自我持つ兵器の英雄譚“Prequel” 1945 to 2000 作:Nyappy-
似た条件が揃えば、似た選択に収束する。
でも、使える技術や経験は、同じとは限らない。
戦車という兵器は、その国が置かれた環境を色濃く反映する。
国土の広さ、地形、道路や鉄道の規格、橋梁の耐荷重、そして、相手にする可能性がある敵軍の装備。
それらの条件が似ていれば、異なる技術から出発したとしても、完成する兵器が似た性格を持つことは珍しくない。
例えば、1950年代の日本。
山地が多く、道路や橋梁には制約がある。鉄道輸送を考えるなら、車両の幅や重量にも限界が生じる。国土防衛を主任務とする以上、そうした環境を無視して戦車を設計することはできなかった。
そして、海の向こうにはソビエト連邦がいた。
『T-34-85』
『T-54』
国防陸軍が新しい戦車を考える上で、無視できない存在だった。
日本という国が同じ場所にあり、同じような敵を想定しているのなら、戦車に求められる条件も自然と似てくる。
しかし、要求が似ていることと、それを実現する技術が同じであることは別の話だった。
この世界の日本は、1948年に日本国防軍を創設して以来、旧日本陸軍の技術的蓄積を整理しながら、戦後の軍備を再建してきた。
アメリカから供与された兵器を運用し、その技術を研究する一方、旧軍時代から続く国産装備の改良も進めている。
そのため、同じ条件から生まれる戦車であっても、技術的な出発点や開発の経緯には違いが生じ得た。
似た要求から、似た答えへ辿り着く。
ただし、その答えを実現するまでの道筋は同じとは限らない。
後世、異なる歴史を歩んだ二つの日本を比較できる者がいたなら、そこには奇妙な類似と、少なからぬ相違を見いだしただろう。
だが、当時の技術者たちにとって、そんな比較は意味を持たなかった。
彼らが知っていたのは、目の前の日本と、その日本を守るために必要な戦車だけだったのである。
そして、1950年代半ば。
日本国防陸軍では、戦後初となる本格的な国産主力戦車の開発が進められていた。
計画名は───『チル』。
その試作車には、TXAという識別符号が与えられていた。
『Tank-eXperimental-A』という、安直なネーミング。
ただし“戦車”だったが故に、TはTankだったのである。
1955年
国防陸軍の装備開発に関する会議室。
机の上には、複数の戦車の図面と試験記録が並べられていた。
そこには当然、国防陸軍の現主力戦車の資料もある。
『四式中戦車改』
───通称、チト改。
1948年の国防軍創設以来、改修を重ねながら使われ続けてきた、国防陸軍の主力戦車の一つである。
当初は75mm砲を装備し、アメリカから供与された後期型シャーマンとともに、戦後の機甲戦力を支えていた。
しかし、その後の改修によって、チト改は大きく姿を変えていった。
主砲は90mm級へ強化され、砲塔の構造や装甲配置も見直された。機関、変速操向装置、足回りには繰り返し改良が施され、最終的な90mm砲搭載型は、戦闘重量が四十トンに迫る規模となっていた。
もはや、旧日本陸軍が戦争末期に想定していた中戦車とは、かなり異なる存在だった。
「……これ以上は、厳しいでしょうな」
試験記録を確認していた設計主任が言った。
向かいに座る国防陸軍の将校も頷いた。
「現場からも似たような報告が来ている。性能が悪いわけではない。むしろ、よくここまで育てたと思うよ」
チト改は、戦後の技術を取り込むことで大きく性能を向上させていた。しかし、それに伴って車体の基本設計が持つ限界も明らかになっていたのである。
主砲を大型化すれば、砲塔の内部容積が必要になる。装甲を強化すれば重量が増え、機関や足回りにも負担が掛かる。
一つの改良が、別の改良を必要とする。
それを繰り返した結果、車体は当初の設計から大きく離れつつあった。
「現状でも相当な改修を施しています。さらに性能を高めるなら、車体そのものを設計し直す必要があるでしょう」
主任の言葉に、将校は少し考えた。
「……なら、作り直そう」
あまりに簡単な返事だった。
「新設計ですか」
「ああ。今までの研究を捨てるという意味ではない。むしろ、あれだけの改良を続けてきたからこそ、今の我々には新しい戦車を作る力がある」
チト改で得られた成果は小さくなかった。
90mm級戦車砲の製造や運用の経験に、その戦車砲を積んだ大型砲塔の設計の経験。
機関の冷却能力や変速操向装置の改良研究。
装甲板の加工と溶接の技術。
そして、実際の部隊から集められた整備と補給の経験。
それらを利用すれば、旧軍時代の戦車から離れた、新しい車体を設計できるはずだった。
会議室の壁には、ソ連軍の戦車の写真が掲げられていた。
『T-54』
低い車体に、滑らかな曲面を持つ砲塔。傾斜した正面装甲を備えた、ソ連軍の新しい主力戦車である。
「T-34-85を相手にできるだけでは足りない」
将校は、その写真へ目を向けた。
「これからの国防陸軍には、T-54と互角以上に戦える戦車が必要だ」
それは、単に正面装甲を貫通できる主砲を作れという要求ではなかった。
敵を発見する能力。正確に射撃する能力。必要な位置へ素早く移動し、地形を利用して戦う能力。そして、被弾しても可能な限り戦闘を続けられる防御力。
そうした要素を含め、戦車全体としての能力が求められていた。
「主砲だけ強くしても、先に撃破されてしまえば意味がない。逆に、どれほど頑丈でも敵を倒せなければ困る」
将校の言葉に、主任は頷いた。
「火力、防御力、機動力。それに、実際の部隊が整備し続けられることも必要ですね」
「ああ。日本の国防陸軍が使える戦車でなければ意味がない」
こうして、新しい主力戦車の開発方針が固められた。
旧軍戦車の技術を受け継ぎながらも、車体は新設計とする。
計画名、チル。
その最初の試作車が、翌年には姿を現すことになる。
1956年
完成したTXA-1が、試験場へ運び込まれた。
戦後初の本格的な新設計主力戦車として開発された、チル計画の第一号試作車である。
主砲は90mm砲。乗員は車長、砲手、装填手、操縦手の四名で、人力装填を基本とする。
戦闘重量は40トン級の範囲に収まり、機関には700馬力級の国産ディーゼルが採用されていた。
外観上の大きな特徴は、車体の低さだった。
「……低いな」
試験場で車両を見た将校が、思わず呟いた。
設計主任は頷いた。
「可能な限り、車高を抑えました。被発見率と被弾面積を小さくするためです」
戦車が低ければ、稜線や土手などの地形を利用して身を隠しやすくなる。
特に起伏の多い日本では、その利点は小さくなかった。
しかし、低い車体を作るのは簡単ではない。
戦車の内部には乗員、主砲、弾薬、機関、変速装置などを収めなければならない。高さを削れば、その分だけ別の方向へ空間を確保する必要がある。
TXA-1では、その結果として車体が長くなっていた。
「……少し、長すぎるようにも見えるが」
将校が言うと、主任は苦笑した。
「そこも、これから確かめるところです」
TXA-1は、最初から完成された量産車ではない。
低姿勢の新設計車体が、実際にどこまで成立するのかを調べるための試作車だった。
試験は走行から始まった。
舗装路を進み、未舗装路へ入る。緩やかな坂を登り、障害物を越え、狭い場所での旋回や後退も試された。
車両は基本的な走行性能を示したが、取り回しには問題が残った。
「……もう少し、回頭を楽にしたいですね」
車内から降りてきた操縦手が報告した。
「走れないわけではありません。ただ、狭い場所では車体の長さが気になります」
砲塔を旋回させながらの試験でも、車体との位置関係や後方射界に関する課題が見つかった。
車高を下げたことには意味があった。
しかし、そのために車体が長くなりすぎれば、日本の道路や山地での運用に不利が生じる。
低い戦車が、必ずしも使いやすい戦車とは限らなかったのである。
「……では、設計を変える必要がありますね」
試験記録を整理していた若い技師が言った。
「ああ。だが、低く作ること自体が間違いだったわけではない」
主任は、車体の図面へ目を向けた。
「どこまで低くできるかは分かった。次は、その利点を残したまま、どこを戻せば使いやすくなるかだ」
一方、TXA-1は新しい車体構造や機関配置、懸架装置について多くの試験データを残していた。
低姿勢と大きな砲塔を両立させるための構造も、一定の成果を挙げている。
TXA-1は、チル計画が単なる構想ではなく、実際に走り、戦うことのできる戦車へ近づいていると証明したのである。
翌年には、TXA-1で得られた成果をもとに、新しい試作車の試験が始まっていた。
『TXA-2』
こちらも90mm砲と四名乗員を基本とし、機関出力や重量はTXA-1とほぼ同じ範囲に収められていた。
しかし、車体の構成には重要な変更が加えられている。
低姿勢という利点を残しつつ、車体の前後バランスを見直す。操縦席や砲塔の配置も調整され、TXA-1で問題となった回頭性や後方射界の改善が図られていた。
そして、TXA-2では走行性能や射撃能力に加え、実用部隊での取り扱いも重視されていた。
特に、整備性である。
「……では、始めてください」
試験場の整備区域で、担当将校が指示を出した。
この日の試験では、機関系統の故障を想定し、点検と部品交換に必要な作業が確認されることになっていた。
整備員たちは工具を用意し、点検口を開ける。
内部の装置を確認し、必要な部品へ手を伸ばす。さらに、機関を取り外すための作業空間や、周囲の設備との干渉も調べられた。
「前より、ずっとやりやすくなっていますね」
作業を終えた整備員が言った。
「少なくとも、部品を一つ交換するために、周囲をあれこれ分解するようなことは減っています」
設計者たちは、その報告を記録した。
戦車は、走れるだけでは使い続けられない。
実際の部隊では、日々の点検に加えて、故障や損耗に応じた修理が必要になる。それを行うのは、試作車を熟知した設計者ではなく、部隊の整備員たちだった。
「戦車が一両しかなければ、時間を掛けて直してもいいんでしょうがね」
整備担当の将校が言った。
「実際には、何十両も面倒を見なければならない。現場で直せるものは、現場で直せるようにしてほしいんです」
その意見は、TXA-2の改良へ取り入れられた。
また、国内の輸送条件も改めて評価された。
道路の幅や橋梁の耐荷重、鉄道輸送の制限。そして、山地や市街地での取り回し。
いくら高性能な戦車でも、必要な場所へ運べなければ意味がない。
チル計画の目標は、試験場で優秀な記録を残す戦車ではなく、日本各地の部隊が実際に使用できる主力戦車だった。
さらに、TXA-2では、部品の加工方法、車体と砲塔の組み立て方、機関の搭載方法、量産時の品質管理などといった各製造工程についても検討が進められていた。
一両の試作車を完成させることと、同じ性能を持つ戦車を大量に製造することは違う。
「……TXA-2の方が、実用車としては完成に近いですね」
試験結果を確認した将校が言った。
主任は頷いた。
「ええ。TXA-1で得られた成果を、実際の部隊で使える形へ整理しています」
TXA-2は、量産車の基本構成を考える上で、有力な試作車となっていた。
ただし、チル計画には、まだ試すべき技術が残されていた。
実用性を高めたTXA-2とは別に、戦車そのものの性能を、さらに上へ引き上げようとする研究も進められていたのである。
1959年
国防陸軍の試験場に、第三の試作車が姿を現した。
『TXA-3』
それまでの二両とは、開発目的が少し違っていた。
TXA-1とTXA-2が実用的な車体の成立を重視したのに対し、TXA-3では90mm砲搭載戦車としての性能を、どこまで高められるかが試されていた。
機関出力は750馬力級へ強化され、戦闘重量は43トン級へ拡大している。
主砲には、従来より高初速化した国産90mm砲を採用。
砲塔には新しい装填補助装置が組み込まれ、さらに実験的な二軸砲安定装置も搭載されていた。
「……装填手は、そのままなんですね」
試験前の説明を受けた将校が尋ねた。
「はい。乗員は四名のままです」
担当技師は、砲塔内部の図面を示した。
「今回は砲塔後部からの送弾と、装填作業の一部を機械で補助します。完全な自動装填ではありません」
90mm砲の弾薬は、決して軽いものではない。
連続射撃では装填手に相応の負担が掛かり、作業が続けば疲労も蓄積する。
そこで、弾薬の移動と装填の一部を機械化することで、乗員の負担を減らし、安定した発射速度を維持しようとしていた。
また、二軸砲安定装置は、車体が動いても主砲を目標へ向け続けるための研究だった。
もちろん、砲が安定していれば必ず命中するわけではない。
測距や照準、目標の動き、車体の揺れなど、射撃に影響する条件は多い。それでも、移動中の射撃能力を改善できる可能性は大きかった。
さらにTXA-3には、改良された光学測距装置と電気機械式の射撃補助装置、赤外線暗視装置なども搭載されていた。
砲塔上には、遠隔操作式の12.7mm機銃まで取り付けられている。
「……随分と欲張ったものだな」
車両を一通り見た将校が、半ば呆れたように言った。
担当技師は苦笑した。
「どこまで実用になるか、確かめたかったものですから」
実際、TXA-3は高い潜在能力を示した。
改良された90mm砲と射撃装置は、条件の整った試験で優れた結果を残し、夜間観測や装填補助も一定の成果を挙げた。
その能力は、従来の試作車を明確に上回る部分さえあった。
しかし、問題も少なくなかった。
複雑な装填補助機構は、砲塔内部の限られた空間を占有する。電源や冷却のための設備も増え、整備は難しくなっていた。
特に厄介だったのは、装置の信頼性である。
ある日の射撃試験では、装填補助装置の作動が不安定になり、予定していた射撃が一時中断された。
「……機械そのものは動きます。ただ、この状態で部隊へ渡すのは難しいですね」
砲塔内部を点検していた整備員が報告した。
担当技師は頷いた。
「原因を調べましょう。送弾機構だけの問題か、制御側にも原因があるのか確認したい」
その様子を見守っていた将校は、試験記録へ目を落とした。
───性能は高い。
しかし、装置が故障するたびに射撃能力へ影響し、修理にも時間が掛かるのでは、実戦部隊での扱いは難しい。
「……高性能なのは間違いないんだがな」
将校は呟いた。
その言葉を否定する者はいなかった。
TXA-3は、90mm砲搭載戦車として多くの成果を示した。
だが、性能の高い試作車を作れることと、同じ能力を持つ戦車を大量に配備できることは別の問題だったのである。
同じ頃。
チル計画では、さらに先の技術を試すための車両も開発されていた。
『TXA-4』
この試作車では、主砲そのものが変わっていた。
その口径は、105mm。
これまでのTXAに搭載されてきた90mm砲を上回る、大口径の戦車砲である。
ただし、それは海外の105mm砲をそのまま取り付けたものではなかった。
技術的な出発点には、旧日本陸軍が戦争末期に研究していた試製十糎砲があった。
大口径砲の搭載を目指したホリ系列の研究。
そして、戦後のホリ改を通じて積み重ねられた、砲身製造や砲架、駐退機、弾薬に関する経験。
それらを基礎として、新しい国産105mmライフル砲が試作されていたのである。
「……90mmとは、やはり違いますね」
砲塔内部を確認していた技師が呟いた。
担当者は頷いた。
「砲弾が大きくなるだけじゃありません。反動も、砲尾の大きさも、全部変わりますからね」
大口径砲を戦車へ搭載するには、砲そのものの重量だけでなく、発射時の反動を受け止める構造や、砲尾が後退するための空間も考えなければならない。
さらに、装填手が弾薬を扱う場所や、砲塔の内部容積も必要になる。
TXA-4は、それらを実車で確かめるための試作車だった。
戦闘重量は46トン級へ増加し、機関も800馬力級へ強化された。
乗員は四名を維持し、人力装填を基本としながら、一部の装填補助機構も試験する。
さらに、実験的な二軸砲安定装置、高性能な光学測距装置、電気機械式の弾道補助装置、赤外線暗視装置などが組み込まれていた。
NBC防護を考慮した与圧設備も、研究対象となっている。
その構成は、TXA-3以上に意欲的だった。
「……これが完成したら、もう次の世代の戦車になるんじゃありませんか?」
資料を見た若い将校が口にした。
しかし、設計主任は首を振った。
「そこまでは、まだ難しいでしょう」
TXA-4には、確かに次の時代を先取りする技術が搭載されていた。
しかし、それらの多くは研究段階にある。
二軸砲安定装置も射撃管制装置も、後年の完成されたシステムと同じ水準ではない。
測距装置についても、光電式の試験が行われていたものの、実用上の安定性では成熟した光学方式に及ばない部分があった。
何より、TXA-4をそのまま量産車にするには、重く、複雑で、高価すぎたのである。
もっとも、それは失敗を意味しなかった。
TXA-4の目的は、今すぐ量産できる戦車を完成させることだけではない。
105mm砲の搭載方法に、高性能な射撃装置や夜間戦闘能力、そして防御と機動性能。
それらについて、次の世代へ繋がる技術を実際に試すことも、重要な役割だった。
「……つまり、このまま採用されなくても、研究には意味があるわけですね」
若い将校の言葉に、主任は頷いた。
「ええ。むしろ、ここで確かめておかなければ、次に必要になった時、また最初から始めることになります」
TXA-4は、チル計画の中で生まれた試作車でありながら、既にその先の時代を見据えた存在でもあったのである。
1960年
チル計画は、量産車の仕様を決定する段階へ近づいていた。
会議室には、TXA-1からTXA-4までの試験結果が並べられている。
同じ開発計画に属する四つの試作型式。
しかし、それぞれの目的は異なっていた。
TXA-1とTXA-2は、実用的な新設計車体を成立させるための試作車だった。
一方、TXA-3とTXA-4は、現在の技術でどこまで戦闘能力を高められるのか、さらに将来へ向けて何が可能なのかを確かめるための試験車両だった。
「……では、どれを採用するんです?」
会議の席で、国防陸軍の将校が尋ねた。
すぐに答える者はいなかった。
火力と射撃能力を優先すれば、TXA-3には大きな魅力がある。
105mm砲を搭載したTXA-4なら、さらに先の対戦車戦闘を考えることもできる。
しかし、実用性と量産性ではTXA-2の完成度が高かった。
「TXA-4を採用できれば、火力の余裕は大きいでしょう」
砲術担当者が言った。
「T-54を相手にすることを考えても、105mm砲の研究成果は無視できません」
その言葉に、整備担当の将校が口を開いた。
「ですが、その戦車を何両揃えられるんですか?」
砲術担当者は黙った。
「機関も装置も、まだ試験段階の部分が多い。部隊へ配備するなら、整備員の教育も、交換部品の確保も必要になります」
さらに、調達担当者が続けた。
「予算にも限界があります。陸軍には戦車以外の装備も必要ですから」
高性能な戦車を少数揃えるだけでは、全国の機甲部隊を更新することはできない。
もちろん、安ければよいというものでもなかった。
必要な戦闘能力を満たせなければ、どれほど大量に製造しても意味がない。
「……では、TXA-3やTXA-4の研究は無駄だったんでしょうか」
若い将校が尋ねると、設計主任は首を振った。
「いいえ。すべてを一両に搭載する必要はないんです」
主任は、TXA-2の試験記録を指した。
「車体の基本構成や機関、足回り、整備性については、こちらの成果を中心にまとめるのが妥当でしょう」
続いて、TXA-3とTXA-4の資料へ視線を移す。
「ただし、射撃装置や夜間観測、防護については、成熟した技術を取り入れられます。まだ量産に向かないものは、引き続き研究すればいい」
その判断は、ある意味では妥協だった。
最も高性能な試作車を、そのまま量産するわけではない。
しかし、妥協が失敗を意味するわけでもなかった。
必要な性能を満たし、安定して製造でき、部隊が維持し続けられる戦車。
それを完成させることこそ、チル計画の本来の目的だったのである。
やがて、将校の一人が口を開いた。
「……90mm砲で、要求を満たせるのか?」
設計主任は、少し考えてから答えた。
「主砲だけで判断するべきではないと思います」
90mm砲にも、改良された徹甲弾や成形炸薬弾を使用できる。
国防陸軍ではチト改の90mm砲を通じて、APCBC系徹甲弾や硬芯弾、HEAT弾などの研究を積み重ねてきた。
もちろん、それらにも限界はある。特にT-54の強固な正面装甲に対して、あらゆる距離と角度から確実に貫徹できるわけではなかった。
しかし、戦車の戦闘能力は主砲の威力だけで決まらない。
敵を先に発見し、正確に射撃する能力。
敵から発見されにくい位置へ移動し、有利な条件で戦う能力。
そして、必要な状況で機動力と防御力を活かせること。
それらを含めて評価する必要があった。
「求められているのは、T-54の正面装甲をどんな条件でも貫く砲ではありません。T-54と互角以上に戦える戦車です」
主任は続けた。
「ならば、90mm砲を最大限に活かせる車体と射撃装置を作る。それも、一つの答えでしょう」
会議室には、しばらく沈黙が流れた。
やがて、最初に質問した将校が頷いた。
「……そうだな。90mm砲で足りるのなら、それを使い切れる戦車にすればいい」
主任も頷いた。
「ええ。ただし、105mm砲の研究は続けます。いずれ、それが必要になる時代も来るでしょうから」
その方針をもとに、チル計画の量産仕様がまとめられていった。
最終的な設計は、TXA-1とTXA-2で得られた実用車体の成果を中心に構成された。
主砲は、国産90mm戦車砲。
乗員は、車長、砲手、装填手、操縦手の四名。
機関や足回り、変速操向装置は、日常的な運用と整備を重視した構成へ整理されている。
射撃装置にも、信頼性を確保できる範囲で改良技術が取り入れられた。光学測距や砲安定補助、夜間観測などの能力を高めつつ、複雑すぎる装備の採用は見送られている。
TXA-3の装填補助装置や実験的な二軸安定装置、TXA-4の試製105mm砲などは、初期量産車へ全面採用されなかった。
しかし、それらの技術まで失われたわけではない。
試験で得られた成果は、次の世代の戦車開発へ引き継がれることになった。
一方、製造部門では、量産へ向けた準備が進んでいた。
部品製造や組み立てから、完成した車両を検査する工程までの流れが整えられていく。
試作車を一両完成させることと、同じ品質の戦車を大量に製造することは違う。
チル計画では、戦後初の本格的な国産主力戦車を量産するため、生産設備や補給体制の整備も進められていた。
「……ようやく、ここまで来ましたね」
製造準備の報告を受けた設計主任が呟いた。
隣にいた古参の技術者は頷いた。
「チト改を作っていた頃には、随分と遠い話に思えたものだがな」
戦後の国防陸軍は、旧軍の戦車を改良することで機甲戦力を維持してきた。
四式中戦車改は、その象徴だった。
しかし、今は違う。
旧軍時代の技術を受け継ぎながらも、車体そのものは新しく設計されている。
戦争中の戦車を改良し続けるのではなく、戦後の日本が必要とする主力戦車を、新たに作れるようになっていた。
「……チト改の仕事も、これで終わりに近づくんでしょうか」
若い技師が尋ねると、古参の技術者は少し考えた。
「第一線の主力としては、そうだろうな。だが、あれがなければ、ここまで来られなかったよ」
チト改は、単に旧式戦車を延命させた存在ではなかった。
その開発と改修を通じて、戦後日本の戦車技術を育てた存在でもあったのである。
ただし、チルはチト改をそのまま改造した戦車ではない。
新しい車体、新しい機関配置、新しい砲塔を持つ、独立した設計の主力戦車だった。
それでも、その背景には確かに旧日本陸軍から続く技術の蓄積があった。
「……ようやく、戦後の戦車になったんですね」
若い技師の言葉に、古参の技術者は静かに頷いた。
「ああ。今度は、新しい国防陸軍の戦車だ」
1961年
日本国防陸軍では、チル計画の最終審査が行われていた。
TXA-1の完成から五年。
四つの主要試作型式によって得られた成果は、一つの量産仕様へまとめられようとしていた。
低姿勢の新設計車体。
90mm砲を備えた砲塔。
国産ディーゼル機関。
四名乗員による実用的な戦闘室。
そして、戦後日本が積み重ねてきた技術を取り入れた、機動力と防御力。
それらを組み合わせた、新しい主力戦車だった。
最終審査では、走行性能や射撃能力だけでなく、製造と整備の見通しも改めて確認された。
量産を開始した後、安定して部隊へ配備できるのか。
必要な交換部品を供給できるのか。
そして、実際の部隊で長期間使い続けられるのか。
試作段階では優れた性能を示した装備も、すべてが採用されたわけではなかった。
一方で、量産車に採用されなかった研究成果も、将来の戦車開発へ向けた財産として残された。
チル計画は、単に一種類の戦車を完成させるためだけの開発ではなくなっていた。
戦後日本の主力戦車開発を、自立した技術体系として確立するための計画でもあったのである。
やがて、最終的な判断が下された。
───採用。
チル計画の量産仕様が、日本国防陸軍の新しい主力戦車として制式化されることになった。
審査を終えた将校たちが会議室を出ていく。
設計主任は、机の上に残された資料をしばらく眺めていた。
走行試験の記録。
射撃試験の結果。
製造準備に関する報告。
そして、四つの試作型式の写真。
それぞれに異なる役割があり、それぞれに得られた成果があった。
最も高性能だった試作車が、そのまま採用されたわけではない。
しかし、採用されなかった試作車も、無駄になったわけではなかった。
それらの研究を積み重ねた先に、今の量産車がある。
主任は、最後の書類を手に取った。
そこには、完成した新型戦車の写真が載せられていた。
低い車体に、90mm砲を備えた砲塔。
TXA系列の面影を残しながら、量産を考慮した構成へまとめられている。
かつて旧日本陸軍が開発した四式中戦車とは、明らかに異なる姿だった。
しかし、その開発史を辿れば、確かな技術の繋がりがある。
戦争末期に生まれた四式中戦車。
戦後に改良を重ねた四式中戦車改。
そして、その成果を受け継ぎ、新設計の主力戦車として完成したチル。
日本は、ようやくここまで辿り着いたのである。
やがて、一人の若い技師が会議室へ入ってきた。
「……決まったそうですね」
「ああ」
「おめでとうございます」
「ありがとう。もっとも、これからが大変だろうがな」
量産は、まだ始まったばかりだった。
部隊への配備も、整備員の教育も、交換部品の供給も、これから続けていかなければならない。
そして、実際の運用が始まれば、試験場では分からなかった問題も見つかるだろう。
それでも、新しい戦車が正式な装備として認められたことには、大きな意味があった。
「……正式な名前も、決まったんですよね」
若い技師が尋ねた。
主任は、書類の表紙へ目を落とした。
「ああ。決まったよ」
そこには、新しい制式名称が記されていた。
『六一式戦車』
すなわち───
『61式戦車 チル』
戦後日本が、自らの技術と経験によって完成させた、最初の本格的な国産主力戦車だった。
そして、その誕生は、旧日本陸軍の中戦車から続いてきた技術の蓄積が、戦後の新しい主力戦車へと結実したことを意味していたのである。
第三章 完
あ と が き
二つの歴史を実際に比較した者たちも存在する……かもしれない。
次回 何がために“保存会”なりや