ルーを怖い目に遭わせた連中など、最終的にどうなろうが関係はない。
むしろ、今はこの安全な遺構の中で、このまま第三勢力の手で包囲が崩れることを利用し、機を見て逃げ出せばいい。
幾千通りの思考ルーチンを巡らせても、オズの導き出す最適解は変わらなかった。
「ゴメン、自由にするって言ったのに……でも」
それなのに、ルーは
彼女はバックパックの手持ち工具を幾つかベルトに装着し、コンソールにそっと手を触れて目を瞑った。
「でも、やっぱり今は行かなきゃ。あの白いゾイドを、このまま放っておけない」
彼女は恐怖を圧し殺して、自分たちを襲った
そして、ライガーゼロのパイロットが“地球を忘れよ”と高らかに謳った真実を確かめようとしている。
二人の生存確率を著しく引き下げる、オズには理解不能な選択だった。
しかし彼自身も、彼女を引き止める選択は何故か浮かんでこなかった。
「オズも、ごめんね」
『――……』
ルーの呼びかけに、オズはただ無言の肯定を返す他なかった。
「……じゃあ、行ってくるね。また、戻ってくるから」
ルーは一度だけ深呼吸を挟んでから――しっかりと目を見開いて、コンソールから手を離そうとした。
『……ケ……』
「――え」
だがその瞬間――ルーの脳裏にオズのものではない声が流れ込み、同時に彼女の網膜には、おぞましい映像の奔流が押し寄せた。
それは僅か1秒にも満たない接触。
「……ち……違……!」
しかし、紛れもなく遺構の意志によって開かれたのは、気泡のように立ち上がり、“濁った赤”と“黒”に瞬く幾千、幾万もの深淵の光芒。
その光芒のひとつひとつに記録された、あるひとつの命の尊厳が失われていく過程と、それがもたらした災禍――
「……あ……ぁ……」
そして、遺構が眠りにつく間際に目にしたふたつの不明瞭な影が、万華鏡のように眼前で激しく明滅し、彼女の脳に許容量をはるかに越える膨大な情報を与えた。
それを一身に受けた彼女は即座に膝から崩れ落ち、目を見開いたまま痙攣を始めた。
『――……!』
オズが慌てて彼女のバイタルを確認すると、幸いにも息はあることを認識して、ひとまず低い電子音を零す。
しかし、彼女は依然として恐慌状態に陥っており、やがてその
オズはたまらず融合を解いてコクピット内にボディを再構築し、自我を喪失しているルーの全身を複数の脚で包み込む。
『――!!』
そして、オズはルーに対する必死の呼びかけとともに、長い尾の先端に艤装された鋭利な細い針状の格納式プラグを展開し、やむを得ず彼女の細い首筋に浅く刺し込んだ。
「あ、が……」
ルーの全身の激しい震えは、涎の垂れた口が幾度か歯をガチガチと噛み合わせた後、焦点の定まっていなかった瞳孔に少しずつ光が戻り、息を荒げながら次第に収拾を見せはじめた。
「……はぁ……はぁ……」
そして、彼女はどうにか自我を引き戻すことに成功し、ふらつきながらもゆっくりと立ち上がって、コンソールを一瞥した。
「し、白いゾイドを……破壊したいんじゃ、ない……」
ルーは表情に影を落としつつ、自身を包むオズの脚に手を触れながら、もう一度口を開いた。
「……ごめん。やっぱり……キミを自由にするわけにはいかない」
◆
ライガーゼロの“咆哮”とパイロットが発した“勧告”に怯むことなく、ラリーのディバイソンは大地を蹄で力強く踏みしめ、雄叫びを上げながら突貫を始めた。
「動ける奴は、負傷者を回収してすぐ旧市街に戻れ! 俺が時間を稼ぐ!」
この距離は躱される間合いではない。
何より、残った仲間とゾイドを、彼はこれ以上失うわけにはいかなかった。
ゆっくりとこちらに首を振り向かせるゼロの喉元に向け、鋭い超硬角を振り上げたディバイソン。
しかし、それを突き立てる寸前でゼロの爪によって角の一撃は防がれ、激しい火花を散らした後、力が拮抗した両者はそのまま鍔迫り合いとなった。
「地球を忘れろたぁ、ずいぶんなご高説だな。ご丁寧に、ライガーゼロからショックカノンまで取り払いやがって気色わりぃ。てめぇらの教義に殉じなきゃ、俺たちゃどうなるってんだ」
コクピット内がゼロの爪から迸るレーザーで明滅する中、ラリーはあくまで平静を装っている。
そんな彼の問いかけに対し、オープンチャンネルを通してあの若い男の声が返ってきた。
『……先の戦力を見れば、貴様たちのコロニーが地球文明の置き土産を掘り起こし、Ziにあるべき姿から逸脱をもたらしていることは明白である』
「戦力じゃねぇ、元はどれもただの作業用ゾイドだ。わざわざこんなチンケなコロニーまで、どっかのキナ臭い不届き者がちょっかいをかけに来るもんでね……自衛は必要だろ?」
『……ここは、ただのコロニーではない……ライガーがそう告げている』
「てめぇ、そのライガーゼロ……まさか
『答える必要はない。もはや間引く他ないのだから』
はじめこそ拮抗していた角と爪も、次第にゼロの爪に通ったレーザーの超高熱によって、ディバイソンの角は融解寸前までダメージを受けていた。
「ここまでか……!」
時間稼ぎに徹していたラリーだったが、眼前の現実に対し、とうとう腹を括った――次の瞬間。
突如、ゼロの数十メートル後方で激しい発光とともに、砂地に大穴が開くほどの爆発が起こった。
「バッ……バカヤロウ! なんでまだいる!」
ラリーがスピーカーに怒号を叩き込むと同時に、爆発の衝撃によって両者の鍔迫り合いは強制的に解かれた。
そして、先に動いたゼロはすかさず踵を返して標的を変え、駆け出しざまに鮮烈な後ろ蹴りを、死角となったディバイソンの頭部右側面に見舞った。
「があ……っ!」
蹴りの勢いで後方に飛ばされたディバイソンは砂地に墜落して横たわり、折れた右片方の角が付近に転がった。
「に、逃げろ……ッ!」
額から流れる血に構うことなく、ラリーはスピーカーに叫んだ。
ゼロが向かう先には、ビームキャノンの砲身から激しく白煙を噴き上げるエディのカノントータスの姿があったからだ。
「う、動かないッ!?」
カノントータスのコクピット内で、エディは恐怖に顔をひきつらせながら、必死に足掻くようにスロットルバーを振り回す。
しかし、ビームキャノンのオーバーヒートは機体全体に及んでシステムダウンを引き起こし、カノントータスは一時的な稼働不能状態に陥っていた。
離脱中だったもう一機のカノントータスが、遠距離から山なりに突撃砲を放つも、高速機動中のゼロにはかすめることすらできない。
瞬く間にゼロの接近を許し、眼下に捉えられてしまったコクピットのエディは、振り上げられた巨大な爪の影の下で、涙を溢しながらシートベルトを震える手で懸命に外そうと踠いた。
「お、親父いぃっ!」
エディの歪んだ視界には、煌々と赤く光る二本の線だけがはっきりと浮かび上がっていた。
しかし、押し上げられた涙腺が彼の目を瞬かせた瞬間――
遺構の方角から亜音速で飛来した