機動戦士ガンダム A.S.T.R.A.E.A   作:片蔵清優

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■第6話「作られた世界のルール」

■地下都市アガルタ・馴染みのダイナー(夜)

 

 レイは無言で歩み寄ると、アイリスの正面へドカッと腰を下ろした。

 

「……さっきは、怒鳴って悪かった」

 

 アイリスはハッと顔を上げ、赤くなった目でレイを見つめる。

 

「いえ……。レイさんの言う通りです」

 

 小さく息を吸い、ゆっくりと言葉を続けた。

 

「私は、何も知らずに綺麗な言葉を使っていました。父たちがしているのは、『支援』なんて高尚なものじゃない。地下を都合よく管理するための仕組みです」

 

 アイリスはギュッと膝を握りしめた。

 

 虹色の瞳には、揺るがない決意が宿っている。

 

「私は前から疑問に思っていました。父上は、それを正義だと信じています。でも私は……違うと思っていた。それなのに今日、私自身が『支援』という言葉を使ってしまった……」

 

「本当に、ごめんなさい」

 

 しばらく沈黙が流れる。

 

「……あぁ」

 

 レイは静かにグラスを見つめた。

 

 その横から、ガレスがレイを肘で小さく小突く。

 

「ほらな。この子は違うだろ?」

 

 レイは頭を掻き、照れ臭そうに笑った。

 

「……俺も悪かった」

 

 アイリスはふっと笑みを浮かべる。

 

「もう大丈夫です。レイさんが、顔は怖いけど、とても優しい人だって分かりましたから♪」

 

「顔は余計だ」

 

 レイがそっぽを向くと、ガレスが吹き出した。

 

「で、話を戻すが」

 

 ガレスが身を乗り出す。

 

「何で皇女様が、こんな危ない場所を一人で歩いてたんだ?」

 

「それはですねぇ〜」

 

 アイリスの虹色の瞳がキラキラと輝き始めた。

 

「ぷりんですっ!!」

 

「「…………」」

 

 二人は同時に固まった。

 

 レイが頭を抱える。

 

「……お前なぁ。ぷりん食うためだけに命懸けで地下まで来る奴がいるか?」

 

「何を言ってるんですか!」

 

 アイリスは勢いよく立ち上がる。

 

「ぷりんは正義です!! あのカラメルとカスタードが織り成す奇跡! 口の中でオーケストラが――」

 

 熱弁を振るう皇女様。

 

 ガレスはレイを見た。

 

「あー……レイ」

 

「こりゃ本気だ」

 

「みたいだな……」

 

 二人は同時に肩を落とした。

 

 レイがため息を吐く。

 

「護衛は?」

 

「もちろん撒きました♪」

 

「……マジか」

 

「今頃、大騒ぎじゃねぇのか?」

 

 その言葉にアイリスは青ざめた。

 

「あわわわっ!! そうでした!! 本当はお昼には戻る予定だったんです!!」

 

「じゃあ何で今まで……」

 

「迷子になってしまいまして……」

 

「…………」

 

「…………」

 

 レイとガレスは無言で顔を見合わせた。

 

「んで、その護衛さんたちは?」

 

「地上の研究所区画にいらっしゃると思います」

 

「「えっ!?」」

 

 今度は完全に声が揃った。

 

 レイが身を乗り出す。

 

「待て!! 地上に人が居るのか!?」

 

 アイリスは逆に不思議そうな顔をした。

 

「……居ないんですか?」

 

「え?」

 

「え?」

 

 妙な沈黙。

 

 アイリスは慌てて説明する。

 

「もちろん居ますよ。居住区画もありますし、研究施設もあります。ただ……空はまだ灰色ですけど」

 

 レイもガレスも言葉を失った。

 

「お、おい……。屍人(しびと)はどうした?」

 

 アイリスは首を傾げる。

 

「朝おっしゃっていた『棺桶』の方々ですか?」

 

「病気や怪我の方は、医療区画で治療したあと、居住区画へ移ります。犯罪者は牢獄区画ですね」

 

 静まり返る店内。

 

 レイたちは言葉を失っていた。

 

「……付いていけねぇ」

 

 ガレスが頭を抱える。

 

「俺もだ……」

 

 自分たちが信じてきた世界。

 

 その常識が、音を立てて崩れていく。

 

 アイリスは申し訳なさそうに笑った。

 

「無理もありません。クロフォード博士がいなければ、私も何も分かりませんでしたから」

 

「……!」

 

 レイとガレスが同時に顔を上げる。

 

「クロフォード博士?」

 

 ガレスがレイを見る。

 

 レイは静かに尋ねた。

 

「その博士って……マリア・クロフォードじゃないか?」

 

「はい!」

 

 アイリスは笑顔で頷く。

 

「マリア・クロフォード博士です! ご存じなんですか?」

 

 レイはゆっくり息を吸った。

 

「……俺、レイ・クロフォードって言うんだ」

 

 一拍。

 

「マリア・クロフォードは――俺の母さんだ」

 

「…………え?」

 

 アイリスは目を丸くした。

 

 そして次の瞬間。

 

「あぁぁぁぁっ!!」

 

 勢いよく立ち上がる。

 

「そうでした!! クロフォード博士が言ってました!!」

 

「『顔面凶器の息子がいるから、もし会ったら地上で待ってる』って!!」

 

「レイさんのことだったんですね!! 納得です♪」

 

「誰が顔面凶器だよ……」

 

「ぶはっ!!」

 

 ガレスが腹を抱えて笑い始める。

 

「ギャハハハ!! じゃあアイリスちゃんを送るついでに、レイの母ちゃんにも会いに行くか!!」

 

「ガレス、お前……そんなに俺の母さんに会いたいのか?」

 

「違う」

 

「ん?」

 

 ガレスは満面の笑みで親指を立てた。

 

「レイの母ちゃんより神話だっ!!」

 

「お前最低だな!!」

 

「ワハハハ!!」

 

 豪快に笑うガレスを見て、アイリスも思わず吹き出した。

 

「ふふっ♪ お二人は本当に仲が良いんですね」

 

「どこがだよ……」

 

 レイは呆れたように頭を掻きながらも、小さく笑う。

 

 この何気ないやり取りが、張り詰めていた空気をすっかり溶かしていた。

 

「じゃあ帰るか」

 

 レイは立ち上がり、アイリスに視線を向ける。

 

「アイリス、行くぞ」

 

「あ、はい!」

 

 ガレスも席を立ち、伸びをしながら言った。

 

「んじゃ、俺はいつもの場所――モビルワーカーの格納庫で待ってる」

 

「あいよ」

 

     ◇

 

 アガルタの帰り道。

 

 薄暗い通路を二人の影が並んで歩く。

 

「……さっきは、本当に悪かった」

 

「もう大丈夫ですよ」

 

 アイリスは優しく笑う。

 

「レイさんが怒った理由も分かりましたから」

 

「ありがとな」

 

 しばらく歩いてから、アイリスが微笑む。

 

「でも、クロフォード博士がレイさんのお母様だったなんて。何だか運命みたいですね♪」

 

「俺も、もしかしたらとは思ってたけどな。まさか本当にそうだったとは」

 

 レイは照れ臭そうに笑った。

 

 やがて、小さな鉄製の扉の前で立ち止まる。

 

「ここだ。俺ん家」

 

「せ、狭……」

 

 アイリスは慌てて咳払いをした。

 

「な、なかなか趣のあるお住まいですね!」

 

「今、何か言ったか?」

 

「いえっ! 何でもありません!」

 

 部屋へ入ったアイリスは、棚の上に置かれた写真立てを見つけた。

 

 幼いレイを優しく抱く、一人の女性。

 

「この方が……クロフォード博士。若いですねぇ」

 

 少し眺めたあと、クスッと笑う。

 

「レイさん、この頃から顔面凶器だったんですね」

 

「おい。どういう意味だ」

 

「さっ! 準備しましょう!」

 

 アイリスは慌てて荷物をまとめ始める。

 

 レイは呆れたようにため息を吐きながら、旅支度用の古いバックパックをクローゼットから引っ張り出した。

 

 地上へ。

 

 止まっていた運命が、ゆっくりと動き始めようとしていた。

 

(第6話 終)

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