自我持つ兵器の英雄譚“Prequel” 1945 to 2000 作:Nyappy-
新たなる空中戦艦伝説、その始まり。
1950年代半ば
とある航空試験施設の格納庫の前に、一機の大型航空機が置かれていた。
長い胴体に、大きく広がった主翼。左右に二基ずつ、合計四基の発動機を備えた姿は、かつて旧日本海軍が開発した大型陸上攻撃機を思わせる。
しかし、どこか奇妙だった。
本来なら主翼に並んでいるはずのプロペラが、どこにもない。
代わりに取り付けられているのは、前方に吸気口、後方に排気口を持つ、新しい発動機だった。
「……本当に、連山なんですね」
機体を見上げていた若い技師が呟いた。
その隣には、戦争中から大型機の開発に携わってきた主任技師がいた。
「そうだ。連山一一型、G8N4を改造したものだよ」
「でも、こうして見ると、ずいぶん違いますね。プロペラがないだけで、別の飛行機みたいです」
「実際、相当なところまで手を入れたからな」
目の前にあるのは、戦後に完成した連山一一型をベースとする噴式試験機だった。
機体の基本構造はG8N4に由来するが、発動機の換装に伴い、機関ナセルや取り付け部分、燃料系統などには大掛かりな改修が施されている。さらに、飛行中の状態を調べるため、各所に計測装置が取り付けられていた。
もっとも、これをそのまま実用のジェット爆撃機とするつもりはなかった。
あくまでも、大型航空機をジェットエンジンで飛ばすための試験機である。
「これで問題がなければ、二二型を作れるんでしょうか」
「問題がなければ、か。残念だが、そう都合よくはいかないだろうな」
主任は少し笑った。
「むしろ、問題を見つけるために作ったんだ。ここで何も分からない方が困る」
若い技師は、改めて試験機を見上げた。
連山の胴体、連山の主翼、連山の降着装置。
そこへ、今までとはまったく異なる発動機が取り付けられている。
昔の連山を知る人間にとっては、何とも落ち着かない姿だった。
だが、この少々不格好な試験機こそが、連山を次の時代へ進ませるための第一歩だったのである。
1940年代末
第二次世界大戦の終結から数年が経ち、日本の航空機産業が少しずつ再建され始めた頃。
旧日本海軍の大型航空機開発に携わっていた技術者たちは、かつての計画を再び手に取っていた。
『連山』
略符号、G8N。
四基の発動機を持つ、旧海軍の大型陸上攻撃機である。
連山は、九六式陸上攻撃機や一式陸上攻撃機に代表される従来の双発陸攻とは異なり、大きな兵装搭載能力と長い航続距離を求めて開発された機体だった。
また、長距離を行動する大型攻撃機として、搭乗員や重要部分の防御、被害を受けた場合の帰還能力も設計上の重要な課題となっていた。
しかし、戦争末期の開発環境は、そのような大型機を完成させるにはあまりに厳しかった。
資材不足に製造設備の損傷、発動機の問題、そして試作機を十分に試験する余裕さえ失われていく戦況。
結局、連山は本来期待された能力を十分に示す前に、終戦を迎えていた。
その連山が、戦後になって再び開発対象となったのである。
「……これを、今から完成させるんですか?」
古い図面を整理していた若い技師が尋ねた。
机の向こうにいた主任技師は頷いた。
「ああ。今なら、戦争中よりまともな条件で作れる。何ができて、何ができなかったのか、きちんと確かめられるだろう」
戦後に航空機開発が再開されると、旧軍時代の技術を改めて評価する動きが進められていた。
戦争末期には、設計上の性能が優れていても、製造品質や発動機の信頼性が十分ではない機体も少なくなかった。
それらを戦後の材料や工作技術で完成させ、実際の性能を確認する。
ただし、完成させた機体を、必ず長く使い続けるという意味ではない。
銀河は、その好例だった。
旧海軍の高速双発攻撃機である銀河は、戦後の環境で改めて完成させられ、ようやく本来の能力を示した。しかし、その時点でレシプロ攻撃機としての発展には区切りが付けられ、任務そのものは新しいジェット攻撃機へ引き継がれることになった。
一方、連山は事情が違った。
「銀河の仕事は、次のジェット機に渡す。だが、大型機の方は、まだ連山でやれることがある」
主任は、連山の図面へ目を落とした。
大きな主翼と長い胴体がもたらす複数の搭乗員と装備を収容する機内空間と、長距離を飛行するための燃料搭載能力。
戦後になっても、それらを必要とする任務は存在していた。
「連山は、まず連山として完成させよう。次のことを考えるのは、その後でも遅くない」
こうして、戦後の製造技術と新しい国防軍の要求を取り入れた連山一一型、G8N4の開発が進められた。
戦時中のG8N1からG8N3までに得られた知見を受け継ぎながら、機体構造、発動機、操縦装置、整備性などを改めて見直す。
それは決して容易な仕事ではなかったが、終戦前とは大きく異なる点があった。
試験で問題が見つかっても、修正するための時間を与えられる。
製造品質が悪ければ、原因を調べられる。
そして、完成していないものを、無理に実戦へ送り出す必要がなかった。
そうした環境の中で、連山は少しずつ実用水準へ近づいていった。
やがて戦後連山一一型は、大型レシプロ機としての能力を示し始める。
しかし、その頃には既に、世界の航空技術そのものが大きく変わりつつあった。
1950年代初頭
国防空軍の設計部門では、連山の次の段階について検討が始まっていた。
戦闘機の世界では、ジェットエンジンが急速に普及している。
日本でも、アメリカからの技術導入と国産ネ式エンジンの研究を並行して進め、橘花や震電、景雲といった機体の開発が続けられていた。
大型機にも、いずれ同じ変化が訪れる。
そのことは、技術者たちにも明らかだった。
「連山をジェット化したら、どこまで性能が上がるでしょうね」
ある日の会議で、若い技師が口にした。
主任は少し考えた。
「推力の面では期待できるだろう。だが、問題はそれを機体が使い切れるかどうかだ」
ジェットエンジンは、レシプロエンジンとは推進方式が根本的に異なる。
プロペラによって推力を得る航空機と、吸い込んだ空気を圧縮・燃焼させて後方へ噴出する航空機では、機体に求められる条件も変わってくる。
しかも、連山は大型機である。
主翼や胴体の構造、発動機の配置、燃料搭載量、そして長時間飛行のための信頼性まで、すべてを考えなければならない。
「……なら、最初から新しい機体を設計しますか?」
「いずれは必要になるだろうな。ただ、その前に一つ確かめておきたい」
主任は、連山一一型の図面を広げた。
「実際に、これをジェットで飛ばしたらどうなるのか」
それは、大型ジェット機の開発に先立って、既存のG8N4を試験母機に使うという提案だった。
機体構造と飛行特性を把握している連山一一型なら、発動機を変更した際の影響を比較しやすい。
もちろん、ジェット化のための改修を施せば、完全に同じ条件ではなくなる。それでも、まったく未知の機体を一から作るより、問題を切り分けやすい部分があった。
「飛ばせるかどうかだけではない。どんな問題が出るかを知りたいんだ。主翼はどこまで使えるのか、燃料はどれだけ必要になるのか、操縦の感覚はどう変わるのか」
その結果を利用して、次の連山を設計する。
G8N4の噴式試験機計画は、そうした目的で動き始めたのである。
改造作業は、発動機を取り外すところから始まった。
四基のレシプロエンジンとプロペラが取り外され、主翼には新しい機関ナセルを取り付けるための工事が行われた。
しかし、既存の取り付け部へジェットエンジンを固定するだけでは済まない。
発動機の形状も、重量も、推力の伝わり方も違う。さらに、吸気口の配置や高温の排気流への対策、燃料供給設備の変更も必要だった。
「排気の熱が、思った以上に厄介ですね」
機体の下で図面を広げていた技師が、主任へ声を掛けた。
「この配置だと、周囲の構造への影響をもう一度確認した方がよさそうです」
主任は図面を受け取り、しばらく考えた。
「……そうだな。運転中の機関だけでなく、実際に飛んでいる時の流れも考えなければならん」
また、プロペラがなくなることで、低速時の主翼周辺の流れも変化する。
一一型では、プロペラ後流が主翼や操縦面の働きに影響していた部分がある。その条件が変われば、特に離着陸時の飛行特性に注意しなければならなかった。
さらに、ジェットエンジン特有の燃料消費も問題となる。
従来の燃料系統をそのまま使うわけにはいかず、タンクや配管、燃料供給装置を含めた改修が必要だった。
こうして試験機の製作は、当初の印象以上に大掛かりなものになっていった。
それでも、一一型を母体とする意味はあった。
胴体や主翼の基本構造、降着装置、機内配置など、既に把握している部分を残しながら、新しい発動機がもたらす変化を調べられるからである。
「……ほとんど別の飛行機ですね」
改造の進む機体を見ながら、若い技師が言った。
主任は首を横に振った。
「いや。まだ連山だよ」
そして、主翼に手を置いた。
「こいつ自身を見れば分かる。新しい機関を積んでも、その機関を支えているのは、今まで連山を飛ばしてきた構造なんだからな」
もちろん、同じ構造をいつまでも使えるとは限らない。
むしろ、その限界を見つけることも、今回の試験の目的だった。
試験機は、少しずつ完成へ近づいていった。
地上試験が始まると、試験機の周囲では、発動機の始動時や回転数の上昇時にこれまでと異なる音が響くようになった。
レシプロエンジンのような断続的な排気音ではなく、連続した高い唸りが飛行場に広がっていく。
「……何度聞いても、慣れませんね」
計測装置を確認していた若い整備員が呟いた。
隣にいた古参の整備員は、耳を押さえながら苦笑した。
「音よりも、整備の方が厄介だぞ。今までの経験だけじゃ通用しないからな」
その言葉どおり、発動機の換装は整備員にとっても大きな変化だった。
圧縮機や燃焼器、タービンといった高温・高回転部分の点検には、従来とは異なる知識が求められる。始動や出力変更の手順にも注意が必要であり、機関そのものが正常でも、機体へ取り付けた状態で問題が出ないとは限らない。
実際、試験の初期段階では、発動機の振動が機体側へどのように伝わるのかが問題となった。
特定の運転条件で、取り付け部周辺に予想以上の振動が記録されたのである。
計測値を確認した主任は、その日の試験を打ち切らせた。
「……まだ許容範囲には収まっていますが」
担当技師の報告に、主任は頷いた。
「だからこそ、今のうちに調べる。限界まで回してから原因を探す必要はない」
機関架と周辺構造が再点検され、補強や取り付け方法の調整が行われた。
発動機の性能を確かめるだけなら、地上の試験設備でもできる。しかし、それを航空機へ搭載した時にどうなるかは、実際に組み合わせてみなければ分からない。
噴式試験機は、早くもその役割を果たし始めていた。
やがて地上走行試験へ進むと、操縦士たちも新しい機関の扱いに慣れる必要があった。
レシプロ機とジェット機では、出力操作に対する反応が違う。
急に推力が必要になっても、ジェットエンジンがその瞬間に最大出力へ達するわけではない。機関の回転数が変化するまでの遅れを見越して操作しなければならなかった。
「……機体は知っている連山なのに、動かし方は別の飛行機だな」
地上走行を終えた試験操縦士は、そんな感想を漏らした。
「特に速度が落ちた状態では、今までの癖で操作しない方がいい。出力を増やしたいと思ってからでは遅れる」
その報告を受け、飛行試験の手順にも調整が加えられた。
離陸、上昇、旋回、そして着陸。どの段階でも、十分な余裕を確保する必要があった。
試験機には、新しい発動機の能力を確かめるという目的がある。しかし、最初からその限界を試す必要はない。
まず、安全に飛ばせること。
その確認が済んで初めて、試験範囲を広げることができるのである。
そして、初飛行の日が訪れた。
滑走路の脇には、設計者や整備員、計測員が集まっていた。
噴式試験機は、最後の点検を終えて出発位置へ向かっている。
四基のジェットエンジンが回転数を高め、重い機体がゆっくりと動き始めた。
管制から離陸許可が下りる。
操縦士は機関の状態を確認し、出力を上げた。
連山が加速していく。
「……速度、正常」
操縦席には、計器を読み上げる声が響いていた。
機体は長い滑走路を進み、やがて離陸に必要な速度へ近づいていく。
操縦士は機首を引き起こした。
一瞬、主脚が滑走路を離れるまでの間があった。
そして───連山は浮き上がった。
地上の計測員が離陸を報告する。
見守っていた技術者たちは、その姿を目で追った。
プロペラを持たない連山が、空へ上がっていく。
奇妙な光景だった。
戦争中から連山を知る者にとっては、特にそうだっただろう。
だが、感傷に浸っている余裕はなかった。
機体は、まだ試験を始めたばかりである。
予定された高度へ上がると、操縦士は速度を慎重に変化させながら、機体の反応を確かめていった。
旋回時の操縦感覚。
出力変更に対する機体の反応。
そして、各種計器の状態。
「……飛行そのものは問題ない。ただ、低速域の感覚は、やはり一一型と違うな」
報告は地上へ送られ、記録された。
しばらくして、予定された試験項目を終えると、連山は帰投を開始した。
着陸進入では、特に慎重な操作が行われた。
大型機であるうえに、発動機の出力変更に対する反応は従来と異なる。速度や高度に十分な余裕を残して進入し、機体の姿勢を安定させなければならなかった。
やがて、主脚が滑走路に接地する。
続いて前脚が降り、機体は徐々に速度を落としていった。
地上の技術者たちは、試験機が無事に停止したのを確認して、ようやく表情を緩めた。
噴式連山は、飛んだ。
そして、帰ってきた。
その事実は、戦後日本における大型航空機開発の一つの節目となった。
ただし、主任技師の仕事は、むしろそこから忙しくなった。
飛行中に記録された数値を確認し、操縦士の報告と照合する。
予定と異なる挙動があれば、その原因を調べる。
そして、必要な改修を行った上で、次の試験へ進む。
初飛行の成功は、完成を意味するものではなかったのである。
試験が進むにつれて、噴式試験機の長所と限界が明らかになっていった。
ジェットエンジンは、確かに従来の発動機とは異なる可能性を示した。
その一方で、G8N4由来の機体には、最初からジェット機として設計された航空機とは異なる制約が残っていた。
特に問題となったのは、高速域での空気抵抗と主翼の構造だった。
速度が高まれば、主翼に掛かる荷重も変化する。
また、大型機の翼は、飛行中にまったく変形しないわけではない。揚力によってたわみ、空気の流れによってねじれも生じる。
その変形と空気力の関係が悪化すれば、危険な振動へ繋がる可能性があった。
「発動機側には、まだ余裕があるんですが……」
ある日の試験結果を前に、担当技師が口を開いた。
主任は、主翼の計測記録へ目を落とした。
「機体の方が先に限界へ近づく、か」
「はい。これ以上の条件へ進むなら、主翼の構造から見直した方がよさそうです」
主任はしばらく黙っていた。
今ある試験機の主翼を改修し、さらに高速域の試験を行うことも不可能ではない。
しかし、そのために大規模な再設計が必要になるのなら、試験機自身を改造し続ける意味は薄れていく。
「……この機体でできることは、だいたい分かってきたな」
主任は、机の上の試験計画書を閉じた。
「残りは必要な範囲で続けよう。その先は、次の機体に任せる」
噴式試験機には、他にもいくつかの課題が残っていた。
燃料消費と航続距離。
高高度飛行に必要な機内設備。
機関の配置と整備作業。
そして、重い機体を安全に離着陸させるための性能。
ただし、そのすべてを試験機で解決する必要はなかった。
むしろ、問題がはっきりしたことで、新しい大型ジェット機に必要な条件も見えてきたのである。
試験を終えた連山が格納庫へ戻されると、技術者たちは、既に次の機体の設計に取り掛かっていた。
『連山二二型』
略符号、G8N5。
戦後連山系列の、本格的な大型ジェット機だった。
一一型をベースとした噴式試験機とは異なり、二二型は最初からジェットエンジンを搭載することを前提として設計された。
主翼は、高速飛行に適した形状と構造へ改められる。
胴体も、燃料や兵装の搭載量、機内設備、発動機との位置関係などを踏まえて再検討された。
機関ナセルの配置や吸排気の処理も、機体全体の設計へ組み込まれている。
「……随分と変わりましたね」
新しい図面を見た若い技師が呟いた。
主任は頷いた。
「ああ。噴式試験機で分かったことを、最初から設計に入れられるからな」
試験機では、既存のG8N4の構造に合わせて発動機を取り付ける必要があった。
しかし二二型では、その制約から離れられる。
主翼も胴体も、必要な性能から逆算して設計できる。
もちろん、何もかもが自由というわけではない。
連山の任務は、依然として大型陸上攻撃機としてのものだった。
相応の兵装を搭載し、長距離を飛行する。
複数の搭乗員が、それぞれの役割を果たす。
そして、任務を終えた後には、可能な限り安全に帰還する。
そのために必要な機内容積と構造強度、航続能力は維持しなければならなかった。
「高速性能だけを追求しても、爆弾を積めなくなったら意味がない。逆に、何でも積もうとして重くしすぎれば、ジェット化した意味がなくなる」
主任は、機体の重量配分を示した資料へ目を向けた。
「連山として何が必要なのか。その条件は変わっていないんだ」
大型機の設計では、各要素が互いに影響する。
燃料を増やせば重量が増え、重量が増えれば主翼や降着装置にも負担が掛かる。
機体構造を強化すれば、また重量が増える。
兵装搭載量を確保しようとすれば、機内の空間や重心位置にも制約が生じる。
二二型の開発では、それらを新しい機体としてまとめ直す必要があった。
一方、戦後連山の開発で積み重ねてきた経験は、大きな助けとなっていた。
一一型の試験で得られた、大型機の構造と飛行特性に関する資料。
噴式試験機で明らかになった、ジェットエンジンと大型機体を組み合わせる際の問題。
そして、実際の部隊で大型機を整備し、運用する中で得られた知見。
それらが、二二型の設計へ反映されていったのである。
連山二二型で重視されたのは、最高速度だけではなかった。
大型機として必要な航続力と信頼性。
長時間の飛行を支える機内設備。
そして、被害を受けた場合にも、可能な限り飛行を続けられる構造だった。
特に、ジェットエンジンの燃料消費は重要な問題である。
当時のジェットエンジンは、長時間の巡航において、燃料を大量に必要とする傾向があった。
連山のような大型機では、わずかな燃料消費の違いが航続距離へ大きく影響する。
「推力は十分に欲しい。だが、燃料を使い切るまでの時間も大事だ」
発動機担当者の言葉に、機体設計側の技術者たちは頷いた。
ジェットエンジンの開発では、橘花や震電、景雲、天河など、複数の機体で得られた研究成果が共有されていた。
しかし、戦闘機用の機関をそのまま大型機へ積めば済むわけではない。
短時間の加速や上昇性能を重視する航空機と、長時間の巡航を行う大型機とでは、発動機に求められる性格も違う。
二二型では、必要な推力を確保するとともに、安定した長時間運転と整備のしやすさも検討された。
また、機内設備の更新も避けて通れなかった。
高高度を飛行するための与圧と酸素供給。
航法・通信装置。
各種装置を動かすための電源設備。
それらを機体へ収容するには、必要な容積と重量を確保しなければならない。
「……機体が大きいからといって、何でも載せられるわけではないんですね」
図面を見ながら、技師が呟いた。
「そうだな。大きい分だけ、要求されるものも多い」
大型機の強みは、単に多くのものを積めることではない。
何を積み、どのような任務を行うのかに合わせて、機体内部を設計できる余裕があることだった。
二二型では、その余裕を兵装だけでなく、飛行を継続するための設備にも振り向けていた。
そして、防御面でも、連山らしい考え方が引き継がれた。
大型攻撃機である以上、敵の迎撃を受ける可能性を無視することはできない。
しかし、戦後の航空戦では、ジェット戦闘機や大口径機関砲、レーダーによる迎撃など、旧来とは異なる脅威が増えつつあった。
機体全体を厚い装甲で覆ったところで、それらをすべて防げるわけではない。
そのため、連山では重要部分の防護と、損傷した場合の被害を抑える構造が重視された。
搭乗員の保護。
燃料系統の安全性。
火災の拡大を防ぐための区画。
操縦系統や電源系統の冗長性。
そして、複数の機関を持つ大型機として、残された推力でどこまで飛行を続けられるか。
いずれも、実際に被害を受けてから考えればよいという問題ではなかった。
「……戦艦みたいですね」
若い技師が、機内構造の図面を見ながら言った。
主任は少し笑った。
「戦艦ほどの装甲は積めんよ。ただ、考え方が似ている部分はあるだろうな」
大型機には、その規模だからこそ可能な防御構造がある。
重要区画を守り、被害を局限し、飛行を続けるための機能を残す。
連山では、その考え方を戦後の航空技術へ合わせて発展させていた。
もちろん、絶対に墜落しない航空機を作れるわけではない。
主翼や操縦系統の重要部分を重大に損傷すれば、帰還できなくなる可能性はある。
また、どれほど防御を強化しても、敵戦闘機や防空火器への対策を機体だけで完結できるわけではなかった。
それでも、簡単には失われない大型機を目指すことには意味があった。
連山二二型は、そうした思想も受け継ぎながら、次第に形を整えていった。
1950年代後半
連山二二型の試験飛行が始まった。
一一型の噴式試験機と比べれば、その姿は明らかに洗練されていた。
従来のレシプロ機を改造した機体ではなく、最初からジェットエンジンを搭載する大型機として設計されている。
機体の形状も、発動機の配置も、旧来の連山とは異なっていた。
だが、そこで目指されている任務は変わっていない。
大型の陸上攻撃機として、必要な兵装を搭載し、遠方へ進出して帰還する。
二二型では、その能力を新しい時代の技術で実現しようとしていた。
最初の試験では、機体の基本的な飛行特性が確認された。
離陸から上昇、旋回、降下、そして着陸。
さらに、飛行速度や高度、搭載重量を変えながら、機体の状態が調べられた。
大型機としての実用性を確かめるため、長時間飛行や機関の信頼性に関する試験も進められていく。
ある日の飛行試験。
連山二二型は、予定された空域で巡航性能の確認を行っていた。
機内では搭乗員たちが計器を確認し、燃料消費や機関の状態を記録している。
「機関、正常。燃料消費も予定の範囲内です」
報告を受けた機長は頷いた。
「了解。引き続き記録を続けてくれ」
眼下には海が広がっていた。
高高度を飛行する連山の機内では、各種装置が静かに動き続けている。
もちろん、すべてが問題なく進んでいるわけではなかった。
試験を繰り返すうちに、計器類の配置や整備方法、長時間運転時の機関の状態など、改良すべき点も見つかっていた。
それでも、二二型は大型ジェット機として、着実に性能を確かめられつつあった。
「……昔の連山とは、随分違いますね」
若い搭乗員が呟いた。
隣にいた機長は、少し笑った。
「ああ。操縦の仕方も、機関の扱いも違う。だが、仕事は同じだよ」
長い距離を飛ぶ。
必要な場所へ到達する。
そして、任務を終えたら帰還する。
その基本は変わっていない。
やがて試験を終えた二二型は進路を変え、基地へ向かった。
大型の機体が高度を下げ、滑走路へ進入していく。
主脚が接地し、続いて機首が下がる。
連山は速度を落とし、誘導路へ入った。
地上の技術者たちは、その姿を見守っていた。
「……無事に戻りましたね」
若い技師が言うと、主任は頷いた。
「ああ。まだ調べることは多いが、良い結果だ」
試験機としての性能を確認することと、実用部隊で継続して使える航空機へ仕上げることは別の仕事である。
二二型には、これからも多くの試験と改良が必要だった。
特に大型機では、整備施設や滑走路、燃料補給、部品供給など、基地側の準備も欠かせない。
飛行性能が優れていても、整備が難しく、必要な時に飛ばせない航空機では実用上の価値が下がってしまう。
連山二二型の開発では、そうした部隊運用の問題も並行して検討されていた。
しかし、少なくとも一つのことは明らかになっていた。
G8N4を改造した噴式試験機から始まった研究は、確かに次の機体へ繋がっていたのである。
同じ日の夕方。
連山二二型の整備が進む格納庫で、主任技師は古い図面を広げていた。
机の上には、戦時中の連山と、戦後の一一型、そして噴式試験機の資料が並んでいる。
その横には、現在開発中の二二型の図面が置かれていた。
「……こうして見ると、本当に変わりましたね」
若い技師が言った。
主任は頷いた。
「そうだな。戦争中の連山を知っている人間なら、今の姿には驚くだろう」
かつての連山は、四基のレシプロエンジンを備えた大型陸上攻撃機だった。
戦後の一一型も、その基本的な構造を受け継いでいる。
しかし、噴式試験機を経て二二型へ至る過程で、主翼や発動機の配置、機体内部の構造は大きく変わった。
既に、旧海軍時代の連山と同じ部品を使い続けることが、開発の目的ではなくなっていた。
「……でも、名前は連山のままなんですね」
若い技師の言葉に、主任は顔を上げた。
「それが気になるか?」
「少し。銀河は、天河になりましたから」
主任は、机の上の図面を眺めた。
銀河と天河。
両者は、確かに同じような任務を担う機体だった。
しかし、天河は銀河を改造して作られた機体ではない。
銀河の戦術爆撃・高速侵攻という思想を受け継ぎながら、最初から新しいジェット攻撃機として設計された航空機である。
そのため、機体としては別の系列となった。
一方、連山の場合は違う。
「……この図面を見れば分かるだろう」
主任は、一一型の資料を指した。
「戦時中の連山を、戦後の技術で完成させた。それが一一型だ」
続いて、噴式試験機の資料へ目を移す。
「そして、その一一型を実際に改造して、ジェットで飛ばした」
最後に、二二型の図面へ手を伸ばした。
「そこから得た結果を使って、今度は最初から大型ジェット機として設計した。それが二二型だ」
若い技師は、並べられた図面を見つめた。
一一型の機体は、確かに噴式試験機へ改造された。
その試験で明らかになった問題点と技術的な成果が、二二型の設計へ引き継がれている。
二二型そのものは、新しく製造された機体だった。
しかし、そこへ至る開発の過程は途切れていなかった。
「……なるほど。銀河と天河の場合とは違うわけですね」
「ああ」
主任は頷いた。
「天河は、銀河の仕事を継いだ新しい飛行機だ。だが、二二型は連山をジェットの時代へ進めたものなんだよ」
その違いは、単なる名前の問題ではなかった。
任務が同じであることと、機体の開発が連続していることは別である。
銀河から天河へ渡されたのは、主として任務と思想だった。
一方、連山では、戦後の一一型から噴式試験機、そして二二型へと、実際の設計と試験の成果が段階的に引き継がれていた。
だからこそ、機体の姿が大きく変わっても、連山という系列が維持されていたのである。
「……つまり、まだ連山だったんですね」
若い技師が言うと、主任は少し笑った。
「ああ。そういうことだ」
格納庫の外では、連山二二型の整備が続いていた。
発動機の点検。
各部の状態確認。
そして、次の試験飛行へ向けた準備。
かつての連山とは違う作業が、当たり前のように行われている。
しかし、その仕事をしている人々の中には、一一型や噴式試験機の開発を経験した者も多かった。
設計だけでなく、人と技術の面でも、連山は続いていたのである。
1950年代後半
連山二二型G8N5は、大型ジェット機としての完成度を高めつつあった。
一一型G8N4をベースとする噴式試験機は、既存の大型機へジェットエンジンを搭載した場合に生じる問題を明らかにし、その成果を二二型へ渡した。
二二型では、そこから得た知見をもとに、主翼、胴体、発動機配置、燃料系統などが改めて設計されている。
大型航空機としての航続力と搭載能力。
長時間飛行のための設備。
そして、損傷を受けても可能な限り帰還するための構造。
そうした連山の基本的な性格を、新しい時代の技術で実現しようとしていた。
もちろん、大型航空機の開発がこれで終わるわけではない。
ジェットエンジンは、今後も発達していくだろう。
機体材料や構造、電子装備も進歩し、航空機へ求められる能力も変化していく。
しかし、今はまだ、二二型を実用の大型ジェット機として仕上げる段階だった。
その先にどのような機体が生まれるのかは、これからの開発に委ねられている。
夕暮れの飛行場では、連山二二型が格納庫の前に翼を休めていた。
かつての連山とは、既に大きく異なる姿だった。
それでも、その名を変える必要はなかった。
戦時中に生まれ、戦後に完成させられた大型攻撃機。
その機体を改造してジェット化を試み、得られた経験をもとに新しい大型ジェット機を作る。
その歩みは、確かに繋がっていた。
銀河は、仕事を天河へ渡した。
だが、連山は違った。
連山は、自ら姿を変えながら、次の時代へ進んでいたのである。
まだ、“連山”だったからこそ。
続く
あ と が き
連山は、まだ終わらんよ。
次回 チリ、チヌ、……。