■地下都市アガルタ・馴染みのダイナー(夜)
薄暗い路地裏の喧騒を抜け、レイとガレスはアイリスを連れて、馴染みの店へと飛び込んだ。
ネオンの看板がチカチカと明滅する店内は、地底人(モグラ)たちの熱気と安酒の匂いで満ちている。
奥のボックス席にアイリスを座らせると、注文した安酒と、アイリスのためのジュースがテーブルへ運ばれてきた。
アイリスがようやく落ち着いたのを見計らい、レイはグラスを指先で弄びながら、静かに切り出した。
「なぁ、アイリス。さっき襲ってきた奴ら、レジスタンスの実働部隊で、それなりに腕の立つ連中なんだ。何でそんな奴らに狙われてる?」
アイリスはストローから口を離し、少し首を傾げて、事もなげに答えた。
「ん〜、多分……私が第3コロニーの第2皇女だからじゃないですかねぇ〜?」
一拍置いて、ぺこりと頭を下げる。
「……あっ! 名乗るのが遅れました。私、アイリス・マクスウェルと申します」
「…………は?」
ガレスが息を呑み、レイは目を見開いた。
「な、なんだって!!」
「マ、マクスウェル……!? 宇宙人(そらびと)の、あの皇族の……!?」
レイの脳裏で、あの過激派どもが彼女を追っていた理由が、最悪の形で繋がる。
思わず上げた大声に、店内の喧騒がピタリと止まった。
無数の視線が突き刺さる。
「あ……いや、何でもねぇ〜。悪ぃ悪ぃ……」
居心地悪そうに頭を下げたレイは、今度は身を乗り出し、周囲に聞こえないほど低い声で問い詰めた。
「おい……宇宙人(そらびと)の皇女なのか、お前……!!」
「きゃっ……!」
レイの剣呑(けんのん)な声に、アイリスは肩を震わせる。
すかさずガレスがレイの肩を掴んだ。
「おい、レイ!! 女の子相手に怒鳴るな! 落ち着け!!」
「……悪ぃ」
レイは頭をガリガリと掻き、背もたれへ深くもたれ掛かった。
アイリスは大きな瞳に涙を浮かべながら、小さな声で言う。
「あ、あなた方地底人は、私たちのことを嫌っていると存じています……。でも、私たちは皆さんに支援を……」
バンッ!!
「あんなもん支援じゃねぇ!! ペットの餌やりじゃねぇか!!」
レイの拳が机を叩きつける。
グラスが跳ね、水滴がテーブルへ飛び散った。
『支援』という言葉は、泥にまみれて生きる地底人(モグラ)の誇りを、一番深く抉る言葉だった。
「レイ!! 落ち着けって言ってんだろ!!」
ガレスが立ち上がり、一喝する。
店中の客が固唾を呑んで二人を見つめていた。
レイは拳を握りしめたまま立ち上がる。
「……頭、冷やしてくる」
逃げるように店を飛び出した。
◇
アガルタの冷たい夜気。
人工太陽はとっくに消え、非常灯の赤い光だけが路地を薄暗く照らしている。
「……チッ。クソが」
レイは壁へ背中を預け、そのままずるずると座り込んだ。
頭を冷やすと言いながら、拳の震えは止まらない。
昼間、プリン屋を探して迷子になっていた、あの世間知らずな少女。
その正体が、宇宙人(そらびと)の頂点に立つ皇族だった。
「はっ……皇女様、ねぇ……」
自嘲気味に笑う。
彼らにとって、自分たち地底人(モグラ)は管理対象でしかない。
泥にまみれ、命を削って働く毎日を、『支援』――そんな綺麗な言葉で片付けられたことが、どうしても許せなかった。
その時だった。
ダイナーの扉が静かに開く。
足音が近づき、隣へ立つ。
ガレスだった。
煙草に火をつけ、長く煙を吐き出す。
「……少しは冷えたか? お前があんなに感情を爆発させるなんて、珍しいじゃないか」
「ガレス……」
レイは苦く笑った。
「あいつ、『支援』なんて言いやがった。俺たちを家畜みたいに扱ってきた奴らがよ。よくそんな言葉が出るよな……」
「分かってる」
ガレスは静かに頷く。
「お前が怒る理由は痛いほど分かる」
煙草の煙がゆっくり天井へ溶けていく。
「あの子は何も知らないんだ。宇宙(うえ)の光の中で育って、綺麗なものだけを見てきた。悪気なんて欠片もない。……だからこそ、俺たちには残酷なんだけどな」
レイは膝へ顔を埋めた。
怒鳴った瞬間。
怯えて震えたアイリスの顔が、脳裏に焼き付いて離れない。
罪がないことくらい、本当は最初から分かっていた。
優しき鬼の心が。
怒りと後悔の間で軋み続ける。
しばらく沈黙が流れたあと、レイが小さく呟く。
「……あいつ、まだ泣いてるか?」
「ああ」
ガレスは静かに答えた。
「お前が飛び出したあと、袖で必死に涙を拭いてた。それでも笑って、『私が、知らなすぎました。ごめんなさい』……そう言ってたよ」
レイはゆっくり顔を上げた。
ガレスはレイを見た。
「レイ。お前が宇宙人(そらびと)を許せないのは自由だ。だけど、あの虹色の瞳をした少女の言葉くらい、最後まで聞いてやれる男だろ?」
静かな言葉だった。
だが、その一言がレイの固く閉ざした心を少しずつ解いていく。
「……そうだな。俺がガキだった」
レイは立ち上がり、ズボンの砂を払う。
ゆっくりとダイナーの扉を押し開けた。
店内は、まだ気まずい静寂に包まれている。
さっきまで自分たちが座っていたボックス席。
そこには、小さく身体を縮こませ、自分の袖で涙を拭うアイリスの姿があった。
(第5話 終)