自我持つ兵器の英雄譚“Prequel” 1945 to 2000 作:Nyappy-
時代の王道への、理由ある反抗。
───航空機の進歩は、時に、それまでの常識をあっさりと古いものにしてしまう。
かつて戦闘機に求められたのは、敵機より速く飛び、敵機より有利な位置を取り、そして機銃や機関砲で撃墜する能力だった。
そのため、世界各国の技術者たちは、発動機の出力を高め、機体の抵抗を減らし、上昇力や旋回性能を改善してきた。
しかし、ジェットエンジンと誘導兵器の発達によって、空戦そのものが変わり始めていた。
超音速で飛行する戦闘機。
遠方の敵を捉えるレーダー。
そして、目標へ向けて発射すれば、自ら誘導して敵機を追う空対空ミサイル。
もはや、敵の背後へ回り込み、機関砲の射程まで近づく必要はない。そう考える者が増えていたのである。
実際、その考えには相応の根拠があった。
高速で接近する航空機同士が、機関砲の射程内で互いを捉え続けることは難しい。
一方、ミサイルを使えば、機関砲では届かない距離から攻撃できる。
将来、レーダーと誘導装置がさらに進歩すれば、敵機を目視することさえ必要なくなるかもしれない。
そんな未来を見据え、戦闘機の設計思想も変わりつつあった。
より速く、より高く。
敵を先に発見し、ミサイルを撃ち、反撃を受ける前に離脱する。
そこでは、従来のような格闘戦能力よりも、速度や上昇力、レーダーと兵装の性能が重視されるようになっていた。
ただし、それは必ずしも、格闘戦が不可能になったことを意味しなかった。
技術が進歩したことで、新しい戦い方が生まれた。
だが、だからといって、古い戦い方が必要になる状況まで消えたとは限らない。
その違いを、日本国防空軍は少しばかり変わった形で考え続けていた。
1963年
日本国防空軍の、とある航空基地。
格納庫の前には、二種類の戦闘機が並んでいた。
一方は、ライセンス生産が始まったばかりのF-104J。
マッハ2級の最高速度を誇る、細長い胴体と小さな主翼が特徴的な超音速戦闘機である。
そして、もう一方。
『震電五五型』
この年に制式化されたばかりの、国産超音速戦闘機だった。
1956年に制式化された五四型を、主として発動機の改良によって発展させた機体であり、主要設計番号は同じJ7W5に属している。
五四型の最高速度はマッハ1.3級。
そして、五五型はマッハ1.5級。
国産の超音速戦闘機として見れば、決して悪い数字ではない。戦争末期の試製震電から続く開発の成果としても、大きな進歩だった。
しかし、目の前のF-104Jは、それよりさらに速かった。
「……こうして並べてみると、随分違いますね」
二機を見比べながら、若い空軍将校が言った。
隣にいた上官は頷いた。
「どちらも超音速戦闘機だが、得意とすることが違うからな」
「ですが、最高速度では明確に負けています」
「それは事実だ」
上官は、何のためらいもなく認めた。
五五型は、既存の震電系列を発展させることで性能を向上させてきた。
しかし、マッハ2級を前提として設計されたF-104Jには、速度面で及ばない。
高高度への高速進出や、短時間での迎撃を考えれば、その差は大きかった。
しかも、F-104Jは既に実績のあるアメリカ製戦闘機を基礎としており、国内でのライセンス生産によって、製造技術を学ぶこともできる。
国防空軍にとって、非常に魅力的な機体だった。
「……それなら、震電を使う理由はあるのでしょうか」
若い将校が尋ねた。
「速度では勝てない。ミサイルも使える。これからは、敵機に近づいて機関砲を撃つ時代ではなくなるとも言われています」
もっともな疑問だった。
国防空軍には、かつての震電に特別な思い入れを持つ者も多い。
しかし、戦闘機は思い出のために使うものではない。
国を守る兵器である以上、必要な性能を備えていなければならなかった。
上官は、五五型へ目を向けた。
「……お前は、震電の武装を知っているか?」
「はい。五四型から引き継いだ、56式30mm回転薬室式機関砲を四門です」
『56式30mm回転薬室式機関砲』
戦争末期の五式30mm機関砲で培われた技術を出発点とし、ドイツのMG/MK213系列から得られた回転薬室機構の知識や、戦後の材料・製造技術を組み合わせて開発された国産航空機関砲だった。
その四門を、震電は機首へ集中して装備している。
もともと震電は、敵の大型爆撃機を強力な火力で迎え撃つために開発された戦闘機だった。
ジェット化し、超音速機へ発展した後も、その思想は残されていたのである。
「……かなりの重武装ですね」
「ああ。機関砲の威力だけなら、今でも侮れるものではない」
F-104Jにも、20mmバルカン砲が装備されている。
決して機関砲を持たない戦闘機ではなかった。
しかし、機首に30mm機関砲を四門集中させた震電とは、火力の構成が大きく異なる。
「ただ、今はミサイルの時代でしょう?」
若い将校は、なおも疑問を口にした。
上官は、少し笑った。
「そうだな。では、ミサイルが使えなかったらどうする?」
「……使えなかったら、ですか?」
「敵機を識別できなかった。誘導装置が目標を捉えなかった。射程が近すぎた。あるいは、単純に撃ち尽くした。理由は何でもいい」
若い将校は考え込んだ。
「……機関砲を使うか、離脱します」
「その通りだ。では、機関砲を使うための訓練は、どれだけ積んでいる?」
そこで、若い将校は黙った。
ミサイルが主兵装になったからといって、機関砲が必要になる可能性まで消えたわけではない。
そして、機関砲を装備していることと、それを実際に使いこなせることも、別の問題だった。
「……明日、飛んでみるか」
上官は、格納庫の向こうに並ぶ二機を指した。
「ちょうど、いい教材がある」
その日の夕方。
国防空軍の戦技教導隊では、翌日の訓練に向けた打ち合わせが行われていた。
『戦技教導隊』
1950年に、旧日本陸海軍の熟練搭乗員たちを中心に設立された、空戦技術の研究と教育を行う部隊である。
後の時代には『初代アグレッサー』とも呼ばれる彼らは、戦後の国防空軍に独特の教育文化を残していた。
ただし、設立当時の教官たちが、いつまでも零戦や隼に乗っているわけではない。
時代が進むにつれて、教導隊で使用する機体も変わっていた。
レシプロ戦闘機からジェット戦闘機へ。
そして、亜音速機から超音速機へ。
新しい戦闘機が導入されれば、それを相手にした訓練が必要になる。
教官たちも、その変化へ対応しなければならなかった。
机の上には、F-104Jと震電五四型、五五型の飛行特性をまとめた資料が置かれていた。
「……さて、どうする?」
訓練担当者が尋ねた。
「最初から格闘戦をさせますか?」
「いや」
一人の教官が首を振った。
「まず、それぞれが得意な条件で飛ばせよう」
彼は、F-104Jの資料を指した。
「こいつの速度と上昇力を無視して、いきなり近距離戦を始めさせても意味がない」
「では、通常の迎撃訓練から?」
「ああ。その後で条件を変える」
教官は、今度は震電の資料へ目を向けた。
「同じ機体でも、戦い方が変われば結果も変わる。それを見せたい」
その言葉には、彼自身の経験が込められていた。
かつて、まだ若い少尉だった頃。
彼は、戦後型の疾風に乗り、旧軍出身の教官が操る零戦六四型に負けたことがあった。
しかも、一度ではない。
機体の性能なら勝っているはずだった。
それなのに、思いどおりに戦うことができなかった。
模擬戦を終えた後、教官から何度も問い詰められたことを、今でも覚えている。
『何で、ここで追った?』
当時は、それが随分と理不尽な質問に思えた。
しかし、今なら分かる。
教官が聞いていたのは、敵を追った理由ではない。
なぜ、相手の望む戦い方を、自分から選んだのか。
そのことだったのである。
翌日。
訓練空域には、F-104Jと震電五五型が進出していた。
最初の課目は、高高度での迎撃戦闘だった。
F-104J側は、速度と上昇性能を活かして有利な位置を取り、模擬ミサイル攻撃を行う。
一方の震電も、相手を発見して対処しなければならない。
開始から間もなく、F-104Jは高度を確保し、速度差を利用して攻撃位置へ進入した。
「……目標捕捉」
無線へ短い報告が入る。
震電側も敵機を確認したが、条件は良くなかった。
F-104Jは十分な速度を維持している。
震電が追い掛けようとしても、簡単には距離を詰められない。
やがて、F-104J側に模擬ミサイルの射撃機会が与えられた。
判定は、有効。
「……やはり、速いですね」
地上で訓練を見守っていた若い将校が言った。
隣にいた教官は頷いた。
「そうだな。あの条件で、無理に追い掛けても勝てん」
「震電側は、どうすれば良かったのでしょう」
「まず、相手が得意な高度と速度で勝負しようとしないことだな。もっとも、迎撃する側には、好きな条件ばかり選べない事情もあるが」
F-104Jの強みは、明白だった。
速度を活かして敵へ接近し、有利な位置から攻撃する。
そして、必要なら再加速して離脱する。
その能力を十分に発揮された場合、最高速度で劣る震電五五型では対処が難しかった。
「……これでは、やはりF-104Jの方が優秀では?」
若い将校が尋ねた。
教官は、少し考えた。
「少なくとも、今の課目ではな」
その答えに、将校は首を傾げた。
「……今の課目では?」
「ああ。次は、違うことをやる」
午後。
二機は、再び訓練空域へ進出した。
今度は、条件が変更されていた。
両機が互いを目視できる距離から始める、近距離戦闘の訓練である。
さらに、模擬ミサイルの発射には制限が設けられていた。
これは、ミサイルを使うなという意味ではない。
目標を捕捉できない場合や、安全な射撃条件を満たさない場合、あるいは残弾がない場合を想定していた。
つまり、ミサイルを使いたくても、使えない状況である。
「……機関砲による撃墜判定を取れれば勝ち、ですか」
訓練前の説明を受けた若い搭乗員が言った。
「そうだ。ただし、無理に格闘戦へ付き合う必要はない。離脱して有利な条件を作り直すのも、立派な戦い方だ」
教官は、そこを強調した。
F-104Jの最大の強みは、あくまでも速度だった。
それを自分から捨て、震電と旋回戦を続ける必要はない。
一方、震電側にも、同じように条件を選ぶ自由がある。
重要なのは、それぞれの機体が持つ能力を理解し、必要な時に使い分けることだった。
模擬戦が始まった。
F-104Jが、高速で接近する。
震電側も機首を向け、互いの位置を確認した。
最初の交差は、ほんの一瞬だった。
二機がすれ違い、急速に距離が開く。
F-104Jは速度を保ち、再び攻撃位置を取ろうとした。
対する震電は、その動きを見ながら旋回する。
ただし、無理に追い掛けることはしなかった。
「……追わないな」
地上の教官が呟いた。
「追えば、あちらの思う壺ですからね」
隣の教官が答えた。
その通りだった。
F-104Jが速度を維持し、距離を取るのであれば、震電が無理に追撃しても不利になる。
だから、相手が戻ってくるまで待つ。
だが当然、待っているだけでは勝てない。
相手の攻撃を受けない位置を維持し、次に接近してきた時、どこへ機首を向けるべきかを考える必要がある。
F-104Jが再接近した。
今度は、先ほどよりも浅い角度で進入してくる。
震電は相手の接近に合わせて機体を動かし、射撃位置を作ろうとした。
だが、F-104Jも簡単には付き合わない。
一度機首を向けた後、再び速度を活かして離れていく。
「……うまいな」
教官が言った。
「無理に曲がってくれませんね」
「ああ。あれが正しい」
その時点では、まだどちらにも有効な撃墜判定は出ていなかった。
しかし、模擬戦が続くにつれて、両機の性格の違いがはっきりしてきた。
F-104Jは、高速で攻撃し、離脱することを得意としている。
一方、震電は、相手が近距離へ入ってきた時に、機首を向けるための選択肢が比較的多かった。
特に、相応の速度を保った中での機動や、相手の進路へ合わせた短時間の機首指向には、持ち前の機体特性を活かせる余地がある。
もちろん、震電ならどんな速度でもF-104Jより小さく旋回できるという話ではない。
飛行速度や高度によって、利用できる運動性能は変わる。
また、無理な高迎角機動を続ければ、震電でも速度を失う。
ただ、震電には、速度を捨てずに使える機動と、速度をある程度犠牲にして機首を向ける機動を、状況に応じて選べる強みがあった。
三度目の接近。
F-104Jは、先ほどまでと少し異なる進路を取った。
震電の進行方向を横切り、射撃位置を確保しようとする。
しかし、震電側はそれを見ていた。
相手の機首が向く方向。
相手との速度差と、交差するまでの時間。
そして、次に相手が進もうとする空間。
震電の搭乗員は、相手を直接追うのではなく、その先へ機首を向けた。
機体が傾き、進路が変わる。
F-104Jが接近する。
そして、二機が交差する直前。
震電の機首が、相手の未来位置へ重なった。
「……射撃位置、確保!」
無線へ報告が入った。
模擬射撃判定───有効。
「……っ!」
F-104J側の搭乗員は、すぐさま離脱した。
しかし、その前に判定は出ていた。
機関砲による撃墜。
今回の近距離戦闘訓練は、震電側の勝利に終わったのである。
地上へ戻った後。
F-104J側の搭乗員は、少し納得のいかない表情で飛行経路図を眺めていた。
「……速度は維持していたつもりです」
「そうだな。最初の二回は、悪くなかった」
担当教官は、図面の上へ鉛筆を置いた。
「だが、三回目は少し違った」
F-104J側の進路へ線を引く。
「ここで、お前は射撃位置を取ろうとした」
「はい」
「そのために、相手へ機首を向けた」
「……はい」
「そこで、進路が読まれた」
教官は、震電側の軌道を書き加えた。
「震電は、お前を追い掛けていない。お前が通る場所へ機首を向けたんだ」
搭乗員は、しばらく図を眺めた。
そして、小さく息を吐いた。
「……追わせたつもりが、読まれていたわけですか」
「そういうことだ」
教官は頷いた。
「速度差があるのだから、お前はもっと自由に戦えた。だが、撃とうとしたことで、自分の進路を狭めてしまった」
その説明を聞いていた別の搭乗員が、ふと思い出したように尋ねた。
「……それ、昔の教導隊でも教えていたと聞いたことがあります」
「そうだろうな」
教官は笑った。
「俺自身、昔それで負けたことがある」
その言葉に、若い搭乗員たちが顔を上げた。
「教官が、ですか?」
「ああ。疾風で、零戦に負けた」
「……零戦?」
「戦後型だがな。しかも、こちらは性能で勝っていると思っていた」
教官は、懐かしむように言った。
「その時の教官にも、同じようなことを言われたよ。お前は相手を追っていたつもりだろうが、実際には追わされていたんだ、とな」
若い搭乗員たちは黙って聞いていた。
「だから、今日の震電が勝ったのは、単に格闘戦能力が高かったからじゃない。お前が撃ちたくなる場所へ、相手が先に機首を向けていた。それが大きかった」
教官は、そこで一度言葉を切った。
「逆に、最初の課目ではF-104Jが勝っただろう。あれも、同じことだ」
「……自分の得意な条件で戦う、ということですか」
「それもある。だが、もっと大事なことがある」
教官は、机の上の資料を指した。
「機体の性能を、勝手に一つの数字へまとめるな」
『最高速度』
『上昇力』
『旋回性能』
『兵装の射程』
それぞれ、戦闘能力を示す重要な数字だった。
しかし、どれか一つだけで、戦闘機の強さが決まるわけではない。
どの距離で、どの高度で、どの速度で、どのような状況から戦闘を始めるのか。
その条件によって、優れた機体は変わる。
そして、同じ機体であっても、搭乗員の判断によって結果が変わる。
「ミサイルを持っているなら使え。速度があるなら速度を使え。機関砲を撃てるなら、それも使え」
教官は続けた。
「だが、一つの武器だけを頼りにして、他の能力を忘れるな」
その言葉を発した瞬間、彼の頭には、かつての教官の声が蘇っていた。
『飛行機が出来ることを、お前が勝手に減らすな』
十年以上前に教わった言葉。
機体が変わり、戦い方が変わった今になっても、その意味は少しも失われていなかった。
震電五五型の開発に携わっていた若い設計主任のもとにも、その訓練結果が届けられていた。
「……なるほど。こういう使い方なら、まだ優位を取れるわけですね」
主任は、飛行経路図と試験報告を見比べながら呟いた。
隣にいた設計顧問は、静かに頷いた。
「機体の特性が違うからな」
顧問は、F-104Jの資料へ目を向けた。
「向こうは速い。それも、少々の改良で追いつけるような差じゃない。少なくとも、今の五五型ではな」
五五型は、五四型の発動機を中心に改良を施すことで、マッハ1.5級の最高速度を実現した。
しかし、現在のネ式発動機では、それが限界だった。
超音速域での性能をさらに高めようとしても、そのための技術が追いついていなかった。
「……やはり、勝てないのでしょうか」
若い主任が言うと、顧問は頷いた。
「今の技術なら、そうかもしれん。ただ、今の機体にも、使えるものは残っている」
五四型と五五型には、確かにF-104Jに劣る部分があった。
しかし、それはすべての能力で劣っていることを意味しない。
近距離での機動や機首指向。
そして、強力な機首集中火力。
それらは、F-104Jとは異なる方向で発展してきた震電の強みだった。
「……不思議なものですね」
主任は、五五型の写真へ目を向けた。
「震電は、もともと迎撃戦闘機だったはずなのに」
「今でも迎撃は重要な任務だぞ」
「ええ。ただ……周りの戦闘機が速くなって、ミサイルを主兵装にするようになった結果、こちらの方が、相対的には格闘戦向きの機体になってきたような気がします」
顧問は少し考え、やがて笑った。
「……言われてみれば、そうだな」
戦争末期の震電は、強力な機関砲を備えた高速迎撃機として開発された。
しかし、時代が進むにつれて、世界の戦闘機はさらに高速化し、遠距離からのミサイル攻撃へ重点を移し始めていた。
その中で震電は、高速性能を追求しながらも、近距離で機体を動かし、機首を敵へ向ける能力を残していた。
さらに、機首へ集中した四門の30mm機関砲も健在である。
結果として、震電が特別に格闘戦能力だけを伸ばしたわけではないにもかかわらず、同世代の高速迎撃機と比較すれば、近距離での戦闘を重視した機体に見えるようになっていたのである。
「……時代が変われば、同じ長所でも意味が変わるということでしょうか」
若い主任が尋ねた。
「そういうことだろうな」
顧問は、五五型の図面へ目を落とした。
「ただし、格闘戦が得意だからといって、格闘戦しかできない戦闘機にしてしまうなよ」
「……はい」
「それに、近距離戦闘で有利だからといって、必ず勝てるわけでもない」
顧問は続けた。
「いくら大砲を積んでいても、当てられなければ意味がない。無理な機動を続けて速度を失えば、相手に逃げられることもある。こちらが得意な条件へ、敵が付き合ってくれる保証もない」
震電の四門の30mm機関砲は、確かに強力だった。
しかし、弾薬の搭載量にも限りがあり、射撃には反動も伴う。発射速度と一発の威力にも、それぞれ異なる利点があった。
F-104Jの20mmバルカン砲にも、震電とは違った強みがある。
単純に口径や門数を比較するだけでは、どちらが優れているかは決められなかった。
「……結局、使い方ですか」
「ああ。だから、教える人間が必要なんだろう」
顧問は、机の上に置かれた教導隊の報告書を指した。
「飛行機を作る側が、飛行機の使い方まで全部決められるわけじゃない。実際に飛ばす人間が、我々の想定していなかった能力を見つけることもある」
若い主任は頷いた。
その言葉には、技術者としても納得できるものがあった。
試験場で測定される性能と、実際の空戦で使われる性能は、必ずしも同じではない。
機体がどこまで動けるのか。
どのような条件で有利になるのか。
そして、何をしてはいけないのか。
それらを知るためには、設計者と操縦者の双方が、経験を積み重ねていく必要があった。
「……では、次の震電でも残しますか」
主任が尋ねた。
「何をだ?」
「近距離戦闘能力です。最高速度だけを追い掛けるのではなく、機体を動かして戦える能力も」
顧問は少し笑った。
「残せるなら、残した方がいいだろうな」
そして、付け加えた。
「もっとも、それを理由に速度で負け続けてもいい、とは言わんぞ」
若い主任も笑った。
「……分かっています」
五五型は完成した。
しかし、震電の開発は終わっていない。
その先へ進むための課題は、既にはっきりしていたのである。
戦技教導隊でも、訓練の見直しが進められていた。
新しい戦闘機が増え、空対空ミサイルの運用が一般化するにつれて、戦闘機同士の模擬戦も複雑になっていった。
もはや、二機を空へ上げて、どちらが相手の背後を取れるか競わせるだけでは足りない。
レーダーによる捜索や、地上からの誘導。
ミサイルの射撃条件。
僚機と連携し、複数の敵機を相手にする戦闘。
そして、それらが思いどおりに機能しなかった場合の対処。
教えるべきことは、むしろ増えていた。
「……これからは、格闘戦訓練を減らすべきではないでしょうか」
ある会議で、若い教官が意見を述べた。
「ミサイルの運用やレーダー迎撃について、もっと時間を割く必要があります。新しい戦闘機の能力を考えれば、そちらを優先するのが合理的だと思います」
間違った意見ではなかった。
空対空ミサイルは、既に戦闘機の重要な兵装となっている。
それを使いこなせなければ、現代の空戦には対応できない。
ただし、古参の教官は首を振った。
「減らすこと自体には反対しない」
意外な返事だった。
「……では?」
「必要な訓練は増えている。時間が足りないのも事実だ。だが、格闘戦が必要なくなったと決め付けるのは違う」
古参の教官は、机の上に資料を広げた。
「ミサイルを撃てる条件だけを想定するなら、それでいい。しかし、戦場で必ずそうなるとは限らないだろう」
目標の識別に手間取る場合。
誘導装置が目標を捕捉できない場合。
ミサイルが故障した場合。
あるいは、互いに接近しすぎて、射撃できる条件から外れた場合。
どれも、絶対に起こらないとは言い切れなかった。
「……その時のために、格闘戦を残すわけですか」
「それだけじゃない」
教官は答えた。
「近距離戦闘を知っている人間は、近距離戦闘を避けるべき状況も分かる」
その言葉に、若い教官は考え込んだ。
格闘戦を教えることは、すべての戦闘を格闘戦へ持ち込むよう教えることではない。
むしろ、接近すれば何が起こるのかを理解させるための訓練でもあった。
相手の機体がどのように動けるのか。
どの速度域で有利になるのか。
そして、自分の機体がどこまで対応できるのか。
それを知らなければ、そもそも接近するべきかどうかさえ判断できない。
「……では、どちらも教えるしかありませんね」
若い教官が言うと、古参の教官は頷いた。
「ああ。必要なら、訓練のやり方そのものを変えればいい」
従来の格闘戦訓練を、そのまま続ける必要はない。
ミサイルを使った戦闘も、近距離での機関砲戦闘も、同じ教育体系の中で扱えばよい。
そして、相手となる模擬敵機も、可能な範囲で異なる機体を用意する。
F-104Jを相手にする場合と、震電を相手にする場合では、考えるべきことが違う。
同じ震電であっても、五四型と五五型では性能に差がある。
その違いを知り、自分の機体に合った戦い方を選べるようにする。
戦技教導隊は、そうした訓練を積み重ねることになった。
ただし、その教育方針が、世界の主流と一致していたわけではなかった。
むしろ、当時としては、かなり時代遅れに見える部分もあった。
高速戦闘機とミサイルによって、空戦の姿が変わりつつある。
その時代に、わざわざ機関砲での近距離戦闘を重視し、敵役の戦闘機を用意して模擬戦を繰り返す。
一見すれば、新しい技術の可能性を信じていないようにも見えるだろう。
しかし、教導隊の人間たちは、別にミサイルを信用していなかったわけではない。
彼らは、ミサイルが優れた兵器であることを理解していた。
ただし、優れた兵器であることと、万能であることを同じ意味にはしなかった。
それだけの話だったのである。
1960年代半ば。
ベトナムでの戦争が、激しさを増していた。
アメリカ軍は、最新のジェット戦闘機と空対空ミサイルを投入していた。
その中には、レーダー誘導ミサイルを運用できる『F-4 ファントムII』も含まれていた。
強力なレーダーとミサイルを備えた、当時としては非常に高性能な戦闘機である。
しかし、実際の戦闘は、必ずしも開発時の想定どおりには進まなかった。
敵味方を確実に識別するため、目視確認が必要になることがある。
レーダーで敵機を捕捉できても、発射が許可されるとは限らない。
そして、確認が終わった頃には、敵機がミサイルの有効射程の内側へ入り込んでいる場合もあった。
さらに、初期の空対空ミサイルには、信頼性や誘導性能の問題も残っていた。
発射しても命中しない。
目標を捕捉できない。
接近しすぎて撃てない。
そうした事態が、実際の空戦で起こっていたのである。
加えて、初期型のF-4には固定機関砲が装備されていなかった。
ミサイルが使えなくなった時、近距離での攻撃手段を欠くという問題も生じていた。
もちろん、すべてのアメリカ軍戦闘機が機関砲を捨てていたわけではない。
F-104にも、F-8にも機関砲はあった。
そしてF-4そのものも、決して格闘戦が不可能な機体ではなかった。
問題だったのは、ミサイルを中心とする新しい戦い方に重点を置きすぎた結果、近距離戦闘に対応するための装備や訓練が、不十分になっていたことである。
その戦訓は、やがて日本国防空軍にも伝わってきた。
戦技教導隊の会議室。
机の上には、ベトナムでの空戦に関する報告資料が並べられていた。
「……随分と、苦労しているようですね」
資料を読んでいた若い教官が言った。
隣にいた古参の教官は頷いた。
「ああ。敵が古い戦闘機だからといって、簡単には勝たせてくれないらしい」
アメリカ軍の戦闘機が、性能で劣るはずの敵機に苦戦する。
その事実は、決して不思議な話ではなかった。
戦闘機の性能は、空戦の結果を左右する重要な要素である。
しかし、それが結果のすべてを決めるわけではない。
高度と速度、敵機との距離、相手の戦い方、搭乗員の判断。
それらによって、優れた機体であっても不利な状況へ追い込まれることはある。
「……我々がやってきた訓練も、無駄ではなかったということでしょうか」
若い教官が尋ねた。
古参の教官は、少し考えた。
「少なくとも、間違ってはいなかったんだろうな」
そして、続けた。
「だが、向こうが苦労しているからといって、こちらが正しいことの証明になるわけじゃない」
若い教官は顔を上げた。
「……そうでしょうか」
「ああ。実際に戦っている連中の報告には、我々の知らないことも山ほどあるだろう。それを調べずに、昔の教えが正しかったと言って喜ぶのは違う」
古参の教官は、机の上の報告書を指した。
「我々が教わったのは、昔の戦い方を信じろということじゃない」
その言葉に、若い教官は黙った。
やがて、古参の教官は静かに言った。
「……自分の機体と相手の機体を知れ。使えるものは使え。相手の得意な戦い方へ、わざわざ付き合うな」
そして、少し笑った。
「新しい戦訓があるなら、それも教えればいい。それだけのことだ」
その考え方は、初代戦技教導隊が残したものと、何も変わっていなかった。
1969年
アメリカ海軍では、ベトナム戦争で得られた戦訓をもとに、戦闘機搭乗員の空戦技能を専門的に鍛える、新しい教育課程が本格的に始まっていた。
後に『トップガン』として広く知られる、戦闘機兵器学校である。
そこでは、異なる機体を敵役として用い、実戦に近い条件で空戦を研究することが重視されていた。
単に機体の性能を知るだけではなく、相手の戦術を理解し、自分の機体の強みを使い切る。
新しい兵器を使いながらも、必要なら近距離戦闘へ対応できるようにする。
その考え方には、日本国防空軍の戦技教導隊が、1950年以来続けてきた教育と重なる部分があった。
もちろん、両者がまったく同じ組織だったわけではない。
扱う機体も、想定する敵も、実戦経験も異なる。
そして、アメリカ海軍が実際の戦争から学んだことには、日本側が模擬戦だけでは得られない知識も数多く含まれていた。
それでも、興味深い共通点があった。
ミサイルが登場し、戦闘機が超音速で飛ぶ時代になっても、搭乗員の空戦技能は失われてよいものではなかった。
かつて一部で唱えられた、ミサイルさえあれば近距離戦闘は不要になるという考え方は、実戦によって見直しを迫られていたのである。
国防空軍の戦技教導隊。
ある日の訓練を終えた搭乗員たちが、飛行経路図を囲んでいた。
『F-104J』
『震電五四型』
『震電五五型』
それぞれ異なる特徴を持つ戦闘機を使い、異なる条件で模擬戦を繰り返している。
時にはF-104Jが速度を活かして勝つ。
時には震電が近距離で有利な位置を取り、機関砲による撃墜判定を得る。
しかし、どちらの結果も、それだけで機体の優劣を決めるものではなかった。
「……では、今日の反省を始めようか」
教官が言った。
若い搭乗員たちは、飛行経路図へ目を向ける。
「まず、最初の接近だ。ここで、なぜ高度を落とした?」
「相手が下へ動いたので、追撃しようとしました」
「追撃する理由は?」
「……撃墜できると思ったからです」
教官は、少し笑った。
「思っただけだろう」
どこかで聞いたような会話だった。
かつて、零戦と疾風で行われていた模擬戦。
その後、F-86FJや震電三三型、そして現在の超音速機へと受け継がれてきた教育。
機体は変わった。
速度も変わった。
武装も変わり、レーダーやミサイルまで使うようになった。
しかし、教えようとしているものの本質は、変わっていなかったのである。
「……では、もう一度」
教官は鉛筆を取った。
「お前は、ここで何ができた?」
若い搭乗員が考え込む。
しばらくして、一つの答えを出した。
教官は頷き、さらに問い掛ける。
別の搭乗員が口を挟み、そこから新しい議論が始まった。
誰かが正解を教えるだけではない。
自分で考え、飛び、失敗し、もう一度考える。
そして、得られた経験を次の搭乗員へ渡していく。
戦技教導隊は、そうした教育を続けていた。
昔の教官たちが残したものを信じて。
しかし、昔の戦い方そのものへ縛られることなく。
新しい機体と、新しい兵器と、新しい戦場へ対応しながら。
その教えは、少しずつ姿を変えていった。
そして、震電もまた、似たような道を歩んでいた。
高速迎撃機として生まれ、超音速戦闘機へ進化し、周囲の機体がミサイル戦闘へ重点を移す中で、相対的に近距離格闘戦を得意とする存在になっていった。
五四型と五五型は、最高速度ではF-104Jに及ばない。
第二世代の震電が抱える、明確な限界だった。
しかし、だからといって、すべての能力で敗れたわけではない。
使えるものは、まだあった。
そして、それを使い切る人間もいた。
教えを信じるとは、過去の答えをそのまま信じることではない。
過去から受け継いだ考え方を使って、今の問題に、自分たちの答えを出すことだったのである。
続く
あ と が き
零戦や隼に鍛えられた者たちが、そう簡単に近距離戦闘を捨てるはずもなく。
次回 捨てる神あれば拾う神あり