亡国の転生王子は無限の魔力で恩返し~仁義を果たしてくれた隣国の一般兵として頑張ります~ 作:ルーザー
「早ク始メヨウヨ」
魔獣はそう呟くとその長い腕を前方に出し、手の平をロディに向ける。
ロディは咄嗟に、自身の延長線上にレフィアがいない位置へ駆ける。
次の瞬間、空間が黒く歪みながら、ロディの方に迫ってくる。
「なっ……!?」
ロディは前方へ転がる様に、歪みを回避した。
「安心シナヨ、雑魚ヲ狙ウヨウナコトシナイ。興ガ削ガレル」
「……!」
(これは僥倖だ。この魔獣さんは武士道の精神をお持ちのようだ……。信用はできないけどな。いや待て、そもそもこの中で一番の雑魚は俺のような気もするが、今は置いておこう)
(「ジェマ、今のは避けて正解だったよね?」)
【そうですね。もし当たっていれば、今頃、ロドの身体は塵芥になっていたかと】
ジェマの言葉にロディの背筋が凍る。
(「ってか、あれって魔術なの?」)
【近しいものかと思いますが、魔獣が使うそれは人間が使う魔術のように体系化されたものではなく……。魔獣は魔素に直接働きかけることができるようです】
(自然の本能的なものだろうか……。とりあえずこっちも攻撃してみるしかないか。ここ二週間で俺がレフィアから教わった魔術は五つ。まず一つ目は……)
ロディの指先が光り、宙に術式を描く。
<風よ、そよぐように、前方へ吹け——>
「
ロディが前方へ突き出した手の平から風が弾となって吹き出し、魔獣へと向かう。
(……どうだ! この二週間で、だいぶ成長した
が、
「…………何ダソレ?」
魔獣は羽虫をはらうかのように腕を軽く振ると、風の弾はあっけなく消滅した。
(っ……、いや、流石にこれじゃ全然効かないか……)
「何ダ? 舐メテルノカ? ソレトモ期待ハズレダッタカ? ダッタラ早ク終ワラセヨウ」
そう言うと、魔獣は両腕を交差するように前方に大きく振り抜く。
同時に黒く歪んだ衝撃波が先ほどより遥かに速い弾速でロディを襲う。
「……アレ? コレハ防イダノ?」
魔獣の視界の先には、無傷で佇むロディの姿があった。
ロディの前には風が渦巻いており、傍らには術式の筆跡が残っていた。
<風壁よ、対象の進行を阻害せよ——>
(よかった。レフィアから教えてもらった簡略術式。うまくいったみたいだ)
術式の基本は『何を』『どのように』『どうするか』であるが、簡略術式では、『どのような何を』と表現することで、よりシンプルな術式で魔術を発動することができる。
つまり<風よ、壁となりて、対象の進行を阻害せよ——>とするところを<風壁よ、対象の進行を阻害せよ——>と簡略化した。
(簡略化するとより多くの魔力を消費するらしいんだけど、今はそんなこと気にしてられない。もう一つ、レフィアから教えてもらった簡略術式……!)
ロディは再び、手の平を前に突き出す。
<旋風よ、敵を切り裂け——>
「
先ほどより遥かに速い風の刃が魔獣に向かって直進する。
だが、
「……ウン、コンナノハ当タルハズナイ」
魔獣は真横にスライドし、最小限の動きで風の刃を回避する。
(……うーん、まずいな。
<優しい風よ、我が身を支え、奔れ——>
「
ロディの身体は空を切り裂き、
「オ……?」
一瞬で魔獣の背後に周る。
(だったら、至近距離で打ち込むしかねえだろ!)
<旋風よ、敵を切り裂け——>
「
「グォオオオ……!」
風の刃が魔獣の翼から背中にかけて、直撃し、魔獣は前方へ大きく仰け反った。
(どうだ……? っ……!)
魔獣がぐわっと身体をひねり、振り向いた。
ロディは思わず、風の補助を用いたバックステップで距離を取る。
「ウン、今ノハ結構、効イタヨ」
(まじか、あの至近距離でこれしか効いてないのか!? これでレフィアから教わった魔術五つのうち四つを使ってしまった)
「君ノコトハモウ分カッタ。風ノ力ハ速クテ器用ダケド、威力ガ弱イ」
魔獣はそう宣告すると、両翼と両手を大きく広げた。
「コレデ終ワリニシヨウ」
魔獣の前の空間が激しく黒く歪んでいく。
「少シ、期待ハズレダッタカナ」
その言葉と同時に魔獣が両の手の平を突き出すと、球体状に歪んだ巨大な黒い塊がロディ目掛けて迫ってくる。
(くっ……、追尾するタイプか……)
<風壁よ、対象の進行を阻害せよ——>
「
「サテサテ、ソノ風ノ守リデ防ゲルカナ」
「防ぐつもりなんかないよ!」
「オ……?」
ロディは
「無駄無駄、ソレ、ドコマデモ追ウヨ」
「どこまでも来るんだろ? だったらこっちは?」
「ッ!?」
ロディは急旋回して、塊と魔獣が一直線状になる位置へ向かって加速する。
「フンッ、コンナモノ少シ移動スレバ……ナ、何!?」
魔獣は移動することができなかった。
「コ、コレハ……風ノ壁?」
魔獣は自身が不可視の風の壁に包囲されていることに気が付く。
(
「ナルホド、面白イ、ダガ、残念ダッタネ」
「っ……!」
魔獣がパチンと指を鳴らすと、黒い塊は霧散するように消滅した。
「自滅ナンテシナイヨ」
(遠隔停止できるのかよ……! だけど……)
「いいさ、こっちだって本命はそれじゃない。ちょうど描き終えたところなんだ」
「エ……?」
ロディの目の前には、複雑な術式の筆跡が煌いていた。
その瞬間、訓練時にレフィアに言われた言葉がロディの頭によみがえる。
◆
『ロディが以前使った術式は<氷柱よ、とても大きな塊で、いい感じの場所の地中からぐいぐいっと迫り出し邪を貫け——>です。これはとても危険なのです。特に<いい感じの場所の>の部分なのです』
『ご、ごめんなさい』
『いいですか、ロディ』
レフィアは真剣なまなざしでロディを見つめたので、ロディは思わず背筋を正す。
『はい……!』
『今後、こんなアバウトな術式は決して使わないこと。特に方向や対象については必ず明示する。これを約束してほしいのです』
『わかりました』
『それじゃあ、この術式を一緒に整えていくのです』
◆
<氷柱よ、極低温の質量をもって鋭く巨大な杭と成り、標的の足元より天を貫け——>
(これがレフィアから習った最後の魔術。前回、不発に終わった氷の魔術のアップデート版にして切り札だ。今の俺は術式描画にも発動にも時間が掛かる。だから相手の動きを封じる必要があった)
「オイオイ、ナンデ風、得意ナ奴ガ氷ナンテ」
魔獣の足元の地面がめりめりと音を立てて、せり上がってくる。
「アー、ヤッパリ当タリダッタジャン」
魔獣は何かを諦めたように呟いた。
「
巨大な氷の柱が天を衝いた。
その切っ先が魔獣の身体を貫き、魔獣は天を仰ぎ、その長い両腕は力なくぶらんと垂れ、絶命していた。