機動戦士ガンダム A.S.T.R.A.E.A   作:片蔵清優

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■第2話「棺桶と神話の光」

 大通りの喧騒の中を進んでいると、突如として、ズゥゥゥン……と地響きのような重低音が街に響き渡った。

 

 アガルタの中央区画にそびえ立つ、巨大な金属製のシャフト。その半透明のチューブの中を、一つの大きなカプセルが、凄まじい速度で上空――天を突く岩盤の天井に向かって上昇していく。

 

 アイリスはその光景に目を奪われ、足を止めて見上げた。

 

「……あの、レイさん。あれは何ですか?」

 

 レイはアイリスの視線を追い、上昇していくカプセルを見つめると、その目つきを一段と険しくした。ふっと自嘲気味な笑みを漏らす。

 

「お前、本当に何も知らないんだなぁ〜。各地区にそれぞれあるだろ? ……ありゃ、『棺桶』だよ」

 

「……あれが、博士の言っていた『棺桶』ですか……」

 

 アイリスが怪訝(けげん)そうに眉をひそめる。

 

 レイはポケットに手を突っ込み、吐き捨てるように言った。

 

「そう。地上直通エレベーターさ。病気や怪我、感染症でどうにもならなくなった奴なんかが、あのカプセルに乗せられて地上へ送られる。……そこで『屍人(しびと)』になるのさ」

 

 アイリスはその生々しい光景に顔から血の気を失い、驚愕と恐怖に目を見開いた。

 

「本当に……あんな風に送り出されてしまうんですね……。どうしてそんな事をするんですか!?」

 

 思わず声を荒げたアイリスに、レイは冷めた、だがどこか深く傷ついたような視線を向けた。

 

「何言ってんだ、お前。……俺たちモグラは、使える資源が限られてんだぞ。生きてるだけで、空気も水もタダじゃねぇんだ。……仕方ない事なんだよ。システムを維持するためにはな。……悔しいけどな」

 

 レイの脳裏に、かつてあの『棺桶』に乗せられて二度と戻らなかった、優しかった母親の笑顔がよぎる。

 

 アイリスは言葉を失い、ただただ、灰色の天井へと消えていくカプセルを、祈るような痛切な面持ちで見上げ続けるしかなかった。

 

 重苦しい沈黙が二人を包みかけたその時、大通りの向こうから、ドスの利いた、だが快活な声が飛んできた。

 

「おうおう、レイ! お前にもとうとう春が来たのか!!」

 

 声の主は、油まみれの作業着を着た、通りすがりのおっちゃんだった。おっちゃんはニヤニヤと笑みを浮かべ、レイの肩をパシパシと叩く。

 

「仕事はどうした? 今日は休みか!! ……で、そのお嬢ちゃん、ここいらじゃ見かけない顔だが……」

 

「そんなんじゃねぇ〜よ。観光で来た子が迷子になってるから、案内してんだよ。送ったら急いで仕事だよ」

 

 レイが盛大な溜息を吐きながら言うと、アイリスは申し訳なさそうにペコリと頭を下げた。

 

「お忙しいのに、私のせいで本当に申し訳ございません……」

 

「別にいいさ」

 

 レイはぶっきらぼうに自分の後頭部を掻く。

 

「ガハハ! 相変わらずお人好しだな、レイ! じゃあな、仕事遅れんなよ!」

 

 おっちゃんは満足そうに笑いながら、再び大通りの雑踏へと消えていった。

 

 さっきのお婆さんといい、今のおっちゃんといい、みんながレイに親しげに声をかけていく。

 

 その様子を見ていたアイリスは、感心したように目を輝かせた。

 

「……レイさんって、皆さんから本当に慕われてるんですね」

 

「ん〜……慕われてるっていうよりも、家族みたいなもんかな。……俺、家族いねぇ〜し」

 

 あっけらかんとしたレイの言葉に、アイリスは息を呑んだ。レイの家族の話と、先ほどの『棺桶』の話が、一気に頭の中で繋がったのだ。

 

「し、失礼しました……! 変な事を聞いてしまって……」

 

 激しく恐縮してオロオロとし始めたアイリスに、レイは「だから気にすんなって」と苦笑いしながら、前方を指差した。

 

「ほら、見えてきたぞ。あそこが『絶品モグラぷりん本舗』だ」

 

 レイが指差した先には、手書きのレトロな看板を掲げた小さなお店があった。店先からは、甘くて香ばしいカラメルの匂いがふんわりと漂ってくる。

 

 アイリスの目がぱあっと輝いた。

 

「ぷ、ぷりん〜♪」

 

「あっ! わざわざありがとうございました! この御恩は一生忘れません。このお礼は必ず……!」

 

「そんな大袈裟なぁ〜。別にいいよ。じゃあなっ!! ……あ、やべぇ〜! 仕事に遅れちまう!」

 

 手元の時計を見たレイは、ガレスの言葉を思い出してハッと飛び上がった。もう始業ギリギリの時間だ。

 

 レイは慌てて、大通りの群衆へと駆け出す。

 

「レイさぁ〜〜ん! またどこかでぇ〜!」

 

 後ろから、大きく手を振るアイリスの元気な声が響く。

 

 レイは走りながら、振り返らずに片手を大きく突き上げた。

 

「んじゃなぁ〜〜!」

 

 全力で掘削現場へと走りながら、レイはふっと、さっきまで隣を歩いていた少女の笑顔を思い浮かべた。

 

 暗い地下の空気の中で、彼女の周りだけ、まるでここではないどこかの光が差しているみたいだった。

 

(にしても……可愛かったなぁ〜、あの子)

 

 強面の自分を怖がりもせず、コロコロと表情を変えていた不思議な少女。

 

 レイは少しだけ顔を火照らせながら、アガルタの灰色の通路を一段とスピードを上げて駆け抜けていった。

 

 レイは息を切らせながら、掘削区画の重いハッチへと滑り込んだ。

 

 タイムカードの表示は、始業時間のちょうど一分前。

 

「セーフ……! 間に合った……」

 

 膝に手をついて荒い息を吐き出すレイの背中を、先に機体のチェックを始めていたガレスが呆れた顔で小突く。

 

「ギリギリだぞ、レイ。あの迷子のお嬢ちゃん、ちゃんと送り届けられたのか?」

 

「おう、モグラぷりん本舗までバッチリな。放っておいたら、今頃アガルタの最深部まで直滑降で行ってたぜ、あの子」

 

 レイは作業用ヘルメットを被り、顎紐をぐっと締め直すと、自身の愛機である工業用パワードスーツ――『モビルワーカー』のコックピットへ飛び乗った。

 

 剥き出しのフレームに、長年の掘削作業で傷だらけになった装甲。

 

 狭いコックピットに深く腰掛け、コントロールレバーを握り、足元のペダルに足をかける。

 

「あいつ、棺桶のことは『博士がどうこう』って知ってたみたいだけど、街のことは何一つ見てないような、世間知らずのお嬢様っぽかったな……。ガレス、あの子が着ていた服、お前どう思った?」

 

 隣のドックで同じく機体を起動させていたガレス・ハドソンが、無線越しに真剣な声を返してきた。

 

「……さぁ〜な。ただ、一つだけ確かなことがある。あの子の肌は、この地下の人工照明の下で生きてきた俺たちの青白さとは違った。本物の……太陽の光を知っている人間の肌だ」

 

「太陽、ねぇ……」

 

 レバーを引くと、操縦者の動きをトレースするように、頑強な金属製のアームがギチギチと音を立てて駆動する。

 

 400年前の『核の嵐』がもたらした、灰色の空と地下生活。それが自分たちのアタリマエの日常だ。

 

 だが、あの少女の笑顔は、まるでガレスの古書に出てくる『神話の空』そのもののように、眩しくて、温かかった。

 

「……よし、行くか! 今日も掘って掘って、掘り進めるぞ!」

 

 レイは強面をさらに引き締め、フットペダルを一気に踏み込んだ。

 

 ズズズ……と背面の大型ジェネレーターが唸りを上げ、駆動音とともにアガルタの日常が再び回り始める。

 

 二人はまだ知らない。

 

 この出会いが、

 

 400年もの間止まり続けていた世界を、

 

 再び動かす最初の一歩になることを――。

 

(第2話 終)

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