機動戦士ガンダム A.S.T.R.A.E.A   作:片蔵清優

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■第5話「虹色の瞳の皇女」

■地下都市アガルタ・馴染みのダイナー(夜)

 

 薄暗い路地裏の喧騒を抜け、レイとガレスはアイリスを連れて、馴染みの店へと飛び込んだ。

 

 ネオンの看板がチカチカと明滅する店内は、地底人(モグラ)たちの熱気と安酒の匂いで満ちている。

 

 奥のボックス席にアイリスを座らせると、注文した安酒と、アイリスのためのジュースがテーブルへ運ばれてきた。

 

 アイリスがようやく落ち着いたのを見計らい、レイはグラスを指先で弄びながら、静かに切り出した。

 

「なぁ、アイリス。さっき襲ってきた奴ら、レジスタンスの実働部隊で、それなりに腕の立つ連中なんだ。何でそんな奴らに狙われてる?」

 

 アイリスはストローから口を離し、少し首を傾げて、事もなげに答えた。

 

「ん〜、多分……私が第3コロニーの第2皇女だからじゃないですかねぇ〜?」

 

 一拍置いて、ぺこりと頭を下げる。

 

「……あっ! 名乗るのが遅れました。私、アイリス・マクスウェルと申します」

 

「…………は?」

 

 ガレスが息を呑み、レイは目を見開いた。

 

「な、なんだって!!」

 

「マ、マクスウェル……!? 宇宙人(そらびと)の、あの皇族の……!?」

 

 レイの脳裏で、あの過激派どもが彼女を追っていた理由が、最悪の形で繋がる。

 

 思わず上げた大声に、店内の喧騒がピタリと止まった。

 

 無数の視線が突き刺さる。

 

「あ……いや、何でもねぇ〜。悪ぃ悪ぃ……」

 

 居心地悪そうに頭を下げたレイは、今度は身を乗り出し、周囲に聞こえないほど低い声で問い詰めた。

 

「おい……宇宙人(そらびと)の皇女なのか、お前……!!」

 

「きゃっ……!」

 

 レイの剣呑(けんのん)な声に、アイリスは肩を震わせる。

 

 すかさずガレスがレイの肩を掴んだ。

 

「おい、レイ!! 女の子相手に怒鳴るな! 落ち着け!!」

 

「……悪ぃ」

 

 レイは頭をガリガリと掻き、背もたれへ深くもたれ掛かった。

 

 アイリスは大きな瞳に涙を浮かべながら、小さな声で言う。

 

「あ、あなた方地底人は、私たちのことを嫌っていると存じています……。でも、私たちは皆さんに支援を……」

 

 バンッ!!

 

「あんなもん支援じゃねぇ!! ペットの餌やりじゃねぇか!!」

 

 レイの拳が机を叩きつける。

 

 グラスが跳ね、水滴がテーブルへ飛び散った。

 

『支援』という言葉は、泥にまみれて生きる地底人(モグラ)の誇りを、一番深く抉る言葉だった。

 

「レイ!! 落ち着けって言ってんだろ!!」

 

 ガレスが立ち上がり、一喝する。

 

 店中の客が固唾を呑んで二人を見つめていた。

 

 レイは拳を握りしめたまま立ち上がる。

 

「……頭、冷やしてくる」

 

 逃げるように店を飛び出した。

 

     ◇

 

 アガルタの冷たい夜気。

 

 人工太陽はとっくに消え、非常灯の赤い光だけが路地を薄暗く照らしている。

 

「……チッ。クソが」

 

 レイは壁へ背中を預け、そのままずるずると座り込んだ。

 

 頭を冷やすと言いながら、拳の震えは止まらない。

 

 昼間、プリン屋を探して迷子になっていた、あの世間知らずな少女。

 

 その正体が、宇宙人(そらびと)の頂点に立つ皇族だった。

 

「はっ……皇女様、ねぇ……」

 

 自嘲気味に笑う。

 

 彼らにとって、自分たち地底人(モグラ)は管理対象でしかない。

 

 泥にまみれ、命を削って働く毎日を、『支援』――そんな綺麗な言葉で片付けられたことが、どうしても許せなかった。

 

 その時だった。

 

 ダイナーの扉が静かに開く。

 

 足音が近づき、隣へ立つ。

 

 ガレスだった。

 

 煙草に火をつけ、長く煙を吐き出す。

 

「……少しは冷えたか? お前があんなに感情を爆発させるなんて、珍しいじゃないか」

 

「ガレス……」

 

 レイは苦く笑った。

 

「あいつ、『支援』なんて言いやがった。俺たちを家畜みたいに扱ってきた奴らがよ。よくそんな言葉が出るよな……」

 

「分かってる」

 

 ガレスは静かに頷く。

 

「お前が怒る理由は痛いほど分かる」

 

 煙草の煙がゆっくり天井へ溶けていく。

 

「あの子は何も知らないんだ。宇宙(うえ)の光の中で育って、綺麗なものだけを見てきた。悪気なんて欠片もない。……だからこそ、俺たちには残酷なんだけどな」

 

 レイは膝へ顔を埋めた。

 

 怒鳴った瞬間。

 

 怯えて震えたアイリスの顔が、脳裏に焼き付いて離れない。

 

 罪がないことくらい、本当は最初から分かっていた。

 

 優しき鬼の心が。

 

 怒りと後悔の間で軋み続ける。

 

 しばらく沈黙が流れたあと、レイが小さく呟く。

 

「……あいつ、まだ泣いてるか?」

 

「ああ」

 

 ガレスは静かに答えた。

 

「お前が飛び出したあと、袖で必死に涙を拭いてた。それでも笑って、『私が、知らなすぎました。ごめんなさい』……そう言ってたよ」

 

 レイはゆっくり顔を上げた。

 

 ガレスはレイを見た。

 

「レイ。お前が宇宙人(そらびと)を許せないのは自由だ。だけど、あの虹色の瞳をした少女の言葉くらい、最後まで聞いてやれる男だろ?」

 

 静かな言葉だった。

 

 だが、その一言がレイの固く閉ざした心を少しずつ解いていく。

 

「……そうだな。俺がガキだった」

 

 レイは立ち上がり、ズボンの砂を払う。

 

 ゆっくりとダイナーの扉を押し開けた。

 

 店内は、まだ気まずい静寂に包まれている。

 

 さっきまで自分たちが座っていたボックス席。

 

 そこには、小さく身体を縮こませ、自分の袖で涙を拭うアイリスの姿があった。

 

(第5話 終)

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