自我持つ兵器の英雄譚“Prequel” 1945 to 2000 作:Nyappy-
新たな日本軍。
1948年6月
日本各地から集められた報告書が、国防軍創設準備に当たる者たちの机を埋めていた。
旧陸軍の兵器廠、旧海軍の工廠。
航空機工場、造船所、製鉄所、発動機工場、精密機械メーカー。
戦争中に何を作っていたのか。敗戦後には何を作るようになったのか。
図面はどこにあるか。
工作機械や治具、検査器具は残っているか。
設計者や熟練工は生きているか。生きているなら、今どこにいるのか。
新しい軍隊を作ると決まってから、全国規模で始められた調査だった。
当初、結果はもっと悲観的なものになると思われていた。
敗戦から三年近い。
旧軍は解体され、軍需生産も一度は止まった。設備の一部は撤去され、工場は民需へ転換され、人間も散った。
いくら再軍備を決めたところで、本格的な兵器生産を再開するには相当な時間が掛かる。
───そのはずだった。
「……思ったより、残っているな」
報告書を読んでいた男が、思わずそう漏らした。
向かいに座る技術担当者が書類を受け取り、頷く。
「全部ではありません。むしろ、一か所だけを見れば足りない物だらけです」
図面はあるが、治具がない。
工作機械は残ったが、設計資料が散逸している。
設備は民需用へ改造されている。
主任技術者は退職し、工員の大半は別の仕事へ移った。
そんな例はいくらでもあった。
だが、日本全国を一つの巨大な工場のように見て探せば、話が変わる。
ある会社には図面が残っていた。別の工場では、捨てられず倉庫へ押し込まれていた治具が見つかった。
戦時中に生産を担当していた技師は故郷へ帰っていたが、所在を調べれば連絡がつく。別会社へ移った設計者もいる。
農機具を削っている旋盤が、元は戦車部品を加工していた。
鉄道車両の部品を作っている工作機械が、戦争中には航空発動機を削っていた。
そして何より、機械は三年間ずっと止まっていたわけではない。
1946年から47年にかけて、中国大陸と朝鮮半島の情勢悪化に引かれるように、日本の工場は再び忙しくなった。
最初は民需品。
輸送機材。
修理部品。
それが、やがて米軍向けの軍需品や兵器部品へ変わっていった。
仕事が機械を回し、機械が人を工場へ繋ぎ止めた。
「軍需産業を一から作る、という話ではないのか」
「そこが違ったようです」
技術担当者は一枚の報告書を机へ置いた。
「一度、別の仕事をさせたんです。それを、また兵器を作る仕事へ振り向けられる」
さらに別の紙を重ねる。
「もちろん、戦争中と同じ物をそのまま作ればいいわけではありません。ただ、作り方を知っている人間と、それを作れる設備と、元になる設計が残っている」
少し間を置いた。
「改良するための出発点があるんです」
戦争に負け、軍隊は消えた。
だが、日本列島から軍需産業というものを完全に消し去るには、三年という時間は短すぎた。
しかも、その三年間を工場は眠って過ごしたわけではない。
冷戦は早く始まった。
中国では戦争が続き、朝鮮でも戦争が始まった。
アメリカは、日本の工場を潰し切るより利用する方を選び始めた。
特需が機械を回し、仕事が人を呼び戻した。
本来なら年月の中で失われていたかもしれない物が、失われる前にもう一度必要とされた。
誰か一人が未来を知って守ったわけではない。
捨てなかった図面。
倉庫へ押し込んだ治具。
別の製品を削り続けた旋盤。
故郷へ戻っていた技術者。
一つ一つは、小さな判断と偶然だった。
だが、それが積み重なった結果、1948年の日本には思っていた以上に多くの「続き」が残っていた。
「……使えるな」
調査官が言った。
「はい」
「どれくらい?」
技術担当者は少し考えた。
「選べるくらいには」
その言葉は大きかった。
何もなければ、外国から与えられた物を使うしかない。
……だが、選べるなら。
残すこともできる。
捨てることもできる。
改良することもできる。
未完成だった物を、今度こそ完成させることもできる。
外国の技術と組み合わせることもできる。
新しい日本の兵器開発は、ゼロから始まるわけではなかった。
かといって、1945年8月から時計をそのまま動かし直すわけでもない。
止まった場所から、別の方向へ走り始めることができた。
国防陸軍が最初に欲しがったのは、最新鋭兵器だけではなかった。
数だった。
人間を集めただけでは部隊にならない。乗る車両が要る。撃つ砲が要る。通信機が要る。そして何より、大多数の兵士が手にする小銃が要る。
戦車も同じだった。
理想だけを追いかけている余裕はない。
そのため、再生産が真っ先に進められた車両の一つが九七式中戦車だった。
チハ。
設計そのものは、もう古い。
朝鮮半島を走っているT-34系列や、アメリカ軍の後期型シャーマンと正面から殴り合うための戦車ではない。
戦争中でさえ限界を指摘されていた車両を、1948年の最新鋭戦車として扱う理由などなかった。
それでも、作り方を知っている。
車体を作った経験がある。
整備した経験がある。
運用した経験もある。
何より、短い準備期間でも数を揃えられる。
戦後の材料と品質管理によって、細かな部分の精度や信頼性も戦時中より改善できた。
だからといって別物の戦車になるわけではない。
だが、教育、警備、後方任務。
そして、新しく作る戦車部隊そのものを形にするためには使えた。
その古い車体は、自走火力を揃えるためにも役立った。
四式十五糎自走砲───ホロ。
チハ系車体へ既存の十五糎級火砲を組み合わせ、当面必要な火力を確保する。
長十二糎自走砲も同じだった。
こちらはチハ系車体へ旧海軍の十二糎級砲を載せる。
そのため、陸軍側から海軍側へ妙な相談が飛んだ。
「砲が足りないなら、船から取れないか?」
資料を見ていた陸軍側の担当者が言った。
海軍側の男が、嫌そうな顔をする。
「どの船からです」
「もう使わない海防艦があるだろう」
「使えないと決まった艦ならあります」
「それだ」
「簡単に言いますね」
損傷が大きく再就役を断念した海防艦。
解体予定の艦。
予備砲。
陸上へ移されていた砲。
使える物を洗い出し、陸へ回す。
国防海軍自身も艦不足なのだから、動かせる船から主砲を奪うわけにはいかない。
だが、どうせ解体する船なら話は別だった。
「海軍の砲を陸軍が使うのか」
誰かがそう言うと、別の誰かが返した。
「今は国防軍でしょう」
その一言で全員が納得した───わけではない。
旧陸軍と旧海軍。
組織が消えても、人間の癖まで三年で消えるものではなかった。
「だからと言って、何でも一緒にすればいいという話では」
「砲が余っていて、こっちには載せる車体がある。使わない理由がありますか」
「その言い方が気に入らん」
そんなやり取りは、まだ普通にあった。
それでも戦前とは違う。
最後には、同じ国防庁の下で決められる。
上で決まれば、陸も海も従わなければならない。
そして何より、目の前には足りない物がある。
過去の意地より、その方が切実だった。
今ある物を使う。
その間に、次を作る。
戦車についても同じだった。
アメリカから供与されたM4A3E8。
シャーマン。
完成度の高い戦車だが、欲しい数だけ貰えるわけではない。
朝鮮半島で戦争をしているアメリカ自身が必要としているからだった。
供与戦車だけで国防陸軍を揃えることはできない。
だから日本は、国産戦車開発を捨てなかった。
───いや。
捨てられなかった。
その本命が、四式中戦車改だった。
チト改。
戦時中の四式中戦車を、そのまま作り直しただけの車両ではない。
ただし、まだ量産は始まったばかりだった。
図面と技術者が残っているからといって、明日から何百両も作れるわけではない。
部品会社を繋ぎ直す。
工程を決める。
工員へ教える。
不具合を潰す。
戦後の無線や電装を載せる。
製造精度を上げる。
一両だけ作って終わりではない。
同じ品質の物を、何十両、何百両と作れるようになって、初めて軍隊の戦車になる。
だから1948年7月を迎える時点では、数ならチハの方が圧倒的に多かった。
古いチハで時間を稼ぐ。
シャーマンで穴を埋める。
その間に、チト改を作る。
あまり美しくはない。
だが、軍隊を本当に作るというのは、そういうことだった。
戦車よりも多くの兵士が手にする物も決まり始めていた。
小銃である。
机の上に置かれた試作銃を見て、旧陸軍出身者の一人が首を傾げた。
「……これ、海軍の四式じゃないのか」
「元は、です」
技術者が銃を持ち上げた。
旧海軍がM1ガーランドを参考に開発した四式自動小銃。
戦争中には十分な量産へ届かなかった兵器だったが、図面も実物も技術者も残っている。
そして戦後の日本には、戦争中にはなかった物があった。
本家から、堂々と学べる環境だった。
アメリカ軍には、M1を大量生産し、大量運用した経験がある。
どこが壊れるのか。
どの公差が重要なのか。
どうすれば整備しやすいのか。
大量生産すると、どこで問題が起こるのか。
その経験を、日本側は吸収した。
給弾。
作動。
安全性。
耐久性。
部品の互換性。
量産性。
戦時中に時間切れとなった部分へ、一つずつ手を入れる。
外見には四式の面影が残っていても、中身も製造品質も大きく戦後化した。
「それで四式じゃなくなるのか」
「海軍の銃を、そのまま陸軍で採用するのも色々と面倒でしょう」
「そういう理由か」
「それも理由の一つです」
これから作るのは、旧海軍の小銃ではない。
国防陸軍の標準小銃だった。
48式小銃。
1948年制式。
その名称は、新しい国防軍が使い始めた共通の物差しをよく表していた。
戦後に新しく制式化する装備は、西暦の下二桁を基本として「○○式」とする。
陸軍だけの年式でもない。
海軍だけの年式でもない。
空軍だけの年式でもない。
もちろん、過去から続くすべての名称を捨てるわけではなかった。
長く続く系列には、昔からの名前を残す物もある。
新しい制度と古い系譜。
その二つを、無理にどちらか一方へ揃えようとはしなかった。
ここでもまた、
残す物を選び、変える物を変える。
そんな新しいやり方が、少しずつ形になっていた。
国防空軍も、最初から一つの完成された体系として生まれたわけではない。
旧陸軍航空。
旧海軍航空。
二つの異なる組織から、人間も工場も機体も集めて作られる独立軍種だった。
創設初期の暫定主力は、四式戦闘機五型「疾風」と紫電五三型。
そこへ少数のF-51Dが加わる。
どちらか一方へ無理に統一しなかった。
旧陸軍系の工場がある。
旧海軍系の工場もある。
それぞれを知る整備員がいる。
搭乗員がいる。
部品の供給体系も違う。
明日から全部一つへ揃えろと言っても、できるものではなかった。
ならば、今使えるものを使う。
疾風を飛ばす。
紫電を飛ばす。
供与されたF-51も使う。
その間に、新しい空軍そのものを作っていく。
そして、その脇では別の仕事も始まっていた。
机の上へ、再び広げられる設計図。
橘花。
震電。
戦争末期、日本が完成させられなかった、あるいは十分に育てる時間を持てなかった機体だった。
だからといって、そのまま復活させると決まったわけではない。
古いから捨てる。
珍しいから残す。
どちらでもなかった。
資料がある。
技術者がいる。
機体も残っている。
短期間で続きを試せるのなら、まず戦後の条件でもう一度確かめる。
使えるのか。
何が悪かったのか。
何を直せるのか。
それを見てから、残すか終わらせるかを決める。
国防空軍はレシプロ戦闘機で生まれた。
その一方で、次に来る時代が同じ形のままではないことも分かっていた。
今は、飛べる物を飛ばす。
その間に、次を探す。
国防海軍だけは、少し事情が違った。
飛行機や戦車は、工場と材料と人間が揃えば、比較的短い時間で数を増やせる。
軍艦も理屈の上では同じだ。
だが、必要な金と時間と規模が違いすぎる。
1948年。
国防海軍には、まだ本格的な水上戦闘艦隊と呼べるものがなかった。
掃海艇。
警備艦。
哨戒艇。
海防艦級の小型艦。
輸送艦。
補助艦艇。
数だけなら、それなりにある。
そして仕事も多かった。
日本近海には、戦争中に敷設された機雷が残っている。
掃海。
沿岸警備。
哨戒。
海難救助。
密輸の取締り。
漁船の保護。
航路の確保。
船団護衛。
帝国海軍が夢見た華やかな艦隊決戦とは程遠い。
それでも、海を守る軍隊として必要な仕事だった。
有力な水上戦闘艦の一部には、アメリカから供与されたフレッチャー級などが使われた。
数年前まで日本海軍と戦っていた駆逐艦。
その艦へ日本人が乗る。
そして艦尾では、旭日旗の意匠を持つ海軍旗が風を受ける。
旧日本海軍と戦った船が、
旧日本海軍と同じ意匠を受け継いだ旗を掲げる。
奇妙な光景だった。
旧海軍出身者の中には、複雑そうにそれを見る者もいた。
国家は変わった。
制度も変わった。
命令系統も違う。
もう帝国海軍ではない。
だが、新しい軍隊を作ることと、昔使っていた物を一つ残らず捨て去ることは同じではなかった。
もっとも、アメリカから好きなだけ艦を貰えるわけでもない。
朝鮮では戦争が続いている。
米海軍自身も艦が要る。
国防海軍が本当の意味で自前の艦隊を持つには、まだ何年も掛かる。
……だからこそ。
何もない海軍ほど、残っている物には貪欲だった。
1948年早春 呉
国防海軍創設準備に加わった者たちは、旧海軍艦艇の残存状況を改めて調べていた。
戦える船だけを探しているのではない。
図面でしか残らなくなる前に、現物を残せないか。
その目で見る。
歩く。
触る。
測る。
後の世代へ渡せるものはないか。
一隻ずつ確認していった。
最初に引っかかったのが、伊204だった。
「これ、まだ全部は切っていないんだな?」
担当者が尋ねた。
「引き揚げて処分する予定です」
「なら、予定を止めろ」
即答だった。
相手が怪訝な顔をする。
「潜水艦ですよ」
「知ってる」
「かなり壊れています」
「それも知ってる」
「直すんですか?」
「だから残す」
伊204。
戦争末期に建造され、空襲で沈んだ潜高型潜水艦。
水上航走より水中性能を重視した、日本潜水艦の中でも特徴的な艦だった。
健在なまま終戦を迎えていれば、他の潜水艦と同じように接収され、調査され、そのまま処分されていたかもしれない。
だが、壊れていた。
沈んでいた。
そのため、処分が遅れた。
普通なら不運としか言いようのない条件が、三年後になって艦を救った。
大型水上戦闘艦を復活させる話ではない。
沈没した潜水艦を日本側が引き揚げ、研究し、可能なら復旧する。
条件付きで、処分停止が認められた。
すると、国防海軍側は次へ手を伸ばした。
「同型がもう一隻ある」
「……まだ欲しいのか?」
伊205。
こちらも空襲で沈み、処分が遅れていた。
「残せるなら」
答えは決まっていた。
伊205についても、処分命令が実行される前に止めた。
───そこで終われば、まだ可愛げがあった。
呉には、もっと大きなものが沈んでいた。
「……あれは?」
国防海軍側の人間が尋ねる。
相手が、嫌な予感でもしたように目を細めた。
「伊404です」
「伊400型か」
「未完成です。しかも沈んでいます」
「処分は?」
「いずれ引き揚げて解体でしょう」
少し考える。
「……なら、まだ間に合うな」
「待ってください」
今度は相手が止めた。
「伊204や205とは話が違います。あれは潜特型ですよ」
巨大な潜水艦。
長い航続距離と巨大な船体、航空機運用まで考えて作られた、旧海軍でも異例の存在。
「飛行機を積みたいとは言ってない」
「そういう問題ですか?」
「船体そのものが欲しい」
国防海軍側は真面目だった。
何に使うのかは、その後で決めればいい。
一度解体してしまえば、巨大な潜水艦を実際に造った経験を、実物から学ぶ機会は二度と戻らない。
「今すぐ上げなくていい」
「……はい?」
「金も人も足りない。浮揚は後でいい。ただ、壊すな。そこに置いておけ」
相手は呆れた。
「沈んだままですか」
「沈んでるから残ってるんだろう」
妙に説得力のある言葉だった。
伊404も、処分停止。
現状保全。
復旧するのか。
研究だけに使うのか。
いつ引き揚げるのか。
細かなことは、まだ何も決まっていない。
ただ一つ。
「鉄屑にはするな」
それだけが先に決まった。
伊204。
伊205。
伊404。
一つ残せば、次も欲しくなる。
国防海軍創設準備側は、呉周辺に残された旧海軍の残骸を、拾えるだけ拾うように確認して回った。
使えるから欲しい。
研究できるから欲しい。
今は使えなくても、後で何かを作る時に役立つかもしれないから欲しい。
新造艦のない海軍だった。
大型潜水艦を新しく作る金も時間もない。
ならば、目の前に実物が残っているなら手を伸ばす。
そして当然、
もう一隻へ目が向いた。
「……利根は?」
その名を出した瞬間、それまでより空気が重くなった。
「駄目です」
返答が早かった。
「まだ何も言ってない」
「言わなくても分かります」
伊204や205とは違う。
伊404とも違う。
利根は、巡洋艦だった。
大型水上戦闘艦。
旧日本海軍の大型艦艇を処分するという戦後方針へ、正面から触れる。
「戦艦は駄目だ」
「要求していません」
「航空母艦も認めない」
「承知しています」
「巡洋艦もだ」
「……そこを、一隻だけ」
米側の担当者は額を押さえた。
「まだ欲しいのか」
国防海軍側の男は悪びれもしない。
「欲しいです」
机の上へ写真が置かれた。
現在の利根。
既に砲塔も上部構造物も大きく失い、解体途中にある。
かつて海を走っていた頃の姿とは、あまりにも違っていた。
「これを何に使う?」
「実物です」
「見れば分かる」
「そういう意味ではありません」
その横へ図面を置く。
「設計図は残っています。技術者もいます。造船所もある。ですが、大型巡洋艦そのものは、もうほとんど残っていない」
図面には寸法が書いてある。
重量も。
区画も。
だが、実物を見なければ分からないこともある。
機関区画。
配管。
重量物の配置。
弾薬庫。
乗員の動線。
区画隔離。
大型船体そのものの作り。
しかも利根は、半ば解体されている。
完成した艦では見えにくい部分まで露出していた。
戦力として見れば、状態の良い供与駆逐艦の方が遥かに役に立つ。
だからこそ、利根を残す意味は別のところにあった。
「将来、また巡洋艦を作るつもりなのか」
「軍隊を作る以上は、いつか」
「……早過ぎないか?」
「だから今すぐ作るとは言っていません」
だが、実物が消えるのは今だった。
将来、必要になってから探しても遅い。
「伊204も残した」
「はい」
「伊205も」
「はい」
「伊404まで」
「ありがとうございます」
「礼を言うところじゃない」
米側の男は、利根の写真を見た。
大型艦は処分する。
その原則を、今さら全面的に覆すつもりはない。
戦艦など論外だった。
航空母艦も駄目。
巡洋艦も、本来なら駄目だ。
だが、写真に写っている利根は、艦隊再建の脅威などとは到底呼べない状態だった。
砲塔はない。
上部構造物も大きく失われている。
復旧には膨大な手間が掛かる。
呉で解体されていった大型戦闘艦の中で、処分が遅れ、最後まで残ってしまった一隻に近い。
もし再軍備がもう少し遅ければ、利根も消えていた。
「……考えておく」
その日の返事は、それだけだった。
伊204や205のようにはいかない。
伊404より、さらに話は重かった。
だから、利根の解体作業は止まらない。
そして国防海軍側も、諦めなかった。
一隻だけ。
これだけでいい。
戦艦を返せと言っているわけではない。
空母を残せと言っているわけでもない。
今のままでは、まともに戦うことさえできない。
研究用でもいい。
復旧試験用でもいい。
大型艦設計の教材でもいい。
何と呼んでも構わない。
切り刻むことだけは、止めてほしい。
交渉は、国防軍が生まれるその日まで続いた。
1948年7月1日
東京で、新しい看板が掲げられた。
───国防庁。
そして、その下に置かれる軍隊。
日本国防軍。
国防陸軍。
国防海軍。
国防空軍。
警察組織を少しずつ膨らませ、いつか軍隊にするのではない。
発足したその日から、国家防衛と対外戦闘を担う正規軍。
三つの軍種を持つ、新しい軍隊だった。
式典会場には、新しい制服を着た者たちが並んでいる。
昨日まで民間人だった若者。
旧陸軍出身者。
旧海軍出身者。
戦争中には別々の組織へ所属していた人間が、今は同じ日本国防軍という名前の下に立っていた。
命令系統の多くは新しい。
制度も新しい。
軍と政治の関係も違う。
だが、すべてを捨てたわけではなかった。
海軍旗には、旭日旗の意匠が残された。
それを懐かしいと感じる者もいた。
複雑そうに目を細める者もいた。
何も感じない若者もいる。
旗が似ていても、軍隊は同じではない。
国家が違う。
制度が違う。
軍の立場が違う。
それでも、残す意味があるものは残す。
その考え方は、日本国防軍そのものを表しているようでもあった。
もちろん、看板を掛け替えたからといって、すぐに三軍が一つになるわけではない。
陸軍側と海軍側が互いのやり方へ文句を言う。
航空出身者の間でも、旧陸軍式と旧海軍式がぶつかる。
物の呼び方。
命令の出し方。
整備の考え方。
教育。
補給。
部隊文化。
三年間の空白より、その前に染み付いた習慣の方がまだ強かった。
それでも、戦前とは一つ決定的に違う。
上が分かれていない。
陸軍省と海軍省ではない。
国防庁。
三軍は、一つの国家防衛組織として同じ制度の下へ入れられた。
意地を張ることはできる。
口論もできる。
それでも最後まで別々の軍隊として勝手に走ることは、もうできない。
だが、それが本当に機能するかどうかは。
まだ誰も知らなかった。
今はただ、
軍が、生まれたばかりだった。
同じ日の呉船渠。
利根の解体作業は、朝から続いていた。
伊204は、既に処分を免れている。
伊205も同じ。
伊404には、沈んだまま処分禁止の命令が出ていた。
国防海軍創設準備側が拾い集めてきた、旧海軍の残骸たち。
そのすぐ近くで、
利根だけは、まだ鉄屑へ向かっていた。
上部構造物の多くは失われている。
砲塔もない。
戦争末期に大破して着底し、浮揚されたのも戦列へ戻すためではなかった。
解体するためだった。
鉄を切る音が響く。
ガス切断器から火花が散る。
作業員たちにとって、日本海軍の軍艦が消えていく光景はもう珍しいものではなかった。
戦艦も。
空母も。
巡洋艦も。
順番に鉄へ戻されていった。
利根も、その最後の一隻として消えるはずだった。
だが、昼を回った頃。
「───止めろ!」
怒声のような声が飛んだ。
作業員たちが顔を上げる。
「切断中止!」
事故かと思った者もいた。
「何かあったのか?」
「違う! 作業そのものを止めろ!」
監督が紙を握って走ってくる。
息を切らしていた。
「利根の解体は中止だ!」
誰も動かなかった。
言葉の意味を理解するまで、少し時間が掛かった。
「……中止?」
「ああ」
「全部?」
「全部だ。これ以上切るな!」
作業員の一人が、半ば冗談のように利根を見上げた。
「……今さら?」
もっともな疑問だった。
ここまで壊した船を、今から何に使うというのか。
監督は手元の紙を見た。
国防海軍への移管。
現状保全。
復旧可能性の調査。
今後の処置は別途決定。
「……海軍が欲しがったらしい」
誰かが言った。
「こんなのを?」
「伊号も拾ってる連中だぞ」
別の誰かが返した。
それで妙に納得する者がいた。
いずれにせよ。
ガス切断器の火は、もう点かなかった。
1948年7月1日。
日本国防軍が生まれたその日に。
巡洋艦利根は、鉄屑になることをやめた。
式典の後。
高瀬正一は、人混みの向こうに並ぶ車両を眺めていた。
工場関係者として来ただけだった。
軍服は着ていない。
もう着るつもりもなかった。
それでも、一両目を見た瞬間、身体の方が先に思い出した。
「……チハじゃないか」
隣にいた若い工員が高瀬を見る。
「知ってるんですか?」
「知ってるも何も」
高瀬は少し呆れた。
十年も陸軍にいた。
戦車兵でなくとも、あの姿を知らないはずがない。
丸みを帯びた砲塔。
見慣れた車体。
見慣れた履帯。
九七式中戦車。
戦争中、何度も見た。
だが、何かがおかしい。
「……綺麗だな」
「式典だから磨いたんじゃないですか?」
「そうじゃなくて」
塗装だけではない。
古い車両を修理して持ってきたようには見えなかった。
細部が妙に整っている。
戦場帰りのくたびれた車両ではない。
「これ、新造ですよ」
案内役の職員が言った。
高瀬は聞き返した。
「新造?」
「最近作った車両です」
一瞬、意味が頭へ入らなかった。
チハだった。
間違いなく、自分の知っているチハだ。
……だが。
1948年に作られた。
日本が戦争に負け、
旧陸軍がなくなった後で、
新しく作られたチハ。
「……また作ったのか」
「数が要りますから。設備も残っていましたし」
職員は、あっさり言った。
高瀬はもう一度、戦車を見る。
妙な気分だった。
懐かしい、とだけ言うには重すぎる。
戦場を思い出す。
嫌な記憶も混じる。
それなのに、目の前の一両はあの頃の車両ではない。
同じ形をしているのに、
別の軍隊のために作られた、新品だった。
車列の先には、もっと大きな戦車が見える。
「アメリカのですね」
M4A3E8。
イージーエイトシャーマン。
さらにその向こう。
数は少ないが、見慣れない国産戦車がいる。
「四式中戦車改です」
「四式?」
「チトを戦後向けに作り直した物です。あっちが本命だそうですよ」
高瀬は、チハとシャーマンとチト改を順番に見た。
昔の車両が数を揃える。
敵だった国の戦車が穴を埋める。
その横で、新しい国産戦車を作り始めている。
妙な軍隊だった。
だが、三年前の日本から考えれば、軍隊があること自体が十分に妙だった。
少し離れた場所には、ホロと長十二糎自走砲も並んでいた。
今ある車体。
今ある砲。
作れる物から使う。
その雑然とした姿そのものが、今の国防陸軍だった。
兵士たちは、新しい小銃を持っている。
「それは?」
高瀬が聞いた。
若い兵士が答えた。
「48式小銃です」
「四八?」
「今年の四八です」
そこで高瀬は、ようやく少し笑った。
「随分、分かりやすくしたな」
兵士も笑う。
「新しく制式化する装備は、そういう付け方にするそうです」
高瀬は小銃をもう一度見る。
どこかに見覚えがあった。
だが、自分が使っていた小銃とは違う。
旧海軍の四式自動小銃を基にして、戦後になってM1ガーランドの本家から改めて技術を学び、大きく手を入れた物だと説明された。
敵の銃を参考に、日本が作った銃。
その日本の銃を、
戦後になって、かつての敵から教わり直す。
そして今度は、新しい陸軍が使う。
高瀬は、何とも言えない顔になった。
「三年で、随分ごちゃごちゃになったな」
「悪い意味ですか?」
隣の若い工員が聞く。
高瀬は少し考えた。
チハを見る。
シャーマンを見る。
チト改を見る。
48式小銃を持つ、新しい制服の兵士を見る。
「いや」
少しだけ笑った。
「戦争中より、こっちの方がいいかもしれん」
空では、疾風と紫電五三型が飛んでいた。
その間へ、少数のF-51Dが混じる。
旧陸軍、旧海軍、そしてアメリカ。
三つの異なる出自を持つ戦闘機が、同じ日本国防空軍の管制下で飛んでいた。
完成された体系ではない。
補給も整備も面倒だった。
だが今は、飛べる物を飛ばす。
その間に、地上の研究室では橘花の資料が再び広げられていた。
別の机では、震電の図面が開かれている。
戦争末期に止まったところから、今度は、戦後の条件でもう一度考える。
そのまま残すためではない。
先へ進める価値があるのかを確かめるために。
国防空軍が生まれたその日。
空を守っていたのは、まだレシプロ戦闘機だった。
……だが。
その机の上では、もう次の時代を探す作業が始まっていた。
海では、フレッチャー級の一隻に旭日旗意匠の海軍旗が翻っていた。
その周囲にいるのは、小さな艦ばかり。
これが、1948年の国防海軍だった。
正規海軍。
だが、本格的な外洋艦隊はまだない。
機雷を掃く。
沿岸を警備する。
船を助ける。
航路を守る。
供与された駆逐艦を大事に使いながら、自分たちの艦を作る時間を稼ぐ。
その一方で、
伊204を残した。
伊205を残した。
伊404を残した。
そして、利根を残した。
そのまま昔の艦隊を復活させるためではない。
次を作るためだった。
測る。
調べる。
必要なら壊す。
直す。
外国の艦と比べる。
そして、使える物だけを次へ渡す。
1948年7月1日。
国防庁設置。
日本国防軍創設。
国防陸軍、国防海軍、国防空軍。
その日誕生した軍隊は、強大ではなかった。
陸軍は古いチハで数を揃え、足りないところへシャーマンを入れ、その横でようやくチト改を作り始めている。
ホロや長十二糎自走砲も、今ある車体と火砲を組み合わせた暫定の火力だった。
新しい48式小銃も、全軍へ行き渡ったわけではない。
空軍は疾風と紫電を暫定主力にし、少数のF-51Dを混ぜている。
橘花と震電は、ようやく研究が再び始まったところだった。
海軍はさらに苦しい。
有力な水上戦闘艦は少ない。
供与された駆逐艦へ頼りながら、掃海と警備に追われている。
残した巡洋艦は半ば解体されている。
潜水艦も、すぐ戦列へ並べられる状態ではない。
何も完成していなかった。
───だが。
完成していないことと、存在しないことは違う。
三年前。
日本には、もう軍隊がなかった。
兵器を作る理由も失われた。
図面は古紙になりかけた。
工作機械は別の物を削った。
技術者は別の仕事へ移った。
軍艦は沈められ。
切られ。
姿を消していった。
……それでも、全部は消えなかった。
残った人間がいた。
残った機械があった。
残った図面があった。
残った兵器があった。
そしてそれらが完全に消えるより先に、再び必要とされる時代が来た。
残った人間が呼び戻された。
残った機械が回った。
残った図面が広げられた。
残った兵器が研究された。
沈んでいた潜水艦は、処分を止められた。
最後まで残っていた一隻の巡洋艦は、日本国防軍が創設されたその日に、鉄屑になる途中で切断を止められた。
昨日までの物を、そのまま明日へ持っていくのではない。
使える物を拾う。
足りない物を借りる。
直せる物を直す。
新しく作れる物を作る。
そして、次へ渡す。
旗さえ、昔の意匠を残している。
それでも、その旗を掲げる軍隊はもう、別の軍隊だった。
1948年、敗戦から三年。
日本は、失った帝国陸海軍を取り戻したのではなかった。
敗戦した日本が、残ったものを拾い上げ、足りないものを外から借り、新しい制度を作り、
自分たちの、新しい軍隊を作った。
『日本国防軍』
それはまだ、占領下で認められた軍隊だった。
本当の意味で主権国家の軍になるのは、もう少しだけ先のことだった。
第一章 完
あ と が き
次回からは第二章。
次回 軍隊は一日にして成らず