ライガーゼロの若きパイロット――エヴァルトは青く長い前髪から覗く目でコンソールに視線を落としながら、まずはビーム兵器の被弾を疑った。
カノントータスを仕留めにかかる寸前、コクピットを襲った激しいフラッシュアウト現象は被弾の衝撃をほとんど起こさず、コンソール上では機体の目立った損傷が認められない。
大方、ガイサックの低出力かつ整備不良のロングレンジガンが掠めたのだと即座に判断し、彼は取り乱すことなく、眼下のカノントータスのコクピットを再び見据えた。
「――ライガー、僕のことは気にするな。これもキミの未来のためだ」
エヴァルトは小さく言葉を零して、モニターに映る歳が18ほどの若いカノントータス乗り――およそ同じ年代の青年が、恐怖と驚愕が同居した表情でこちらを見上げている様を一瞥し、奥歯を静かに噛みしめる。
そして、彼は
「……な!?」
しかし、何故か爪を振り下ろすことはできなかった。
――否、エヴァルトによるライガーの操作が、コンソールの発するアラートと共に一切受け付けられなくなっていた。
決して、彼自身の意志が介錯にストップをかけたのでもなければ、これはライガーの意志でもない。
エヴァルトにとって、物心がついた時に
この得体の知れない現象に、彼は久しく流すことのなかった冷や汗を背中に感じた。
「――振り返らずに、手を……上げてください」
ほどなくして、コクピットのシートに座るエヴァルトの右隣から、幼い少女の震える声がした。
エヴァルトは目を大きく見開き、静かに両手を上げながら、その信じられない状況に息を呑んだ。
狭いコクピットのごく限られた側面のスペースに一切の前兆もなく、粗い呼吸と体温を発するものが突然現れたのだ。
これは、彼の
「こ、このゾイドのコントロールは今、私たちが奪いました。今すぐ暴れるのをやめると言ってください。それから――」
ルーはバックパックから持ち出した
そんなルーの言葉を耳にし、エヴァルトが冷徹な視線を一瞬だけ彼女の方に送ると、ルーはボンドガンを見られまいと、慌ててそれを更にこめかみへと押し付けた。
「ふ、振り向かないでと言ったはずです!」
ルーの必死な声を聞いて、エヴァルトは視線を正面に戻した。
それから二人の間には規則的なアラートが響き、束の間の膠着が訪れる。
「――地球人か」
先に口を開いたのは、エヴァルトの方だった。
「……そうです。だから私は、あなたがさっき言っていた『地球を忘れよ』って言葉の意味を確かめに来ました」
「教義を知らないか……やはり、グローバリー
エヴァルトの返答に、ルーは思わず生唾を飲み込んだ。
その音はアラートの切れ目にコクピット内で響き渡り、エヴァルトはうっすらと口角を上げながら言葉を続けた。
「まぁいい……あれは言葉通りの意味だ。この星に、地球人の持ち込んだ技術は必要ない。ゾイドたちは気高く、逞しく……本来あるべき姿に戻る時がやってきたんだ」
「あるべき……姿?」
「太古の昔。地球からもたらされた重火器や戦争のための新たな技術が、かつて対等だった人とゾイドの関係を、一方的に利用する関係へと変貌させた。そして、この星に生きるあまりに多くのゾイドを加速度的に傷つけ――死に追いやった」
ボンドガンを握るルーの手が、一瞬だけ緩んだ。
「それに……旧市街の連中が利用していたゾイドたちは、本来の姿ではない。あれは、野生体のゾイドコアを、後から人間が作った機械の身体に移植した――意思を持ちながら自由を持たない、サイボーグと言って差し支えないんだ」
それまで擦れていたエヴァルトの目は、一瞬だけ慈しみをはらんだ潤いを見せた。
「そして、歴史が折り返した頃になってようやく、人間は野生体ゾイドをそのまま生かす選択を取った。このライガーゼロのようにな」
彼はコクピット内を見上げるようにして、今度は目をパァッと輝かせながら、自らが乗るゾイドたちに向けて言葉を弾ませた。
「……だが戦争が無くなり、軍が消え、国家が消えた今もなお――あのサイボーグ化されたゾイドたちは、寿命で死ぬことすら許されず、ああして人間に争いの道具として利用され続けている。故に、僕たちはこうして介錯による救いを与えているんだ」
ルーは先刻までの光景を脳裏に浮かべた。
この眼前の青年が言っている理屈も、分からなくはない。
「あれが……救い?」
しかし、それでもあの一方的な殺戮行為を、救いとのたまうその言葉に――ルーは明確な嫌悪感を示した。
「もっと、他にやり方はなかったんですか」
「……これが教義だ。少なくとも、そんな
「ち、違います、これは工具だからセイフティなんて――」
ルーが失言を溢した瞬間、エヴァルトの腕がルーに向かって素早く伸び、コクピットを立ち上がって彼女の首を思い切り締め上げた。
「あっ、がぁっ……!」
目を見開き、苦悶の表情を浮かべるルーは、ボンドガンを捨ててエヴァルトの手を解こうと両手に力を込めつつ、宙に浮いた細い足を懸命にバタつかせてもがく。
しかし、華奢な彼女の力では鍛え上げられたエヴァルトの力には到底かなわない。
彼は冷徹かつ軽蔑をはらんだ目で、はっきりとルーを睨んだ。
「……僕とライガーの中に入って来るからこうなるんだ、地球人」
「ひ……あぐぅ……あっ……」
「これを、地球の言葉で“因果応報”と言うそうだな。まさしく言葉の通りだろう……地球の忌み船が沈んだことも、貴様に引導を渡すことになるのもな」
ルーの口角から細かい泡が漏れ始め、瞳孔が段々と開いていく。
死が着実に近づいていく中で、彼女が脳裏に浮かべたものは――
振動に包まれ、消灯したグローバリーV世号の船内。
カプセルに格納された、オズと同型のアースゾイドたち。
不安を察した、みんなの温かな微笑み。
――眼前に広がった“濁った赤”と“黒”の光の奔流。
「あ……ぁ……」
ルーの意識が、いよいよ散逸しようとした――そのときだった。
突如、ルーとエヴァルトの間で白く光る粒子が瞬く間に集合を始めた。
「――ぐっ!?」
そして、発光と共に顕現したオズの実体が二人の間に割って入り、ルーを掴んでいたエヴァルトをコクピットの前方に勢いよく跳ね飛ばした。
「ぐあっ!」
「ゲホッ、カハッ……!」
間一髪窒息を免れ、咳き込むルーは、そのままオズが展開した無数のコードによって包まれ、今度は二人同時に光る粒子と化して再び姿を消した。
モニターに額を打ち付け、エヴァルトは流血と痛みに苛まれながら振り返り、オズを目で追おうとしたが、それは叶わない。
「消え……があっ!?」
さらに追い討ちをかけるように、エヴァルトの身体がコクピット内で突然激しく跳ね、装甲化したキャノピーに数回、体を打ち付けた。
オズの強制融合が解かれ、ライガーゼロがコントロールを完全に取り戻した直後――残された僅かな力を振り絞ったラリーのディバイソンが、激しい勢いを付けた突進とともに、未だ健在な左側の超硬角をゼロの土手っ腹に突き刺したのだ。
「うおおぉぉぉっ!」
ラリーとディバイソンの雄叫びが共鳴する傍ら、一度大きく吹っ飛んで地に伏していたゼロは――ふらり、ふらりとよろめくように立ち上がった。
咄嗟の自律により辛うじて急所を躱したものの、アーマーをパージしたゼロは極めて甚大なダメージを受けていた。
同じく全身の痛みに耐えながら、コクピット内のエヴァルトも何とかシートに座り直り、血の滲む眼でモニターの向こうで力尽きて崩れるディバイソンとカノントータスを睨みながら、恨み言を零す。
「し、死に損ないが……ッ!」
怒りに猛るエヴァルト、満身創痍でありながら尽きない闘志のままに爪にレーザーを迸らせるライガーゼロ。
「……くそっ!!」
――だが、あるものの存在に気が付いた彼らは踵を返し、撤退を選んだ。
ラリーとエディはそのとき、ライガーゼロに一体何が起こったのかが理解できなかった。
量子化とハッキングを繰り返したことでエネルギーが底をつき、砂地に墜落したオズとルーはその場に横たわりながら、薄れゆく意識の中で徐々に大きくなっていく大地の振動をはっきりと肌身で感じていた。
それは、眩いスパークを伴った一対の長大な
そして、先端から軍船のラムのように猛々しく突き出したサンダーホーンを堂々と構え、全長は40m、重量は500tを越える山のようなトリケラトプス型の超巨大ゾイド――
“マッドサンダー”が一機、旧市街方面から大地を轟かせながら迫りつつあったのだ。