自我持つ兵器の英雄譚“Prequel” 1945 to 2000   作:Nyappy-

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ある意味、ここからが本編。



第二章
2-1. 生まれたての軍隊


 

1948年7月1日。

 

日本国防軍は、正式に発足した。

 

国防陸軍、国防海軍、国防空軍。

 

そして、三軍を束ねる国防庁。

 

法律が施行され、辞令が出た。

 

新しい制服が支給され、部隊名が決まり、基地や駐屯地には新しい看板が掲げられた。

 

 

 

……それで軍隊が完成するなら、話は簡単だった。

 

現実には、そこからが始まりだった。

 

 

 


 

 

 

「違う!!」

 

朝の営庭に怒鳴り声が響いた。

 

整列した兵士たちの前を歩いていた曹長が、一人の若い兵士のところで止まる。

 

「何が違いますか」

 

「全部だ」

 

「全部ですか」

 

「全部だ!」

 

若い兵士は困った顔をした。

 

入隊して、まだ一か月にも満たない。

 

学校を出て働いていたところで国防軍の募集を知り、試験を受け、国防陸軍へ入った。

 

軍隊というものを、ほとんど知らない。

 

対して、目の前の曹長は知り過ぎていた。

 

旧陸軍時代から十年以上。

 

中国大陸にも行った。

 

南方にも行った。

 

敗戦後に復員し、故郷で農業を手伝っていたところを、新しい軍隊の教官候補として呼び戻された。

 

制服は違う。

 

徽章も違う。

 

所属する国家の制度も変わった。

 

それでも、兵士を一目見て姿勢が悪いと分かる目までは、変わらなかった。

 

 

「銃を持つ時に肩へ力を入れ過ぎる。足幅も広い。それから、さっきから前の奴を見過ぎだ」

 

「見ないと揃わないんですが」

 

「見なくても揃えられるようになるまでやるんだ」

 

「無茶じゃないですか?」

 

曹長は一瞬、黙った。

 

昔なら、もう一度怒鳴っていたかもしれない。

 

命令されたことに疑問を返す。

 

それだけで怒鳴る理由にはなった。

 

 

だが、目の前の若者は、戦時中の初年兵ではなかった。

 

そして自分も、昔の軍隊へ戻ってきたわけではない。

 

「……無茶をできるようにするのが訓練だ」

 

曹長は言った。

 

「ただし、意味のない無茶はさせん」

 

「違うんですか?」

 

「違う」

 

「どうやって見分けるんです?」

 

答えようとして、曹長は口を閉じた。

 

少し考える。

 

 

そして、

 

「……それを俺たちも、今から覚える」

 

今度は若い兵士が黙った。

 

やがて、少しだけ笑う。

 

「曹長も新人なんですね」

 

「余計なことを言うな」

 

「はい」

 

「返事だけはいいな」

 

曹長は再び歩き始めた。

 

 

 

若い兵士が持っているのは48式小銃だった。

 

まだ全員分が揃っているわけではない。

 

旧式小銃を使う部隊もある。

 

米軍から供与された銃器も混じる。

 

その中で48式は、これから国防陸軍の標準にしようとしている新しい小銃だった。

 

元を辿れば旧海軍の四式自動小銃。

 

さらに遡れば、アメリカのM1ガーランド。

 

それを戦後、今度は本家から運用と量産の経験まで学び直し、新しい陸軍のために作り直した。

 

 

兵士も新米なら、

 

持っている銃も、新しい軍隊の一年生だった。

 

 

 


 

 

 

駐屯地の一角には、戦車が並んでいた。

 

九七式中戦車。

 

その横にはM4A3E8。

 

さらに、まだ数の少ない四式中戦車改。

 

一つの軍隊の同じ戦車隊とは思えないほど、世代も出身もばらばらだった。

 

 

教育で最も多く使われているのは、まだチハだった。

 

理由は、強いからではない。

 

作り方を知っている。

 

直し方を知っている。

 

扱ったことのある人間が多い。

 

そして、比較的数を用意しやすい。

 

戦車とは何か。

 

履帯車両はどう曲がるのか。

 

機関と変速機をどう扱うのか。

 

狭い車内で、乗員同士がどう動くのか。

 

戦車兵として最初に覚えなければならないことは、敵戦車の装甲を抜く方法だけではなかった。

 

 

 

「止めろ、止めろ!」

 

訓練場で一両が急停止した。

 

車体が大きく揺れ、中から若い操縦手が顔を出す。

 

「何で止めた!」

 

車長が怒鳴った。

 

「教官が止まれって!」

 

「俺が言ったのは『速度を落とせ』だ!」

 

少し離れたところで、旧陸軍出身の教官が頭を抱えている。

 

その脇にいた若い整備兵が笑った。

 

「まだ時間掛かりそうですねぇ……」

 

「お前も笑ってる場合じゃない。昨日、シャーマンの工具をチハへ持っていっただろう」

 

「似たようなもんかと」

 

「似てねえよ。何も似てねえよ」

 

 

何もかもが混ざっていた。

 

兵器も。

 

人間も。

 

教育体系も。

 

旧陸軍の教範を、そのまま使えるところは使う。

 

捨てるところは捨てる。

 

米軍式を取り入れた方が良ければ、取り入れる。

 

 

ただし、英語の教範を翻訳して配れば、それで日本の部隊が動くわけでもなかった。

 

そして一番厄介なのは。

 

誰も、新しい日本陸軍の完成形を知らないことだった。

 

「四式中戦車改を本命にする」

 

その方針は決まっている。

 

だが、まだ数は少ない。

 

「今後どう改良するのか」

 

その話も、既に始まっている。

 

 

軍隊そのものが、ようやく歩き始めたばかりなのに、歩きながら次の靴まで作らなければならなかった。

 

 

 


 

 

 

混乱していたのは、陸軍だけではない。

 

空軍は、別の意味でもっと面倒だった。

 

一つの基地に、

 

旧陸軍航空出身者と旧海軍航空出身者がいる。

 

それだけで、問題が起こった。

 

 

 

「だから、それは海軍の呼び方だろう」

 

「今は海軍じゃない」

 

「お前が言うな。昨日まで海軍式で説明してただろう」

 

「三年前までだ」

 

「昨日みたいなもんだろうが」

 

整備場で声が飛ぶ。

 

少し離れたところでは、疾風五型の発動機カウルが開かれている。

 

その向こうには紫電五三型。

 

さらに別の区画には、アメリカから供与されたF-51D。

 

旧陸軍、旧海軍、アメリカ。

 

三つの異なる出自の機体を、一つの国防空軍が使う。

 

書類の上なら、一行で済む。

 

現場ではそれで済まなかった。

 

工具が違う、部品も違う、教育、整備手順、言葉まで違う。

 

「海軍式は忘れろとは言わん」

 

古参搭乗員の一人が言った。

 

「陸軍式もな。ただし、空軍のやり方を作れ」

 

若い搭乗員が尋ねた。

 

「どっちを元にするんです?」

 

「良い方」

 

「……どっちが良いんです?」

 

「それを今から喧嘩して決める」

 

 

冗談ではなかった。

 

実際、そのようにして決まっていった。

 

旧陸軍式を残すもの。

 

旧海軍式を残すもの。

 

アメリカ式を採るもの。

 

どれにも当てはまらず、最初から決め直すもの。

 

 

それでも、時間は待ってくれない。

 

朝鮮半島では戦争が続いている。

 

海の向こうから届く報告には、昨日まで教範に載っていなかったことが書かれていた。

 

飛行機は速くなる。

 

レーダーは広がる。

 

地上管制の重要性も増していく。

 

 

そして、ジェット。

 

 

その言葉が、以前とは比べ物にならないほど現実的な重みを持ち始めていた。

 

基地では、疾風と紫電が飛んでいる。

 

研究室では。

 

橘花と震電の資料が、再び開かれている。

 

今の空軍を作りながら。

 

その今が数年後には古くなることまで、考えなければならなかった。

 

 

「忙しい軍隊だな」

 

ある整備員がぼやいた。

 

旧海軍出身の男だった。

 

隣の旧陸軍出身者が、工具を渡しながら言う。

 

「変に暇すぎるよりいいだろ」

 

「戦争が近くにあるんだぞ」

 

「……それはそうだな」

 

それ以上、二人とも何も言わなかった。

 

 

 


 

 

 

国防海軍は、さらに別の方向で忙しかった。

 

まず、船が足りない。

 

 

正確には、船そのものはある。

 

掃海艇。

 

警備用の小型艦。

 

海防艦級の艦艇。

 

輸送艦。

 

各種補助艦。

 

アメリカから供与された駆逐艦。

 

海へ出て仕事をする船だけなら、急いで集められていた。

 

だがそれは、同じ型の艦を揃えて編成された整然とした新生艦隊ではない。

 

かつて敵だった国の駆逐艦。

 

旧海軍から残った艦。

 

小型艦。

 

掃海艇。

 

それらを混ぜて使う。

 

 

そして仕事の多くは、派手な艦隊決戦などではなかった。

 

機雷を掃いたり、沿岸を見張ったり、船を守ったり、海難救助へ向かったり、航路を確保したり……。

 

そんなことばかり。

 

 

「これ、本当に使うんですか」

 

造船所の若い技師が尋ねた。

 

目の前には、修理を受ける旧海軍の艦がいる。

 

あちこち傷んでいた。

 

「浮くだろう」

 

海軍側の担当者が答えた。

 

「浮きますけど」

 

「機関は?」

 

「直せば動きます」

 

「なら使える」

 

「基準、それだけですか?」

 

「今の海軍に贅沢を言えると思うか?」

 

言い返せなかった。

 

 

しかも。

 

ただ昔の船を使い潰すつもりでもない。

 

アメリカ艦を実際に動かせば、図面だけでは分からなかったことが見える。

 

旧海軍艦へ戦後式の装備を載せれば、何が足りないかが見える。

 

そして、古い船では、どうやっても足りなくなる時が来る。

 

その時になったら自分たちの船を作ればいい。

 

 

旭日旗の意匠を受け継いだ海軍旗を掲げる国防海軍は、

 

旧海軍の残存艦とかつて敵だった国の軍艦を混ぜながら、

 

自分たちが何者なのかを、まだ探している途中だった。

 

 

 


 

 

 

そして、陸、海、空の三軍を一つの日本国防軍にまとめたことで、当然、別の問題が生まれた。

 

 

一緒に戦えるのか。

 

 

 

1948年秋

 

日本国防軍として最初期の本格的な三軍合同演習が行われた。

 

 

想定そのものは、難しくない。

 

敵性部隊が日本沿岸へ接近する。

 

国防海軍が海上を警戒し、輸送船団を護衛する。

 

国防空軍が上空を確保する。

 

国防陸軍が沿岸を防衛し、後方から増援を展開する。

 

 

紙の上では綺麗だった。

 

 

始まって数時間で、綺麗なのは紙の上だけだと分かった。

 

 

 


 

 

 

「空軍はまだ来ないのか!」

 

陸軍側の指揮所で声が上がる。

 

連絡将校が受話器を握ったまま答えた。

 

「来ています!」

 

「どこに!」

 

「上です!」

 

「見れば分かる!」

 

疾風の編隊は、確かに上空にいた。

 

問題は、陸軍側が欲しい場所と空軍側が飛んでいる場所が少し違うこと。

 

 

海軍から入ってきた敵役艦艇の位置情報も、陸軍側では扱いに手間取った。

 

地図の基準が違う。

 

座標の伝え方が違う。

 

報告書の形式が違う。

 

無線周波数の割り当ても、まだ完全には整理されていない。

 

しかも、旧陸軍と旧海軍の出身者が昔の癖で説明を始めれば、さらに混乱する。

 

「だから、その呼び方では分からんと言ってるんだ!」

 

「こっちは昔からこれで通じてる!」

 

「昔の話をしてるんじゃない!」

 

「なら新しい呼び方を早く決めろ!」

 

「もう決めた!」

 

「現場まで降りてきてねぇんだよ!」

 

 

怒鳴り合っている間にも演習は進んでいく。

 

海上では、護衛役の駆逐艦が予定より早く変針した。

 

空軍は知らない。

 

陸軍は、もっと知らない。

 

 

航空支援を要求した部隊へ、別の部隊からの要求と取り違えた情報が流れた。

 

演習だから死人はいなかった。

 

実戦なら何人死んだのか、誰にも分からなかった。

 

 

 


 

 

 

演習終了後。

 

評価会議の空気は重かった。

 

誰も「勝った」とは言わない。

 

敵役部隊を形式上撃退したという結果など、ほとんど意味がなかった。

 

机の上には、本当に役に立つ結果が積み上がっている。

 

 

───問題点。

 

無線、地図、座標、航空支援要請。

 

補給物資の規格。

 

陸海連絡、海空連絡。

 

識別、気象情報、司令部間の情報伝達。

 

 

それぞれの軍がそれぞれ単独で動くなら見えなかった問題が、一緒に戦おうとした途端、全部表へ出てきた。

 

 

 

「昔は、陸軍は陸軍でやった」

 

旧陸軍出身の将校が言った。

 

向かいに座っていた旧海軍出身者が、少し苦笑した。

 

「海軍は海軍で、ですね」

 

「ああ」

 

「それで上手くいったかと言われると」

 

誰も答えなかったし、答える必要もなかった。

 

 

三年前に結果は出ている。

 

 

 

若い将校が資料をめくった。

 

旧軍時代をほとんど知らない世代だった。

 

「なら、同じ失敗をしなければいいんじゃないですか」

 

何人かが顔を上げる。

 

「簡単に言うな」

 

「簡単じゃないから、やるんでしょう」

 

若者は、机に積まれた書類を指した。

 

「陸軍と海軍で座標の読み方が違うなら統一する。空軍への支援要請手順がないなら作る。無線が繋がらないなら規格を合わせる。三軍で言葉が違うなら、国防軍としての言葉を決める」

 

「全部変える気か」

 

「必要なら」

 

少しだけ、空気が硬くなった。

 

昔を否定されたように感じた者もいた。

 

 

だが若い将校は続けた。

 

「残した方が良いものは、残せばいいと思います」

 

旧陸軍式でも、旧海軍式でも、アメリカ式でも。

 

「でも」

 

一度、言葉を切る。

 

「昔そうだったから残す、ではなくて」

 

「今使えるから残す、でいいんじゃないですか」

 

誰かが、小さく息を吐いた。

 

 

それは、兵器については既にやっていることだった。

 

チハを使う。

 

だが、チハの時代へ戻るわけではない。

 

四式自動小銃を基に48式を作る。

 

だが、陸海軍が別々に何かをする時代へ戻りたいわけではない。

 

疾風を飛ばす。

 

紫電も飛ばす。

 

その横で、次の時代を研究している。

 

旧海軍艦を使う。

 

アメリカ艦も使う。

 

そして、その両方から次に必要なものを学ぶ。

 

 

……なら、組織も同じでいい。

 

使えるものは残す。

 

駄目だったものは捨てる。

 

足りないものは外から学ぶ。

 

必要なら新しく作る。

 

 

日本国防軍そのものも、一つの兵器と同じように改良していけばいい。

 

 

 


 

 

 

合同演習の失敗から、いくつもの規則が作り直された。

 

三軍共通の地図記号。

 

座標伝達方式。

 

無線交信手順。

 

航空支援要請。

 

艦艇と航空機の識別。

 

陸海空を跨ぐ補給と輸送。

 

司令部間の連絡。

 

 

書類が増えた。

 

会議も増えた。

 

そして現場の不満も増えた。

 

「また変わったのか」

 

「先月覚えたばかりだぞ」

 

「今度は国防庁式だと」

 

「その前は陸軍式だった」

 

「うちは海軍式だった」

 

「空軍はその二つが中で喧嘩してる」

 

笑い話になる時もあれば、笑えない時もあった。

 

だが変えるたびに、少しずつ繋がった。

 

 

演習する。

 

失敗したら直して、もう一度やる。

 

また別のところで失敗する。

 

それでも前よりは、少し良くなる。

 

 

旧軍経験者は、戦争で覚えたことを若者へ教えた。

 

若者は、それを学んだ。

 

ただし、

 

「昔そうだったから」

 

そう言われただけでは聞き返す者もいた。

 

「なぜですか」

 

その質問が、意外なほど大きかった。

 

旧軍経験者自身が、初めて考えることもある。

 

 

なぜ、この手順なのか。

 

なぜ、この訓練なのか。

 

なぜ、この装備なのか。

 

 

戦争中なら、

 

「命令だから」

 

「教範にそう書いてあるから」

 

「前からそうしているから」

 

それで済んだこともあった。

 

だが新しい軍隊では、一つずつ理由から考え直していった。

 

 

もちろん、何もかも皆で相談して決めるわけではない。

 

軍隊は命令で動く。

 

必要なら、厳しく命じる。

 

危険な訓練もする。

 

戦場へ出れば、もっと酷いことを要求される。

 

 

だからこそ、その命令を出す軍隊そのものをどのような軍隊にするのか。

 

それを作り直さなければならなかった。

 

 

 


 

 

 

冬が近づく頃。

 

最初の合同演習と、ほぼ同じ内容の訓練がもう一度行われた。

 

 

───完璧ではなかった。

 

無線は一度、また繋がらなくなった。

 

陸軍の車列が予定より遅れた。

 

海軍の艦が一隻、機関故障で離脱した。

 

空軍機も一機、発動機不調で引き返した。

 

 

それでも、前とは違った。

 

 

海軍から送られた位置情報が、そのまま空軍へ流れる。

 

空軍の偵察結果が、陸軍指揮所の地図へ書き込まれる。

 

陸軍が航空支援を要求する。

 

空軍側が復唱する。

 

そして今度は、同じ場所を示した。

 

 

「来たぞ!」

 

地上の兵士が空を見上げる。

 

疾風五型が低空を通過した。

 

その後ろを、紫電五三型が続く。

 

さらに高いところにはF-51D。

 

出自の違う機体が、同じ指揮系統の中で飛んでいる。

 

 

沖合では、アメリカから来た駆逐艦と旧日本海軍から残った艦が同じ海面を進んでいた。

 

どちらにも、同じ国防海軍の旗がある。

 

 

地上では、チハにM4、そしてまだ少数のチト改。

 

歩兵は、48式小銃を抱えている。

 

 

統一された、美しい軍隊とは言い難い。

 

借り物、旧式、新造、再生産、改造。

 

旧陸軍、旧海軍、アメリカ。

 

全部が混ざっている。

 

それでも前回よりは、一つの軍隊として動いていた。

 

 

 


 

 

 

演習終了後。

 

あの曹長は、営庭で若い兵士を見つけた。

 

「おい」

 

「はい」

 

「今日は前を見過ぎなかったな」

 

若い兵士が笑った。

 

「曹長も、前より怒鳴らなくなりましたね」

 

「そうか?」

 

「はい」

 

「……それは良くないな」

 

「何でです?」

 

「舐められる」

 

「もう結構舐めてますよ」

 

「……腕立て百回」

 

「前言撤回します」

 

曹長は鼻で笑った。

 

若い兵士も笑う。

 

 

数か月前。

 

この若者は、銃の持ち方さえ知らなかった。

 

 

現在。

 

まだ未熟ではあるが、それでも兵士には見えた。

 

 

そして。

 

変わったのは、若者だけではない。

 

曹長自身も、昔の軍隊で覚えたことを、ただ再現するのではなくなっていた。

 

何を教えるか。

 

何を教えないか。

 

何を次へ渡すか。

 

それを考えるようになった。

 

 

 

日本国防軍も同じだった。

 

1948年7月1日。

 

制度として生まれた。

 

だが誕生日を迎えた瞬間から、歩けるわけではない。

 

転んだり、ぶつかったなら、その失敗を直す。

 

そして、また歩く。

 

それを繰り返しながら、ようやく少しずつ、国防陸軍でも、国防海軍でも、国防空軍でもない、その三つをまとめた日本国防軍というものが、現場の中にも生まれ始めていた。

 

 

 


 

 

 

───だが。

 

1948年の日本国防軍には、まだ一つ大きな但し書きがあった。

 

日本は、占領下にあった。

 

国内法上、日本国防軍は正式な軍隊だった。

 

日本政府が指揮し、国会が予算を決める。

 

 

それでも、

 

「その軍が存在できること」

 

「どれほどの規模を持つのか」

 

「何を装備するのか」

 

そのすべては、まだ占領政策と切り離すことができなかった。

 

 

言い換えれば、

 

日本国防軍は、まだ占領下で認められた軍隊だった。

 

 

 

だが、その状態も長くは続かなかった。

 

 

1948年後半。

 

対日講和を巡る動きが本格化した。

 

 

第二次世界大戦が終わった直後なら、連合国全体による一つの講和が当然だと考えられていた。

 

だが今はもう、アメリカとソ連が、日本の将来について同じ答えを出せる状況ではなかった。

 

 

中国大陸で戦争が続く。

 

朝鮮半島でも戦争が続く。

 

日本には、既に国防軍がある。

 

 

連合国すべてが同じ結論へ辿り着くまで待つのか、それとも、同意する国々だけでも、日本との戦争状態を終わらせるのか。

 

 

やがて、流れは後者へ向かっていった。

 

 

 


 

 

 

1949年

 

日本の占領は、終わりへ向かった。

 

講和によって、日本は主権を取り戻す。

 

占領軍総司令部の下に置かれた国ではなくなる。

 

 

そして、日本にいるアメリカ軍の意味も変わった。

 

占領するために駐留する軍隊から、条約に基づいて駐留する別の主権国家の軍隊へ。

 

 

見た目だけなら昨日と大きく変わらない場所もあった。

 

同じ基地。

 

同じ制服。

 

同じ航空機。

 

同じ軍艦。

 

だが、そこにいる理由が変わった。

 

 

そして、日本国防軍にも同じ変化が起こる。

 

昨日までは、占領下で認められた軍隊。

 

今日からは、主権国家が自らの意思と責任で持つ軍隊。

 

装備が一夜で増えたわけでもないし、兵士が急に強くなったわけでもない。

 

陸海空の揉め事がなくなったわけでもない。

 

営庭では相変わらず曹長が怒鳴る。

 

整備場では、工具が違うと誰かが文句を言う。

 

艦では部品が足りない。

 

飛行場では整備員が機体の機嫌に振り回される。

 

 

何もかもが、まだ途中だった。

 

 

それでも一つだけ、はっきり変わった。

 

この軍隊を持つことについて最終的に責任を負う国が、日本になった。

 

 

 


 

 

 

ある朝。

 

若い兵士は、いつものように営庭へ出た。

 

曹長もいた。

 

いつもの制服。

 

いつもの声。

 

いつもの訓練。

 

「ぼさっとするな!」

 

「はい!」

 

「返事だけは相変わらずいいな」

 

「褒めてます?」

 

「褒めてない」

 

大して変わらない朝だった。

 

若者は48式小銃を肩へ掛け直した。

 

「曹長」

 

「何だ」

 

「昨日と今日で、何か変わったんですかね」

 

曹長は少し考えた。

 

「何がだ」

 

「国が戻ったって言われても、俺らは同じことしてるじゃないですか」

 

「そうだな」

 

「じゃあ、何が違うんです?」

 

曹長は営庭の向こうへ目をやった。

 

新しい軍旗が風に揺れている。

 

 

少し前までの自分なら、どう答えただろうか。

 

「命令されたから」

 

「そういうものだから」

 

そんな答えで済ませていたかもしれない。

 

 

だが、今は少しだけ違った。

 

「これから失敗したらな」

 

「はい」

 

「もう、人のせいにはできん」

 

若い兵士が瞬きをする。

 

「……重いですね」

 

「軍隊ってのは、元々そういうもんだ」

 

「曹長が言うと説得力ありますね」

 

「どういう意味だ」

 

「十年分くらい」

 

「腕立て百回」

 

「またですか!?」

 

怒鳴り声が朝の営庭へ響いた。

 

 

去年と似た朝だった。

 

だが、同じではなかった。

 

 

 

日本国防軍創設一年目。

 

まだ若い。

 

まだ混ざっている。

 

まだ何度も失敗する。

 

それでも、旧陸軍でも、旧海軍でも、占領軍から与えられた何かでもない。

 

自分たちで作り、自分たちで直し、自分たちで責任を負う。

 

 

日本国防軍が、ようやく本当の意味で歩き始めた。

 

 

 

 

 

続く





あ と が き

次回からは三軍それぞれへのフォーカス回。


次回 “改”に込められた意味
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