亡国の転生王子は無限の魔力で恩返し~仁義を果たしてくれた隣国の一般兵として頑張ります~ 作:ルーザー
「いざ! 聖人様よ、ご顕現くださいませ!」
神官が叫び、ロドの意識は、あの何もないドーム状の空間に飛ばされた。
(あ……)
ロドの目の前にはあの黒い靄がいて、次第に人の形へと姿を変えていく。
(……!)
生まれてから五年間、なぜか共に過ごしたその相手の姿が明らかになっていく。
そうしてロドの目の前に現れたのは、白銀の長い髪に、サファイアのような瞳を持つ息を呑むような美しい女性であった。
(「……あなたがずっと俺の頭の中にいた聖人様なのですか?」)
ロドが尋ねると、
【そうです……。大当たりですよ】
女性は僅かに口角を上げてそう応える。
その瞬間、ロドは現実に引き戻される。と……、
「あぁああぁあああああ、なんということだぁあ」
神官が頭を抱え、儀式の間がざわついていた。
「ま、まさか召喚士か……」
「くぅ、残念だが、致し方なし……」
節度に欠ける重役が落胆の言葉を漏らす中、神官は震える声で続ける。
「ロド様の聖人様の聖職は……『魔女』でございます」
その瞬間、儀式の間は一瞬の静寂に包まれる。
(…………魔女? えーと、聖職は『勇者、剣聖、賢者、聖騎士、召喚士』の五つのうちのどれかじゃなかったのか?)
ロド自身が首を傾げたその瞬間、
「うわぁああああああああ!」
「なんてことだぁあああ」
「あってはならないことだ……こ、こんなことは……最悪だ……。国に厄災が訪れるぞ……」
「だいたい最初からおかしいと思ったのです。王の紋様がありながら、生まれながらにして魔力が極端に少ないなんて……」
儀式の間は阿鼻叫喚となる。
(なんなんだ? 魔女って、召喚士を超えるとんでもないハズレってこと? もしかしてアランさんも俺のことを……)
ロドがアランの顔色をうかがおうとした、その時であった。
「鎮まれ……!」
儀式の間に父アランの声が響いた。
「ロド…………、おめでとう」
アランの言葉に、儀式の間は再びざわつく。
アランはロドにゆっくりと近づくと腰を下ろして、視線を合わせ、告げた。
「その聖人様を大切にするのだぞ」
ロドは嬉しかったが、周りの多くの者は侮蔑の目を二人に向けていた。
◇
それから、およそ一ヶ月後のことだった。
リンファルス王国がジガンデ帝国の侵略を受けたのは。
解放などという名目で行われた傲慢で理不尽な侵略であった。
大国ジガンデ帝国の前に、小国リンファルス王国が抵抗できることは多くなかった。
戦火が目前に迫る玉座の間で、アランはカトレアとロドを呼んだ。
(…………俺のせい……なのかな)
ロドの脳裏には自然とそんな言葉が浮かんだ。
「カトレア……、これから私は戦場へ向かう。しかし、戦況は苦しいだろう。……申し訳ない」
「いえ、最後までご立派でした。どうかお気を付けて」
カトレアが必死に涙を押し殺しているのはロドにも分かった。
アランは腰を下げて、ロドに語り掛ける。
「……ロド、最初から最後までちゃんとした父ちゃんをやれなくてごめんな」
「……そんなことないです」
「……! ……ありがとう」
父アランは五歳児らしからぬロドの返答に少し驚き、そして視線を落として礼を言った。
(普通の五歳児ならわからないだろうけどさ、……つまるところカトレアさんも俺もこれから死ぬんだろうな。これ……)
ロドがそう悟った、その時であった。
「……アラン様」
どこからともなくローブを羽織った人物が現れた。
目鼻立ちの整った黒髪の男であった。
「……! あ、あなたは……ワイルス伯? ど、どうしてここに!?」
それは隣りのルドガン王国の国境守護を任されているワイルス伯爵であった。
暗黒騎士の異名を持ち、ルドガン王国でも五本の指に入る実力者である。
「ルドガン国王の勅命により、かつての恩義に報いるため参上いたしました」
そう言うと、ワイルス伯爵は指を三本立てる。
「三です。ここにいる三人ならば、このワイルス、命を賭して我が国へお連れ致します」
「……! 恩に着る、ワイルス伯。どうか……どうか頼み申す」
「承知いたしました。ではこちらへ……」
(お……!)
カトレアがロドの背中を押した。
ロドは押し出されるようにワイルス伯についていく。
が、ふとワイルス伯の足が止まり、振り返る。
「…………アラン様は?」
そこには一歩も動いていないアランの姿があった。
「私は残る」
(……!)
「カトレア……、ロドを頼む。あ、いや、ロドが生まれてからずっと頼んでばかりだな」
「いいえ、アラン様、あなたがロドを愛していることを知っています。そして私もあなたを愛しています」
「ありがとう。私もだ。ワイルス伯、本当に感謝している。さぁ、行ってくれ」
「御意」
(え、ちょ……待……)
ワイルス伯はロドとカトレアを抱えると、迷うことなく跳んだ。
王城から抜け出し、ワイルス伯はロドを抱え、カトレアは自身の足で走った。
三人は暗い夜道を駆け、ルドガン王国への国境を目指した。
だが、王城を抜け出して、間もなくのことだった。
「おんやー、他国の貴族が悪さしてるじゃないですか」
「そうだね、これは金の臭いがするね、兄ちゃん」
ローブを羽織った二人の男が行く手を阻むように現れた。
一人は眼鏡をかけたインテリ風の男、一人は少しとぼけた雰囲気の短髪の男であった。
「……くっ、ゲミス兄弟か……。ジガンデ帝国に雇われていたか……。カトレア様、奴らは雇われの魔術師です。かなり厄介です」
ワイルス伯はロドを降ろし、カトレアのいる後方へ下がらせる。
「あれって、カトレア王妃だよねー。ってことは、あれが噂の秘匿王子ってこと? わーお、流石、兄ちゃん、勘がさえわたってるね」
「んー、これはとても……うまく行き過ぎ……ですねー」
その言葉と同時にゲミス兄は、眼鏡をくいっと上げながら、ワイルス伯に向かって青白い光を放つ。
ワイルス伯は短剣を取り出し、光を弾いた。
そこからワイルス伯とゲミス兄弟の激しい攻防が始まった。
ゲミス兄弟は青や緑の煌びやかな光を放ち、ワイルス伯は素早い動きでその光を掻き消しながら、時折、相手の懐を狙い接近していた。
おそらく一対一ならばワイルス伯に分があるのだろう。
しかし、一対二、かつ守りながらの戦いにおいてはそうではなかった。
徐々にワイルス伯の後方に青白い光が届き始め、そしてついに……、
「んー、がら空きですよねー」
ゲミス兄がワイルス伯の脇を通過し、カトレア、ロドへと迫る。
ワイルス伯はカトレアの方へ向かおうとするが、ゲミス弟は狡猾に進路を塞いでいた。
「くっ……」
ロドはワイルス伯が唇を噛みしめているのが見えた気がした。
その時であった。
(……!)
カトレアがロドの前に出て、両手を広げた。
「んー、親子愛ですか? 涙ぐましいですねぇ……」
ゲミス兄が下卑た笑みを浮かべながら、手の平をカトレアにかざす。
「んー……、
「きゃぁああああああああ!」
青白い光に包まれ、カトレアは悲痛な声をあげながら倒れる。
「さてさて……」
ゲミス兄は視線をロドに向け、一歩踏み出そうとする。
「……!」
しかし、ゲミス兄の足首を、倒れたカトレアが掴んでいた。
「……行かせない」
「んー、よくないですねー」
ゲミス兄は微笑しながらカトレアの足を踏みつける。
「ん? んー、うっとおしいですねー」
しかし、カトレアはもう片方の手で別の足を必死で掴む。
その時だった。
夜の喧騒の中、かすれるような声が響いた。
「……もういいよ」
それはロドの口から発せられた言葉だった。
「もう守ろうとしないで……」
(……俺にそんな価値なんかないんだよ)
「もうこれ以上、俺に何も与えないでくれ」
唐突に、幼児であるはずの息子から発せられた言葉にカトレアは目を見開いた。
それは奇妙であったのかゲミス兄すら思わず動きを止めていた。
だが、カトレアはすぐに目を細める。
「ロド、ただ与えているんじゃないんだよ。得るものがあるから……、自分がしたいからしてるだけなんだよ」
(……!)
ロドは言葉を失った。
その時、ロドの頭の中で声が響いた。
【少しは素直に受け取ってみてはどうですか?】
(「……っ、だ、だけど……」)
【……きっと君の言う前世とやらのご両親も同じ気持ちだったのでは?】
(「……っ」)
【あ……そう言えば、君が生まれてからずっと……私も君に与えられているものがありまして】
(「え……?」)
【君にも私に与え続けたことで、知らず知らずのうちに得たものがあったはずです】
(「……! …………ねぇ、頭の中の人……、ひとつ聞きたいことがあるんだけど」)
【……こんな時になんでしょうか?】
(「……あなたの名前を教えてよ」)
【……! それは……】
……。
次の瞬間、息を呑んでいたのは、ゲミス兄弟であった。
「んなっ、なんなのでしょうか!? これは!?」
目の前には、空を覆いつくす程の光の粒子……魔力が充満していた。
その魔力の中心には、五歳になったばかりの幼児がいた。