昼間の旧市街地を見下ろすように、夏空に映えるさわやかなブルーのクワガタ型小型ゾイド“ダブルソーダ”が一機、オレンジに透けた後翅を小刻みに羽ばたかせながら、高度300フィートの低空を低速で飛行している。
「さぁ、今日も忙しくなるぞクレイ。昨日、ラリーたちの危機を儂らが知る前に、マッドサンダーがひとりでに壁の外へと飛び出した原因の究明。それから、採掘区で発見された秘匿区画の件……やることが盛りだくさんだわい」
縦列に並んだ複座のうち、グレーのツナギに身を包んだウィルキンスは後部座席に深々と座り、風で飛びそうなシルクハットをぎゅうと手で押さえながら、意気揚々と声を上げていた。
「……あんた、
そのチンチクリンな姿をミラー越しに見て、呆れた声を漏らしながら前部座席で操縦を行うのは、マッドサンダーのブリッジにもいたウィルキンスの部下であるクレイという中年男性だった。
「ただでさえ皆より太陽に近い場所を飛んでおるのだ。帽子を被らんと、髪はすぐに傷むぞクレイ」
「現場人間らしく、ヘルメットでも被ってなって……」
「ヘルメットは蒸れるから、ギリギリまで被りたくないのだ」
文字通り、
この旧市街はかつての要塞都市の遺構であり、今もなお全周の防壁として機能している巨大な壁の内側に、三つの区画が存在する。
マッドサンダーが発電のために広場で鎮座し、住居やビルの遺構をそのまま利用した居住区。
大麦畑をはじめとした様々な作物を育てるため、モルガの大規模な地ならしにより拓かれた農業区。
そして瓦礫の山と化し、今も数多くの大戦期ゾイドが埋もれた、かつての大工廠や格納庫跡地の採掘区。
これらを結ぶ大通りには多くの人やゾイドが行き交っており、まるでここが
「なぁ砂爺。いい加減もうここを街と認めて、名前を付けたらどうだ」
「……いや、それはせんよ。なにせここを街として機能させるには、いくぶんマッドサンダーの電力に依存しすぎている。彼が人間に見切りをつけた時、儂らはいつここを出てもいいように、冒険団としての形はしっかりと残しておかねばならん」
「……そういうもんかね」
クレイがぶっきらぼうな返事を返した直後、彼は不意に視界に入った大通りのカノントータスを注視して、再び口を開いた。
「なぁ、もうひとついいか。あの嬢ちゃんに、本当のこと言わなくてよかったのかよ。真オーガノイドが昔、この星でどんなにヤバいことをしでかしたのか……」
クレイの質問に、ウィルキンスはふぅと息を吐きながら少しの思案を挟み、やがて静かに答えた。
「誰も……本当の家族の代わりにはなってやれんのだ。少なくとも今は、そういう関係で居させてやってくれ。ブリッジクルー以外にも口外するな」
「……俺だって気持ちは分かるし、あの嬢ちゃん自身にも罪はねぇ。でも、あの
クレイが言葉を言い終える前に、ウィルキンスが後ろから彼の肩を叩いて、ハンドサインで旧市街の防壁のとある地点を示した。
コンクリート造の巨大な壁の上には、一機のヴェロキラプトル型狙撃ゾイド“ガンスナイパー”が、大通りをのしのしと歩く一機のカノントータス――
「……わかっておる、いざというときはな。そうならないことを祈るばかりだ……」
――その甲羅後部の人員輸送庫ハッチを開き、数人の子供と戯れるオズを、キャノピー越しのカメラアイからじっと睨み続けていた。
◆
「はい、できたわよオズ!」
「こーすれば、もうパパにおそわれないよー」
カノントータスの格納スペース内で、青いリボンでグルグル巻きになったオズを満足げに見つめているのは、栗色の髪をした14歳の女の子“チェルシー”と、黒い髪をした7歳の男の子“リアン”だった。
彼女たちはラリーとメレジアの元気な長女と次男であり、ルーがラリー一家にしばらくお世話になることが決まったとたん、珍しい地球のお客さんに対して一気に距離を詰めてきた。
『――!』
「あ、ありがとう……」
困惑したように電子音を発してもがくオズを前に、ルーは思わず苦笑いを零している。
そんな中、コクピットでカノントータスを操縦しているエディの慌てた声が、伝声管を伝って格納スペース内に響き渡った。
『あまり変なことしないでくれよぉ。そのお方は、俺とトータスの命の恩人なんだからさぁ』
エディが発した『命の恩人』という言葉に、ルーは妙に恐縮を覚えた。
「すみませんエディさん……お忙しいのに、案内をお願いしてしまって……」
『いいのいいの。今は親父が治療中だから訓練もねーし、ちょうど暇してたからさぁ』
おどけたようなエディの言葉を耳にして、チェルシーは目をじっとりと細めながら口を挟んだ。
「……パパ、『俺が居なくても戦闘訓練はしとけよ』って言ってなかったっけ」
突き刺すようなチェルシーの告発に、エディは黙りこくってしまった。
沈黙が続くにつれ、ルーはなんだか気まずくなって、目についたオズのリボンを褒めることにした。
「ははは……あ、青も似合っててかわいいよ、オズ……」
『――……』
すると、それを聞いていたチェルシーは、唐突に不満げな声を漏らした。
「……か、かわいいんじゃないもん。“蒼のオリジナル”の真似だから、カッコイイが正解なのに……」
「ねーちゃん、まーたブツクサいってるー」
リアンにいじられながら、少し拗ねたような態度を取り始めたチェルシーの様子に、ルーは首を傾げた。
「……まぁでも、よく考えたら当たり前よね。ルーは“伝承”を知らないんだから、オリジナルなんて言っても分からないのは当然よ」
「チェルシー、その……伝承って?」
「こ……この星に伝わる、有名な“獅子光の伝承”のことよ。その……遠い昔、大勢の人が住んでいた平和な国を、“破滅の魔獣”が襲ったっていう……ま、まぁ、よくあるお子ちゃま向けのお伽話よ」
チェルシーはどこか小恥ずかしそうに顔を逸らしたが、ルーが真っすぐな眼差しで興味津々な表情を見せるものだから、彼女は「仕方ないわね」と前置きしながら更に語りを続けた。
「そ、その“魔獣”はとても凶暴で……何度も“死の光”を放ちながら国を襲いに来たの。でも、そのたびに平和な国を守っていた“雷の神”が、不思議な力で死の光を跳ね返し、退治してくれていたの」
「
「でも、ある時から魔獣は“
「どきどき……!」
チェルシーの語りにはいつのまにか熱が乗っていて、さっきまで恥ずかしそうにしていたあの姿がまるで嘘のようだった。
それを見たリアンは吹き出しそうになっていたが、一方のルーは真面目に話を聞き続けていた。
船で聞かされるお伽話なんて、もっぱら“天蠍の古記録”ぐらいしかなかったルーにとって、彼女の口から語られる物語はとても新鮮だったのだ。
「――しかしそのとき! 天から“蒼”と“白”を纏った二頭の“獅子”が舞い降りて来たの! 魔獣はすかさず死の光を放つんだけど、二頭の獅子は光をたやすく引き裂いて、そのまま魔獣を口から真っ二つにしたのよっ! そして、人々はその勇敢な獅子の戦いと、光を裂いて舞い降りる姿を未来永劫讃えるために、“獅子光”という言葉を後世に残したの!」
「へぇ~! 獅子光って言葉に、そんな意味が!」
「でしょでしょ? 私、昔からこのお話が大好きで、いつもリアンに……はっ」
チェルシーが急に我に返ると、このうえなく真剣な表情でこちらを見つめるルーと、スペースの床で笑い転げまわるリアン、リボンが絡まって一緒に転がるオズの姿が目に入った。
彼女の顔はたちまち紅潮し、「それだけ……」と呟きながら俯いてしまった。
「……なんで恥ずかしがるの、チェルシー? 伝承とかお伽話が好きなのは、何も恥ずかしいことじゃないよ?」
顔を伏せていたチェルシーに対して、ルーは当然のようにそう言ってのけた。
すると、チェルシーはおずおずと顔を上げて、顔を赤らめたままその続きを語り始めた。
「そ、そう……よね。……これ、実はパパたちを襲った悪い教団にも信仰されているお伽話なの。だけど本当は元々、この旧市街で本当に起こった出来事の記録が、後世の記録として伝承されていったものなんじゃないかって言われてるの……というか、砂爺がそう言ってたわ」
それを聞いたルーは、昨夜の食事の折、ウィルキンスがしきりに“伝承”という言葉を口にしていたことを思い出した。
今でこそこの地に落ち着いてはいるが、元々はれっきとした冒険家だった彼が地球や各地方の伝承に興味を持ち、手がかりを集めたり調べ回っていたであろうことは、ルーにもたやすく想像できた。
「それで……その。これはさらに尾ひれのついた話なんだけど、伝承に登場した二頭の獅子は……実は今も生きていて、この旧市街を守ってるって噂なの」
「え……」
「そして、大人たちはその可能性がある獅子型のゾイドのことを――“オリジナル”と呼んでいるのよ」