「何がどうなってんだ!!」
「俺にわかるかよ……っ」
視界を奪われた煙の中で、レイとガレスが毒づき合う。
その時、二人のすぐ後ろで、アイリスが悲痛な叫び声を上げた。
「トーマス!! やめてっ!!」
アイリスの叫びと、白煙の向こうで鈍く光る未知の機体のモノアイ。
「――ッ!!」
レイは言葉を失った。
何が起きたのか理解出来ない。
ただ一つだけ分かる。
あれはモビルワーカーじゃない。
ガレスも同じだった。
いつもなら真っ先に冗談を飛ばす男が、目を見開いたまま固まっている。
「……おい」
レイがようやく声を絞り出す。
「ガレス」
「ああ」
ガレスの額を冷や汗が伝う。
「ヤバいな……ありゃ」
激しい煙幕が通路を白く染め上げる中、撤退するアレンの鋭い声がレイの耳に届いた。
「お前はきっと、これから真実を目にする事になる。せいぜい自分を見失わないようにするんだな。――じゃあ、またな。鬼の兄ちゃん、それとお姫様」
「あぁ〜? もう二度と会いたくねぇ〜よ!! くそっ!! まったく周りが見えねぇ〜。ガレス、大丈夫か!!」
レイが煙の向こうへ怒鳴り散らしながら、相棒の安否を確かめる。
「あー、こっちは大丈夫だ。レイ、下手な事すんな。ありゃ、やべぇ〜」
「しようにも、煙でまったく見えねぇ〜んだよ」
「それでいい」
ガレスの冷静な判断とは裏腹に、煙幕の向こうからは焦燥に駆られた別の声が響いてきた。
トーマスの声だ。
「おい、お前たち!! 逃すなよ!!」
『は、はい!! ですが、煙幕で何も!!』
「この役立たず共がっ!! 姫様に何かあってからでは遅いのだぞ!! モグラ共めっ……!! 姫様に当たるかもしれないから、撃つに撃てん……っ」
包囲網の向こうで苛立つ宇宙の兵士たち。
じりじりと距離が詰まってくる気配に、レイは冷や汗を流しながら隣の相棒に声をかけた。
「ガレス、どうする?」
その時、二人の前にアイリスがそっと一歩踏み出した。
その小さな背中には、確かな覚悟が宿っている。
「ここは任せて下さい。レイさんを、必ずクロフォード博士と再会させてあげます」
「んじゃ、アイリスちゃんの言う通り、大人しくしとくか」
ガレスが肩の力を抜くと同時に、アイリスは煙幕の向こうへ向かって凛とした声を張り上げた。
「トーマス!! 私は無事です!! ナイトフレームから降りて来て下さい。レジスタンスの方々は、もういません」
「ですが、姫様!!」
その言葉に応じるように、周囲の換気システムが作動したのか、猛烈な白煙が急速に薄れていく。
煙が完全に消え去ったそこに広がっていたのは、圧倒的な絶望の光景だった。
周囲を取り囲む、6機の未知の機体――『ナイトフレーム』と呼ばれる機体。
そのどれもがアガルタの重機とは比較にならない洗練された外観を誇っていたが、中でも中央に佇む一機は紅色で一際美しく、頭部に鋭い「ツノ」を冠しており、一目でそれが隊長機だと分かった。
隊長機のコックピットハッチが開き、中から厳しい表情をした男――トーマスが姿を現す。
彼はレイとガレスを鋭く睨みつけた。
「そこのモグラ共、あいつらの仲間では無さそうだが、事情聴取のため連行する!! いいなっ!!」
すかさず、アイリスがレイたちにしか聞こえない小声で囁く。
「ここはひとまず、大人しく言う通りにしておいて下さい。悪いようには致しません」
「……わかった」
レイは小声で応じると、一呼吸置いてから、通路に響き渡る大声を上げた。
「トーマスだっけ? わかった、抵抗はしねぇ」
レイはあえて挑発的な態度を崩さないまま、大人しく両手を上げてみせた。
ガレスもそれを見て、やれやれと肩をすくめながら両手を上げる。
それを見たトーマスは、冷酷な笑みを浮かべて部下たちに顎でしゃくった。
「そこのモグラ二人を拘束して連行しろ!!」
「はっ!! 直ちに!!」
兵士たちが一斉に手錠を取り出し、レイたちへ近づこうとした。
だが、その動きを鋭い声が遮る。
「拘束の必要はありません!!」
アイリスが兵士たちの前に毅然と立ちはだかり、トーマスを真っ向から睨み据えた。
「この方々は、今まで私をレジスタンスから守ってくださったのです。恩を仇で返すのですかっ!!」
「ですが、姫様……っ。素性の知れぬ地底人など、信用を――」
「私の言う事が聞けないのですか!!」
凛としたアイリスの叱責が、薄暗い連絡通路に響き渡る。
その圧倒的な気迫に、さしもの精鋭部隊長であるトーマスも言葉を詰まらせ、苦々しげに頭を下げた。
「……畏まりました」
トーマスは深く一礼したものの、納得のいかない表情でレイとガレスに視線を向け、忌々しげに舌打ちを漏らす。
(チッ、モグラのくせに姫様に取り入りやがって……)
むき出しの敵意を孕んだ言葉を胸中で吐き捨てると、トーマスは乱暴に部下たちへ手を振った。
「おい、拘束はいい。連れてこい」
ナイトフレームの兵士たちに囲まれ、レイとガレスはトーマスの正面へと連れて行かれた。
コックピットから降りて地面に立ったトーマスは、威圧的な視線を二人へ突きつける。
「名を名乗れ!!」
「ケッ、偉そうに!!」
レイは露骨に嫌そうな顔をして鼻を鳴らすと、心底やる気のない様子で、投げやりに言葉を吐き捨てた。
「レイ・クロフォード、24歳。モビルワーカー乗りの独身、彼女いない歴=年齢だ。こんちくしょう!!」
「お前!! 何だ、その反抗的な態度はっ!!」
あまりにふざけた内容と態度に、トーマスの血管が怒りで跳ね上がる。
エリートのプライドを激しく逆撫でされたトーマスは、拳を固めてレイへ殴りかかろうとした。
「トーマス!! 何で貴方はそんな失礼なんですか!!」
しかし、その拳はアイリスの鋭い制止によって空を切る。
アイリスはトーマスの前に立ちはだかり、強い口調で命じた。
「これより、この方々を客人としてもてなしなさい!!」
「ですが!! 姫様……コイツらはモグ……」
「トーマス!!」
有無を言わせぬアイリスの眼差しに、トーマスは拳をワナワナと震わせ、今にも爆発しそうな怒りを必死で抑え込んだ。
「……畏まりました……っ」
到底納得のいかない様子で、トーマスは奥歯を噛み締めながら部下たちへ振り返る。
「おい、お前ら……! 丁重に、もてなせ……!!」
『はっ!! 畏まりましたっ!!』
兵士たちも、隊長の凄みのある形相に冷や汗を流しながら、慌てて直立不動で敬礼した。
ハァ、と深くため息をつき、無理やり冷静さを取り戻したトーマスが、今度はガレスへと視線を移す。
「……では、もう一人の客人。名は何と言う」
「俺はガレス・ハドソン、25歳。俺もレイ同様、モビルワーカー乗りだ」
ガレスが軽い調子で自己紹介を終えると、アイリスがふと思い出したようにトーマスを振り返り、悪戯っぽく微笑んだ。
「そういえば、トーマス。レイさんは聞いての通り、レイ・クロフォード。――あのマリア・クロフォード博士のご子息です」
「えっ!! あのクロフォード博士の……!?」
トーマスは目を見開き、驚愕のあまり完全にフリーズした。
そして、目の前に立つ、彫りの深すぎる凄みのある強面の男を凝視し、絶句する。
「この顔面凶器が……?」
「ト、トーマス、ぷっ!! 思ってても……ぷすっ、口に出してはなりません! ぷははははっ!!」
それまで凛とした皇女の仮面を被っていたアイリスが、ついに耐えきれずに吹き出し、お腹を抱えて爆笑し始めた。
「おいおい……」
レイが眉間に深い皺を寄せてジト目を向ける中、隣のガレスが追い打ちをかけるように、しみじみと呟く。
「まぁ〜……あの人からコイツが生まれるとは思わないもんな……」
「ガ、ガレス、お前まで……っ!!」
親友の裏切りにレイがガックリと肩を落とす中、トーマスはハッと我に返り、慌てて姿勢を正した。
その表情から地底人を見下すような色は消え去り、代わりに軍人としての深い敬意が浮かんでいる。
「では尚のこと、客人としてもてなさなければいけませんね。……申し遅れました。私はトーマス・シュナイダー。第3コロニー親衛隊『白狐(ホワイト・フォックス)』隊の隊長です。今までの無礼、お許し下さい」
トーマスは綺麗に右手を掲げ、レイたちに対して真っ直ぐな敬礼を送った。
「母さんの名前聞いたら、ガラリと態度変わりやがったな」
レイが呆れたように腕を組むと、ガレスがニヤニヤしながらその肩を小突く。
「お前のお母ちゃん、一体何者なんだよ」
「俺が一番聞きたいんだよっ!!」
まったく実感が湧かないレイが声を荒らげると、ようやく笑いのツボから抜け出したアイリスが、涙目を拭いながら優しく微笑みかけた。
「博士の事は、道中に詳しくお話致します」
アイリスの言葉に、トーマスが深く頷いて前を向いた。
「それでは、地上へ向かいましょう」
「よろしくお願いします」
「よろしく頼む」
「あー、頼む」
レイとガレスがそれぞれぶっきらぼうに応じると、トーマスは愛機である真紅の隊長機のコックピットへと戻っていった。
駆動音を響かせ、屈み込んできた巨大な鋼鉄の戦士。
レイたちは、差し出されたその巨大な掌の上へと乗り移った。
機体がゆっくりと立ち上がると、アガルタの薄暗い天井がいつもより近くに見え、凄まじい高揚感と、機体の巨大さが肌に伝わってくる。
部隊が静かに歩を進める中、足元から伝わる滑らかな振動を感じながら、レイは隣のアイリスに問いかけた。
「ところでアイリス、この機体は何なんだ?」
「これは『KF-03 ナイトフレーム』。――宇宙(そら)では『モビルスーツ』と言います」
アイリスは自慢げに胸を張り、自分たちが乗っている真紅の機体の装甲を愛おしそうに見上げた。
「このトーマスの機体は『KF-03V ナイトフレーム・ヴァンガード』。我が国が誇る精鋭部隊の隊長機なんです」
アイリスが胸を張って語る言葉に、レイは巨大な装甲の隙間から漏れる駆動音を聞きながら、感心したように息を吐いた。
「ん〜、まぁ〜、凄い機体って事はわかった」
「だなっ」
ガレスも同意するようにニヤリと笑う。
「あははは。そうですよね。……では、レイさんの聞きたかったお話を致しますね。クロフォード博士は、レイさんもご存じかとは思いますが、機械工学研究の第一人者で――」
「ちょ、ちょっと待て待て。研究者って事は知ってるけど、そんな凄いのかよ!!」
身を乗り出して驚くレイに、アイリスは深く頷いてみせた。
「はいっ。何を隠そう、このナイトフレームもクロフォード博士の協力がなければ存在しませんでした」
「お前の母ちゃん、本当に凄いなぁ〜。……何でお前が……」
「うるせぇ〜よっ!!」
ガレスの視線がレイの強面へと向けられた瞬間、レイの怒号が飛ぶ。
二人のいつもの掛け合いに、アイリスはわざとらしく小さな咳払いをした。
「コホンッ!」
「……わりぃ〜」
レイがバツが悪そうに頭を掻くと、アイリスはまた楽しそうに声を弾ませた。
「あははは。博士は地上で、医療機器――特にナノマシンを使った治療機の製造に携わり、建築機器、それからこのようなモビルスーツの開発にも関わっています」
「ん、ん? 母さん、天才かよ……」
「まさに天才だな……」
想像を遥かに超える母親の業績に、レイは呆然と呟き、ガレスもしみじみと同意する。
「そうなんです。クロフォード博士は、我が国が国賓として正式に迎えたいと願っていたほどの方なんです」
「思ってた? 過去形か?」
「はいっ。見事に断られたんです」
「そりゃ、何でだ? やっぱり宇宙人(そらびと)が嫌いなのか?」
レイの問いに、アイリスは少し寂しげな、けれど敬意に満ちた表情を浮かべた。
「それもあるかもしれませんが、それよりも……『屍人(しびと)』と呼ばれる地上に取り残された人たちを見捨てられないこと。そして、レイさんがこの地下都市に居るからでしょうね」
「……まぁ〜、そりゃそうだろうな」
ガレスが静かに頷くと、どこか遠い目をして笑った。
「レイの母ちゃんだろ? どうせ、レイみたく困った人を放っておけなかったんだろうな。良かったなぁ〜、レイ。似てる所あって!! あははは!」
「本当に、お人よしなところは似てるんですね」
アイリスもガレスの言葉にクスクスと同意する。
二人の容赦ない言葉に、レイは顔を真っ赤にして腕を組んだ。
「お前らなぁ〜……っ」
レイが文句を言おうとしたその時、機体の外部スピーカーからトーマスの落ち着いた声が流れた。
『姫様、そろそろ地上へ向かう昇降口に到着します』
「では、続きは地上に着いてからにしましょう」
アイリスがにこやかに告げると、レイたちの前方に、巨大な鋼鉄の隔壁が姿を現した。
アガルタの最奥に聳え立つ巨大な岩盤。
そこには地上へと繋がるシャトルの乗り口が設置されていた。
アイリスが微笑みながら、壁に備え付けられた複雑な制御パネルへ手を伸ばし、迷いなくボタンを操作する。
「これを、こうして、こうです!」
「お前、本当に皇女なんだよな……?」
「王族の嗜みです♪」
ピピピ……。
軽快な電子音とともに、分厚い隔壁がゆっくりと左右へ開いていく。
「開いた……」
「おいおい、ガチかよ……」
レイとガレスは、呆気に取られたように口を開けたまま、初めて目にする巨大な地上直通シャトルを見つめた。
「この程度なら、手持ちの小型デバイスでちょちょいっと動かせますから♪」
アイリスが可愛らしく舌を出す。
レイは、宇宙の超技術の遺産に、ただただ圧倒されるしかなかった。
「では、参りましょう」
トーマスの言葉とともに、シャトルの重厚な扉が開く。
レイ、ガレス、そしてアイリスの三人は、ついに約束の地――未知なる「地上」へと足を踏み入れることになる。
(第1章 『歪む世界の夜明け』 完)
第1章を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は試験公開のため、ここまでとなります。
「続きを読みたいと思えたか」
「気になった、あるいは好きになった人物はいたか」
「分かりにくかった、退屈だった、違和感を覚えた部分はあったか」
良かった点だけでなく、厳しいご意見も含め、率直な感想をいただければ今後の執筆・改稿の参考にさせていただきます。