レイは、男たちが着ている薄汚れてはいるが統一された戦闘服、そのエンブレムに目を留め、チッと舌を鳴らした。
「コイツら……レジスタンスの奴らじゃねぇ〜か? おい、何でお前らがこの子を追ってんだよ」
地下都市の治安を脅かす過激派の登場に、レイは鋭い声を上げる。だが、先頭の男は鼻で笑い、銃口をさらに突き出す。
「お前らが知っても仕方ない事だ! あの世で後悔しな!」
緊迫した空気が路地裏に満ちる。
だが、その様子を遠巻きに見ていた通行人の地底人(モグラ)たちは、怯えるどころか、むしろレジスタンスの男たちを哀れみの目で見つめていた。
「おい、見ろよ……ありゃあ、あの『鬼神コンビ』じゃねぇ〜か!!」
「うわぁ、本当だ……。おいおい、あいつらレジスタンス、武器を持ってるからって完全に調子に乗ってるぞ……」
「あれくらいの人数じゃ、たとえ武器があったって……可哀想な奴らだ……」
周囲のヒソヒソ話を背に、レイは首の骨をゴキリと鳴らし、背後のアイリスを振り返った。
「アイリス、ちょっと隠れてな」
「え、ええっ……!? でも、相手は武器を……っ!」
オロオロとするアイリスの前に、ガレスがどっしりとした体躯で割り込み、不敵な笑みでウインクをしてみせた。
「すぐに終わるから、大人しく待ってなよ」
その瞬間、ガレスの纏う空気が一変する。
読書好きの温厚な青年から、戦場を踏み荒らす『静かなる魔神』へ。
レイの拳が、爆発を待つ信管のように固く握りしめられた。
「……さて。仕事終わりの良い運動になりそうだな、ガレス」
「ああ、手早く片付けて飲みに行くぞ、レイ!!」
武器を構える10人のレジスタンスに向かって、アガルタ最強の二人が同時に地を蹴った――!
「なっ、こいつら、速――!」
レジスタンスのリーダーが引き金に指をかけた瞬間には、すでにレイの巨躯が目の前に迫っていた。
レイは無造作に左手を伸ばすと、銃を握った男の手首を容赦なく掴み、そのまま上方へ捻り上げる。
パキィン!
生々しい骨折音が路地裏に木霊し、銃が手からこぼれ落ちた。
「がはっ……!?」
「おいおい、現場仕事をナメんじゃねぇぞ。毎日どんだけ重いレバー握ってると思ってんだ?」
レイはニカッと猛獣のような笑みを浮かべ、自由な右拳を男の腹部へ深く叩き込んだ。
ドゴォッ!!
重い音が響き、リーダーの身体が「く」の字に折れ曲がって吹き飛ぶ。その身体は、背後で銃を構えていたもう一人を巻き込み、二人まとめて路地裏の壁へ激突した。
ドガァン!!
一撃で二人が沈黙した。
一方、その背後では『静かなる魔神』が淡々と仕事をこなしていた。
「死ねぇッ!」
ナイフを持った男が三人同時にガレスへ飛びかかる。
だが、ガレスはそのがっちりとした体格からは想像もつかない精密な動きで、紙一重で刃先をかわした。
表情は一変して冷徹そのもの。
まさに魔神の如き威圧感だ。
ガレスは一歩踏み込むと、一人目の手首を掴み、そのまま二人目の男へと力任せに投げつけた。
人間二人の質量が激突し、凄まじい鈍音とともに崩れ落ちる。
「ヒッ……化け物、がっ!」
怯んで足を止めた三人目の男の胸ぐらを、ガレスは巨大な手で掴み上げ、そのままアガルタの硬い岩盤へと垂直に叩きつけた。
ズドォン!!
背中から叩きつけられた男は、受け身も取れずに白目を向いて気絶する。
ガレスは衣服の埃をパッパと払い、まだ数人が残っているレジスタンスの残党を冷ややかに見据えた。
「……あと、何人残ってる?」
その静かな声に、残った男たちは完全に腰を抜かし、武器を握る手をガタガタと震わせ始めた。
「ひっ、い、いや……化け物め……!」
リーダーを含む5人が一瞬で肉塊のように転がされた光景を見て、残された5人のレジスタンスは完全に腰が引けていた。
銃を持つ手はガタガタと震え、狙いをつけることすらできていない。
レイはふぅと短く息を吐き、残りの頭数を数えるように指を突き出した。
「あと、5人だな」
「んじゃ、サクッと終わらすか!!」
ガレスが首の骨を軽く鳴らし、不敵に笑う。
その言葉が、残党たちの細い精神を完全に叩き折る合図となった。
「う、うわあああああッ!!」
恐怖に耐えかねた一人が、狂ったように引き金を引く。
だが、動揺でブレまくった銃弾は、レイの遥か頭上の岩壁を虚しく弾くだけだった。
「遅ぇ!!」
激しい銃声の中を、レイは一直線に突っ込んだ。
発砲した男の懐へ一瞬で潜り込むと、アッパーカット気味の掌底を顎へと突き上げる。
ガツン!!
衝撃とともに男の身体が文字通り真上へと跳ね上がり、そのまま脳震盪を起こして崩れ落ちた。
同時に、ガレスも動いていた。
逃げ出そうとした二人の背後へ音もなく回り込み、そのがっちりとした両腕で二人の後頭部を掴む。
「おい、よそ見すんなよ」
ゴゥッ!
風を切る音。
ボゴォン!!
鈍い衝撃音が路地裏に響き、二人は糸が切れた人形のように同時に崩れ落ちた。
「ヒ、ヒィッ……!!」
残るは二人。
彼らはもう戦う意志すら失い、武器を投げ捨てて尻もちをついていた。
二人は恐怖に怯えながら、這うようにして路地裏の闇へと逃げ去っていく。
静寂が戻った路地裏には、気絶してピクリとも動かないレジスタンスの山。
「……終わりだな」
レイが拳の汚れを払いながら髪を荒っぽくかき上げると、遠巻きに見ていた近所の地底人(モグラ)たちが、待ってましたとばかりにゾロゾロと顔を出した。
「ほら、言わんこっちゃない」
「だから言ったろ? 銃なんか持ってたって、あの二人に突っ込む方が馬鹿だって」
やれやれと首を振る野次馬たちの中から、近所のお婆さんが進み出て、転がっているレジスタンスのリーダーを憐れそうに見下ろす。
「やれやれ……やっぱり、あの二人、怖いのは顔だけじゃなかったねぇ……」
「お婆さん、それどういう意味だよ!?」
レイがすかさずツッコミを入れるが、隣のガレスはそんなことお構いなしにふんぞり返って笑い声を上げた。
「レイ、俺の勝ちだな。ワハハッ!」
「お前には品がねぇ〜んだよ」
「ケンカに品もクソもあるかよっ!!」
二人がいつも通りの言い合いを始めた、その時。
「あわわわー。わ、私、私……うわぁ〜ん!!」
突如、路地裏にアイリスの激しい号泣が響き渡った。
返り血を薄く浴びた二人の佇まいは、まさに住民たちが言う通りの『鬼神コンビ』そのもの。
その生々しい迫力に、アイリスのキャパシティは完全に限界を迎えてしまったらしい。
「ア、アイリス、大丈夫か? 怖かっただろ……」
レイが慌てて大きな手を差し伸べるが、アイリスは涙目で一歩後ずさる。
「こ、怖いのはレイさん達ですよぉ〜!!」
「いやいや! 俺達はアイリスちゃんを助けようとしてだなぁ〜!」
ガレスもがっちりした身体を縮こまらせ、全力で手を振って慌て出す。
お婆さんたち住民が「あーあ、泣かせちゃったよ」と言わんばかりにニヤニヤ見守る中、アイリスは涙をボロボロとこぼしながら、しゃくり上げた。
「ヒクッ……ヒクッ……。で、でも……助けてくれて……あ、ありがとうございましたぁ〜……」
泣きながらも健気にお礼を言うアイリス。
レイは頭を掻きながら、周囲の野次馬たちを払いのけるように手を振った。
「ガレス、ここじゃまた別の奴らが来るかも知れねぇ〜。ちょっと店に入るぞ」
「そうだな。アイリスちゃんを落ち着かせるのが先だ」
二人は泣きじゃくるアイリスを優しく促し、野次馬たちの笑い声に見送られながら、馴染みの店へと急ぎ足で向かうのだった。
(第4話 終)