ルーが少しずつ目を開けると――そこには見知らぬ部屋の、薄暗い天井が広がっていた。
裸電球の吊り照明がかろうじて見えたが、どうやら消灯されているようだ。
ゆっくりと上体を起こすと、彼女は自身が毛布をかぶせられ、ベッドに寝かされていたことに気が付く。
「……オズっ」
慌てて周囲を見回すと、オズはベッドのすぐ隣の床上でスリープ状態に入っていた。
くすんだ白い外殻にいくつかの亀裂が走ってはいたものの、呼吸のようにボディが上下に動いており、なんとか無事であることが確認できた。
「……あっ……あぁ……」
そして、彼女自身も殺されかけた瞬間の恐怖と、そこから生きて逃れられた喜びが胸の内からたくさん溢れて、ついにはベッドの上でさめざめと泣き出してしまった。
……それからしばらくして、落ち着きを取り戻したルーは、いま自分がいる部屋を、さらに隅々まで見回すことにした。
建物はかなり古い石造りのようで、Ziの二つの月が照らす光を取り入れているサッシのない縦長の窓は、ガラスがくすんでいるように見える。
部屋は椅子やテーブルに置かれたままのコップなど、随所に生活の痕跡があることから、ここが独房などではないことも分かった。
荒野で身にまとっていた防塵布と船内活動用ボディスーツは、これまた古めかしいキャビネットの上に畳んで置かれていて、いま身に付けているものが簡素な肌着と下着だけだと気付いたとき、ルーは頬を赤くした。
それから、枕元にはルーのものではない女性用の服が、一着分用意されている。
自分をここに運び込んだ者が、どうやら敵意のある人間ではないことが窺えたため、彼女はその簡素な砂色のワンピースに袖を通し始めた。
「……っ!」
そのときだった。
ドアのない開口部の外から、ひとつの足音が廊下を通って、だんだんと部屋に近づいてきていることが分かった。
そして、少しずつ大きく、明るくなってくる揺らいだ光を警戒して、ルーは床板をギシときしませつつ、ベッドを咄嗟に立ち上がった。
少なくとも、先の追跡以前も一週間は恐ろしい目に遭い続けてきたルーにとって、それは当然の反応だった。
「――あぁ、気が付いたんですね」
眩く光るカンテラを持って部屋に入って来たのは、長い茶髪を束ね、おしとやかな雰囲気を醸し出した、一人の女性だった。
「ふふ、うちの14になる娘と同じくらいの背格好だったから、あの子の服を用意してみたんですが……ピッタリでしたね」
やはり、この人から敵意は感じない。
そう思ったルーは、おそるおそる口を開いた。
「あ、あの……ここは」
「ここは、“旧市街”にある私たちの家です。私はメレジア……この度は夫と長男を助けて下さり……本当に、ありがとうございました」
メレジアと名乗った女性が深々と頭を下げると、ルーはどこか恐縮しつつも、彼女の言う夫と長男が一体誰なのかを思案した。
「……あっ、あの昼のゾイドに乗っていた」
「はい、そうです。それから……あの二人に代わってお詫びをさせてください。誤解とはいえ、あなたに怖い思いをさせてしまって……本当に申し訳ありませんでした」
「いえ、私は……大丈夫ですから。あのお二人は、無事だったんですか?」
「はい。長男はとくに怪我もなく、夫は重傷でしたが……命に別状はありません。長男は今頃救護所で、他の姉弟と一緒に夫の様子を見ているところでしょう」
ルーはその言葉を聞いて、あのとき遺構の中で彼らを助けたいと願ったことが間違いではなかったと知り、心がこそばゆくなった。
それと同時に、心が緩んだせいか長らく食事を節約していた彼女のお腹がぐーっと鳴って、眼前のメレジアはそれを聞いてクスリと微笑んだ。
「ふふ……ちょうど、あなたに会って食事をしたいとおっしゃっている方がいます。本当はこの場で食事をお出ししたかったのですが……今は“緊急停電中”で、お客さんにお出しできるようなものが作れないんです」
「い、いえ……おはずかしいです。その、私と会いたいと言う方は?」
「ご案内します。夏とはいえ、荒野のせいで外は冷えますので……これをお羽織りください」
ルーは渡されたポンチョ型の羽織を身にまとうと、ふたたびカンテラを手にしたメレジアの案内に従って階段を降り、三階建ての石造りの家を出た。
さっきメレジアが口にした“緊急停電”の影響か、彼女の家と同じ造りの石造り建築が並ぶ旧市街は、月明かりに照らされながらも全体が消灯しているようで、表通りの一般人の往来も少ない。
かわりに舗装の修繕が行き届いていない道の上を、ヘルメットを被った作業員たちが互いに言葉を交わしながら、搭乗しているゴリラ型の“ゴーレム”や、ダチョウ型の“ロードスキッパー”等といった小型ゾイドたちとともに、
「あの……これはいったい、何の作業をしているんですか?」
「停電の復旧作業ですね。こうなったのも、本当に久しぶりのことで……あぁ、見えてきました。ウィルキンスさんは
やがてルーの視界に飛び込んできたもの。
それは、モルガに艤装された投光器によって照らされながら、旧市街の中心広場に鎮座する――
四面を幾重もの足場によって覆われた、あの“マッドサンダー”だった。
そこでは大勢の作業員が、高所作業やクレーン仕様にカスタムされた“ブラキオス”、軽ウインチを艤装してマッドサンダーのボディを這い登る“ガイサック”等のゾイドの助けを借りて、街中から伸びた無数のコードや大きな付属部品などを、その巨体の至るところに接続しようとしている。
ルーがあんぐりと口を開けながら、その壮観な作業風景に圧倒されていると、マッドサンダーの背中左側面に見える
「こんばんは、地球のお嬢さん」
声の主を目にしたルーは、その黒い礼服のような設えにシルクハットを手にした彼の“紳士姿”があまりに場違いで、なんだか不思議とおかしみを感じてしまった。
「おうい、そこのブラキオスの君。そのお嬢さんをここまでお連れして差し上げろ」
老人がルーのすぐそばにいた作業員に声をかけると、彼は快くブラキオスを動かし、手摺付きのステップが増設された首のアームを、ルーのそばへとゆっくり下ろしてくれた。
「それでは……ひとまず私はここで。お食事が終わったら、また戻ってきてください。ちょうど電気も復旧していると思いますので……お風呂を用意しておきますね」
メレジアがそう言って微笑むと、ルーはステップの上で頭を深々と下げ、彼女を見送った。
この場を去る直前、メレジアはふらりとマッドサンダーの足下に歩み寄り、脚部の装甲に手を触れながら、ひとこと「お願いね」とだけ呟いた。
そして、ルーは久しぶりにお風呂に入れるという事実に胸を弾ませながら、満天の星空の下――この惑星Ziに降り立って初めての充足感を味わっていた。