自我持つ兵器の英雄譚“Prequel” 1945 to 2000 作:Nyappy-
国防軍の歩兵携行火器体系。
1964年
日本国防陸軍 演習場
射撃訓練を終えた兵士たちが、使用した火器の点検を行っていた。
その手元には、二種類の小銃があった。
一つは、1948年の国防軍創設時から使われてきた48式小銃。
もう一つは、この年に制式化されたばかりの64式小銃だった。
「……こうして並べると、結構違いますね」
若い陸軍兵士が、二挺を見比べながら言った。
隣にいた下士官が頷く。
「そりゃ、十六年も違うからな」
48式小銃は、旧日本海軍の四式自動小銃を出発点に、アメリカのM1ガーランドなどから得られた技術や経験を取り込み、戦後の国防軍が独自に再設計した小銃だった。
1948年の制式化以来、改良が続けられており、現在使用されている後期型は、当初の48式とも細部が大きく異なっている。
特に、1950年代半ば以降に進められた弾薬規格の変更は、大きな意味を持っていた。
旧軍由来の7.7mm小銃弾から、7.62×51mm NATO規格の小銃弾へ。
それは単に弾を変えるだけの仕事ではなく、銃身や薬室、給弾機構などの再設計を必要とする大掛かりな改良だった。
その成果によって、48式後期型は新しい64式と同じ規格の弾薬を使用できるようになっていたのである。
「……でも、48式もまだまだ使えますよね」
若い兵士が言った。
「ああ。使えるどころか、今でも立派な主力小銃だ」
下士官は、手元の48式へ目を向けた。
「長いこと使ってきたから、どこに気を付ければいいかも分かっている。整備の経験も、部品も、十分にある」
「だったら、どうして新しい小銃を作るんです?」
その問いに、下士官は少し考えた。
「……俺は作る方じゃないから、詳しいことは分からん」
そして、64式を手に取った。
「だが、こいつにも、こいつなりの仕事があるんだろう」
少なくとも、48式が使い物にならなくなったから64式が作られたわけではない。
むしろ、話は逆だった。
48式という優秀な小銃が、既に存在していた。
だからこそ、国防陸軍は次の小銃について、急いで結論を出す必要がなかったのである。
1950年代末
国防陸軍の小火器開発部門では、次世代の標準小銃について検討が進められていた。
しかし、その会議では、少々奇妙な問題が生じていた。
「……現行の48式が、思った以上に優秀なんですよね」
若い技術者が言った。
年配の技術者は苦笑した。
「自分たちで良いものを作っておいて、何を困っているんだ」
「いえ、もちろん良いことなんですが……」
若い技術者は、二種類の資料を机へ広げた。
片方は、48式小銃の改良に関するもの。
もう片方は、新型小銃の研究計画だった。
48式は、戦後の技術によって着実に改良されていた。作動の信頼性、耐久性、量産性、そして実際の部隊での使いやすさ。いずれも、長年の運用経験によって改善されている。
「……だから、新型を作るなら、相応の理由が必要なんです」
若い技術者は続けた。
「ただ新しいというだけでは、今ある48式を置き換える意味がありません」
その言葉に、年配の技術者も頷いた。
新しい小銃を開発するには、費用も時間も必要になる。完成した後には製造設備を整え、部品を生産し、兵士たちへ新しい操作方法を教えなければならない。
それだけの手間を掛けて、現行品と大差ないものができたのでは困る。
「……では、何を改善する?」
年配の技術者が尋ねた。
「まず、部隊全体での火力です」
若い技術者は答えた。
「これからの歩兵には、単に正確な単発射撃ができることだけでなく、必要な場面での自動射撃能力も求められます」
当時、世界各国では新しい小銃の研究が進んでいた。
アメリカのM14。
ベルギーのFN FAL。
西ドイツのG3。
それぞれに設計思想や構造の違いはあったが、従来の歩兵小銃より広い用途へ対応しようとしている点は共通していた。
「48式を改良する方法では駄目なのか?」
「不可能ではありません。ただ、既存の設計へ新しい機能を加え続ければ、どこかで無理が出ます」
若い技術者は、新型小銃の図面を広げた。
「最初から新しい要求を前提に設計すれば、機関部や操作系、整備方法まで含めて見直せます」
もちろん、7.62mm級の小銃弾を使用する以上、自動射撃時の反動制御には限界がある。
それでも、射撃時の安定性や操作性を改善する余地はあった。
「……要するに、48式ではできなかったことを、無理に48式へやらせる必要はないと」
「そういうことです」
「だが、新型が失敗したら?」
若い技術者は少し笑った。
「48式があります」
その答えに、年配の技術者も笑った。
「……便利な話だな」
「ええ。お陰で、結構思い切ったことができます」
既に量産体制が整い、十分な実績を持つ48式がある。
開発が遅れても、現役部隊の装備を維持できる。必要なら、48式自体の改良を続ければよかった。
そうした条件の下で、新しい国産小銃の研究は進められていったのである。
その頃。
国防庁では、別の『48式』についても検討が行われていた。
ただし、こちらは小銃ではない。
『48式軍刀』
1948年の国防軍創設と同時に制定された、日本刀型の制式軍刀である。
「……これも、そろそろ更新を考えた方がいいんでしょうか」
装備担当の若い将校が、机の上の資料を見ながら言った。
目の前には、48式軍刀が置かれていた。
外観は、旧日本軍の軍刀にも通じる日本刀型だった。
しかし、制度上は戦後の国防軍が新たに制定した軍刀であり、旧軍の階級別の複雑な装備体系を、そのまま復活させたものではない。
階級による違いも、主として装飾や意匠に限られていた。
「……更新?」
年配の担当者が尋ねた。
「ええ。48式小銃も新型の研究が進んでいますし、機関銃も新しいものを開発しています。軍刀についても、何年かごとに更新するような制度を考えておくべきかと」
年配の担当者は、少し考えた。
「……なるほど。定期的な更新か」
「はい。最初は、そういう形にしておくのも良いかと思ったんですが」
新しい国防軍の装備体系を整える際、制式装備の更新について一定の基準を設けておくことには意味があった。
何年も同じ装備を使用していれば、製造技術が進歩する。
材質や加工精度が改善されることもあるだろう。
もちろん、軍刀も例外ではない。
しかし、年配の担当者は、48式軍刀へ目を向けた。
「……実際のところ、今の軍刀に何か問題があるのか?」
「いえ。特に大きな問題は報告されていません」
「性能は?」
「制式軍刀として必要な性能は満たしています」
「では、更新する理由は?」
その問いに、若い将校は少し考え込んだ。
「……新しいものにすること、でしょうか」
「それだけでは、予算は出せんだろうな」
年配の担当者は苦笑した。
軍刀は、制式上は実戦で使用することを前提とした兵器だった。
単なる儀礼用の模造品ではない。
しかし、現代の歩兵戦闘において、軍刀が銃火器に代わって主兵装となるわけではなかった。
実際の使用機会は、式典や儀礼などが中心になっている。
そして、そうした用途では、48式に特別な不足が生じているわけでもなかった。
「……小銃とは事情が違う、ということですね」
若い将校が言った。
「ああ。小銃なら、新しい弾薬や自動射撃の能力、携行性といった理由で、後継を開発する意味がある」
年配の担当者は、軍刀の資料へ目を落とした。
「だが、軍刀はどうだ? 今の48式が十分に使えるなら、新しく作り直して何を得る?」
「……確かに、難しいですね」
「必要な改良があれば、その都度検討すればいい。わざわざ制式そのものを更新することはないだろう」
若い将校は頷いた。
考えてみれば、軍刀は小銃や機関銃ほど急速に性能上の要求が変わる装備ではない。
もちろん、製造技術の進歩を取り入れる余地はある。
だが、それは必ずしも新たな制式名称を与え、既存の軍刀を置き換える理由にはならなかった。
「……では、定期更新の案は?」
「一旦、見送りでいいんじゃないか」
「……そうですね」
若い将校は、少し笑った。
「最初は、何年かごとに新しいものを作ってもいいかと思ったんですが……」
「ああ」
年配の担当者も笑った。
「別に、そこまでしなくても困らんからな」
そうして、48式軍刀の定期的な制式更新という構想は、具体的な計画へ進むことなく先送りにされた。
もちろん、将来にわたって更新しないと決めたわけではない。
組織の在り方が変わった時や、新しい軍刀を制定するに相応しい節目が訪れれば、改めて検討すればよかった。
ただ、少なくとも今は、その必要がない。
48式軍刀は、引き続き国防軍の制式軍刀として使われることになったのである。
そして、この結論もまた、別の意味で『先代の加護』と言えるものだった。
小銃や機関銃は、先代が現役を支えているからこそ、後継の開発に時間を掛けることができる。
一方、軍刀については、そもそも先代を置き換えるだけの理由が見つからなかった。
新しいものを作れることと、新しいものを作る必要があることは、必ずしも同じではなかったのである。
1960年代初頭
国防陸軍の試験場では、新型小銃の試作品が繰り返し試射されていた。
その傍らでは、48式後期型も比較用として使用されている。
「……また、48式の方が良い結果になりましたね」
試験記録を見ていた技術者が言った。
「どの項目だ?」
「整備に掛かった時間です。それと、こちらの条件では作動も安定しています」
主任技術者は頷いた。
「当然だろう。向こうは十年以上使って、改良してきた銃なんだからな」
新型の試作品は、まだ完成された兵器ではない。部品を作り直すこともあれば、部隊からの評価によって操作方法を変更することもあった。
一方、48式は既に数多くの部隊で使われ、弱点も十分に研究されている。同じ条件で比較すれば、成熟した48式が優れる場面もあった。
「ですが、新型の方が改善している部分もあります」
別の技術者が言った。
「自動射撃時の制御性や、携行装備との取り合わせ、それに操作系の整理です」
「そうだな。新設計にした意味は、そこにある」
主任は、試作品を手に取った。
「よし。次の試験へ進もう」
そして、1964年。
国防陸軍は、新しい国産小銃を制式採用した。
『64式小銃』
7.62×51mm NATO規格の弾薬を使用する、新世代の標準小銃だった。
もっとも、制式化されたからといって、国防軍全体の48式が一斉に64式へ置き換えられたわけではない。
新しい小銃の量産と配備には時間が掛かる。
その間も48式後期型は現役を続け、新旧両銃の並行運用が進められていった。
「……これで、48式はお役御免ですか?」
制式化の報告を聞いた若い技術者が尋ねた。
主任は首を振った。
「いや。まだまだ働いてもらうさ」
「……そうなんですか?」
「ああ。十分に使えるものを、わざわざ捨てる必要はないだろう」
そして、少し笑った。
「何より、こいつがいたから、新しい銃を作れたんだ」
48式は、64式へ置き換えられるまでの繋ぎではなかった。
64式が完成するまで、その開発を支えていたのである。
同じ頃、国防陸軍では小銃以外の国産火器も開発されていた。
機関銃である。
「……今度は、こちらですか」
試験場で、若い技術者が一挺の機関銃を見つめていた。
「そうだ。小銃だけ新しくしても、歩兵の火力が全部変わるわけじゃないからな」
歩兵部隊にとって、機関銃は重要な火器だった。
小銃が個々の兵士の主兵装であるのに対し、機関銃は継続的な射撃によって部隊全体を支える役割を持つ。
しかし、必要な性能は単純な発射速度の高さだけではない。
弾薬の携行量、銃身の加熱、射手や弾薬手の負担、そして長時間使用した場合の信頼性。
それらを総合的に考えなければならなかった。
戦後の国防軍では、旧軍の九六式や九九式軽機関銃に加え、アメリカのM1919などの外国製機関銃についても研究が進められていた。
さらに、外国では汎用機関銃という考え方が発展していた。
二脚を使って歩兵とともに移動する。
必要なら三脚へ据え、継続的な火力支援を行う。
そうした異なる用途へ対応できる機関銃である。
「……ただし、構造はなるべく単純にしたい」
主任技術者が言った。
「いくら性能が良くても、整備が難しく、頻繁に故障するようでは意味がないからな」
試作品は、国防陸軍だけでなく、国防海軍陸戦隊でも試験されることになった。
水陸両用作戦を行う陸戦隊では、通常の陸上部隊とは異なる条件で火器を使用する。海水や砂、舟艇への積み込み、上陸後の素早い展開。そうした環境でも扱えることを確かめるためだった。
「……海軍の連中にも使わせるんですか?」
若い技術者が尋ねた。
「ああ。あいつらは色々な外国製の銃も使っている。比較してもらうには、ちょうどいい」
実際、陸戦隊からは様々な意見が届いた。
携行性、整備性、砂が入り込みやすい環境での扱いやすさ、長時間の射撃に伴う負担。
そうした指摘を検討し、試作品には必要な改良が加えられていった。
そして、1962年。
新しい国産汎用機関銃が制式化された。
『62式機関銃』
国防軍が独自に開発した、7.62mm級の汎用機関銃だった。
実用化後も、62式は安定した評価を受けることになる。
構造が合理的にまとめられ、整備性も良好だった。何より、実際の部隊で使用する上で必要な信頼性を確保できていたのである。
「……うまくいきましたね」
制式化の報告を聞いた若い技術者が言った。
主任は頷いた。
「ああ。だが、こいつを作れたのも、今まで色々な機関銃を使ってきたお陰だよ」
旧軍が残した設計と経験。
外国製機関銃から得られた知識。
そして、戦後の国防軍が積み重ねてきた製造技術。
62式機関銃は、それらを利用しながら、国産の新しい兵器として成立したのだった。
ところで、この1962年には、もう一つの国産火器が制式化されていた。
こちらも名称には『62式』が付く。
ただし、機関銃ではなかった。
『62式40mm擲弾発射器』
そして、その開発史を遡ると、意外な兵器へ辿り着くことになる。
旧日本陸軍の八九式重擲弾筒だった。
1948年
国防軍創設から間もない頃。
陸軍の兵器研究部門では、旧日本陸軍から引き継いだ各種火器の調査が進められていた。
その中に、小型の曲射火器があった。
『八九式重擲弾筒』
旧日本陸軍が1929年に制式化した、50mm口径の歩兵支援火器である。
「……これも残すんですか?」
若い陸軍将校が、試験場に置かれた擲弾筒を見ながら尋ねた。
隣にいた旧陸軍出身の下士官は頷いた。
「ああ。案外、便利なものなんだよ」
八九式重擲弾筒は、一般的な小銃とは異なる兵器だった。
通常の小銃では届かせにくい遮蔽物の向こうへ、曲射によって弾を送り込む。
しかし、本格的な迫撃砲ほど大掛かりな装備ではなく、歩兵が携行して使用できる。
小銃擲弾と迫撃砲の中間に位置する、独特な火器だったのである。
「……もっと大きな迫撃砲を使った方が、威力はあるんじゃないですか?」
若い将校が尋ねた。
「そりゃそうだ。だが、いつでも大きな迫撃砲を持っていけるわけじゃない」
下士官は、擲弾筒へ目を向けた。
「歩兵が自分たちで運べて、必要な時に使える。そこが大事なんだよ」
もちろん、八九式も万能ではなかった。射程や威力には限界があり、使用する弾薬や射撃方法にも制約がある。
しかし、小規模な歩兵部隊が必要な時に曲射火力を得られるという利点は、戦後になっても失われていなかった。
国防軍は、この八九式を戦後改良型として引き続き使用しながら、運用経験を集めることにしたのである。
「……ただし、昔のものをそのまま使い続けるつもりはない」
研究担当の将校が言った。
「新しく作るなら、戦後の材料や製造技術も使える。安全性や整備性についても、見直す必要があるだろう」
旧陸軍から受け継いだのは、部品や設計図だけではなかった。
小型の曲射火器を、どのような部隊が、どのような場面で使うのか。
その経験こそが、次の火器を開発するための財産だったのである。
そして、1953年。
八九式重擲弾筒の正統な後継として、新しい国産擲弾筒が制式化された。
『53式50mm擲弾筒』
口径は、八九式と同じ50mm。
しかし、戦後の国防軍が新たに研究し、開発した兵器だった。
「……結局、同じ五〇粍になりましたね」
制式化の報告を聞いた若い技術者が言った。
年配の担当者は頷いた。
「ああ。だが、口径が同じだからといって、中身まで同じにする必要はない」
53式は、八九式の運用思想を受け継いでいた。
歩兵が携行できること。
必要な時に素早く使用できること。
そして、通常の小銃では対応しにくい目標へ、曲射によって火力を与えられること。
それらを重視しながら、戦後の技術によって新しい火器としてまとめられていたのである。
「……これで、八九式も引退ですか?」
「いや。急いで全部置き換える必要はないだろう」
担当者は答えた。
「53式の配備を進めながら、八九式にも必要な仕事をしてもらえばいい」
それは、後の48式小銃と64式小銃の関係にも通じる考え方だった。
新型の開発が成功したからといって、旧型の価値が突然なくなるわけではない。
まして、八九式には長年の運用経験があった。
53式にとっても、その存在は重要な支えだったのである。
1950年代後半
53式50mm擲弾筒は、国防陸軍と国防海軍陸戦隊で使用されながら、さらなる研究の対象となっていた。
ただし、その研究は、やがて二つの異なる方向へ進み始めた。
一つは、より携行しやすい擲弾発射器を作る方向。
もう一つは、より強力な曲射火器を作る方向だった。
「……両方、53式の後継になるんですか?」
若い技術者が尋ねた。
「開発の出発点は同じだが、同じ種類の兵器になるとは限らんな」
主任は、試験計画を指した。
「片方は、歩兵個人が使う擲弾発射器として考えている。もう片方は、軽迫撃砲としての火力を重視する」
元となった53式は、小銃擲弾と本格的な迫撃砲の中間に位置する火器だった。
その特徴を、別々の方向へ発展させようというのである。
そして、1962年。
最初に完成したのは、40mm側だった。
『62式40mm擲弾発射器』
53式の研究から派生した、国産の新しい歩兵支援火器である。
しかし、その実物を見た兵士たちの反応は、必ずしも一様ではなかった。
「……これが、53式の後継ですか?」
陸戦隊の試験に参加していた下士官が尋ねた。
「開発系譜の上では、そういうことになる」
技術者は答えた。
下士官は、62式を見つめた。
そして、少し首を傾げた。
「……何か、違いますね」
「何がです?」
「擲弾筒というより、小銃擲弾の方に近い気がします」
それは、八九式や53式を使い慣れた射手たちの間でも聞かれる意見だった。
62式は、53式から研究を発展させた火器である。しかし、実際の用途や射手の感覚は、従来の擲弾筒とは異なっていた。
「……大きな意味では、同じ歩兵支援火器なんですけどね」
技術者が言った。
「それは分かりますよ」
下士官は頷いた。
「ただ、八九式から53式へ替わった時とは違うんです」
八九式と53式は、同じような任務を担う直接の後継関係にあった。
しかし、62式は違う。
曲射による歩兵支援という目的は共通していても、その使い方は別の方向へ発展していたのである。
「……これなら、こっちはこっちで使えばいいんじゃありませんか?」
下士官が言った。
「こっちは?」
「ええ。擲弾発射器として使う。53式には、53式の仕事をしてもらう」
その言葉に、技術者は少し考えてから頷いた。
「……確かに、無理に全部を置き換える必要はありませんね」
こうして、62式40mm擲弾発射器は、53式から派生した新しい火器として採用されながらも、従来の擲弾筒とは異なる系列として受け止められていった。
一方で、53式を出発点とするもう一つの研究も続いていた。
こちらが目指していたのは、火力そのものの向上だった。
1965年
国防陸軍の試験場では、53式50mm擲弾筒と、新しい60mm級火器の比較試験が行われていた。
「……威力は、やはりこちらの方が上ですね」
試験を終えた技術者が言った。
主任は頷いた。
「口径を大きくした意味はあるな」
新しい火器は、53式よりも大きな火力を得ることを目指して開発されていた。
その結果、軽迫撃砲としての能力は確かに向上していた。
しかし、問題もあった。
「……ただ、扱いやすさでは53式の方が良いですね」
陸戦隊から参加していた下士官が言った。
「そうですか?」
「ええ。こっちも悪い兵器ではありませんが、八九式や53式に慣れていると、少々面倒に感じます」
新しい60mm級火器は、より大きな火力を発揮するための兵器だった。
その一方で、従来の擲弾筒ほど簡単に携行し、素早く使えるわけではなかった。
「……火力を上げれば、その分だけ負担も増える、ということですか」
若い技術者が呟いた。
主任は頷いた。
「ああ。どちらも良くなるのが理想だが、そう簡単にはいかん」
もちろん、53式を単純に大きくしただけの兵器を作っていたわけではない。
大口径化によって生じる問題を検討し、軽迫撃砲として実用的な性能を確保するための設計が進められていた。
しかし、どれほど工夫しても、八九式や53式が持っていた携行性と即応性を、そのまま残せるわけではなかったのである。
「……これなら、53式も残しておいた方が良いですね」
下士官の言葉に、主任は少し考えた。
「そうだな。少なくとも、同じ仕事をさせる必要はないだろう」
新しい60mm級火器は、53式よりも大きな火力を必要とする場面で使う。
一方、素早く携行し、必要な時に曲射支援を行うという用途では、53式にも価値が残っている。
そうした違いを認めた上で、開発は最終段階へ進められた。
そして、1965年。
新しい国産軽迫撃砲が制式化された。
『65式60mm軽迫撃砲』
53式50mm擲弾筒から発展した、高火力の歩兵支援火器だった。
ただし、それは八九式や53式の完全な上位互換ではなかった。
より大きな火力を獲得した一方、旧来の擲弾筒が持っていた、素早く携行して使えるという利点は一部失われていたのである。
「……良いものができたとは思いますよ」
試験終了後、陸戦隊の下士官が言った。
技術者は頷いた。
「ありがとうございます」
「ただ、53式の代わりになるかと聞かれたら、少し考えますね」
「……そうですね」
技術者も苦笑した。
新しい兵器が完成したからといって、古い兵器のすべての長所を受け継げるとは限らない。
それは、火力を追求した結果として避けられない場合もあった。
「……まあ、これから改良していけばいいんでしょう」
「ああ。今回で研究が終わるわけではないからな」
その主任の言葉どおり、国防軍の擲弾筒と軽迫撃砲の研究は、その後も続けられていくことになる。
しかし、少なくとも1960年代の時点では、八九式から受け継がれた思想は、一つの兵器に完全には収まっていなかった。
62式40mm擲弾発射器は、より個人用の擲弾火力へ。
65式60mm軽迫撃砲は、より強力な曲射火力へ。
そして、その両者の出発点となった53式50mm擲弾筒も、独自の長所を持つ火器として存在し続けていたのである。
1966年
今度は、機関短銃の開発が進んでいた。
「……随分と小さくなりましたね」
試作銃を手にした陸戦隊の隊員が言った。
「一〇〇式と比べれば、そう見えるだろうな」
技術者は頷いた。
旧日本陸軍の一〇〇式機関短銃。
その系譜は、戦後も途絶えていなかった。
国防軍では、一〇〇式を改良しながら使用を続ける一方、外国製の機関短銃も研究していた。
例えば、イスラエルのウージー。
小型の自動火器を必要とする軍隊にとって、興味深い設計だった。
国防軍もまた、そうした外国製火器を調べながら、自国の要求に合う機関短銃を開発しようとしていたのである。
「……一〇〇式を改良するだけでは、駄目だったんですか?」
陸戦隊員が尋ねた。
「もちろん、改良は続けていたよ。ただ、これから新しく作るなら、最初から設計をやり直した方がいい部分も多かった」
機関短銃には、小銃とは違う仕事がある。
車両乗員、通信要員、後方の支援担当者。あるいは、狭い場所で行動する必要のある兵士たち。
そうした人員が扱いやすいよう、携行性と操作性を考えた設計が求められていた。
「……弾薬は九粍ですか」
「ああ。今回はそれで進めている」
若い隊員は、試作銃を構えてみた。
「……これなら、狭い場所でも扱いやすそうですね」
「そういうところも、実際に試してもらいたい」
銃が小さければ、それだけで優れているわけではない。
安全に扱えること、必要な精度と信頼性を持つこと、そして日常の整備に無理がないこと。
そうした条件を満たす必要があった。
今回も陸戦隊は試験に協力し、艦内や車両周辺での携行、上陸時の装備との取り合わせ、通常の小銃との使い分けなどを確かめていた。
そして、1967年。
国防軍は、新しい機関短銃を制式化した。
『67式機関短銃』
旧陸軍の一〇〇式から受け継いだ技術と経験を利用しながら、新設計としてまとめられた、戦後第一世代の国産機関短銃だった。
「……これで、一〇〇式ともお別れですか」
試験に参加した隊員が尋ねた。
技術者は首を振った。
「一度に全部を置き換えるわけじゃない。新しい銃が揃うまでは、まだ働いてもらうさ」
その答えに、隊員は少し笑った。
「……48式の時と同じですね」
「ああ。よくできた先代がいると、後継を作る方は助かるんだよ」
新しい兵器が、いつまでも最新鋭であり続けることはない。
しかし、それは古い兵器が無意味になるということでもなかった。
次の世代が完成するまで現役部隊を支え、その間に得られた経験を後継へ渡す。
国防軍の小火器は、そうした形で世代交代を続けていたのである。
一方、国防海軍陸戦隊では、国産兵器の試験と並行して、別の活動も続けられていた。
外国製火器の評価である。
「……また買ったんですか?」
ある日、試験部隊の隊員が、運び込まれた木箱を見ながら尋ねた。
担当将校は、何でもないことのように答えた。
「ああ。面白そうなものがあったからな」
「……その理由、最近よく聞く気がするんですが」
「気のせいだろう」
隊員は、少し呆れた顔をした。
もっとも、陸戦隊が外国製の兵器を試験するのは、今に始まったことではない。
1948年の創設以来、国防軍はアメリカから供与された兵器を数多く使用してきた。その一方で、他国の兵器についても、必要に応じて購入や比較試験を行っていたのである。
特に陸戦隊は、その傾向が強かった。
通常の歩兵火器は、国防陸軍と共通化する。
しかし、海上からの上陸や島嶼部での作戦に必要な特殊装備については、自分たちでも試してみる。
そのため、外国製の銃器が持ち込まれることも珍しくなかった。
「……それで、今回は何です?」
隊員が尋ねた。
「対戦車火器だ」
担当将校は、木箱の中身を示した。
そこには、アメリカ製のロケット発射器が収められていた。
『M20 スーパーバズーカ』
第二次世界大戦中のバズーカを発展させた、3.5インチ口径の対戦車ロケット発射器である。
「……これなら、以前から使っていますよね」
「ああ。だが、今後の装備を考える上で、改めて評価しておきたい」
M20は、戦後のアメリカ軍が使用してきた対戦車兵器だった。
日本国防軍も、その性能を早い時期から知っていた。
しかし、戦車の装甲は年々進歩しており、歩兵用の対戦車火器にも、新しい要求が生まれている。
それでも、M20がすぐに無価値になるわけではなかった。
敵の装甲車両だけでなく、陣地や構築物に対して使用することもできる。
比較的単純な構造で、長年の運用実績もあった。
「……つまり、まだ使えるうちは使う、と」
「そういうことだ。それに、必要なら国内で作れるようにしておきたい」
M20系列については、国内製造に向けた交渉も進められていた。
外国から完成品を購入するだけでは、必要な時に十分な数を揃えられるとは限らない。弾薬や補修部品についても、海外からの供給に依存し続けることになる。
そのため、国防軍は必要な兵器について、ライセンス生産を積極的に検討していたのである。
「……それで、これも国内で作るんですか?」
隊員が尋ねた。
「その方向で話を進めている。ただし、他の候補とも比べてからだな」
担当将校は、別の資料を取り出した。
そこには、スウェーデン製の携行火器が写っていた。
『カールグスタフ』
84mm口径の無反動砲だった。
「……これは、バズーカとは違うんですか?」
実物を前にした隊員が尋ねた。
「ああ。こちらは無反動砲だ」
担当将校は頷いた。
カールグスタフは、1948年に最初の型が登場したスウェーデン製の携行無反動砲だった。
1960年代には改良型も登場し、歩兵が扱う火力支援兵器として、各国から注目を集めていた。
スーパーバズーカとは、弾薬も作動原理も違う。
また、カールグスタフは再装填して使用することができ、用途に応じた弾薬を使い分けることも想定されていた。
もちろん、長所ばかりではない。
本体や弾薬の重量、射撃時の後方危険区域、運用に必要な人員。
そうした条件を考えなければならなかった。
「……結構重いですね」
試験を終えた隊員が言った。
「そうだな。だが、必要な火力を考えれば、十分に検討する価値はある」
対戦車火器は、ただ敵戦車を撃破できればよいわけではない。
歩兵と一緒に移動できること。
必要な時に射撃できること。
そして、弾薬を補給し、繰り返し使用できること。
そうした条件も重要だった。
陸戦隊にとっては、さらに別の問題もある。
海上から上陸する際、携行できる装備の量には限界があった。
舟艇や水陸両用車両から降りた兵士たちが、どの程度の重量を持って行動できるのか。どの火器をどの部隊へ持たせれば、必要な火力を確保できるのか。
実際に運用してみなければ、分からないことも多かったのである。
「……それにしても、色々ありますね」
隊員が、試験用の火器を見比べながら言った。
スーパーバズーカに、カールグスタフ。
さらに、アメリカで開発された使い捨て式のM72対戦車ロケットも、評価対象となっていた。
「……M72は、使い終わったら発射筒を捨てるんですか?」
「ああ。そういう設計だ」
「……勿体なくないですか?」
担当将校は少し笑った。
「その代わり、携行しやすく、必要な時に素早く使える。何を重視するかの違いだな」
軽量な使い捨て式火器。
繰り返し使用できる無反動砲。
そして、既に運用経験のあるロケット発射器。
それぞれに長所と短所があった。
「……結局、どれが一番なんです?」
隊員が尋ねた。
担当将校は少し考えた。
「全部、違う仕事をさせればいいんじゃないか?」
「……はい?」
「一人で持っていける火器が欲しい場合と、何発も撃てる火器が欲しい場合では、選ぶものが違うだろう」
その言葉に、隊員も頷いた。
国防軍が求めていたのは、世界で最も優れた一種類の対戦車兵器ではない。
必要な任務に対応できる、現実的な火器体系だったのである。
M20系列やカールグスタフについては、こうした試験結果も踏まえ、国内ライセンス生産の契約が取り付けられていった。
一方、試験購入だけで終わる兵器もある。
輸出の制限、製造技術の提供範囲、必要な費用、国内で生産するだけの需要。
そうした条件によって、選択は変わる。
重要なのは、外国製だから採用するのでも、外国製だから拒否するのでもないということだった。
そして、外国製火器のライセンス生産は、既に別の分野でも大きな成果を上げていた。
『ブローニングM2重機関銃』
アメリカで開発された、12.7mm口径の重機関銃である。
「……これも、随分と長い付き合いですね」
整備施設で、若い技術者が言った。
年配の担当者は頷いた。
「ああ。だが、今でも十分に使える」
M2は、第二次世界大戦よりも前に開発された機関銃だった。
しかし、その性能と信頼性は高く、戦後も多くの国で使用され続けていた。
国防軍もまた、この重機関銃を国内でライセンス生産し、広く使用していたのである。
「……国産の重機関銃を作らないんですか?」
若い技術者が尋ねた。
「作ろうと思えば、研究はできるだろうな」
年配の担当者は答えた。
「だが、それでM2より良いものを作れるとしても、どれだけの費用が掛かると思う?」
若い技術者は、少し考え込んだ。
「……相当な額でしょうね」
「ああ。それに、今あるM2が駄目になるわけでもない」
国防軍にとって、重機関銃は重要な兵器だった。
歩兵部隊の火力支援だけでなく、車両や艦艇へ搭載することもできる。
そのためには、十分な数を揃え、安定して弾薬や補修部品を供給する必要があった。
M2は、その条件を満たしていた。
「……つまり、外国製だからといって、無理に置き換える必要はないと」
「そういうことだ」
年配の担当者は頷いた。
「必要な性能があって、国内で作れて、整備もできる。それなら、十分だろう」
国防軍が目指していたのは、すべての兵器を独自の国産設計へ置き換えることではなかった。
国産開発によって守るべき技術もある。
一方、外国製の優れた兵器を利用した方が合理的な分野もある。
その区別を付けることが、重要だったのである。
実際、国防軍は62式という優秀な国産汎用機関銃を完成させた後も、外国製機関銃の研究を止めていなかった。
西ドイツのMG3。
ベルギーのFN MAG。
アメリカのM60。
それぞれに異なる特徴を持つ機関銃であり、比較することで得られる知識も多かった。
MG3については導入も進められていたが、それは62式の性能が劣っていたからではない。
異なる設計思想の兵器を実際に使用し、必要な技術と運用経験を得るためでもあった。
そして、外国製火器の評価は、機関銃や対戦車兵器だけに限られていたわけではなかった。
「……今度は、擲弾発射器ですか」
陸戦隊の試験施設で、若い将校が資料を眺めていた。
そこには、アメリカ製のM79擲弾発射器が紹介されていた。
「そうだ。小銃擲弾に代わる歩兵用の火力支援兵器として、面白い存在だろう」
担当者は答えた。
M79は、40mm擲弾を使用する独立した携行火器だった。
その役割は、日本国防軍が1962年に制式化した62式40mm擲弾発射器とも重なる。
「……うちにも、62式があるじゃないですか」
「あるな」
「だったら、わざわざ外国製を調べる必要はないのでは?」
担当者は首を振った。
「同じような仕事をする兵器だからこそ、調べる価値があるんだよ」
国防軍の62式は、旧陸軍の八九式重擲弾筒から53式50mm擲弾筒へ続く研究を、別の方向へ発展させたものだった。
一方、M79はアメリカが独自に開発した擲弾発射器である。
両者は似た役割を持つ兵器だったが、同じ設計を利用しているわけではなかった。
「……なるほど。似た結論へ、別々に辿り着いたわけですか」
「そういう見方もできるな」
担当者は資料を広げた。
「こちらが考えた方法と、向こうが考えた方法。両方を比べれば、何か分かるかもしれない」
もちろん、外国製が優れている部分もあれば、国産品の方が使いやすい部分もあるだろう。
それを調べることが、試験の目的だった。
「……では、M79もライセンス生産しますか?」
「いや、今のところは比較研究が主だな。こっちはこっちで、国産の62式がある」
担当者は、少し笑った。
「全部を輸入品に置き換えるなら、最初から国産で開発する意味がないだろう」
それは、国防軍の兵器調達における、もう一つの重要な考え方だった。
外国製の優れた兵器を利用することと、国産の技術体系を維持することは、必ずしも矛盾しない。
例えば、M2ブローニング重機関銃のように、完成度や調達合理性を重視してライセンス生産する兵器がある。
一方、62式機関銃や62式40mm擲弾発射器のように、外国製を参考にしながらも国産開発を続ける兵器もあった。
「……本当に、何でも試してみるんですね」
若い将校が言った。
「全部採用するわけではない」
担当者は笑った。
「ただ、使えるかもしれないものを、試さずに捨てるのは勿体ないだろう」
「……それで、良かったものは?」
「必要なら買うさ。長く使うなら、ライセンス生産も考える」
「国産品と競合しませんか?」
「競合することもある。だが、国産品の方が適していれば、そちらを使えばいいだけだ」
陸戦隊は、通常装備については国防陸軍と共通化する一方、自分たちの任務に合わせて外国製の火器や国産試作品を幅広く試験していた。
そして、その結果は陸軍の開発部門にも伝えられていた。
陸戦隊が独自に何でも採用するのではない。
国防軍全体が、より良い兵器を選ぶための情報を集める。
そうした役割を、陸戦隊は担っていたのである。
1960年代後半
国防陸軍の装備開発部門では、新旧の兵器に関する報告が次々とまとめられていた。
48式小銃は、現在も多くの部隊で使用されている。
64式小銃は、新しい標準小銃として配備を拡大していた。
62式機関銃は、国産汎用機関銃として安定した評価を得ている。
67式機関短銃も制式化され、戦後の新しい機関短銃体系が成立し始めていた。
そして、歩兵用の曲射火器にも変化が起きていた。
旧陸軍の八九式重擲弾筒。
その戦後改良型を経て生まれた53式50mm擲弾筒。
さらに、そこから分岐した62式40mm擲弾発射器と65式60mm軽迫撃砲。
それぞれが異なる役割を持ちながら、歩兵部隊を支えていたのである。
「……こうして並べると、随分と増えましたね」
若い技術者が、装備の一覧を眺めながら言った。
年配の技術者は頷いた。
「ああ。創設当時とは比べ物にならんな」
「……でも、古いものも結構残っていますね」
「それが何か問題か?」
「いえ。むしろ、それだけ使えるものが多いんだな、と」
年配の技術者は、少し笑った。
「そうだな。それに、新しいものが必ずしも古いものの代わりになるとは限らん」
彼は、擲弾筒と軽迫撃砲の資料を指した。
「例えば、この65式だ」
「……60mm軽迫撃砲ですね」
「ああ。火力では53式より優れている。だが、使い勝手まで全部上回っているわけじゃない」
若い技術者は頷いた。
53式は、八九式から受け継いだ携行性と即応性を重視していた。
62式40mm擲弾発射器は、そこから別の方向へ発展した。
そして65式60mm軽迫撃砲は、より強力な曲射火力を得ることに成功した一方、旧来の擲弾筒の便利さを完全には引き継げなかった。
「……どれか一つだけを残せば済む、という話でもないんですね」
「そういうことだ」
年配の技術者は答えた。
「新しいものを作る時には、何を良くするのかを考える。だが、その代わりに何を失うのかも考えなければならん」
それは小銃でも、機関銃でも、機関短銃でも変わらなかった。
そして、実際のところは軍刀も同じだった。
もっとも、軍刀の場合には、その判断が少々変わった方向へ働いていた。
「……そういえば、48式軍刀は、まだ更新されていませんよね」
若い技術者が、思い出したように言った。
「ああ。昔、一度そんな話があったそうだな」
「……結局、どうなったんです?」
「今のところ、新型にするほどの理由がないということになったらしい」
年配の技術者は、少し笑った。
「銃火器は性能を上げるために新型を作る。だが、軍刀は現行品で十分なら、無理に新しくする必要もない」
「……なるほど」
「必要になった時に考えればいい、というわけだ」
若い技術者も笑った。
考えてみれば、それも合理的な判断だった。
新しい装備を作ることが目的なのではない。
必要な性能を、必要な時に確保できることが重要なのである。
「……結局、古い銃が優秀だと、新しい銃を作るのも楽になるんですね」
若い技術者が言った。
「楽にはならんさ」
年配の技術者は、少し笑った。
「新しい銃を作るのは、いつだって大変だ」
そして、続けた。
「だが、焦らずに済む」
若い技術者は顔を上げた。
「今使っている銃が十分に働いてくれる。だから、新しい銃がうまくいかなくても、兵隊たちが困ることはない」
その言葉に、若い技術者も頷いた。
「……なるほど」
「先代が頑張ってくれている間に、次の世代を育てられるんだよ」
それは、国防軍の小火器開発を支える、少々贅沢な条件だった。
必ずしも新型を急いで完成させる必要はない。
必要なら、外国製の完成された兵器を使えばいい。
国産で開発する意味のあるものについては、時間を掛けて研究する。
そして、新型が完成しても、旧型に仕事が残っているなら、引き続き使えばよかった。
「……そういえば」
若い技術者が、別の資料へ目を向けた。
「まだ、古い銃を使っている分野がありましたよね」
「ん?」
「狙撃銃です」
年配の技術者は少し考えた。
「ああ。九九式か」
旧日本陸軍の九九式狙撃銃。
その系譜も、戦後の国防軍へ受け継がれていた。
もちろん、戦時中に製造された銃を、そのまま使い続けているだけではない。
戦後には改良された新造型が作られ、1950年代半ば以降には、NATO規格の7.62mm弾へ対応する型式も登場していた。
「……あれも、随分と長生きですね」
「そうだな。だが、あれはあれで優秀なんだ」
狙撃銃に求められるものは、通常の歩兵用小銃とは異なる。
そのため、標準小銃が新しくなったからといって、狙撃銃まで同じように更新する必要はなかった。
しかし、国防軍が古い狙撃銃を使い続けるだけで満足していたわけでもない。
「……確か、後継も開発中でしたよね」
若い技術者が尋ねた。
「ああ。随分と欲張った要求が出ているらしい」
「……欲張った?」
年配の技術者は、少し笑った。
「聞いた話じゃ、ただ命中精度を上げるだけでは満足できないそうだ」
若い技術者は、少し首を傾げた。
「……狙撃銃ですよね?」
「ああ。狙撃銃だよ」
それ以上は、年配の技術者も詳しく語ろうとしなかった。
新しい狙撃銃の研究は、まだ続いていたのである。
そして、その開発にも、先代となる九九式狙撃銃の存在が大きく関わっていた。
十分に使える狙撃銃がある。
だからこそ、次の狙撃銃には、より高い要求を課すことができる。
国防軍の他の小火器と同じように、その開発もまた、先代の働きによって支えられていたのである。
1960年代。
日本国防軍の歩兵携行火器は、大きく変わり始めていた。
新しい小銃。
新しい汎用機関銃。
新しい機関短銃。
そして、擲弾発射器と軽迫撃砲。
国産開発とライセンス生産という二つの道を使い分けながら、国防軍は必要な兵器を揃えていった。
しかし、その発展を支えていたのは、新しい技術だけではなかった。
1948年の創設以来、改良を重ねながら使われ続けてきた火器たち。
そして、さらに戦前の設計から受け継がれた、長い技術と経験の積み重ね。
それらが現役であり続けたからこそ、国防軍は新しい兵器の開発に時間を掛け、外国製の兵器を試し、必要なものを選ぶ余裕を持つことができた。
また、48式軍刀のように、新型を作ること自体に大きな必要性が見いだされず、そのまま使い続けることを選んだ装備もあった。
新しいものを作る。
古いものを改良する。
あるいは、現行品をそのまま維持する。
どれが正しいかは、兵器の種類と、その時代に求められる役割によって異なる。
だが、いずれの場合にも共通していることがあった。
先代が、まだ働いているということだった。
後継へ役割を譲り始めた兵器もある。
新型と並んで使われる兵器もある。
そして、新型が登場したことで、かえって従来の長所を見直される兵器もあった。
古い兵器は、ただ新しい兵器へ置き換えられるために存在していたわけではない。
新しい兵器が完成するまで、次の世代を守っていたのである。
そして、その加護のもとで、国防軍の小火器は、また一つ新しい時代へ進もうとしていた。
次に生まれるのは、長く使われてきた九九式狙撃銃の後継。
国防軍が、これまでの小火器開発で得てきた経験を利用し、従来とは異なる要求を突き付けた、新しい国産狙撃銃だった。
その開発が、どのような結果を生むのかは、まだ誰にも分からなかった。
ただ、一つだけ確かなことがある。
それを完成させるまでの時間もまた、先代たちが稼いでくれていたのである。
続く
あ と が き
狙撃銃の話は、また次回。
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