校が言った。
「ただし、海防艦を減らしてまで、大型艦ばかり作るわけにはいかん」
「……はい」
「では、駆逐艦はどうする?」
若者は、少し考えた。
「今ある艦を、改修して使う……でしょうか」
「当面は、そうなるだろうな」
フレッチャー級、秋月型、松型、橘型。
戦争中に作られた、それぞれ異なる性格の駆逐艦たち。
それらを使い続けながら、新しい装備を積み込み、必要な能力を与えていく。
完全な解決策ではない。
しかし、新造艦だけで戦力を揃えられない以上、既存艦の改修には大きな意味があった。
そして、その改修こそが、戦後の国防海軍に新しい技術を積み重ねる機会を与えることになる。
戦後の国防海軍が保有していた駆逐艦には、大きく異なる設計思想が混在していた。
旧日本海軍の秋月型。
防空戦闘を重視し、長10cm高角砲を主兵装とした駆逐艦だった。
一方、松型や橘型は、戦争末期に量産性を重視して建造された艦である。
さらに、アメリカから供与されたフレッチャー級。
こちらは、旧日本海軍とは異なる兵装体系と運用思想を持っていた。
「……並べてみると、随分違いますね」
ある日、若い技師が資料を見比べながら呟いた。
年配の技師は頷いた。
「元々、同じ目的で作られた艦じゃないからな」
「でも、今は全部同じ海軍で使っているんですよね」
「ああ」
「……整備する方は大変そうです」
「大変だろうな」
実際、艦によって搭載兵装も機関も異なっていた。
部品の規格が違えば、整備方法も違う。
弾薬も、必ずしも共通ではない。
それでも、国防海軍は、それらを実際に運用し続けていた。
理由は単純───今ある艦を使わなければ、必要な任務を果たせないからである。
しかし、その状況は別の意味でも貴重だった。
異なる国、異なる時代、異なる思想で設計された艦を、同じ海軍が使っている。
それぞれを比較し、実際に改修することで、どのような設計が使いやすいのかを学ぶことができた。
「……秋月型は、防空駆逐艦として随分考えられていたんですね」
若い技師が言った。
「ああ。長10cm砲も、優れた高角砲だった」
「でも、フレッチャー級の方も面白いです」
「そうだな」
年配の技師は、フレッチャー級の資料を手に取った。
5インチ38口径両用砲。
日本の12.7cm砲と同じ口径を持つが、装填機構や射撃管制には異なる工夫が施されていた。
「……高角射撃と水上射撃を、最初から両立させる考え方ですね」
若い技師が呟いた。
「ああ」
「日本にも八九式高角砲がありましたけど……」
「もちろん、参考になる技術はあった。ただ、アメリカの五インチ砲は、砲そのものだけでなく、艦全体の装備と組み合わせて使うところまでよく考えられている」
旧日本海軍の50口径三年式12.7cm砲。
40口径八九式12.7cm高角砲。
そして、アメリカ海軍の5インチ38口径両用砲。
同じ12.7cm級であっても、その設計思想は違う。
三年式は駆逐艦の水上戦闘を重視した主砲だった。
八九式は対空戦闘を重視した高角砲である。
一方、アメリカの5インチ38口径砲は、水上と対空の両方へ対応する両用砲として成熟していた。
「……この装填機構、よくできていますね」
若い技師が、図面の一部を指した。
年配の技師は頷いた。
「ああ。動力式の装填補助装置を使って、高い仰角でも装填できる」
「……完全自動装填なんですか?」
「いや。人間の仕事も残っている。だが、その仕事を機械が助けることで、速く、安定して撃てるんだ」
高角射撃では、装填のたびに砲身を所定の角度へ戻さなければならない構造が、大きな制約となる。
高速で移動する航空機を相手にする以上、照準と装填の両立は重要だった。
アメリカの5インチ砲は、そこに対する一つの優れた回答を示していた。
「……これからは、こういう砲が必要なんでしょうね」
若い技師の呟きに、年配の技師は頷いた。
「そうだろうな。ただし、そのまま真似をする必要もない」
「……はい?」
「我々にも、旧海軍時代からの技術がある。その上に、外国の優れた技術を取り込めばいい」
若者は、資料を見直した。
旧日本海軍の12.7cm砲。
アメリカの5インチ38口径砲。
そして、戦後の材料技術、機械化技術、射撃管制技術。
それらを研究しながら、国防海軍は新しい標準12.7cm単装両用砲の開発を進めていった。
新しい12.7cm砲は、まず単装砲を標準とする方向で設計された。
一基あたりの重量、必要な甲板面積、整備のしやすさ、配置の自由度、複数の艦種へ搭載する際の共通性。
単装砲には、そうした利点があった。
「……どうして連装砲じゃないんです?」
若い技師が尋ねた。
年配の技術者は、図面を指した。
「連装砲が必要な艦もあるだろう。だが、すべての艦が連装砲を必要としているわけじゃない」
「……海防艦にも使うからですか?」
「それもある」
多数建造される海防艦。
改修を受ける旧式駆逐艦。
これから建造される新しい駆逐艦。
艦の規模も、搭載できる重量も、求められる装備も異なる。
まず標準となる単装砲を作り、その技術を必要に応じて他の形式へ展開する。
そうすれば、同じ砲技術を複数の艦種で利用できる。
「……もし将来、連装砲が必要になったら?」
若い技師が尋ねた。
「その時は、連装砲を作ればいい」
「……簡単に言いますね」
「簡単じゃあないさ」
年配の技術者は笑った。
「砲塔構造も、装填機構も、重量配分も考え直さなければならん。ただ、共通して使える技術はあるだろう?」
砲身材料に各種装置、射撃管制、そして弾薬。
完全に同じものを使えるとは限らないが、開発成果を共有することには大きな意味があった。
「……なるほど」
若者は頷いた。
「単装砲を作って終わりじゃないんですね」
「そういうことだ」
さらに、新しい砲の開発には弾薬の問題もあった。
同じ12.7cmという口径でも、三年式、八九式、アメリカの5インチ砲では、弾薬が完全に共通しているわけではない。
砲弾だけでなく、装薬や薬莢、薬室の構造まで考慮しなければならなかった。
「……口径を合わせるだけでは駄目なんですね」
「そうだ。今度は、弾薬や整備部品も含めた標準化を考えたい」
年配の技術者は、積み重ねられた図面を見た。
旧軍の兵器を何種類も使い続け、さらに外国製兵器まで運用する。
その複雑な状況を、いつまでも続けるわけにはいかなかった。
国防海軍が目指していたのは、単に新しい砲を作ることではない。
自分たちの艦隊で長く使い続けられる、標準的な兵装体系を作ることだった。
そして、その経験は、後の大型艦砲の開発にも活かされることになる。
一方、国防海軍では、新しい大型巡洋艦の設計も進められていた。
その出発点となったのは、やはり利根だった。
半ば解体された船体を調査し、大型巡洋艦の構造を研究する。
しかし、旧日本海軍の巡洋艦を、そのまま作り直すつもりはなかった。
戦後の海軍には、戦前とは異なる要求がある。
レーダーや通信設備、艦隊指揮に必要な設備。
そして何より、急速に発展し始めていた誘導兵器───ミサイルである。
「……これからは、ミサイルの時代なんでしょうか」
設計会議で、若い技師が尋ねた。
年配の技師は少し考えた。
「少なくとも、無視できる兵器ではなくなっているな」
アメリカでは、艦対空誘導弾を大型水上艦へ搭載する研究が進んでいた。
高速で飛来する航空機に対し、従来の艦砲だけで対応することには限界がある。
特に、航空機の速度と高度が向上するにつれて、艦隊防空には新しい能力が必要になっていた。
「……なら、砲は減らした方がいいんでしょうか」
若い技師が言った。
「何とも言えんな」
年配の技師は、旧巡洋艦の図面を指した。
「ミサイルにも限界はある。今の技術では、まだ運用上の制約も多い」
「……誘導装置ですか?」
「それもある。ミサイルと発射機だけ積めばいい、という訳にはいかん」
誘導兵器には、それを運用するための装置が必要になる。
レーダーはもちろん、射撃指揮装置や誘導用の機器も必要。
さらに、それらを動かすための電力と乗員も必要だった。
「……つまり、艦砲より場所を取らないとは限らない?」
「そうだな。特に、今の技術ではな」
年配の技師は頷いた。
砲を撤去してミサイルを載せれば、それだけで優れた艦が完成するわけではない。
新しい兵器には、新しい制約がある。
ならば、砲とミサイルの両方を備える。
少なくとも、戦後初の国産巡洋艦ではその選択に意味があった。
「……砲も残すんですね」
若い技師が尋ねた。
「ああ」
「どれくらい?」
年配の技師は、別の図面を広げた。
そこには、旧日本海軍の重巡洋艦を思わせる船体が描かれていた。
ただし、砲塔の配置が特徴的だった。
艦首側に、大口径主砲を集中させている。
「……利根みたいですね」
若い技師が呟いた。
「発想としては、そうだな」
「でも、砲塔は三基?」
「そうだ」
図面に描かれていたのは、20.3cm連装砲三基六門。
艦首側へ主砲を集めることで、中央から後部にかけて、ミサイルや電子装備のための空間を確保する構成だった。
「……二十糎砲、六門ですか」
「ああ」
「随分と砲戦能力を残すんですね」
「そのつもりだ」
20.3cm砲には、ミサイルとは異なる使い道がある。
水上目標への砲撃。
沿岸や陸上の目標への火力支援。
そして、必要に応じて継続的に砲弾を送り込むこと。
砲戦能力を残しながら、ミサイル艦としての能力を持たせる。
それが、新しい巡洋艦の設計思想だった。
「……でも、主砲を前に三基も置くと、射界の問題が出ませんか?」
若い技師が尋ねた。
年配の技師は頷いた。
「だから、最初からそれを考えて配置する」
前部三基配置という発想自体は、新しいものではなかった。
旧日本海軍の最上型などにも、その先例がある。
しかし、新型巡洋艦では、旧式艦の砲塔配置を単純に再現するわけではない。
三基の砲塔ができる限り有効に射撃できるよう、船体構造や砲塔配置、射撃管制を戦後の技術で合理化する。
「……なるほど」
若い技師は頷いた。
「昔の巡洋艦にミサイルを積み足すんじゃなくて、最初からミサイル巡洋艦として設計するんですね」
「そういうことだ」
年配の技師は、少し笑った。
「ただし、砲戦能力を捨てない」
そのための20.3cm連装砲三基六門だった。
もっとも、20.3cmという口径を残すことと、昔の20.3cm砲をそのまま使い続けることは違う。
旧日本海軍の20.3cm砲は、重巡洋艦の主兵装として長く発展してきた。
砲身、閉鎖機、駐退復座装置、装填・揚弾機構、砲塔駆動。
それらには、戦時中までに積み重ねられた技術がある。
しかし、戦後の巡洋艦へ搭載するなら、新しい材料技術と機械化技術を取り込まなければならなかった。
「……これ、昔の砲塔を直して載せるんじゃないんですね」
若い技師が尋ねた。
年配の砲術技術者は首を振った。
「違う。新しく作る」
「でも、二十糎はそのまま?」
「ああ」
「……どうしてです?」
「使える技術があるからだ」
年配の技術者は、図面を指した。
「砲身を作る技術、弾薬、砲塔の設計、そして旧海軍で積み重ねた経験がある。それを全部捨てる必要はない」
「……なるほど」
「ただし、昔のものを再現するために新しく作るわけじゃない。今度は、戦後の二十糎砲として作り直す」
新しい砲には、戦後の材料と加工技術が使われる。
装填・揚弾機構は機械化を進め、駐退復座装置や砲塔の駆動機構も見直す。
さらに、レーダーを含む新しい射撃管制装置と組み合わせる。
旧日本海軍の砲術が積み重ねてきた技術を出発点にしながら、戦後の要求に合わせて再設計する。
しかも、世界には既に、20.3cm級の砲で自動装填を実現した例があった。
アメリカ海軍のデモイン級重巡洋艦である。
その主砲は、従来の重巡洋艦砲とは比較にならない速射性能を持っていた。
「……八インチ砲でも、あそこまでできるんですね」
若い技師が、海外資料を眺めながら呟いた。
年配の技術者は頷いた。
「ああ。つまり、口径が大きいからといって、装填の自動化を諦める必要はないということだ」
「……あちらの砲をそのまま作るんですか?」
「いや。参考にはするが、我々の艦に合わせて設計する」
デモイン級は、20.3cm三連装砲を三基搭載する重巡洋艦だった。
一方、新造巡洋艦では、連装砲三基を前方へ集中配置する。
砲塔の構造も、必要な搭載空間も違う。
さらに、ミサイル兵装と電子装備を同時に備えることまで考えなければならない。
「……欲しいのは、砲塔そのものではなく、自動化の技術なんですね」
若い技師の言葉に、年配の技術者は頷いた。
「それに、我々には我々の造砲技術がある。その上へ、新しいものを積み重ねればいい」
旧日本海軍の20.3cm砲。
アメリカ海軍の自動装填式大口径砲。
そして、戦後の機械化と射撃管制技術。
それらを研究しながら、国防海軍独自の20.3cm砲が形になっていった。
もちろん、最初から理想的な速射性能を実現できたわけではない。
装填装置を高速化すれば、弾薬を送り込む機構にも負担が掛かる。
砲塔を動かす装置や、駐退復座装置にも改良が必要になる。
大口径砲を実際に撃ち続ける以上、砲身の加熱や摩耗、機械の信頼性も考えなければならなかった。
「……結局、全部まとめて良くしないと駄目なんですね」
若い技師が呟いた。
「そうだ」
年配の技術者は頷いた。
「砲身だけ良くしても、装填が追い付かなければ意味がない。装填が速くなっても、射撃管制が追い付かなければ当たらん」
若者は、設計資料を見直した。
単なる古い大砲の近代化ではない。
大口径艦砲という兵器体系そのものを、戦後の技術で作り直す。
それが、新しい20.3cm砲の開発だった。
ただし、新型巡洋艦の設計者たちにとって、難しいのは主砲だけではなかった。
むしろ、戦後の軍艦として新しい問題を突き付けてきたのは、ミサイルと電子装備の方だった。
「……また重量が増えたんですか?」
設計室で、船体担当の技師が尋ねた。
電子装備を担当する技師は、申し訳なさそうに頷いた。
「少しだけです」
「その少しだけ、を何回聞いたと思います?」
「……すみません」
新しい巡洋艦には、多数のレーダーや通信設備が必要だった。
だが、それらは図面に名前を書けば搭載できるものではない。
大きなアンテナを支える構造が必要になる。
強風や艦の動揺にも耐えなければならない。
電力を供給する設備も必要だった。
さらに、艦内へ信号を伝え、各部署が情報を共有できるようにしなければならない。
「……アンテナの位置も、もう一度考えたいんですが」
電子装備担当の技師が言った。
船体担当は、嫌な予感がした。
「今度は何です?」
「排煙の影響がありまして」
「……煙突ですか」
「はい」
船体設計と電子装備の設計は、別々に進めればよいというものではなかった。
大きなアンテナを高い位置へ置けば、遠方を探知する上では有利になる。
しかし、その分だけ重心が高くなる。
煙突の排煙や、他の構造物による電波の遮蔽にも注意しなければならない。
そして、射撃管制用の装置には、それぞれ必要な視界と作動範囲がある。
「……主砲の上にも、全部まとめて載せられたら楽なんですけどね」
若い技師が冗談めかして言った。
船体担当は、苦笑した。
「砲撃したら困るだろう」
実際、20.3cm砲のような大口径砲を備える艦では、発砲時の爆風や衝撃を無視できない。
電子装備を守りながら、大口径砲を使用できる配置を考えなければならなかった。
しかも、艦全体の重量配分には限界がある。
「……昔の巡洋艦では、こんなことで悩まなかったでしょうね」
若い技師が呟いた。
年配の技師は首を振った。
「いや。昔は昔で、別のことで悩んでいたさ」
「……そうなんですか」
「ああ。軍艦の設計なんて、いつの時代もそういうものだ」
年配の技師は、新型の全体図を見た。
艦首側に集中した20.3cm連装砲三基。
その後方へ配置されるミサイル兵装。
艦上には、レーダーや通信設備が並ぶ。
それらを一隻の軍艦として成立させるために、設計者たちは何度も図面を修正していた。
そして、装備が増えるほど、もう一つの問題も大きくなっていった。
人間である。
「……この情報、誰が見るんです?」
国防海軍の将校が、艦内配置図を指して尋ねた。
技師は、少し考えた。
「艦橋へ送ります」
「全部ですか?」
「……全部、ですか?」
「ええ」
将校は、机の上に並んだ資料を指した。
対空捜索レーダーと水上捜索レーダー。
通信装置、砲のFCS、ミサイル用の装置。
そして、周囲の味方艦艇から届く情報。
「……これだけの情報を、艦橋だけで処理するんですか?」
技師は黙った。
「……無理がありますね」
「でしょう?」
将校は頷いた。
戦前の巡洋艦にも、艦内の情報を集め、指揮するための設備はあった。
だが、戦後の軍艦では、扱う情報の種類も量も大きく増えている。
見張り員が敵艦を発見し、艦橋へ報告する。
それだけで戦闘が成立する時代ではなくなりつつあった。
レーダーに映る航空機と水上目標、味方艦から届く報告。
それらを照合し、何が起きているのかを把握する。
必要なら、砲やミサイルへ目標を割り当てる。
そして、その判断を艦長や指揮官へ伝える。
「……つまり、情報を集めて整理するための部署が必要なんですね」
技師が言った。
「ああ」
将校は頷いた。
「艦橋へ情報を送り込むだけでは、かえって混乱する」
こうして、新しい巡洋艦では、戦闘情報を集中して扱う設備が重要なものとなった。
戦闘指揮所───CIC。
艦内の各部署から届く情報を整理し、戦闘全体の状況を把握するための場所である。
もちろん、1950年代の装備で、すべてを機械が自動的に処理してくれるわけではない。
表示装置を監視する者、通信を受け取る者、情報を照合する者、記録を整理する者。
それぞれの仕事を行う人間が必要だった。
「……結局、人が増えるんですね」
若い技師が呟いた。
「そうなるな」
「……電子装備が増えれば、人が減ると思っていました」
将校は少し笑った。
「そういう部分もあるだろう。だが、新しい仕事も増える」
艦砲だけで戦う巡洋艦と、ミサイルや多数の電子装備を運用する巡洋艦。
後者の方が、必ず少人数で済むわけではない。
少なくとも、当時の技術ではそうだった。
「……それに」
将校が続けた。
「この艦は、自分だけで戦うための艦じゃない」
技師が顔を上げる。
「……艦隊の指揮ですか」
「ああ」
新型の巡洋艦には、周囲の艦艇と連携し、必要に応じて艦隊全体を指揮する役割も期待されていた。
海防艦や駆逐艦が周辺海域を警戒する。
それぞれの艦から情報が届く。
大型巡洋艦は、それらをまとめ、必要な判断を下す。
もちろん、すべての作戦でこの艦が指揮を執るわけではない。
だが、その能力を持っていることには意味があった。
「……なるほど」
若い技師は、艦内配置図を見直した。
20.3cm砲を六門積んだ、大きな軍艦。
だが、その本当の価値は、大口径砲だけで決まるものではない。
周囲を見て、情報を集め、味方を動かす。
そのための能力もまた、新しい巡洋艦には必要だった。
新造巡洋艦の建造は、着実に進められた。
大型船体を組み立て、機関を据え付け、配管や電路を通す。
重い砲塔を支えるための構造を作り、ミサイル兵装や電子装備を搭載するための空間を確保する。
その仕事には、戦前から大型軍艦を作ってきた技術者だけでなく、戦後に新しく育った若い技師たちも関わっていた。
「……利根の資料が、こんなところで役に立つんですね」
若い技師が呟いた。
年配の技師は頷いた。
「そうだな」
机の上には、新造巡洋艦の設計図と、利根から得られた資料が並んでいる。
旧日本海軍の巡洋艦と戦後に必要な巡洋艦では装備が大きく違うため、利根の資料をそのまま答えとして使うわけにはいかない。
しかし、大型艦を成立させるために何を考えるべきかを知るには、重要な手掛かりになっていた。
「……本当に、残しておいて良かったですね」
若者が呟いた。
年配の技師は、少し笑った。
「ああ」
かつて、利根は解体されるはずだった。
砲塔も上部構造物も失われ、戦力としての価値はほとんど残っていなかった。
だが、大型巡洋艦の実物教材としては、十分な価値があった。
そして、その知識が、今まさに新しい巡洋艦を形にしようとしていた。
「……そういえば」
若い技師が、ふと思い出したように尋ねた。
「この艦、名前はもう決まっているんですか?」
年配の技師は、少し笑った。
「いずれ分かる」
「……まだ教えてもらえないんですか?」
「ああ」
若者は、建造中の船体を見上げた。
まだ名前のない新造巡洋艦。
その船体は、日ごとに艦としての姿を整えつつあった。
そして、ついに進水の日を迎えることになる。
進水式。
建造を進めてきた新造巡洋艦が、初めて水へ浮かぶ日だった。
造船所には、多くの関係者が集まっていた。
国防海軍の将兵、建造に携わった技師と工員、そして戦後初の国産新造巡洋艦の進水を見届けようとする人々。
巨大な船体は、既に進水の準備を整えている。
まだ艤装は終わっていない。
機関や兵装、電子装備など、これから完成させなければならない部分は多い。
しかし、船としての形は整った。
「……とうとう、ここまで来ましたね」
若い技師が呟いた。
隣にいた年配の技師は、静かに頷いた。
「ああ」
「まだ全部終わったわけじゃありませんけど」
「そうだな」
「……でも、嬉しいですね」
年配の技師は、少し笑った。
「それは、そうだ」
やがて、式が進む。
進水を控えた船体へ向けて、新しい艦名が告げられた。
「───本艦を、阿武隈と命名する」
その瞬間、それまで新造巡洋艦と呼ばれていた船に、一つの名前が与えられた。
阿武隈。
かつて旧日本海軍の軽巡洋艦にも使われていた名前だった。
今度は、戦後日本が自国で建造した新しい巡洋艦が、その名を受け継ぐ。
「……阿武隈、ですか」
若い技師が呟いた。
「いい名前だな」
年配の技師は答えた。
「ええ」
二人は、もう一度船体を見上げた。
かつての阿武隈と、今の阿武隈。
同じ名前を持つ艦ではあるが、設計も、時代も、背負う役割も違う。
旧日本海軍をそのまま復活させたわけではない。
それでも、過去に使われてきた名前まで、すべて捨てる必要はなかった。
名前を受け継ぎ、新しい艦を作る。
それも、戦後の国防海軍が選んだやり方だった。
やがて、進水の準備が整った。
号令が響く。
巨大な船体が、ゆっくりと動き始める。
船台から離れ、水面へ向かって進んでいく。
そして、阿武隈は初めて水へ浮かんだ。
周囲から拍手が起こった。
建造に携わった技師たちは、しばらく何も言わず、その光景を見つめていた。
戦後、軍艦建造の仕事を失った造船所。
そこに、再び大型巡洋艦が生まれたのである。
進水後、阿武隈の艤装と試験はさらに続けられた。
主砲、ミサイル兵装、レーダー、通信設備、各種指揮装置、機関と補機。
それらを一つの艦として機能させるための仕事は、決して簡単ではなかった。
そして、海上試験が始まる。
大型艦としての航走性能や各種装備の連携、兵装の運用など、新しい巡洋艦には確認すべきことが山ほどあった。
特に、複数の兵装と電子装備を同時に扱う試験は、設計者たちに新しい課題を突き付けた。
ある日の試験。
阿武隈の戦闘指揮所では、レーダーから届く情報が整理されていた。
「目標、確認」
「情報照合中」
各部署で報告が交わされる。
砲の射撃指揮装置では、指定された目標に対する計算が進められていた。
一方、ミサイルを担当する部署でも、別の目標情報を受け取っている。
二種類の兵装。
異なる運用手順。
それぞれの情報を整理し、艦全体として矛盾なく動かさなければならなかった。
試験そのものは予定された範囲で進んだ。
しかし、終了後の検討会では、いくつもの改善点が挙げられた。
「……報告の順番を、もう少し整理した方がいいですね」
若い将校が言った。
「どの辺りだ?」
年長の将校が尋ねる。
「目標の識別結果です。兵装側へ伝わるまでに、少し余計なやり取りがありました」
「……なるほど」
「それに、艦橋と戦闘指揮所の間でも、同じ内容を確認し直しているところがあります」
年長の将校は、記録を見直した。
「……確かにな」
装備の性能が高くても、使い方が悪ければ能力を発揮できない。
情報を受け取る順番。
報告に使う言葉。
各部署の権限。
兵装を使用するまでの手順。
そうしたものを整理しなければ、新しい装備を積んだ意味がなくなってしまう。
「……結局、艦の中の仕事も作り直すんですね」
若い将校の呟きに年長の将校は頷いた。
「この艦は、昔の巡洋艦と同じ仕事をするために作られたわけじゃないからな」
阿武隈は、旧日本海軍の巡洋艦をそのまま復活させた艦ではない。
大口径砲を持ちながら、ミサイルを使い、電子装備によって周囲の情報を集める。
それらを艦内で統合し、必要なら味方艦艇へ指示を出す。
そうした能力を初めて本格的に備えた、国防海軍の新しい大型水上戦闘艦だった。
そして、その能力を使いこなすためには、乗員もまた新しいことを学ばなければならなかった。
1955年。
阿武隈は、正式に就役した。
戦後初の国産新造巡洋艦。
その誕生によって、日本国防海軍はようやく、自国で建造した大型水上戦闘艦を実戦部隊へ迎えることができたのである。
しかし、それで問題がすべて解決したわけではなかった。
国防海軍には、依然として多数の海防艦が必要だった。
そして、駆逐艦の更新という問題も残されていた。
「……阿武隈が就役しましたね」
ある会議で、若い将校が言った。
年長の将校は頷いた。
「ああ。大きな一歩だ」
「より完成度を高めた次級の計画も進んでいますし、これで大型艦は少しずつ揃いそうですね」
「そうだな」
「……では、次は駆逐艦ですか?」
年長の将校は、少し難しい顔になった。
「そう簡単にはいかん」
「……やっぱり、予算ですか」
「それもある」
年長の将校は、建艦計画の資料を広げた。
そこには、阿武隈やその次級とは別に、多数の海防艦の建造計画が並んでいた。
「……海防艦ですね」
「ああ」
近海哨戒、対潜戦闘、船団護衛、海峡の警戒。
そうした任務を継続するため、国防海軍は戦後型海防艦を次々と建造していた。
しかも、その仕事は短期間で終わるものではない。
艦艇を揃えれば、次は運用し、整備し、必要に応じて更新しなければならない。
「……海防艦に、随分と予算を使っていますね」
若い将校が呟いた。
「必要だからな」
年長の将校は答えた。
「阿武隈が何隻かあっても、日本の周囲を全部見て回れるわけじゃない。海防艦は、数を揃えること自体に意味がある」
「……はい」
「だが、その分だけ他の艦を作る余裕は減る」
若い将校は頷いた。
大型巡洋艦は、艦隊の上位戦闘艦として必要だった。
海防艦は、近海防衛の数的な中心として必要だった。
そして、その中間を埋める駆逐艦もまた必要だった。
しかし、すべてを理想的な性能で揃えられるほど、国防海軍には余裕がなかった。
「……つまり、巡洋艦を作ったせいで駆逐艦を作れない、というだけではないんですね」
「そういうことだ。むしろ、海防艦を必要な数だけ揃えることが、我々の建艦計画では大きな仕事になっている」
少数の大型戦闘艦。
多数の海防艦。
そして、その間を埋める駆逐艦。
国防海軍は、三つの異なる要求の間で、限られた資源を分け合わなければならなかった。
もっとも、駆逐艦については、それまで何もしていなかったわけではない。
既存艦の改修は、着実に進められていた。
古い砲を新しい標準12.7cm砲へ換装する。
レーダーと射撃管制装置を更新する。
通信設備を改良する。
対潜兵装を新しくする。
必要に応じて、艦内配置や上部構造物にまで手を加える。
改修の規模によっては、外見が大きく変わる艦もあった。
「……これ、元は何型でしたっけ?」
改修中の駆逐艦を見上げながら、若い技師が尋ねた。
年配の技師は笑った。
「図面を見れば分かるだろう」
「いや、そうなんですけど……」
若者は、もう一度艦を見た。
レーダーが増え、上部構造物も改められている。
艦によっては、旧式の主砲が撤去され、戦後型の12.7cm単装両用砲へ交換されていた。
「……随分と変わりましたね」
「ああ」
「これだけ改修するなら、新しい駆逐艦を作った方がいいんじゃありませんか?」
年配の技師は、少し考えた。
「いずれは、そうなるだろうな」
「……いずれ?」
「今は、まだ使える船体がある。だが、それがいつまでも続くわけじゃない」
古い艦を改修することには利点がある。
船体や機関など、利用できるものを残せば、新造艦より費用と時間を抑えられる場合があった。
しかし、限界もある。
新装備の搭載や既存装備の改修を繰り返せば、いずれ重量や容積の余裕がなくなる。
電力供給にも限界がある。
そして、どれほど装備を新しくしても、船体そのものの老朽化まで消えるわけではない。
「……もう載せる場所がないんですか?」
若い技師が尋ねた。
「艦によっては、そうだな」
年配の技師は、改修中の船体を見上げた。
「ただ、問題はそれだけじゃない」
「……他にも?」
「新しい装備を積むために、元の艦が持っていた余裕をどんどん使っているんだ。これ以上改修するには、船体そのものを大きく作り直さなければならなくなるかもしれん」
若者は黙った。
「……それでは、改修する意味がなくなりますね」
「そういうことだ」
旧式艦の改修には、必ず限界が来る。
その限界を迎える前に、新しい艦を用意しなければならなかった。
「……そろそろ、本格的な新造駆逐艦が必要ですね」
若い技師が呟いた。
年配の技師は頷いた。
「ああ。ただし、最初から何もかも理想通りに作れるとは限らんぞ」
「……また予算ですか」
「予算もある。だが、必要な数を揃えることも考えなければならん」
そして、この問題に対する答えとして、国防海軍では新しい汎用駆逐艦の計画が進められ始めることになる。
1950年代後半。
国防海軍は、旧式駆逐艦の改修だけに頼り続けることを、次第に難しいと考えるようになっていた。
艦の寿命、改修の限界、新しい任務への適応などの諸問題。
そして何より、将来の艦隊を支えるためには、新造駆逐艦を継続して建造する能力が必要だった。
しかし、海防艦の大量建造を続けながら、さらに高価な汎用駆逐艦を多数揃えることは簡単ではない。
「……では、どこまで性能を持たせるんです?」
設計会議で、若い技師が尋ねた。
年配の技師は、要求書を見ながら答えた。
「必要な仕事ができるところまでだ」
「……随分と曖昧ですね」
「だから、それを決めるんだ」
新しい駆逐艦には、複数の任務が求められた。
船団護衛、対潜、対空、対水上戦闘。
そして、必要に応じた艦隊随伴。
戦前の駆逐艦のように、特定の戦闘任務へ極端に偏らせるわけにはいかない。
国防海軍が必要としていたのは、多くの仕事を一隻で引き受けられる汎用駆逐艦だった。
「……でも、全部の能力を高くすると、艦が大きくなりますよね?」
若い技師が尋ねた。
「当然だ」
「大きくなれば、高くなる」
「ああ」
「……結局、どこかで妥協するしかないんですね」
年配の技師は頷いた。
「そうなるな」
ただし、妥協することと、失敗作を作ることは違う。
必要な能力を持たせた上で、建造できる規模へまとめる。
新しい技術を取り入れながら、数も揃えられるようにする。
そのような艦が必要だった。
やがて、計画には一つの名前が与えられる。
───白露型。
戦後の日本国防海軍で、初めて新造される汎用駆逐艦の系列だった。
一番艦、白露。
そして、時雨。
それらに続く艦を含め、十隻が建造されることになる。
「……白露、ですか」
若い技師が呟いた。
年配の技師は頷いた。
「ああ」
「旧海軍にも、同じ名前の駆逐艦がありましたね」
「そうだな」
「……最初の新造駆逐艦としては、いい名前ですね」
年配の技師は少し笑った。
白露型は、決して国防海軍の理想をすべて実現した艦ではない。
限られた予算と建造能力の中で、必要な能力を持たせた橋渡しの艦だった。
しかし、それは失敗作という意味ではなかった。
旧式艦の改修だけでは得られない、新造駆逐艦の設計・建造・運用経験を蓄積する。
その経験を、次の艦へ渡す。
白露型には、そのような役割が期待されていた。
そして、その後には小改良を加えた準同型艦として、初春型六隻が続くことになる。
ただし、その名前が選ばれるまでには、少しばかり面白い事情があった。
「……最初から初春型では駄目だったんですか?」
後年、ある技師が尋ねた。
当時を知る年配の設計者は、少し難しい顔をした。
「……初春、か」
旧日本海軍の初春型駆逐艦は、厳しい設計要求を満たそうとした結果、重量や復原性などに問題を抱え、改修を余儀なくされた艦級だった。
もちろん、最終的には必要な修正が行われ、実際に運用された艦である。
しかし、その開発史は、無理な要求と設計上の妥協を象徴するものとして記憶されていた。
「……国防海軍の白露型も、予算や規模の都合で妥協しているんですよね?」
若い技師が尋ねた。
「ああ」
「……だったら、別におかしくない気もしますけど」
年配の設計者は、苦笑した。
「だからこそ、最初からその名前を付けるのは、少々気が進まなかったんだろうな」
若者は少し考え、そして笑った。
「……妥協作です、と自分から言っているようなものですか」
「そういう気分になる者もいただろう」
結局、最初の新造汎用駆逐艦には白露型の名前が与えられた。
そして、その後に建造される小改良の準同型艦が、初春型となる。
旧日本海軍では、初春型が先に生まれ、その後に白露型が続いた。
しかし、戦後の国防海軍では、その順序が逆転することになった。
それもまた、戦後日本が選んだ建艦政策の一つの結果だった。
一方、新造巡洋艦の開発も、阿武隈一隻で終わるわけではなかった。
その建造で得られた経験は、次の巡洋艦へ渡されることになる。
川内型ミサイル巡洋艦。
同型艦は川内、神通、那珂の三隻。
阿武隈の実用発展型として計画された、戦後日本の本格的なミサイル巡洋艦だった。
艦の規模は、準同型艦の阿武隈と同じく約200メートル級。
しかし、主砲の配置は大きく変わった。
阿武隈では20.3cm連装砲三基六門を搭載していたのに対し、川内型では20.3cm単装砲二基二門となる。
「……随分と減らしますね」
設計室で、若い技師が図面を眺めていた。
年配の技師は頷いた。
「ああ」
「阿武隈は六門でしたよね?」
「そうだ」
「……今度は二門ですか」
「その分、他の装備へ余裕を回す」
年配の技師は、図面の艦首側を指した。
単装砲二基。
前部へ背負式に配置される構成だった。
阿武隈のような大きな砲塔群を置くより、主砲が占める空間を減らせる。
その分、ミサイルと電子装備、将来の改修に必要な余裕を増やすことができた。
「……でも、砲身数は三分の一ですよ?」
若い技師が尋ねた。
「同じ性能の砲なら、そうだな」
「……はい?」
「砲そのものも改良するんだ」
年配の技師は、別の資料を示した。
戦後の装填機構、揚弾装置、砲塔の駆動機構、レーダー射撃管制。
そうした技術が進むことで、少ない砲身でも実用的な砲撃能力を確保できるようになりつつあった。
もちろん、六門と二門があらゆる条件で同じ投射量を持つわけではない。
しかし、艦の役割を砲戦だけに限定しないのであれば、砲塔を減らす選択には大きな意味がある。
「……阿武隈より、さらにミサイル巡洋艦らしくなるんですね」
年配の技師は頷いた。
阿武隈は、砲戦能力を色濃く残した過渡期のミサイル巡洋艦だった。
川内型は、そこからさらにミサイルと電子装備を重視する方向へ進む。
ただし、20.3cm砲そのものは残される。
そして、川内型の単装砲と阿武隈の連装砲は、まったく別々の兵器ではなかった。
共通する技術を使い、単装砲と連装砲という異なる形式へ展開していた。
「……つまり、川内型で新しい技術ができれば」
若い技師が言った。
「阿武隈の砲にも使える」
年配の技師は頷いた。
「もちろん、連装砲の側で得た成果を単装砲へ使うこともできる」
「……なるほど」
「別々の兵器にしてしまうより、その方が合理的だろう」
若者は頷いた。
川内型の単装20.3cm砲は、旧海軍の初期重巡洋艦が持っていた単装大口径砲の、遠い子孫とも言える。
だが、昔の砲をそのまま復活させたものではない。
阿武隈の連装砲も同じだった。
共通の技術体系から生まれた、別々の砲塔形式。
そして、その双方が改良成果を共有しながら発展していく。
その関係は、戦後の国防海軍が標準化を進めていた12.7cm砲にもよく似ていた。
標準の12.7cm単装砲を基礎に、必要に応じて連装砲へ技術を展開する。
あるいは、連装砲で得られた改良成果を単装砲へ戻す。
そうした開発の進め方が、20.3cm砲でも採られようとしていた。
「……そう考えると、砲身数を減らしても、技術そのものは途切れないんですね」
「そうだ。ただ、砲を減らした分だけミサイル艦としての能力を高める。その選択をしただけだ」
1950年代末から1960年代初頭にかけて、川内型三隻は順次進水、就役していくことになる。
戦後初の国産巡洋艦として生まれた阿武隈は、もはや一隻だけの特別な存在ではなくなりつつあった。
その後ろに、同じ技術を受け継ぐ艦が続いていたのである。
そして、新しい巡洋艦が増え始めた頃、利根の扱いについても再び議論が行われていた。
「……そろそろ、本格的に直せませんかね」
若い技師の問いに、年配の技師は少し考えた。
「利根か?」
「はい」
「簡単にはいかんぞ」
「分かっています」
若者は、資料を広げた。
利根は国防海軍創設以来、様々な調査と保全を受けてきた。
失われた部分も多いが、船体の構造については相当な資料が蓄積されている。
何より、阿武隈と川内型を建造することで、日本は再び大型巡洋艦を作る経験を積み始めていた。
「……阿武隈を作れたんです」
若者は言った。
「川内型も続いています」
「ああ」
「だったら、利根だって……」
年配の技師は、しばらく黙っていた。
そして、静かに頷いた。
「……そうだな」
ただし、利根を戦時中の姿へ完全に戻すことだけが、唯一の答えではない。
戦後のレーダーやFCS、将来のミサイル兵装、20.3cm砲の近代化。
そうした技術を取り込みながら、利根をどういう艦として復旧するのか。
それ自体が、新しい設計課題だった。
「……昔の利根を、そのまま復元するわけじゃないんですね」
若者が尋ねた。
「その必要はないだろう」
年配の技師は、船体を見上げた。
「昔の利根から学んだからこそ、阿武隈ができた。今度は、その技術を利根へ返してやればいい」
若者は、少し笑った。
「……恩返し、みたいですね」
「そうかもしれんな」
もっとも、利根を阿武隈と同じ設計へ作り替えるわけではない。
利根には、利根自身の船体構造と砲塔配置がある。
前方へ集中した20.3cm連装砲四基八門。
その特徴を可能な限り活かしながら、機関や射撃管制、電子装備を戦後の技術で更新する。
そうした方向が、次第に検討されるようになっていた。
もちろん、本格修復にはまだ時間が必要だった。
予算も、設備も、人員も必要になる。
すぐに阿武隈と同じ水準の巡洋艦へ仕上げられるわけではない。
だが、具体的な修復計画を検討できるだけの技術は、確実に蓄積されていた。
半ば解体されていた利根。
その船体から得られた知識が、阿武隈と川内型という娘を生んだ。
そして、その経験が、今度は母である利根自身を再び海へ送り出すための力になろうとしていた。
1955年。
日本国防海軍は、創設から七年という時間を掛けて、ようやく新しい段階へ進んでいた。
戦後初の国産新造巡洋艦、阿武隈。
そして、その実用発展型として計画された川内型。
少数ながら、大型水上戦闘艦を自国で建造できる能力を取り戻し始めていた。
だが、国防海軍の建艦政策は、大型巡洋艦だけで成り立っていたわけではない。
日本近海を守るため、海防艦は継続して大量に建造された。
それらは、対潜戦闘や近海哨戒、船団護衛、航路保護などを担う、数的な戦力の中心だった。
そして、その建造に多くの予算や造船能力、整備人員が割かれていたからこそ、駆逐艦へ十分な資源を集中することは難しかった。
国防海軍は、まず既存駆逐艦を徹底的に改修した。
旧日本海軍とアメリカ海軍の異なる設計思想を比較し、利用できる技術を拾い上げる。
新しい標準12.7cm単装両用砲を開発し、射撃管制や対潜装備とともに艦艇へ取り込んでいく。
だが、旧式艦の改修には限界があった。
その限界を超えるために、新造の汎用駆逐艦が必要になった。
白露型十隻。
そして、後に続く初春型六隻。
それらは、当時の国防海軍が抱えていた制約の中から生まれた、橋渡しの艦艇群だった。
最初から理想的な新世代駆逐艦を作れたわけではない。
しかし、必要な数を揃えながら、新しい技術と運用経験を積み重ねる。
そのためには、大きな意味があった。
そして、水上艦艇の主砲でも、新しい技術体系が形成されつつあった。
旧日本海軍の12.7cm砲を出発点に、アメリカの5インチ両用砲や戦後の射撃管制技術を取り込む。
その成果を標準の12.7cm単装砲へまとめ、必要なら連装砲へも展開する。
大型巡洋艦では、20.3cm砲の技術を再設計し、単装砲と連装砲を同じ技術基盤の上で発展させる。
そして、阿武隈と川内型という異なる艦砲構成を持つ巡洋艦へ、それぞれの技術を組み込んでいった。
どれも、過去の兵器をそのまま使い続けるという話ではなかった。
旧日本海軍の技術を、戦後の技術と組み合わせる。
外国の技術を取り込み、自分たちの要求へ合わせて作り直す。
必要なものを残し、不要なものを捨てる。
その繰り返しによって、国防海軍は少しずつ形を整えていたのである。
ある日の夕方。
阿武隈が停泊する岸壁で、年配の造船技師が艦を見上げていた。
その隣には、若い技師が立っている。
「……立派ですね」
若者が呟いた。
「ああ」
年配の技師は頷いた。
「立派になった」
艦首側には、20.3cm連装砲三基六門。
その後方には、戦後のミサイル巡洋艦として必要な兵装と電子装備が収められている。
かつての重巡洋艦とは違う姿だった。
だが、その技術的な血統が途切れているわけではない。
むしろ、旧日本海軍の大型艦から受け継いだものを、戦後の技術で作り直した結果として、今の阿武隈がある。
「……利根を残した時、ここまで考えていたんですか?」
若い技師が尋ねた。
年配の技師は、少し考えたのち、笑った。
「いや」
「……そうなんですか?」
「ああ。あの時は、使えるものを何とか残したいと思っていただけだ」
若者は頷いた。
「……でも、その結果として阿武隈ができた」
「そうだな」
「川内型も続いています」
「ああ」
若者は、少し笑った。
「……次は、何を作るんでしょうね」
年配の技師は、阿武隈を見上げた。
「さあな」
「……まだ決まってないんですか?」
「全部決まっていたら、苦労せんよ」
二人は笑った。
終戦直後、年配の技師は、二度と大型軍艦を作れないかもしれないと思っていた。
それが今では、次に何を作るかを考えられる。
その違いは、あまりにも大きかった。
「……まあ」
年配の技師が呟いた。
「次を作れるようになった。それだけでも、大きな進歩だろう」
若者は頷いた。
岸壁の向こうでは、阿武隈の乗員たちが忙しく動いていた。
新しい艦は、既に次の航海へ向けた準備を始めている。
年配の技師は、しばらくその姿を眺めていた。
かつて、日本は艦隊を失った。
だが、艦隊を作るための技術まで、完全に失われたわけではなかった。
残されたものを拾い上げ、直し、調べ、動かす。
使えるものは使い、足りないものは学び直す。
そして、得られた技術を次の艦へ渡す。
その結果として、新しい巡洋艦が生まれた。
『阿武隈』
その艦名は進水の日に与えられ、1955年には正式な国防海軍の巡洋艦として海へ出ることになった。
そして、その後ろには川内型が続こうとしている。
だが、国防海軍を支えているのは、それだけではない。
日本近海を守る海防艦。
改修を重ねながら、なお働き続ける旧式駆逐艦。
そして、新しく建造される白露型と、その後に続く初春型。
それらもまた、戦後の日本国防海軍が取り戻しつつある能力だった。
『戦後型巡洋艦』
それは、単に戦後に作られた巡洋艦という意味ではなかった。
戦争で失われた大型艦建造能力を、再び自分たちの手で取り戻したこと。
そして、一隻を完成させるだけでなく、その技術を次の艦へ繋げられるようになったこと。
その証だった。
だが、海軍という組織が必要としていたのは、大型巡洋艦だけではない。
小さな艦を数多く揃え、大きな艦を少数持ち、その間を埋める艦艇も用意する。
それらを組み合わせて、初めて一つの艦隊が成立する。
阿武隈は、その中で最も目立つ存在の一つだった。
しかし、決して唯一の主役ではなかったのである。
そして、戦後の国防海軍は、この先も新しい艦艇を作り続けていくことになる。
失われたものを、ただ取り戻すためではない。
これから必要になるものを、自分たちの手で作るために。
その出発点の一つが、1955年に就役した巡洋艦、阿武隈だった。
続く
あ と が き
予算が1番の敵だった初期国防海軍。
次回 信じて送り出したガトー級