■掘削区画・休憩エリア(昼)
モビルワーカーをドックに停め、レイとガレス・ハドソンは並んでベンチに腰掛けていた。手元にあるのは、相変わらず味気ないレーションのパックだ。
「でも、アイリスちゃんだっけ? 神話に出てくる女神みたいだったなぁ〜」
ガレスがレーションを口に運びながら、しみじみと呟く。
レイもあの子の屈託のない笑顔を思い出し、自然と目元を緩めた。
「あー、凄く可愛かったなぁ〜」
「おうおう、鬼神コンビは今日も仲良いなぁ〜。可愛いお姉ちゃんでも見つけたのか?」
背後から太い声がして、振り返ると、ヘルメットを小脇に抱えた大柄な上司が、ニカッと豪快な笑みを浮かべて歩いてくるところだった。
レイは露骨に嫌そうな顔をして、肩をすくめる。
「もう、おやっさん、その呼び方やめて下さいよぉ〜。優しき鬼と静かなる魔神でしたっけ? まったく……好きでこんな顔に生まれたわけじゃねぇーのに。なぁ? ガレス」
「まぁ〜お前は見たまんまだから、まだ分かるけどなぁ〜。誰が魔神だ、誰が!!」
ガレスがむっとした表情で言い返すと、上司は腹を抱えて笑った。
「ガハハハ! ガレスも普段は大人しいんだけどなぁ〜! お前ら、キレたら相手が何人いようが、全員ぶっ倒れるまで暴れるからなぁ〜!」
「いや、俺は正当な理由がない限り暴力は振るわねぇ〜っすよ。コイツと違って」
レイが親指でガレスを指すと、ガレスはすぐさま鋭い視線を返す。
「俺にだって理由はあるさ!!」
「お前のは途轍もなくくだらん理由だろうが!! あははは!」
「俺にとってはくだらん事じゃないんすよ」
ガレスが真面目な顔でボソッと言うと、上司は涙を拭いながら「はいはい」と話を戻した。
「んで、そのお姉ちゃんが何とか言ってたなぁ〜」
「あー、それがっすねぇ〜……」
レイは、午前中に出会ったアイリスという少女のこと、プリン屋を探して迷子になっていたことを手短に話した。
話を聞き終えた上司は、少しだけ笑みを消し、顎の無精髭を撫でる。
「ほぉ〜、観光客か……。珍しいな、こんな所に……。あぁ〜、そう言えば、宇宙人(そらびと)様が定期支援物資の輸送で、視察に来られてるんだってよ」
おやっさんの口から出たその言葉には、隠しきれない明らかな嫌味が混じっていた。
その瞬間、レイの目が獣のように鋭く光る。
「宇宙人(そらびと)かっ!! あの畜生がっ……!!」
レイの拳がミシミシと音を立てて握りしめられる。
地上を支配し、地下の地底人(モグラ)たちを管理する特権階級――『宇宙人(そらびと)』。
彼らへの敵意を剥き出しにするレイとは対照的に、ガレスはどこか遠い目をしながら、岩盤の天井を見つめていた。
「あー……空かぁ……。いいなぁ〜」
「お前はそればっかりだなぁ〜」
レイは呆れたように息を吐き、握った拳を緩めた。
だが、その胸の奥には、アガルタを覆う分厚い岩盤よりも重い不穏な予感が、確かにくすぶり始めていた。
「さぁ〜午後からも頑張ろか!!」
おやっさんの号令に、レイとガレスは同時に立ち上がった。
「うぃ〜っす」
「ガレス、行くぞ!!」
「おうよ!!」
それぞれのモビルワーカーに乗り込み、ひたすらに岩盤を穿つ。
駆動音と火花が散る過酷な午後のシフトが終わり、二人が私服に着替えてドックを出る頃には、人工太陽の光はすっかり落ちていた。
ガレスは首を鳴らしながら、くいっと手で「飲みに行くぞ」の合図を送る。
「はぁ〜、今日もくたびれたなぁ〜」
「だなぁ〜」
「レイ、今日もどうだ?」
「おう。いいなぁ〜。今日もお前の神話話を聞いてやるよ」
そんな代わり映えのない、だが大切なモグラの日常の帰り道。
薄暗い路地裏の向こうから、鋭い悲鳴と騒がしい足音が響いてきた。
「きゃ〜っ!! 誰か助けて下さぁ〜い!!」
何者かに追われている女性が、必死の形相でこちらに向かって走ってくる。
その姿を見た瞬間、レイの目つきが変わった。
「おい、ガレス!!」
「おう、レイ!! 仕事終わりだけど大丈夫か?」
「誰に言ってんだよ」
不敵な笑みを交わす二人の元へ、必死に走ってきた女性が飛び込んでくる。
その顔を見て、二人は目を見開いた。
「あっ!! レイさんとその友人さん……! お願いします、助けて下さい!」
「アイリス……!? よし、任された!!」
驚きつつも、レイは瞬時にアイリスを自分の背後に庇う。
直後、路地裏を埋め尽くすように、継ぎはぎだらけの無骨な戦闘服に身を包んだ男たちがなだれ込んできた。
その数は総勢10人。
油と煤に汚れた顔、血走った目。
彼らが握る鈍く光るナイフや、地底では滅多に見かけない本物の拳銃は、どれも調達に苦労したことを物語るように傷だらけだった。
先頭の男が、銃口をレイに向けながら、傲慢に言い放った。
「おい、そこのお前。怪我をしたくなけりゃ、大人しくその女を渡しな」
その緊迫した状況の中で、ガレスは緊張するどころか、心底呆れたようにため息を吐いた。
「なぁ〜、レイ。小悪党って、何でみんなテンプレみたいなセリフしか言えないのかねぇ〜?」
「馬鹿だからじゃないか?」
「あぁん!? お前ら余裕かましてるが、こっちは10人だぞ? 馬鹿なのはお前らだろ!」
「ワハハッ!! 馬鹿な奴らだ!!」
武器を誇示しながら、必死さを覆い隠すようにギラついた笑みを浮かべる戦闘服の男たち。
だが、彼らはまだ気づいていない。
自分たちが今、アガルタの『優しき鬼』と『静かなる魔神』の逆鱗を同時に踏み抜いたということに――。
(第3話 終)