自我持つ兵器の英雄譚“Prequel” 1945 to 2000   作:Nyappy-

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四児の母へ、娘たちからの恩返し。



4-4. 甦る利根

 

1964年10月10日

 

東京・国立競技場には、数多くの観客が集まっていた。

 

日本で初めて開催されるオリンピック。その開会式を見届けようと、国内外から大勢の人々が訪れていたのである。

 

 

敗戦から十九年。

 

かつて戦争によって大きな被害を受けた日本は、復興を遂げ、今では世界各国の選手たちを迎えるまでになっていた。

 

もちろん、国内のすべての問題が解決されたわけではない。経済発展の陰には地域による格差もあり、社会の変化に取り残される人々もいた。

 

それでも、世界中の人々が日本へ集まり、平和の祭典を開催している。

 

その事実は、戦後日本が歩んできた道のりを象徴するものだった。

 

 

そして、開会式が進む中。

 

東京の空へ、五機のジェット戦闘機が現れた。

 

 

『震電三三型』

 

旧日本海軍が残した震電の設計思想を、戦後日本が発展させたジェット戦闘機である。

 

 

ただし、そこにいた五機は、通常の国防空軍機とは少し違っていた。

 

 

機体を彩るのは、鮮やかな青。

 

そして、その機体を操るのは、国防空軍の戦技教導隊から選ばれた五名の飛行教官たちだった。

 

 

 

『ブルーライトニング』

 

正式には、日本国防空軍・戦技教導隊飛行展示班。

 

1955年に成立し、十年近く展示飛行を続けてきた部隊の通称である。

 

 

その名前は、もともと展示飛行のために考えられたものではなかった。

 

1953年頃、戦技教導隊へ配備された震電三三型の一部には、洋上での視認性を低減するため、青系の迷彩塗装が試験的に施されていた。

 

その蒼い震電を乗りこなす教官たち。

 

彼らの姿を見た周囲の搭乗員たちが、いつしか『ブルーライトニング』と呼び始めたのである。

 

その愛称が定着し、飛行展示班が編成されると、自然とチームの名前として使われるようになった。

 

以来、およそ十年。

 

彼らは空戦技術の教育を本務としながら、精密な編隊飛行や展示飛行の技量を磨いてきた。

 

 

そして、今日。

 

五機の震電は、国立競技場の上空で、それぞれの位置へと分かれていった。

 

機体後方から、色のついた煙が伸び始める。

 

一機、また一機と、大きな円を描く。

 

それぞれの円が重なり合い、青空へ五つの輪を形作っていった。

 

 

五色の五輪。

 

オリンピックの象徴が、東京の空へ描かれたのである。

 

 

競技場から歓声が上がった。

 

人々は空を見上げ、五機の蒼い戦闘機が残した軌跡へ目を向けていた。

 

 

かつて戦争のために生まれた震電。

 

その子孫が今、敵機を撃ち落とすためではなく、平和の祭典を彩るために飛んでいる。

 

それは、この世界の日本が歩んできた、少し変わった戦後を象徴する光景でもあった。

 

 

 


 

 

 

同じ頃

 

広島県 呉

 

東京の華やかな光景から遠く離れた、かつての日本海軍の一大拠点でも、ある仕事が最終段階を迎えていた。

 

 

巨大な船渠。

 

周囲には、長年使われてきた造船設備と、新しい時代に合わせて更新された工作機械が並んでいる。

 

 

その先に、一隻の軍艦がいた。

 

 

艦首側へ集中した四基の砲塔。

 

中央から後部へ続く、戦後の艦艇らしい上部構造物。

 

そして、かつての日本海軍重巡洋艦を思わせる長大な船体。

 

 

ただし、それは戦前の軍艦を当時の姿へ復元したものではなかった。

 

艦橋には新しい電子装備が備えられ、後部には水上機運用設備に代わる兵装が配置されている。機関や補機、配管、通信設備に至るまで、多くの部分が戦後の技術によって更新されていた。

 

 

その艦を、作業員の一人が見上げていた。

 

「……長かったなあ」

 

年配の男だった。

 

戦争が終わる前から、この呉で船を扱ってきた。

 

軍艦を修理したこともある。商船を直したこともある。沈んだ船の引き揚げに関わったこともあった。

 

そして、目の前の艦が解体されかけていた姿も、よく覚えていた。

 

「もう十六年ですか」

 

隣にいた技師が言った。

 

「ああ。あの日、切るのをやめてからな」

 

男は、かつてガス切断器を使っていた作業場所の方へ目を向けた。

 

「まさか、もう一度こんな姿を見るとは思わなかったよ」

 

そこにいたのは、かつて重巡洋艦として戦っていた軍艦だった。

 

 

『利根』

 

旧日本海軍が建造し、戦争を生き延びた末に、解体寸前で保存された一隻。

 

その利根が今、戦後の新しい時代に適応した姿で、再び海へ戻ろうとしていたのである。

 

 

 


 

 

 

話は、十九年前へ遡る。

 

 

呉は、かつて日本海軍の重要な拠点だった。

 

多くの軍艦が集まり、修理を受け、補給を受け、そして出港していく。

 

巨大な船渠と工場では、艦艇の建造や修理が昼夜を問わず進められていた。

 

戦艦大和も、この呉で生まれた軍艦の一隻だった。

 

世界最大の戦艦を建造した技術。その巨大な船体を成立させるために必要だった工作機械や設備、そして、それらを使いこなしてきた人々。

 

呉には、日本海軍が長年にわたって蓄積してきた技術が集まっていたのである。

 

 

しかし、1945年には、その光景も大きく変わっていた。

 

戦争末期、呉は度重なる空襲に見舞われていた。

 

港にいた軍艦は攻撃を受け、工場も損傷し、街には焼け跡が広がっていく。

 

修理を待つ艦は増えていたが、資材も燃料も、以前のようには手に入らない。修理を終えたところで、艦隊としてまともに戦える保証もなかった。

 

 

そして、8月15日。

 

日本は敗戦を迎えた。

 

 

それまで日本海軍の軍艦を作り、直すために使われてきた施設は、突然その役割を失うことになった。

 

軍艦を作る仕事は、もうない。

 

修理を待つ軍艦も、今度は解体や接収の対象となっていく。

 

 

だが、船渠そのものが消えたわけではなかった。

 

工作機械も残っていた。

 

そして、船を作り、直してきた人間たちも、まだここにいた。

 

戦争が終わると、呉の造船施設は少しずつ新しい仕事を探し始めた。

 

商船の修理。

 

漁船の整備。

 

損傷した港湾施設の復旧。

 

そして、不要となった軍艦の解体。

 

かつて軍艦を作っていた技術を、今度は戦後の社会で必要とされる仕事へ使っていく。

 

もちろん、それは簡単ではなかった。

 

設備が残っているからといって、すぐに注文が来るわけではない。仕事を失った者もおり、造船所のすべてが以前と同じように動いていたわけでもなかった。

 

 

それでも、呉は少しずつ姿を変えていった。

 

そして、その中で一隻の重巡洋艦が、解体される日を待っていたのである。

 

 

 


 

 

 

1948年7月1日

 

日本国防軍が創設された日。

 

 

呉船渠では、朝から利根の解体作業が続けられていた。

 

戦争末期に大破し、着底した利根は、戦後に浮揚されていた。

 

しかし、それは戦列へ戻すためではない。

 

 

解体するためだった。

 

 

上部構造物の多くは、既に失われている。砲塔も取り外され、かつての重巡洋艦としての姿は、ほとんど残っていなかった。

 

作業員たちは、残された船体を少しずつ切り分けていた。

 

鉄を切る音が響く。

 

ガス切断器から火花が散る。

 

かつて日本海軍の軍艦だったものが、ただの鋼材へ戻されていく。

 

それは、この頃の呉では、もう珍しい光景ではなかった。

 

 

しかし、昼を回った頃だった。

 

 

「───止めろ!」

 

 

監督の声が響いた。

 

作業員たちが顔を上げる。

 

何か事故でも起きたのか。

 

そう思った者もいた。

 

だが、違った。

 

「切断中止! 作業を止めろ!」

 

監督は、手にした書類を掲げていた。

 

 

「利根の解体は中止だ!」

 

 

その言葉に、作業員たちは動きを止めた。

 

「……中止?」

 

「ああ。もう切るなとのことだ」

 

「今さらですか?」

 

「俺に聞くな。命令だ」

 

呆気に取られる者がいた。

 

何を考えているのか分からないと、首を傾げる者もいた。

 

 

国防軍が創設されたことは、皆が知っていた。

 

しかし、だからといって、半ば解体された重巡洋艦を今さら残してどうするというのか。

 

既に砲塔はない。

 

上部構造物も大きく失われている。

 

機関も、すぐに動かせる状態ではなかった。

 

これを軍艦として使うくらいなら、アメリカから供与された駆逐艦を整備した方が、はるかに早いだろう。

 

 

もっとも、新しく生まれた国防海軍も、そのことは理解していた。

 

彼らが欲したのは、すぐに戦える巡洋艦ではなかったのである。

 

 

「……どうして、こんなものを残すんです?」

 

作業員の一人が尋ねると、監督は少し考えてから答えた。

 

「中を調べたいらしい」

 

「中?」

 

「ああ。大型軍艦が、どういう構造でできているのかをな」

 

機関区画や配管。

 

弾薬庫や、砲塔を支える構造。

 

船体の重量配分。

 

そして、被害を受けた区画。

 

半ば解体されていた利根には、通常の完成艦では簡単に調べられない部分が露出していた。

 

それらを実物として調査できることには、大きな意味があった。

 

 

「……要するに、教材ですか」

 

「そういうことらしい」

 

作業員は、目の前の船体を見上げた。

 

 

かつて海を走っていた軍艦。

 

今では、艦としての形さえ失いかけている。

 

だが、その姿にも、まだ使い道が残されていた。

 

 

「……変わった連中だなあ」

 

誰かが呟いた。

 

別の作業員が、少し笑った。

 

「伊号潜水艦まで残そうとしているんだろう? 今さら利根一隻くらい、驚くことでもないさ」

 

当時、国防海軍では伊204、伊205、伊404といった旧海軍潜水艦についても、研究や技術継承を目的とした保存が進められていた。

 

利根もまた、その一隻として残されることになったのである。

 

 

やがて、切断器の火が消された。

 

作業員たちは工具を片付け、監督の指示に従って保全の準備を始める。

 

その日を境に、利根の船体を切り分ける仕事は終わった。

 

 

1948年7月1日。

 

日本国防軍が生まれたその日に、利根は鉄屑になることをやめたのである。

 

 

 


 

 

 

1950年代。

 

利根は、長い時間を掛けて少しずつ調査され、修復されていた。

 

 

最初から、艦としての復活が決まっていたわけではない。

 

解体を止められた船体は、まず腐食や浸水の状態を調べられ、保存可能な部分の補修が進められた。

 

その一方で、国防海軍の技術者たちは、利根の構造を詳しく調査していた。

 

大型砲塔を支えるための船体構造。

 

弾薬庫と揚弾経路。

 

機関室の配置。

 

艦内の通路と区画構成。

 

それらは、単に図面を眺めるだけでは得られない、貴重な教材だった。

 

 

 

「……このあたりは、まだ元の構造が分かりますね」

 

ある日、若い造船技師が、利根の船体内部を調べていた。

 

隣には、旧日本海軍時代から大型艦の建造に携わってきた技術者がいた。

 

「そうだな。ここから先は随分と手を入れられているが、基本的な配置は残っている」

 

年配の技術者は、船体の図面を広げた。

 

「この区画を見てみろ」

 

「……弾薬庫ですね」

 

「ああ。そして、この上に砲塔があった」

 

 

利根の主砲は、20.3cm連装砲四基八門。

 

そのすべてが艦の前半部へ集中していた。

 

後部を航空機の運用に利用するための、独特な配置である。

 

大型砲塔を四基も前方へ集めるということは、その重量を支える船体構造や、弾薬庫、揚弾装置の配置にも工夫が必要になる。

 

 

「……こうして見ると、よく考えられていますね」

 

若い技師が呟いた。

 

「もちろん、問題がなかったわけじゃない。砲塔の配置には射界の制約もあったし、前方へ重量を集めれば、それに合わせた船体設計が必要になる」

 

年配の技術者は、別の図面を広げた。

 

そこには、新しく建造される巡洋艦の計画が描かれていた。

 

「だから、次は同じものを作る必要はない」

 

「……と、言いますと?」

 

「利根で得られた経験を使って、今の時代に必要な艦を設計するんだ」

 

 

新しい巡洋艦にも、前方へ主砲を集中する考え方が取り入れられていた。

 

しかし、砲塔は三基六門へ減らされている。

 

その分、艦の中央から後部には、ミサイル兵装や電子装備、指揮設備を搭載するための余裕が確保されていた。

 

「……昔の利根を、もう一度作るわけではないんですね」

 

「ああ。必要なのは、戦後の巡洋艦だからな」

 

 

 

そして、1955年。

 

戦後初の国産新造巡洋艦、阿武隈が就役した。

 

日本国防海軍は、ようやく自らの手で大型水上戦闘艦を建造し、実戦部隊へ迎えることができたのである。

 

 

もっとも、その技術的な出発点の一つとなった利根は、まだ完成した軍艦へ戻っていなかった。

 

阿武隈が新しい艦として海へ出る一方、利根は調査と修復を続けられていた。

 

それでも、その船体から得られた知識は、確かに次の世代へ渡されていたのである。

 

 

 

ある日、阿武隈の就役に関する話題を聞いた若い技師が、利根の船体を見上げながら言った。

 

「……この艦から学んだことが、新しい巡洋艦に使われたんですよね」

 

「ああ」

 

「だったら、残しておいて良かったですね」

 

年配の技術者は頷いた。

 

「そうだな。だが、利根自身をどうするかという問題は、まだ残っている」

 

「……このまま、教材として保存するんですか?」

 

「それも一つの方法だろう」

 

そう答えてから、年配の技術者は少し考えた。

 

「ただ、いずれはもう一度、海へ出してやりたいと思っている者もいるらしい」

 

若い技師は顔を上げた。

 

「……利根を、ですか?」

 

「ああ。もちろん、今すぐという話じゃない。まずは新しい艦を作れるようにならなければ、そんな余裕もないからな」

 

そして、阿武隈の資料へ目を落とした。

 

「だが、いつかその余裕ができたら……今度は、こっちの技術を利根へ返してやってもいいだろう」

 

若い技師は少し笑った。

 

 

「……恩返し、みたいですね」

 

「そうかもしれんな」

 

 

その言葉は、まだ漠然とした希望にすぎなかった。

 

 

 

しかし、数年後。

 

それは、具体的な修復計画として動き始めることになる。

 

 

 


 

 

 

1960年

 

日本国防海軍は、再び新しい段階へ進もうとしていた。

 

阿武隈の就役から五年。

 

その建造経験を利用して開発された、川内型ミサイル巡洋艦の就役が進んでいた。

 

川内、神通、那珂。

 

阿武隈の実用発展型として建造された三隻である。

 

約200メートル級の船体に、20.3cm単装砲二基を装備する。

 

阿武隈の連装砲三基六門から、主砲の数は大きく減っていた。

 

しかし、その分だけミサイル兵装や電子装備を充実させることができる。砲そのものにも改良が加えられ、少ない砲身数でも有効な火力を確保できるようになっていた。

 

 

かつて、重巡洋艦が砲撃戦で敵艦を撃破するために備えていた大口径砲。

 

それは、戦後の国防海軍でも使われ続けていた。

 

ただし、砲だけで戦う時代ではなくなっている。

 

ミサイル、レーダー、電子戦装置、そして艦隊全体を繋ぐ通信と指揮設備。

 

大型巡洋艦の中身は、旧日本海軍の時代から大きく変わっていた。

 

 

そして、そうした技術を手に入れた今だからこそ、ある計画が改めて検討されることになったのである。

 

 

 

ある日の呉鎮守府。

 

国防海軍の関係者と造船技術者たちが、会議室へ集まっていた。

 

机の上には、利根の現在の状態を示す資料が置かれている。

 

 

「……本当に、やるんですか?」

 

若い技師が尋ねた。

 

設計主任は頷いた。

 

「ああ。今度こそ、本格的に再建する」

 

 

 

『利根修復計画』

 

1948年に処分を止められて以来、研究と段階的な補修が続けられてきた利根を、再び航行可能な大型水上戦闘艦として完成させる計画だった。

 

 

ただし、戦前の姿へ戻すことが目的ではなかった。

 

 

「……元の利根を復元するわけではないんですね」

 

「そうだ。今の国防海軍で使える艦にする」

 

主任は、阿武隈と川内型の資料を広げた。

 

「利根を調べて、我々は大型巡洋艦の技術を学び直した。その成果で阿武隈を作り、さらに川内型を建造した」

 

そして、利根の図面を指した。

 

「ならば、その技術を今度は利根自身へ使うこともできるはずだ」

 

 

しかし、当然ながら反対意見もあった。

 

「……新しい艦を作った方が良いのではありませんか?」

 

調達担当の将校が尋ねた。

 

「利根は古い艦です。既に相当な修復を施しているとはいえ、船体の基本設計は戦前のものですし、今から近代化するにも多額の費用が必要になります」

 

その指摘は正しかった。

 

 

そもそも、当時の国防海軍には余裕があるわけではない。

 

主力となるミサイル巡洋艦を整備する一方、日本近海の警備や対潜戦闘を担う海防艦も、多数建造しなければならなかった。汎用駆逐艦の整備にも予算が必要であり、潜水艦や航空部隊、港湾設備への投資も欠かせない。

 

半ば解体されていた旧式巡洋艦を、現代的な戦闘艦へ改修する。

 

それが安く済むはずもなかった。

 

 

「新造艦なら、最初から現在の要求に合わせて設計できます。わざわざ旧式艦の制約を引き継ぐ必要があるのでしょうか」

 

将校の問いに、設計主任は頷いた。

 

「おっしゃることは分かります。純粋な新造艦としての性能や効率を求めるのであれば、その方が合理的でしょう」

 

「では、なぜ?」

 

 

主任は少し考え、利根の資料へ目を向けた。

 

「……あの艦には、既に十年以上の研究と修復の経験が積み重ねられています」

 

1948年から続く調査。

 

戦後の造船技術を利用した船体補修。

 

機関区画の研究。

 

砲塔と弾薬庫の構造解析。

 

そして、阿武隈や川内型へ技術を渡すために行われた数々の試験。

 

 

利根は、単に保存されていた船体ではなかった。

 

戦後日本が大型水上戦闘艦を再び作れるようになるまで、長い時間を掛けて研究に利用されてきた艦だったのである。

 

 

「もちろん、それだけで再建を正当化するつもりはありません」

 

主任は続けた。

 

「ですが、現代の装備を搭載し、実際に航行できる状態へ戻せれば、今後も大型艦の技術試験に利用できます」

 

新しいレーダー、射撃管制装置、通信設備、ミサイル兵装、そして大口径艦砲の改良。

 

それらを実際の大型艦へ搭載し、海上で試験する。

 

そのための船体としても、利根には価値があった。

 

「……研究艦として使うわけですか」

 

「ええ。必要に応じて訓練にも利用できますし、装備が揃えば有事の戦力としても期待できます」

 

将校はしばらく考え込み、そして尋ねた。

 

 

「……阿武隈と同じ程度の実用性を持たせられるのか?」

 

 

設計主任は即答しなかった。

 

同じ程度、と言っても、船体の設計も、兵装配置も異なる。

 

すべての性能を一致させることはできない。

 

 

「まったく同じ艦にすることはできません」

 

主任は、そう前置きした。

 

「ですが、機関、艦砲、射撃管制、通信・電子装備、損傷に対する耐性などを総合的に改善すれば、阿武隈に匹敵する実用水準へ持っていくことは可能だと考えています」

 

それは、簡単な仕事ではなかった。

 

 

しかし、夢物語でもなかった。

 

 

かつて利根を調べ、戦後の大型巡洋艦を作った技術者たちは、今度はその経験を利用して、利根自身を再建しようとしていたのである。

 

 

やがて、計画は正式に動き始めた。

 

 

1960年。

 

利根の本格的な近代化改修が、呉で始まった。

 

 

 


 

 

 

工事が始まると、利根の再建は想像以上に大掛かりなものとなった。

 

 

最初に問題となったのは、やはり船体だった。

 

1945年に大破し、戦後は解体の途中まで進んでいた艦である。

 

1950年代を通じて補修は続けられてきたものの、それだけで現代的な戦闘艦として使用できるわけではなかった。

 

外板の状態。

 

船体内部の腐食。

 

隔壁の強度。

 

水密区画の構成。

 

そして、新しい機関や兵装を搭載した場合の重量配分。

 

それらを一つずつ確認しながら、必要な部分を修復し、場合によっては新しく作り直していく。

 

 

「……この区画は、やはり交換が必要ですね」

 

船体内部を調査していた技師が言った。

 

年配の造船技術者は、記録を確認して頷いた。

 

「そうだな。残せる部分は残したいが、安全性まで犠牲にはできん」

 

 

利根は、戦前の軍艦だった。

 

しかし、戦前の軍艦だからといって、古い部品をすべて残す必要はない。

 

むしろ、安全に航行できるようにするためには、交換しなければならないものも多かった。

 

船体を支える構造材。

 

配管、電路、機関と補機。

 

そして、損傷した場合に浸水や火災の拡大を防ぐための設備。

 

そうした部分には、戦後の造船技術が積極的に取り入れられていった。

 

 

 

「……どこまで直したら、元の利根じゃなくなるんでしょうね」

 

若い技師が、ふと呟いた。

 

年配の技術者は、少し考えた。

 

「難しい質問だな」

 

「外板を替えて、機関を替えて、上部構造物も作り直す。そうなると、元の艦の部品がどれだけ残っているのか……」

 

「ああ。だが、元の利根がなければ、この工事は始まっていない」

 

年配の技術者は、船体へ手を置いた。

 

「こいつが戦争を生き延びて、解体されかけて、それでも残された。そこからずっと調べて、直してきたんだ」

 

そして、少し笑った。

 

 

「どこまでが昔の部品かは、記録に残しておけばいい。少なくとも、俺たちが今直しているのは利根だよ」

 

 

若い技師は、静かに頷いた。

 

 

もちろん、歴史的な価値を持つ部品や構造を、何でもかんでも交換してよいという話ではない。

 

保存する意味のある部分は残し、記録する。

 

その一方で、航行や安全に必要な部分は更新する。

 

利根の再建では、その二つが同時に求められていたのである。

 

 

 


 

 

 

次に、大きな課題となったのは兵装だった。

 

利根の特徴といえば、艦の前半部へ集中した四基の20.3cm連装砲である。

 

しかし、1948年に解体を止められた時点で、かつての砲塔は既に失われていた。

 

そこで、再建に際しては、戦後に開発された新しい20.3cm連装砲を搭載することになった。

 

 

「……阿武隈用の砲を、四基ですか」

 

砲術担当の技術者が尋ねた。

 

「基本的には、そういう方向だ」

 

設計主任は頷いた。

 

「ただし、砲塔をそのまま置けば終わり、というわけにはいかない」

 

利根と阿武隈では、砲塔の数が違う。

 

しかも、利根はもともと四基の砲塔を艦首側へ集中するという、独特な配置を採用していた。

 

大型砲塔を支える船体構造や揚弾経路も、阿武隈とは異なる。

 

そのため、砲そのものは戦後型を基礎としながら、利根の船体へ搭載できるように設計を調整する必要があった。

 

「……砲塔の位置は変えないんですね」

 

若い技師が尋ねた。

 

「基本的にはな」

 

主任は、利根の図面を指した。

 

「ここを大きく動かすとなると、弾薬庫も揚弾経路も、船体の構造も変えなければならない。そこまでして配置を変更する必要はないだろう」

 

 

利根には、もともと後部に水上機を運用するための広い空間があった。

 

それを利用すれば、主砲の位置を大きく変えなくても、ミサイル兵装や電子装備を搭載する余地を確保できる。

 

「つまり、昔の配置を利用するわけですね」

 

「そうだ。ただし、砲塔の中身は別物になる」

 

新しい砲には、戦後の材料技術や機械化技術が取り入れられていた。

 

装填と揚弾の機構。

 

砲塔の旋回と俯仰。

 

駐退復座装置。

 

そして、レーダーや射撃管制装置と連動するための設備。

 

 

旧日本海軍の20.3cm砲を技術的な出発点としながらも、その能力は戦前のものとは大きく異なっていた。

 

 

「……八門、全部復活するんですね」

 

若い技師が言った。

 

主任は頷いた。

 

「ああ。利根らしい姿を残すという意味もあるし、艦砲射撃能力そのものにも価値がある」

 

もちろん、利根の前方集中配置には、旧来からの射界の制約が残っている。

 

艦首の真正面へ、いつでも八門すべてを向けられるわけではない。

 

しかし、その制約を解消するために、わざわざ船体全体を作り替える必要もなかった。

 

 

重要なのは、利根という艦の構造を理解した上で、現代の兵器として使えるようにすることだった。

 

 

そして、艦の後部にも大きな変化が加えられていた。

 

かつて水上偵察機を扱っていた空間は、新しいミサイル兵装や電子装備のために再構成されている。

 

レーダー、通信設備、艦隊指揮に関わる装置も更新された。

 

 

結果として、利根は奇妙な姿になりつつあった。

 

 

前から見れば、旧日本海軍の重巡洋艦。

 

しかし、艦の後方へ目を向ければ、戦後のミサイル巡洋艦。

 

 

その二つの時代が、一隻の船体へ同居していたのである。

 

 

「……妙な艦になりましたね」

 

若い技師が呟いた。

 

年配の技術者は、少し笑った。

 

「そうかもしれんな」

 

そして、建造中の利根へ目を向けた。

 

 

「だが、阿武隈も川内型も、こいつから学んだことを使って作られたんだ。今度は、その技術を返してやる。そう考えれば、案外自然な話じゃないか?」

 

 

その言葉に、若い技師も笑った。

 

 

以前、利根から得られた技術が阿武隈へ渡され、さらに川内型へ受け継がれていった。

 

今度は、そこで発展した技術が、利根自身へ戻ってくる。

 

古い艦をただ復元するのではなく、その艦が生み出した新しい技術によって、古い艦を再び使えるようにする。

 

それが、利根再建計画の特徴だった。

 

 

 


 

 

 

1963年

 

利根の再建工事は、最終段階へ近づいていた。

 

新しい機関と補機の据え付けが進み、艦内の配管や電路も整えられている。

 

主砲の搭載も進み、再建された艦橋には、各種の電子装備が取り付けられ始めていた。

 

しかし、工事が進んだからといって、そのまま海へ出せるわけではない。

 

船体の水密試験。

 

機関の作動試験。

 

操舵装置の確認。

 

消防や排水設備の試験。

 

そして、艦内の各装置が、実際に連動して動くかどうかの確認。

 

やらなければならないことは、まだ山ほど残されていた。

 

 

「……今度こそ、ちゃんと浮かぶんでしょうね」

 

ある日、若い技師が冗談交じりに言った。

 

その言葉に、年配の作業員は少し笑った。

 

「浮かんでもらわなきゃ困るよ」

 

「ええ。そうなんですが……」

 

「まあ、心配になるのも分かる。昔は沈んでいた艦だからな」

 

男は、船体を見上げた。

 

 

かつて着底し、解体されかけていた利根。

 

それが今では、再び大型巡洋艦としての姿を取り戻しつつある。

 

 

しかし、その姿を見ていると、十数年前のことを思い出さずにはいられなかった。

 

 

あの日、解体を止めろと言われた時。

 

自分たちは、ただ驚いていた。

 

半ば解体された軍艦を残して、何の役に立つのか。

 

そんなことを考えていた。

 

 

それから十年以上。

 

利根の船体は、何度も調査され、補修され、時には新しい技術を試すための教材として使われてきた。

 

 

その間に、呉の造船所も変わった。

 

戦後の混乱の中で、商船や漁船を修理していた時代。

 

国防海軍の再建に合わせて、軍用艦艇の整備が増えていった時代。

 

そして、再び国産の大型水上戦闘艦を作れるようになった時代。

 

その変化を、この船渠はずっと見てきたのである。

 

 

「……しかし、変なもんだなあ」

 

男が呟いた。

 

「何がです?」

 

「昔は、ここで新しい軍艦を作っていた。それが戦争に負けて、今度は軍艦を壊す仕事になった」

 

若い技師は黙って聞いていた。

 

「それから、ようやくまた新しい軍艦を作るようになった。そうしたら今度は、昔壊しかけた軍艦を直している」

 

男は、少し笑った。

 

「随分と遠回りしたもんだよ」

 

その言葉に、若い技師も苦笑した。

 

「……でも、ここまで来られたんですね」

 

「ああ」

 

年配の作業員は頷いた。

 

 

「ここまで来られた」

 

 

その返事には、何とも言えない重みがあった。

 

 

 


 

 

 

1964年

 

利根の再建工事は、ようやく一つの区切りを迎えた。

 

船体の主要な修復が終わり、機関や兵装、電子装備の試験も進められていた。

 

実際の海上試験では、まだ調整の必要な部分も見つかった。

 

新しい機関の扱い。

 

砲塔の作動。

 

射撃管制装置と各種機器の連動。

 

そして、艦内の各区画での整備作業。

 

それらは、実際に動かしてみなければ分からないことも多かった。

 

 

しかし、その一方で、利根は確かな能力を示し始めていた。

 

 

航行性能や、大型艦としての安定性。

 

新しい20.3cm砲による射撃能力。

 

そして、ミサイル兵装や電子装備を備えた水上戦闘艦としての実用性。

 

 

すべてが阿武隈と同じ性能になったわけではない。

 

船体設計も、兵装配置も違う。

 

 

それでも、戦後の国防海軍が必要とする大型水上戦闘艦として、十分な価値を持つ水準へ達しつつあった。

 

 

また、利根は今後も装備実験艦として利用されることになっていた。

 

 

新しい艦砲技術。

 

レーダーや通信設備、艦隊指揮に関わる装置。

 

それらを試すための大型艦として、利根は再び研究の役割を担うことになる。

 

 

ただし、今度は動けない船体を調べるのではない。

 

実際に海へ出て、航行しながら試験を行うのである。

 

 

 

そして、秋。

 

東京では、オリンピックの開催が目前に迫っていた。

 

国防軍の施設でも、開会式の話題が出るようになっていた。

 

呉の造船所でも、職員の中には東京へ出掛ける予定を立てている者がいた。

 

 

もっとも、利根の工事に携わる人々の多くは、それどころではなかった。

 

 

「……今年は、随分と忙しい年になりましたね」

 

若い技師が言った。

 

「そうだな」

 

年配の技術者は頷いた。

 

「東京じゃオリンピックだ。こっちじゃ利根の復活。どちらも、戦争が終わった頃には考えられなかったことだよ」

 

「……そういえば、開会式では戦技教導隊が飛ぶらしいですね」

 

「ああ、サーカスの連中か」

 

「ええ。ブルーライトニングです」

 

年配の技術者は、少し笑った。

 

「昔は、軍用機が飛んでいるだけで空を見上げていたもんだがな」

 

若い技師も笑った。

 

「今は、五輪を描くために飛ぶんですからね」

 

「……変わったもんだよ」

 

そう言って、二人は再び利根へ目を向けた。

 

 

東京の空へ向かうのは、旧日本海軍の設計を受け継いだ震電。

 

そして、ここ呉で海へ戻ろうとしているのも、同じく旧日本海軍から残された艦だった。

 

 

それぞれに違う道を辿りながら、どちらも戦後の新しい時代へ適応していたのである。

 

 

 


 

 

 

1964年10月10日

 

東京の国立競技場でオリンピックの開会式が行われていた頃、利根の再建に携わった関係者たちも、呉の軍港へ集まっていた。

 

 

その日は、長年の修復を終えた利根が、改めて国防海軍の艦として動き始める節目の日だった。

 

 

港には、再建された利根が静かに浮かんでいる。

 

 

かつての重巡洋艦らしい前方集中の四基の砲塔。

 

戦後の技術によって再構成された艦橋。

 

そして、後部に備えられた新しい兵装。

 

 

目の前の艦は、確かに利根だった。

 

だが、昔の利根と同じではなかった。

 

 

岸壁の一角では、小さなラジオから東京の開会式の様子が流れていた。

 

「……そろそろ、飛ぶんじゃないですか?」

 

若い技師が言った。

 

隣にいた年配の作業員は、少し首を傾げた。

 

「何がだ?」

 

「ブルーライトニングですよ。今日、五輪を描くって話です」

 

「ああ、あれか。青い戦闘機だろう?」

 

「ええ。震電です」

 

男は、少し意外そうな顔をした。

 

「震電か……」

 

「知ってるんですか?」

 

「名前くらいはな。戦争が終わる頃にも、そんな名前の飛行機があった」

 

男は、少し懐かしそうに答えた。

 

「もっとも、今飛んでいるのは、随分違う機体なんだろうけどな」

 

「ジェット戦闘機ですからね」

 

「そうか」

 

年配の作業員は、しばらく空を見上げていた。

 

 

今、東京の空を飛んでいるのは、戦後日本が発展させた震電。

 

そして、目の前にいるのは、同じく戦後の技術によって生まれ変わった利根だった。

 

 

男は、何となく面白い偶然だと思った。

 

「……どっちも、よく残ったもんだな」

 

 

そう呟いた時だった。

 

岸壁の向こうから、出港準備を知らせる声が響いた。

 

作業員たちが顔を上げる。

 

 

 

利根の艦上では、乗員たちが持ち場へ就いていた。

 

機関の状態が確認され、艦橋へ報告が上がる。

 

「機関、異常なし」

 

「操舵装置、異常なし」

 

「通信設備、作動確認」

 

一つずつ確認が進んでいく。

 

艦橋に立つ艦長は、その報告を聞きながら静かに頷いた。

 

かつての利根を知る人々にとっては、感慨深い光景だった。

 

しかし、今の乗員たちにとっては、感慨だけで済ませてよい仕事ではない。

 

この艦を、安全に動かさなければならない。

 

 

彼らがこれから動かすのは、戦前の利根ではない。

 

新しい機関と電子装備、そして新しい兵装を持つ、戦後の利根だったのである。

 

 

「……出港準備、完了しました」

 

報告が入った。

 

艦長は、静かに頷いた。

 

そして、命じた。

 

「───出港する」

 

号令が伝えられた。

 

係留索が解かれる。

 

機関が動き、艦体がゆっくりと岸壁から離れ始める。

 

 

その姿を、工事に携わった人々が見送っていた。

 

 

利根が動いた。

 

ゆっくりと、しかし確かに。

 

かつて解体寸前だった重巡洋艦が、再び自らの機関で海を進んでいく。

 

 

「……動いたな」

 

年配の男が呟いた。

 

隣の同僚は頷いた。

 

「ああ。動いた」

 

その返事を聞いて、男は少し笑った。

 

 

十六年前。

 

あの日、ガス切断器の火を止めた時には、想像もしていなかった。

 

その時は、ただ命令だから作業を止めた。

 

その後も、言われたとおりに船体を調べ、直し、部品を交換し、また直した。

 

その積み重ねの果てに、目の前の光景があった。

 

 

利根は、再び海へ出た。

 

しかも、ただ昔の姿へ戻ったのではない。

 

戦後日本が新しく手に入れた技術を身にまとい、冷戦時代のミサイル巡洋艦として甦ったのである。

 

 

 


 

 

 

その日、東京ではオリンピックが開かれていた。

 

世界各国の選手たちが集まり、人々は競技場へ声援を送っていた。

 

 

そして、その空には、五つの輪が描かれた。

 

ブルーライトニング。

 

かつて戦闘機の迷彩塗装から生まれた、蒼い震電と教官たちの愛称。

 

その名前は、今や国防空軍の展示飛行チームを指すものとなり、この日、日本中の人々に知られることになった。

 

 

戦争が終わって十九年。

 

震電は、もはや戦争末期の試作戦闘機ではなかった。

 

旧海軍から受け継いだ技術を戦後の新しい技術と組み合わせ、実用機として発展させてきた系列だった。

 

その中でも、三三型は既に最新鋭機ではない。

 

より新しい五四型や五五型も存在する。

 

しかし、長年の運用によって成熟した三三型は、今も教導隊の飛行展示班にとって重要な機体だった。

 

最高速度を競うためではない。

 

一瞬の空戦で敵を撃墜するためでもない。

 

五機の搭乗員が、厳密なタイミングで旋回し、正確な位置へ煙を残す。

 

その仕事には、熟練した搭乗員と、十分に理解された機体が必要だった。

 

だからこそ、ブルーライトニングは三三型を選んだのである。

 

そして、その五機が作り上げた光景は、戦後日本の復興を象徴するものとなった。

 

 

 

一方、呉では。

 

かつての日本海軍の遺産が、新しい姿で海へ戻っていた。

 

こちらは、世界中の注目を集めるような出来事ではなかった。

 

テレビで全国へ中継されるわけでもない。

 

大勢の外国人が見物に来るわけでもない。

 

しかし、利根の再建に関わってきた人々にとっては、決して小さな出来事ではなかった。

 

 

かつて、日本は戦争に敗れた。

 

海軍は解体され、多くの軍艦が失われた。

 

呉の造船所も、軍艦を作り、直すための場所としての役割を一度は失った。

 

その後、人々は新しい仕事を探し、造船所を立て直し、再び艦艇を建造できるようになった。

 

1948年に国防海軍が生まれ、旧軍から残された艦艇を調べ、研究し、必要な技術を取り戻してきた。

 

その成果として、阿武隈が生まれ、川内型が生まれた。

 

そして今度は、その技術が利根へ戻された。

 

 

旧日本海軍の時代から残された船体。

 

戦後日本が作り上げた機関と兵装。

 

さらに、これからの時代へ向けて研究を続けるための設備。

 

 

利根は、そのすべてを一つの艦へまとめた存在となっていた。

 

 

もちろん、利根が再び海へ出たからといって、昔の日本海軍が戻ってきたわけではない。

 

それに、戻る必要もなかった。

 

 

今の利根を動かしているのは、日本国防海軍である。

 

かつてとは異なる制度の下で、異なる目的のために活動する、新しい軍隊だった。

 

 

ただし、過去から受け継いだものまで、すべて捨てる必要はない。

 

利根という艦の歴史。

 

その船体から学んだ技術。

 

そして、長い時間を掛けて船を作り、直してきた人々の経験。

 

それらは、確かに今へ繋がっていたのである。

 

 

 

やがて、利根は呉の港を離れ、瀬戸内海へと進んでいった。

 

波を切り、ゆっくりと遠ざかる艦影を、岸壁の人々は見送っていた。

 

「……行ったな」

 

年配の作業員が呟いた。

 

隣にいた技師も頷いた。

 

「ええ」

 

「……また、戻ってくるんだろうな」

 

「もちろんです。これからも試験や整備がありますし、新しい装備の研究にも使われるそうですから」

 

その答えに、男は少し笑った。

 

「そうか。なら、まだまだ仕事があるな」

 

そう言って、もう一度海を見た。

 

 

かつて、この呉からは数多くの軍艦が出港していった。

 

そして、その中には二度と戻らなかった艦も多い。

 

利根もまた、一度はそのまま消えていくはずだった。

 

だが、そうはならなかった。

 

十六年前、この船渠で止められた解体作業。

 

そこから始まった長い修復は、ようやく一つの結果へ辿り着いたのである。

 

そして、それを見届けた呉の船渠もまた、変わらずそこにあった。

 

戦艦を送り出した場所。

 

戦争の終わりを迎えた場所。

 

軍艦を解体し、民間の船を修理し、再び新しい艦艇を作るようになった場所。

 

その長い歴史の中へ、また一つ、新しい出来事が加わった。

 

 

 

1964年。

 

東京の空には、蒼い震電が五輪を描いていた。

 

呉の海では、かつての重巡洋艦が、新しい時代の兵装を備えて走り始めていた。

 

 

一方は、戦争末期の設計から発展したジェット戦闘機。

 

もう一方は、戦争を生き延び、解体されかけた軍艦。

 

 

歩んだ道のりは違っていた。

 

しかし、どちらも過去の姿をそのまま再現したものではない。

 

受け継ぐべきものを残し、変えるべきものを変えてきた。

 

そして今、それぞれが新しい役割を与えられていたのである。

 

 

 

重巡洋艦として生まれ、一度は沈み、解体されかけた艦。

 

戦後の巡洋艦技術を育て、その技術を再び自らへ受け取った艦。

 

歴史的価値を残しながら、装備実験艦として新たな仕事を担うことになった艦。

 

 

その名は───利根。

 

 

かつての日本海軍重巡洋艦は、戦後日本の新しい時代へ適応した姿で、再び海を走り始めたのである。

 

 

 

 

 

続く





あ と が き

これからの利根はミサイル巡洋艦。

もう軽巡か重巡か、迷わなくていい。


次回 特種船の血筋
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