バックパックに必要なものを詰め込み、小さな鉄扉を開けようとしたその時、背後から衣擦れの音がした。
次の瞬間、レイの無骨な背中に、小さくて温かい重みが、ぎゅっと飛び込んでくる。
「……私、本当に怖かったです……」
アイリスの声は微かに震えていた。
暗い地下都市で、レジスタンスや追っ手に追いかけられ続け、必死に張っていた虚勢が、レイの不器用な優しさに触れて一気に溶け出してしまったようだった。
レイの身体が、まるで鉄塊のようにガチガチに硬直する。
背中に伝わる、明らかに自分とは違う柔らかい感触。
「そ、そりゃ、あんな大勢に追いかけられたら……ふ、普通は怖いよな……っ」
完全にキャパオーバーを起こしたレイの、普段の凄みのある低音はどこへやら、情けないほどに声が裏返る。
顔面凶器と呼ばれた男の顔が、今やアガルタのマグマ並みに赤くなっているのを、背中のアイリスは知る由もない。
「ガ、ガレスが待ってる……っ。は、早く行くぞ……!」
これ以上この体勢を続けたら心臓が破裂するとばかりに、レイは引き剥がすように、だが決して乱暴にならない手つきでアイリスを促し、大慌てで扉のノブに手をかけた。
◇
待ち合わせ場所へと続く、薄暗い地下の連絡通路を急ぎ足で進む中、少しだけ落ち着きを取り戻したアイリスが、レイの横顔を見上げて声を弾ませた。
「それにしても、レイさんとガレスさんってお強いんですね♪」
「ん〜、喧嘩は好きじゃないんだけどな。ほら、この顔だろ? やたらと絡まれるんだよ。今じゃ誰一人、この街じゃ俺たちに絡む奴なんて居ないけどな。あははは」
レイは頭を掻きながら自嘲気味に笑う。
その凄まじい強面のせいで、売られた喧嘩を買って、勝ち続けてきた結果の「無敗」だった。
だが、アイリスは不意に真剣な表情へと変わり、レイに訊ねる。
「あの……レイさん。第3コロニーの軍に入るつもりはございませんか?」
「は?」
突然の勧誘に、レイは思わず足を止めた。
「スカウト……ってことか?」
「これほど強い方を、私は見たことがありません。それに、とてもお優しい。ガレスさんとお二人なら、たとえトーマスでも貴方には敵わないかもしれません」
「トーマス? 誰だそいつ?」
「私たち第3コロニーの精鋭部隊の部隊長です」
レイはしばし考え込むように足を止める。
だが、すぐに面倒くさそうに鼻を鳴らした。
「その話は、また今度な。もうすぐ待ち合わせ場所だ」
これ以上、宇宙人(そらびと)の話をするのは、まだどこか抵抗があった。
アイリスは残念そうに眉を下げたが、それ以上は何も言わず、レイの後を追った。
◇
指定されたモビルワーカーの格納庫――合流地点には、既にガレスが壁にもたれ掛かって待っていた。
「お前ら、おせぇ〜ぞ」
レイとアイリスが仲良く並んで歩いてくる姿を見ると、ガレスは下卑た笑みを浮かべた。
「も、もしかして……」
レイは慌てて顔を赤らめる。
「ば、馬鹿! 何もねーよ!」
「そ、そうです! 何もありませんでした!」
アイリスまで慌てて答える。
そんな二人を、ガレスはニヤニヤと見比べた。
「本当かぁ〜?」
その時。
アイリスが悪戯っぽく目を細める。
「……でも、あと少しだったんですけどね♪」
「お、おい!! アイリスっ!!」
レイの顔が一気に沸騰する。
アイリスはクスクスと笑った。
「冗談ですっ♪」
「冗談かよぉ〜。……ま、んじゃ、行こうか」
ガレスは肩をすくめて苦笑すると、一転して鋭い目つきで周囲の闇を睨みつけた。
「レジスタンスの野郎共、あれだけじゃないはずだ。きっとまた来る……レイ。警戒しとけよ」
(第7話 終)