亡国の転生王子は無限の魔力で恩返し~仁義を果たしてくれた隣国の一般兵として頑張ります~ 作:ルーザー
冒頭のみ一人称、以降は三人称となります。
率直に言って、両親に申し訳なかった。
大学四年の夏、俺は病死した。
最近の医者は昔に比べ、実にはっきりと物を言うらしい。
幼い頃からの難病で闘病しながら生活していたが、18になった時、長く生きられないと告知された。
そうして医者の見立て通りに、春ごろから病態が急変した。
恐らく両親はもっと早くから知っていたのだろう。
長く生きられないと知っていながら、大学まで入れてもらったのに、社会に出る直前での退場である。
大層な夢を抱いていたわけでもないが、せめて誰かの何かになれる人間になりたかった。
歯車の一部でも構わないから。
父や母に与えられたモノを誰かに返してあげることができなくて、申し訳ない気持ちで一杯だった。
……しかし、奇妙だ。
俺は病死した。つまり死んだのだ。
ならば、なぜ今、こんな風に生前のことを考えることができるのだろうか。
「陛下、おめでとうございます。男の子ですよ」
は……?
「おぉ、なんと可愛いのだ、我が子よ!」
ん……? んん……?
陛下と呼ばれた男が俺(?)を抱きかかえる。
ちょっ、どういうこと!?
「おぎゃぁあ! おぎゃあああ!」
俺(?)の耳に赤子の鳴き声が伝わる。骨伝導で。
つまり赤子の鳴き声は俺の口から発せられている。
「ちょっとあなた……、『ロド』がびっくりしていますよ?」
少し疲れたような優しげな声が聞こえた。
ロド……という名前らしき響きが俺に向けられているような気がする。
「す、すまん、カトレア……、よく頑張ってくれたな……」
陛下と呼ばれた男の声が労うように穏やかに語り掛ける。
言語は日本語ではないのに、理解できる。とても不思議な感覚だ。
なにはともあれ、俺のイメージしていた三途の川とは、随分と異なる事態が進行していることだけは確かだ。
これって、つまり、ひょっとして……。
「へ、陛下……! み、見てください!」
何かに気付いたのか助産師らしき女性が声を上げる。
「ロ、ロド様の
「……! な、なんと……! これは……」
「はい、紋様です……! 覇王の素養ある者にのみ現れる聖人の加護が宿るという『王の紋様』です! どの聖人様の加護でしょうか。今から五歳の『顕現の儀』が楽しみですね!」
聖人の加護? 王の紋様?
いやいや、それはちょっと……、などと思った、その時だった。
【……お腹が空きました】
くぐもった声が聞こえた。
それは外部からではなく、俺自身の頭の中から聞こえたような気がした。
いや、まぁ、確かにお腹はすごく空いている気がする。
「おぎゃぁあ! おぎゃあああ!」
お……!
「陛下、紋様の件は喜ばしいですが、ロド様はお乳を飲みたいようです」
「お、おう。そうだな」
そうして、俺の口元に何かを宛がわれる。
俺は気が付けば、それを全力で吸引していた。
……! う、うまぃいいいいいいい!
俺が初乳のあまりの美味さに衝撃を受けていると、
【……はは。君はそれで満たされるかもしれませんが、私はね……】
また声が聞こえた。
その声は、どこか悲しげにも聞こえた。
……なんなんだこれ?
そう思った俺は、自然と発していたらしい。
(「お腹が空いているんですか?」)
【……っ!! え……?】
ん……? 驚いている?
あ、いや、実際のところ俺もかなり驚いているけども。
意思を伝えられる……のか?
もう一度、試してみることにする。
(「……どうかしました?」)
【……な、なんで君……しゃべれるのですか?】
……! あぁ、そうか。
俺、赤子のはずなのか。
(「えーと、まぁ……、諸事情ありまして……」)
実際のところ、俺が一番、その諸事情を教えて欲しいのだが……。
【そ、そうですか……。色々と疑問はつきませんが、今はそれよりもお腹が空いていまして……】
(「そうなのですね、大変ですね。……俺に何かお手伝いできるといいのですが……」)
【……! してくれるのですか? お手伝い……】
……! お手伝いって何のだろうか。
……だけど、俺は死んだとき、強く思ったんだ。
誰かの何かになりたかった。
だから、少しでも何かの役に立てるのであれば、
(「えーと、はい……、できることであれば……」)
【そうですか……。で、では……、お言葉に甘えて……】
その瞬間、『バクッ!』という音が聞こえたような気がした。
「た、大変です! 陛下! ロド様が魔力切れを……!」
「な、なんということだ……!」
「ロド……! そんな……! どうか生きてぇ……!」
薄れゆく意識の中で、大人達が穏やかではない声を上げていた気がした。
結論として、その日、俺は異世界に転生したらしい。
◇
◇ ◇
◇
宮廷の医務室にて、国王アランとその妃カトレアは沈痛な面持ちをしていた。
そして、目の前で険しい顔をする医師が重い口を開いた。
「陛下、大変、申し上げにくいのですが、ロド様は『小児枯魔力症候群』の可能性が極めて高いです」
「……! そ、それは……」
「陛下ならご存じかと思いますが、潜在的な魔力量が極めて少ないのでしょう。頻繁に魔力枯渇の意識障害発作が起こります。それはつまり防魔免疫が少ないことと同義でありまして……、四歳まで生きられる可能性は30%と言われています……」
「っ……」
母カトレアは思わず両手で顔を覆う。
「た、ただ……、一方で五歳を過ぎれば、生存確率は著しく上昇すると言われています」
「……グレイス医師、ロドのために、私達に何かできることはありますか?」
父アランの言葉に、医師は深く息を吐き、答える。
「なるべく人との交流を避けること」
「「……!」」
「そうすることで、病魔にかかる確率を下げる。それでも生存率が数パーセント上がるかどうか……」
「…………わかりました」
アランは覚悟を決めるように唇を噛み締めた。
……そんな会話が行われていることなど、知らない当の本人は、
(……暇だなぁ)
暇をしていた。
ロド・リンファルスはリンファルス王国の第一王子である。
国王アランとその妃カトレアの間に生を受けた一人息子であった。
結論から言うと、実のところ医師の診断は誤診であった。
医師の見立てが下手だったからではない。ロドの症状は正に小児枯魔力症候群と同じだったのだ。
しかし、その原因が少し違った。
(……新生児って寝返りも打てないし、できることなさすぎて暇過ぎるなぁ)
乳母が常に近くにいたものの、ロドが口から発することができるのは「おぎゃあ」だけ。
当然、意思の疎通は不可能であった。
そんなロドにとって唯一の暇つぶし相手は……、
(「あ、あの……頭の中の人……」)
【……なんですか?】
頭の中の謎の人であった。
【すでにお伝えしている通り、思考をするとお腹が空くのですが……】
最初は頭の中から声が聞こえるような感覚だったが、何度か会話をするうちに、別の空間で対話するような感覚になった。
その空間は何もないドーム状の空間だった。
ロドは赤子の姿であったが、その空間では、身体から漏れ出る光の粒子のようなものが見えた。
その粒子を操る練習をすることで、身体を浮かすことができるようになり、現実よりも遥かに自由がきいた。
頭の中の人は真っ暗な
(「あの……あなたってひょっとして聖人様だったりするのですか?」)
ロドは、生まれたあの日、聞こえた王の紋様やら聖人の加護やらという言葉から推測した。
【…………】
頭の中の人は答えない。
(「……えーと」)
【……ごめんなさい】
(「……あ、その答えにくいようであれば……無理には……」)
【ごめんなさい……活動限界です】
(「えぇえ!? もう……!?」)
黒い靄がロドの光の粒子をあっという間に飲み込む。
そこで、ロドは意識を失うのであった。
ロドにとって気を失うことは全力疾走を限界までやらされるような疲労感を感じるものであったが、それでも一人きりの退屈よりは遥かにマシであった。
最初の一か月は意識が回復して、母乳で腹を満たし、暇になれば、頭の中の人と二言三言会話して、意識を失う。
そんなことを繰り返していた。
それでも少しずつだが、会話可能な時間が伸びていき、気を失う時間も短くなってきていた。
【……君はどうして、赤子なのに自我があるのですか?】
(「えーと、実は……前世の記憶がありまして……」)
【……はぁ】
(「あ、今、ちょっと鼻で笑った?」)
【そ、そうですか、前世の記憶ですか。まるでファンタジーですね】
(「こっちのセリフなんだが……。そういうあなたは一体どなたなのでしょうか?」)
【それは言えない……制約になっているようです。五歳の『顕現の儀』までは……】
(「……そういうものなんですね」)
【……えぇ、君の前世うんぬんというお話は、なかなか興味深いのですが……、活動限界です】
(「あ、おう……」)
【それでは……】
(「あ、ちょっと待って」)
【はい? ……あ、えーと、そうですね。君は、無理に私のお腹を満たす必要はなく……、その場合、私は休眠状態に……】
(「あ、いや、そうじゃなくて、ちょっと試したいことがあって……」)
ロドは自分の身体から漏れ出る光の粒子に向かって、念じてみた。
光の粒子の形を変えるように。
光の粒子は、いくつかの丸い物体へと変形していく。
【……これは?】
(「お団子だよ」)
【……お団子?】
(「うん、前世にあった食べ物だよ。どうせ食べるなら美味しそうな方がいいかと思ってさ。あ、もしかしてお肉とかの方がよかったかな?」)
【あ、いえ……】
(「形変えただけだから、味はしないかもだけど」)
【……お気づかいありがとうございます。では……】
靄はお団子を一つ、口に入れる。
【少し甘いような気が……。あ……】
ロドはすでに気を失っていた。
それからもロドは頭の中の人のお腹を満たす度に、光の粒子を色々な食べ物に変化させた。
繰り返すことで、少しずつ複雑な食べ物も再現できるようになっていった。
ロドにとっては少し意外であったのだが、頭の中の人が気に入ったのはご飯……つまり『白米』であった。
【このもちもちつぶつぶして、どこか深みのあるこの料理、最高に美味です】
(白米は料理と呼んでいいのだろうか……。しかし白米って一粒一粒をイメージするのが意外と大変なんだよな……)
◇
約一年後——。
「ロド、ロドぉ、いい調子よ!」
母カトレアが手拍子をする中で、ロドは一歩、二歩と歩こうとする。
「わぁあああ、すごーい!」
カトレアは激しく手を叩く。
「……だぁ」
(…………赤ちゃんっていつ頃から話し始めても不思議じゃないのだろうか)
子育てなどという経験のなかったロドはそれがわからず、いつから喋り始めていいものか悩んでいた。
一年経ち、多少、機動力が出てきたものの、ロドは相変わらず……、
(…………やっぱり暇だな)
暇であった。
なにせロドは軟禁状態であったのだ。
部屋にいるのは母のみ。
他の人は一切、現れない。父すらも現れない。
唯一いる母は逆に、一切、外に出ないのだ。
食事などは配膳されるがなるべく接触しないように行われていた。
それは防魔免疫が弱いと診断されていたロドを病魔の感染から守るための措置であった。
普通の赤子ならばそれが普通なのだと受け入れられるかもしれないが、転生者であるロドにはかなりきつかった。
(今世も俺は病弱に生まれてしまったということなのだろう……)
ロドがそんなことを考えていると、母は物憂げに窓の外を眺めていた。
「だぁ?」
「あら……ロド、心配してくれてるの? 一緒に、お父さんの無事を祈りましょう」
(……ん?)
「実は隣りのルドガン王国がね、魔獣災に見舞われて、お父さんは支援に向かってるのよ」
(なんと……。魔獣災ってなんだろうね……)
「国王自ら赴かなくてもいいんじゃないって思ってしまうけど、小さな国だから仕方ないんだって…………って、ロドにこんなこと愚痴っても仕方ないわよね」
カトレアは困ったように眉をひそめる。と……、
【……あまり良い状態ではないみたいですね】
頭の中から声が聞こえる。
呼んでもいないのに自分から意見を発することは、割と珍しいことだった。
(「……どういう意味?」)
【組織の長が前線に出なければならないというのは、あまり良い状態とは言えない……と。すみません、出過ぎた真似を……】
(「……?」)
ロドが不思議に思っていると、カトレアがロドの小さな手を握り、祈る様に囁く。
「ロド……、一年間頑張ってくれてありがとう。あと、四年……、どうか……どうか……」
◇
約四年後——。
ロドは五歳の誕生日を迎えていた。
「ロド……! おめでとう……!」
(うぉっふ)
号泣しながらロドに抱きついてきたのは父アランであった。実に四年ぶりの再会である。
四年の間に、その理由は流石に察していた。
アランのことはカトレアから肖像画で見せられていたから顔は忘れていなかった。
(普通の子供だったらどんな反応をするんだろうな……。だけど……)
「……ありがとう。アランさん」
「……! ロドよ! 立派になって……、五年ぶりだというのに……、お前は天才だ! だけど、パパのことはパパと呼んで欲しいなぁ」
(……ちょっと照れくさいです)
ロドにとって五歳とは、『小児枯魔力症候群(誤診)』が寛解したと判断される年齢であり、そして、もう一つ。
◇
「これより、リンファルス王国第一王子、ロド様の『聖人顕現の儀』を執り行います」
厳かな儀式の間にて、神官が高らかに宣言する。
儀式の間では、国王である父アランや王妃である母カトレアを含め、国の重役と思しき者たちが固唾を飲んで見守っていた。
ロドも『聖人顕現の儀』の概要は聞かされていた。
『王の紋様』を持って生れて来た子供を護るとされる聖人。
聖人は『勇者、剣聖、賢者、聖騎士、召喚士』の五つの聖職のうち一つを持つとされている。
その聖人を明らかにする儀式であった。
聖人の職能が判明することで、より強力な加護を受けることができるとされる重要な儀式である。
職能は五つのうちどれも強力であるが、召喚士だけはやや劣るとされていた。『王の紋様』を持って生まれること自体がそもそも珍しく、国の発展に多大な恩恵をもたらすと言われているのだが、その中にあって召喚士という『ハズレ』を引いてしまわないかと、口には出さないが参列者達も気が気でなかった。
「いざ! 聖人様よ、ご顕現くださいませ!」
神官がそう叫んだ時、普段は消えている額の紋様が輝いた。
そうして、ロドの意識は、あの何もないドーム状の空間に飛ばされた。
(あ……)
ロドの目の前にはあの黒い靄がいて、次第に人の形へと姿を変えていく。