ZOIDS―獅子光の伝承―   作:とむ×2

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10.EZ-049 『バーサークフューラー』

 

 これは15年前の秋、かつて存在した村の話。

 エヴァルトの母は幼い彼を胸に抱いたまま、収穫期を迎えた麦畑の中でその身を横たえた。

 

 父は機械化されていないディプロドクス型ゾイドの“ビガザウロ”に乗って、野盗の襲撃に果敢に立ち向かった。

 しかし、地球の技術で重武装化されたスティラコサウルス型ゾイドの“レッドホーン”が積んでいた、地球由来の対ゾイドリニアキャノンによって、彼らは文字通り跡形もなく消し飛んだ。

 

 さらに、地球由来の高性能な赤外線センサーは、畑に身を隠した親子や他の村人を容易く見つけ出した。

 そして、対人無力化に最適化された地球由来の高圧濃硫酸噴射砲は、生身の人々を瞬く間に灼いた。

 

 野盗が村を襲った理由はひとつ。

 村で栽培していた地球由来の大麦を、根こそぎ奪うためだった。

 

 そして、当時3歳だったエヴァルトが生き延びることができた理由はふたつ。

 ひとつは彼を抱き庇った母が、濃硫酸が背中を灼く苦しみに耐え、最期まで声を押し殺したこと。

 もうひとつは、先代の“御霊代(みたましろ)”が乗るライガーゼロが、瞬く間に野盗のレッドホーンに“介錯”を施したからだった。

 

 

 修繕が繰り返された古い聖堂の一室で目覚めたエヴァルトは、視界の輪郭がはっきりとするや否や、包帯が巻かれた身体の痛みに構うことなく、早々にベッドを降りて部屋を出た。

 

 獅子光教団の西方大陸における拠点となったこの建物は、かつては古代帝国の高官が建築に携わったとされる、ゴシック調の聖堂だった。

 エヴァルトの眼前に伸びる長い廊下は、ひび割れたステンドグラスの窓から差し込む幾つもの光によって、先々が照らされている。

 奉仕に勤しんでいた信徒の子供たちは、彼とすれ違うたびに静かに頭を下げた。

 その間も、エヴァルトは誰とも言葉を交わすことなく廊下を進み、太古の絢爛な装飾を殆ど失った幅広い階段を降りていく。

 

 やがて、エヴァルトは聖堂の地下に秘匿された――数十体におよぶ白亜のオオカミ型ゾイド、“ケーニッヒウルフ”が不揃いな体勢でずらり並ぶ、広大で暗い格納庫にたどり着いた。

 

「……大丈夫かい、ライガー」

 

 その区画のひとつで足を止めたエヴァルトは、視線の先で身を横たえ、素体形態のまま“治癒”途上にあるライガーゼロに声をかけた。

 

『――……』

 

 それに反応して、ゼロは微かに呻くような声を漏らした。

 ゼロが胴体腹部に受けた深い傷には、教団が施した蛆虫のような極小型の原生ゾイドが大量に這っている。

 

 エヴァルトはゼロに慈愛の眼差しを送った後、ひとこと「すまない」と零した。

 

 

 それから、エヴァルトはある部屋の前を訪れた。

 しかし、彼がドアをノックしても、いっこうに返事が返ってこない。

 

「稽古か……」

 

 聖堂の外から複数の地響きを耳にしたエヴァルトはそう呟いて、脇腹を押さえながら踵を返した。

 

 正面の開口部を出た先には、かつて地球の庭園を模したとされる広大な広場が存在した。

 そこは今や、教団のゾイドに踏み荒らされ植物ひとつ生えない、彼らの“稽古場”と化している。

 

 稽古場を訪れたエヴァルトの視界には、ちょうど一体のケーニッヒウルフがしなやかな四肢で庭園の遺構を踏みしめながら、さらに200メートルほど離れた先で待ち構える一体の“黒いゾイド”めがけて疾走している様子が映った。

 

 後ろ足で大地を蹴ったウルフは綺麗な弧を描いて跳躍し、右前足の鋭利な爪を軽快に振りかざす。

 しかし、その切っ先を向けられていたティラノサウルス型の完全野生体ゾイド――本来あるはずの装備やアーマーを全て取り払った素体の“バーサークフューラー”は、体幹を維持したまま上体を斜め下へ機敏に反らした。

 

 そうしてフューラーは最低限の挙動でウルフのクローを躱したかと思えば、さらに移った重心と勢いを利用して強靭な脚を軸に長い尾を振り抜き、着地が崩れたウルフの全身を薙ぎ払うように、大きく後ろに吹き飛ばした。

 

『うわぁ!』

 

 ウルフに乗っていた少年の悲鳴がスピーカーを通して修練場に響き渡ると、今度は別に控えていた二体のウルフが、フューラーを挟むように二方向から接近した。

 

『いくぞハルト!』

『おう!』

 

 そのうち、先に到達した片方のウルフはフューラーの間合いに踏み込んだかと思えば、すかさず身を引いて軽快なジグザグのステップを踏みながら、目を引くように一定以上の距離を保った状態で周囲を駆け回りはじめた。

 

『……面白い』

 

 フューラーのスピーカーから、女性の落ち着いた笑い声が零れる。

 

『先生ッ!』

 

 そして、一体が目を引いた隙を利用して、もう一体のウルフがフューラーの目線の死角となる側面に肉薄し、胴体部に向けて牙を剥いた。

 

『……だが、目はひとつじゃない』

 

 パイロットが発した言葉とともに、フューラーは噛みつかれる寸前、振り向くことなく強靭な脚と爪を用いた回し蹴りをウルフに見舞った。

 

『そんなっ!』

『勝負はゾイドとパイロットの二人三脚だ』

 

 さらに、フューラーは陽動役だったウルフが仲間のダウンを受け、たまらず攻めにまわってくるタイミングを見透かしたように、小振りながらマッシブな腕のクローを俊敏に突き出す。

 

『でも、頭は使えてる。上等だ』

 

 フューラーは、ウルフの胴体側面のスリットをクローでがっちり掴んで、自身の肩に乗せて高い打点を生み出し――

 

『ぐわっ!』

 

 “投げ”の要領で全身の体重と勢いを乗せ、砂煙を上げながら地面に叩き落とした。

 

「その場から動いてもいない……相変わらず無駄がない」

 

 地響きと遅れて吹きつける砂煙の中、かつては噴水だった瓦礫に腰をかけ、決着に至る一連の流れを眺めていたエヴァルトはそう一人ごちた。

 

 

 「ふふ、ベッドはお嫌いかな」

 

 稽古を終え、フューラーを降りた赤い短髪の壮年女性は、満身創痍のエヴァルトを見るなり手を上げ、気さくに声をかけた。

 

「先生……申し訳ありませんでした」

 

 一方、エヴァルトはおずおずと目を瞑り、その場で深く頭を下げる。

 それを見た“先生”――アンネローゼは、他の信徒から時おり男装の麗人と称されるその凛々しい微笑みを彼に向けた。

 

「なんだ、“御霊代”がそう簡単に頭を下げるものじゃない」

「……僕は、ライガーの顔に土を付けてしまった」

 

 顔を俯け、いつになく辛気臭い態度を見せるエヴァルトに、アンネローゼは思わず肩をすくめた。

 

「土なら、さんざん私がつけてやったじゃないか」

「……えぇ。でも、今の僕は先生から“御霊代”を受け継いだ身です」

 

 エヴァルトは拳を握り、それまで沈んでいた声色が徐々に昂りはじめる。

 

「それが介錯の最中に、よりにもよって地球人……そして、そのゾイドにライガーのコントロールを奪われて後れを取るなんて……僕は……!」

 

 そうして静かに憤る彼の頭に、アンネローゼは手をポンと置いた後、少しの力を加えて互いの顔をなかば強引に向き合わせた。

 

「――“地球を忘れよ”」

 

 アンネローゼが真っ直ぐな眼差しとともに発した、教義の言葉。

 それを耳にしたエヴァルトは、頭に上り始めていた血潮が不思議と引いていく感覚を覚えた。

 

「エヴァルト……この教義が持つ意味はなんだ」

「……この惑星をあるべき姿に戻し、人もゾイドも皆、豊かにすることです」

 

「そうだろう。そして、その“皆”の中にはお前自身も含まれている。介錯や地球憎さのために身を滅ぼしては、本末転倒だ」 

「……先生」

 

「お前が生きて返ってきた。私はそれで十分だよ」

 

 眼前で微笑みながらそう言い切る先生は、つくづく甘いお方だ。

 そんな生半可な覚悟では、この惑星の矛盾は断ち切れないだろう。

 

 エヴァルトは彼女と言葉を交わすたびにそう思うのに、なぜか悪い気はしなかった。

 

「それに、私はあのライガーとは反りが合わんのだ。ようやくフューラーにも馴染んできたのに……今さらライガーを返しますと言われては敵わんぞ」

「……僕はまだ、先生には遠く及びません。あの流れるような機敏で無駄のない動き、そして気の運び。僕にもあれができていれば、ライガーを傷つけなくて済んだのかもしれません」

 

「ククっ、だから反りが合わんと言っている。ライガーはもっと大胆で、本能的で、自由な“狩り”を好む。お前が見定められた理由はしっかり理解しておけよ」

 

 アンネローゼはカラカラと笑いながら、言葉を失ったエヴァルトの肩をポンポンと叩く。

 そして彼の傍を通り過ぎた後、彼女は背中越しに再び言葉を発した。

 

「――中央大陸から、教主が御成りになるそうだ」

「それは……本当ですか」

 

「あぁ。お前が気を失う前に残した、“白い小型ゾイド”の口頭報告。あれは断片的なものだったが……教主はそれだけで全てを御見通しになられた。奴は本庁が動くに足る、十分な代物だったということだ」

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