誰が聞いても明らかなほどに、純真な善意に満ちたその声で。
ルーが“
マッドサンダーのブリッジクルーたちの間に、氷のような戦慄が走った。
「ほ……ほう、それは興味深い。ラリーが教団のゾイドだと誤認した、キミが連れているあの白いゾイドも……つまりはその一機ということなのかの?」
ウィルキンスは背もたれにかけていたシルクハットを無意識に手に取り、膝の上で
そして、内に秘めていた使命感を抑えきれなくなっていたルーは、弾むように口を開いた。
「はいっ。あの子はアースゾイド278號機……
「イ、イオ……すまん、なんと言ったのかな? 最近はどうも耳が遠くてな」
「“
手を胸の前にかざし、誇らしげにそう言ってのけるルーを前にして、前菜を運んできたウエイター役の作業員は、ウィルキンスの後ろで困惑したように立ち尽くしている。
それに気が付いたウィルキンスは振り返ったまま、彼に配膳を続けるようアイコンタクトを行った。
「……なるほど、選ばれしクルー。いわば、エリートというわけだね」
「えへへ、エリートだなんてそんな……」
ここにきて照れた様子を見せるルーの前に、作業員が震える手で大きな皿に盛られた三種の料理を置いた。
それを目にした彼女は、いい匂いが鼻をくすぐるにつれ、幾重もの直線が放射状に走る山吹色の瞳をだんだんと輝かせていく。
「わぁ……」
「……これはね、地球の伝承に残された“前菜”という料理の一例を再現したメニューだよ。左から“エウロペシメジのマリネ”、“フロレシオタラモドキのアンカケ”、“芋のヤマモリフライ”……だそうだ」
ウィルキンスが言い慣れない言葉を懸命に紡いだ後、ルーに「さぁ召し上がれ」と食事を促す。
「い、いただきます」
彼女はぎこちない手つきでフォークを使いながら、山盛りになった芋のフライから手をつけはじめた。
「んぐ、んぐ……お、おいひいれふっ、ひゃんほ塩のあひはしまふっ」
「ふふ……そうだろう。伝承によれば、地球のビュッフェなる皇族の食事の席では、シェフの“オモテナシ”として先に大量の芋をフライにして振舞ったそうだ。さぁ……食べながらでいいから質問を続けさせておくれ」
ルーがぱぁっと明るくなった表情で、それまで頬張っていた芋のフライを懸命に飲み込む姿を眺めつつ、ウィルキンスはさらに質問を続ける。
「キミの言う、そのアースゾイドだが……ほかの個体もオズのように小さいのかの? だとすれば、巨大なゾイドが闊歩するこの星で“争いを止める”なんて役目は、彼らにはちと荷が重いのではないだろうか?」
「そ、そんなことありません。たしかに、大きなゾイドに力では敵わないかもしれない……でも、アースゾイドには真オーガノイドの遺伝子研究がもたらした成果、ゾイドへの量子化転移……つまり融合が可能なんです」
ルーの回答に耳を傾けながら、ウィルキンスは何でもない風を装って、ナイフとフォークを使って一切れの魚を口にした。
普段は辛すぎるくらいの塩味が効いた料理だが、今は不思議と味がしなかった。
「……融合、と言ったのか」
「もちろん制約はあります。でも、この力をうまく使えば融合したゾイドの意識と全権能にアクセスして、争いをやめるよう説得ができますっ」
溌剌とプレゼンに勤しむルーの眼前には、次の皿が置かれた。
彼女の視線が皿に落ちると、料理を運んだ作業員の男は何かを訴えたそうに、ウィルキンスに対してアイコンタクトを送る。
しかし、ウィルキンスは小さく首を横に振った。
「……これは、アンダー海塩とマグネシウム箔のスープ……そして、この旧市街で栽培した小麦のパンだよ」
「これも、おいしそうです……いただきますっ」
お腹が満たされ始めるにつれ、ルーの遠慮はだんだんと薄れてきて、次に運ばれてくる料理を心待ちにしているようだった。
そんな、紛れもなく年齢相応の仕草を見せる少女の姿を、ウィルキンスは静かに眺めながら本題に戻った。
「……つまるところ。アースゾイドは、敵ゾイドのコントロールを奪って、乗っ取れる……ということだね」
「て、敵……。たしかに場合によっては、そういう手段を取らないといけないときもあります。でも……私たち地球人は、争いをなくすためだけにアースゾイドの力を使います。私たちは常に、教官からそう教えられてきましたから」
ルーの澄んだ瞳には、一切の迷いがない。
「万が一だが……アースゾイドが“暴走”を起こす危険性は?」
「……ふふ、そんなことは絶対ありえません。だって、みんないい子たちなんですよ? それに、アースゾイドがこれまでに暴走事故を起こした記録なんて、見たことも聞いたこともないって、教官たちも口を揃えてそう言っていましたし」
そして、一切の疑いを知らないルーの返答を耳にして、ウィルキンスは一瞬、俯きながら眉間に手を添えて、すぐにまた顔を上げた。
「キミたちは、オーガノイド……特に、真オーガノイドについて。大人たちから、どのように教わってきたのかの?」
「……何度でも言いますが、オーガノイドは地球に魔法のような技術革新をもたらした“希望”そのものです」
ルーはパンを手に、口まわりにパンくずを付けたまま、さらに続けた。
「そして、真オーガノイドの名で地球に伝わるその
まるで美しいお伽話を紡ぐように、ルーは澱みのない声のままそう語った。
それから彼女は、ひとつのパンを半分ほど食べ終えたところで、残りのパンをスープに浸すと味変を楽しめることを発見し、微笑んだ。
一方、その向かいでシルクハットを親指でジリジリと擦り続けていたウィルキンスは、声を聞かずとも伝わる周囲の圧を一身に受けて、意を決したように最後の質問を投げかけた。
「――そんなキミの仲間と、アースゾイドたちは今どこにいる? 君たちの船はなぜ沈んだのだ?」
ウィルキンスに、これ以上穏やかなトーンを保つことは困難だった。
そして、この質問に対する答え
しかし、その答えを口にする前に――ルーの食事の手はぴたりと止まり、俯き始めた顔はどこか自嘲を含んでいるような表情に変わった。
「なぜ、グローバリーV世号が沈んでしまったのかは……今も分かりません。でも、ひとつ確かなことは……教官も他のクルーも、そして他のアースゾイドたちも――みんな、いなくなっちゃったってことです」