亡国の転生王子は無限の魔力で恩返し~仁義を果たしてくれた隣国の一般兵として頑張ります~ 作:ルーザー
「んなっ、なんなのでしょうか!? これは!?」
ゲミス兄弟の目の前には、空を覆いつくす程の光の粒子……魔力が充満していた。
その魔力の中心には、五歳になったばかりの幼児がいた。
「や、やばい、兄ちゃ…………うわぁあ」
圧倒的な魔力に気を取られたゲミス弟の一瞬の隙をつき、ワイルス伯の短剣が頸動脈を襲う。
「んなっ!?」
空には
「んー、これはよくない……。よくないですねぇ……」
【……あはは。これは壮観ですね。でも……、そうだなぁ。白米の数に比べれば……どうってことないでしょうか】
その時、ロドの額の紋様がぎらぎらと輝いていた。
「おいおい、その紋様って……、聞いてないのですが……、ふざけないでくださいよ……」
そして、
「う、うわぁああああああああ!!」
無数の杭がゲミス兄の身体を貫いた。
(…………やった……のか)
「ロド様……!」
(……!)
気が付くとワイルス伯が駆け寄り、ロドを抱きしめていた。
その力はとても強く、ロドは少し痛かった。
(あ……、そうだ。カトレアさんは……、っ……!)
「え……? か、カトレアさん?」
「ロド様、申し訳ありません。私が……、私が無能なばかりに……」
カトレアがいた場所には、人間の姿はなかった。
代わりに、ぽてっとした小さな青白いスライムが佇んでいた。
◇◇◇
二か月後——。
「おはようございます!」
古びた石造りの建物の廊下で、ロドは朝の挨拶をする。
「あー、おはよう……ロディくん」
あちこち擦り切れてオーバーサイズのローブを着崩し、寝癖のついたボサボサの髪に、深い隈のある男が頭を搔きながら、気だるげに挨拶を返す。
この男はこの魔術孤児院の院長テアである。
ロド・リンファルス改めロディ・リムは亡命先のルドガン王国の辺境にある魔術孤児院にて、生活していた。
◆
リンファルス王国が滅んだあの日のこと。
ルドガン王国に亡命したロドは、ワイルス伯にルドガン宮廷に連れられた。
ルドガン国王は涙を流しながらロドを抱きしめた。
一方で、ルドガン国王ははっきりとロドに告げる。
『ロド様、大変恐れ入りますが、ロド様をロド様として受け入れることはできません』
更に続けた。
『我がルドガン王国も決して大きな国ではありません。ゆえにジガンデ帝国にロド様を受け入れたことを悟られるわけにはいかないのです。あなたのお父さんには何度も救ってもらったのに……申し訳ない』
そうしてルドガン国王からロドに提示されたのは三つの選択肢であった。
一つは『宮廷地下での生活』、二つは『貴族家への養子』、そして最後が『魔術孤児院』であった。
五歳児に選ばせることは酷であったかもしれない。
しかし、ルドガン国王は最終的にはロドに決断させるようにした。
そうして、ロドはほとんど迷うことなく、『魔術孤児院』を選択したのだ。
そこで王子であった過去を捨てて、ただの孤児として生活することを選んだ。
「魔術師になって、いつか必ずこの御恩をお返しします」
「っ……。望外のことにございますが……ロド様、貴方は立派なリンファルス王国の王族です」
ルドガン国王は声を詰まらせながら再びロドを抱きしめた。
こうしてロドは晴れて、ロディになったのである。
◆
そんなロディとすれ違い様に、院長のテアがつぶやくように言った。
「あ、そうだ。ロディくん、朝ごはんを済ませたら裏庭に来るように……」
「え……?」
「今日から……活動をしてもらうからね」
(……!)
そう言うと、テアは若干ふらつきながら去っていく。
テアが去ったのを確認すると、ロディは小さくガッツポーズする。
「……やった! 魔術を教えてもらえることになった! やったよ! カトレアさん!」
……。
孤児院の廊下で一瞬の静寂が流れる。
すると、ロディの胸元に付けていたブローチがもぞもぞと動き出す。
そして、ブローチはゼリー状の物体に姿を変え、ロディの肩をよじ登り、
「マー!」
と、一鳴きする。
スライムの姿をした彼女は、ロディの母カトレアの現在の姿である。
あの日、ゲミス兄の攻撃を浴びて、スライムにされてしまったカトレアに、ロディは絶望しかけた。
だが、
【……理論上は元に戻すことができますね。簡単ではないでしょうが】
頭の中の魔女がロディに希望を与えてくれた。
「魔術を勉強して、必ず元に戻すからね。カトレアさん」
ロディは拳を強く握りしめた。
「マー……」
カトレアは先ほどより少し低い声で一鳴きするのであった。
◇
朝食後——。
ロディはテアに指定された裏庭で待機していた。
(……それにしてもどうしてテア院長は急に教えてくれる気になったのだろう)
魔術孤児院にやってきて、最初に魔力を見せてみろと言われ、それからはずっと魔力を出さないように瞑想してろと指示され、早一か月。
ロディは一か月間、瞑想しかしていなかった。
一方、そのおかげで色々と考える時間にもなった。
リンファルス王国の滅亡と父アランの死、母カトレアのこと。
ゲミス兄を手に掛けたこと。この世界の死生観について。
父の仇であるジガンデ帝国をどうしたいか。
恩あるルドガン王国にどうしたいか。
そんなことを堂々巡りで考えた。
(「この一か月、まるで生まれた直後の一か月みたいだったな」)
【そう……ですかね】
だけど、生まれた直後とは違うこともあった。
(「なぁ、『ジェマ』」)
【なんですか?】
頭の中の人の姿と名前が分かること。
ジェマ・エルク。
それがロディの頭の中に住む魔女の名前であった。
しかし、なぜ彼女が魔女と呼ばれながら聖人となったのかについては、まだ踏み込めていなかった。
(「ありがとうな」)
【なっ!? 急にどうしたのですか?】
ジェマは普段より大きな声で尋ね返す。
幾分、頰を赤らめているようにも見える。
(「ジェマがいたから、今、俺は前を向けてる」)
【…………まぁ、食事を提供いただくのは何物にも代えがたいものですから。それに……きっといつかロドは私の加護を受けたことで、とても苦労されると思いますよ。なんてったって、私は魔女なのですから】
(「……? そんなものかな?」)
【……そうです】
(「……まぁ、その時、考えることにするよ」)
【……】
「やーやー、ロディくん」
「……! はいっ!」
急に声をかけられて、ロディは思わずどきっとしてしまう。
「あ……、テア院長」
現れたのはテア院長……と、もう一人。
(ん……?)
そこには、ボロボロの服を着て、震えている少女がいた。
年齢はロディと同じか少し年上くらいに見える。
夕焼けのような橙色の瞳。
耳が長く、そしてエメラルドのように緑がかった輝く髪が背中まで伸びていた。
「エルフ……?」
「お、ロディくん、知っているのかい?」
「ど、どうしたんですか? 彼女」
「いや、実は朝市で買って来てね」
「朝市っ!?」
「そうそう。今日、朝市に行ったら、たまたま行商人が来ててね、奴隷の」
(……奴隷の朝市? おいおい、この世界、普通に奴隷とかいるのかよ)
「いやー、エルフなんて珍しいからついつい衝動買いしちゃったよね」
(何言ってんだ、この人)
「……というわけなんで、ロディくんには彼女のお世話係兼ご主人様に就任してもらうことにしたんだ」
(……は?)
「だって、ロディくん、孤児院に来てから瞑想ばかりして、ほぼタダ飯食らいじゃないかー」
(瞑想を指示したのはテア院長じゃないですかっ!)
【タダ飯食らいという言葉は、なぜだか妙に私の心に刺さりますね】
(「……」)
ロディは、ジェマの言葉への反応に困っていると、
「じゃ、そういうことなんで、よろしくねー」
テア院長はぴゅーっとどこかへ行ってしまった。
「魔術の訓練じゃないのかよ……」
ロディの口から思わず愚痴が零れる。
「「…………」」
取り残された二人、若干、気まずい。
(……どうすりゃいいのよ。奴隷ってことはひどい目にあったりとかしたのだろうか……。と、とりあえず……)
「あ、えーと……、君、名前は?」
ロディが尋ねると、少女は怯えたような表情で、おずおずと答えた。
「……レフィア」
「レフィア……だね」
その返答にロディは少し安堵する。
(……よかった。言葉わからない、名前はないとかって感じじゃなくて……)
「俺は……」
「ロディ」
「あ、うん、そう。ロディだよ。しかし、困ったなぁ……。全くテア院長は……いくらなんでも丸投げが過ぎるよ」
ロディが頭を搔くと、レフィアがそっとロディの袖をつかむ。
「あの人、ウチ、買ってくれたのです。ウチ、
(……! そ、そうか……。あんなフランクだから気づかなかった。テア院長は孤児を一人……受け入れたってことか。ってか、緑変劣種とは?)
(「つまりテア院長にもきっと何か考えがあって……。っ……! 俺はなんて浅はかなんだ! よーし、お世話係、頑張るぞっ!」)
【……本当に
(「……」)
それからロディは寮母のところにレフィアを連れて行き、事情を説明した。
寮母は最初は「またか」と呆れ気味だったが、エルフの子は流石に珍しかったらしく、その点は驚いていた。
水浴びをして、綺麗な服に着替えたレフィアはもう朝方まで奴隷だったなんて分からないくらいに綺麗だった。
「寮母さん、レフィアのお部屋はどうすれば?」
「うーん、でも、今、お部屋はパンク寸前だし。……あ! あの角の小部屋が空いてたか……。でもレフィアちゃん一人じゃ寂しいわよね。ロディ、あなた、レフィアちゃんと相部屋、お願いできる?」
「えぇ!? レフィアは女の子ですよ!?」
「……? なーに言ってんのよ。あなた、まだ五歳でしょ? レフィアちゃんもそれくらいだし、ちょうどいいじゃない! それじゃあ、そういうことでよろしくね! 夕方までにお部屋は少し掃除しておくから! さぁさぁ、皆の洗濯しちゃわないと、あー、忙し忙し」
そう言って、寮母は去っていった。
「あの……一応、聞くけど、レフィア……ご年齢は?」
「……十五歳なのです」
(あー、やっぱり意外と……って、俺なんて実質、二十七歳だよ! 二十二プラス五でな!)
……。
(でだ。お世話係って具体的に何したらいいのでしょうか? 俺、ここに来てから一か月くらい、祈りの間で瞑想しかしてないのですが……)
「あー、えーと、それじゃあ、しようか……。瞑想……」
「……はいなのです、ご主人様」
(…………ん?)
「……レフィア、そのご主人様って何?」
「あの人が、貴方がウチのお世話係兼『ご主人様』と言っていたのです……」
(……! 言ってたっけ? ……あ、いや言ってたかもしれない)
「レ、レフィア、そんなの聞かなくていいからっ! 俺は君のご主人じゃないし、ただのルームメイトだから。それに君はもう奴隷じゃないんだよ」
「……え?」
レフィアは豆鉄砲を食らったような顔をする。
「ウチ、もう……奴隷じゃないのですか?」
「う、うん……」
(……そうだよね。あ、あれ、勝手にやってよかったのか? いや、いいはずだ!)
「レフィアはもう奴隷じゃない。俺のことはご主人様じゃなくて、ロディって呼んでね」
「…………」
レフィアは未だ信じられないというように口をぽっかりと空けていた。
「それじゃあさ……瞑想……してみようか」
「はいなのです」
そうして、ロディとレフィアは黙って目をつむる。
しばらくして、
「…………あの……」
レフィアが尋ねた。
「素朴な疑問なのですが……、これって意味あるのですか?」
ロディがこの一か月余り、考えないようにしていたことをレフィアはものの数分で口にする。
「あ、うん……。わからないよ……」
「あ、あの……、ロディ、さっき言ってたのです」
「ん……?」
「『魔術の訓練じゃないのかよ』ってです」
「あ、うん、そうだね。そもそもこの孤児院は魔術の訓練をするはずの孤児院だからね。俺はまだここに来てから一度もそういう訓練を受けられていないんだけどね……」
ロディは遠い目をする。
「それなら、ウチが教えるですか?」
「え……? ……できるの?」
「はいです。天才と呼ばれていた時期がウチにもあったのです」
(なんか若干、含みがあるけど……)
「で、でも……大丈夫なのかな?」
(今朝まで、その……奴隷だったんだよね……)
ロディは言葉には出さないが、レフィアはその視線から読み取る。
「……お気遣いありがとうなのです。でも大丈夫なのです」
ロディが言葉に詰まっていると、ジェマが推測を口にする。
【比較的丁寧に扱われていたのかもしれないですね。商品価値が下がらないよう……】
(嫌な補足だな。……でも、まぁ、それなら)
「ぜ、是非……お願いします」
「わかりましたです!」
レフィアは嬉しそうに微笑む。
(やっと魔術を学べる……! カトレアさんを元に戻すための第一歩だ)
「それじゃあ、ロディ。ロディの今の実力を見せてほしいのです」
(……!)