ウィルキンスは懐に忍ばせた手をそのままに、儚げな声色で紡がれる眼前の少女の言葉に耳を傾けていた。
「――船の外が、いきなりピカっと光ったんです。それ以外には、何も分かりません……ほんとうに一瞬のことでしたから」
ウィルキンスたちが抱く警戒心は、明らかにルーには伝わっていない。
それが分かるからこそ、彼らは彼女の発言が思い付きのものではなく、嘘偽りがないことも理解できた。
「船内のカプセルに入っていたアースゾイドの中で、
「……なるほど、それでキミは助かったのだな」
「はい。でも……オズと一緒に地表に降下した後、墜落した船は完全に大破していて、破片すら見えなくなるほどの煙と炎を吐き出していました。私には、一目見ただけで……『あっ、だめだ』って分かりました」
グローバリーV世号は彼女にとって、使命を運ぶ希望の方舟であり、同時に生まれ育った家そのものでもあったはずだ。
それが一瞬にして、家族もろとも変わり果てた姿となって彼女の目に映ったとき、いったい何を想ったのか。
それはブリッジにいた誰にとっても、想像に難くないことだった。
「オズが一緒にいてくれるだけで、私はなんとか生きる理由を見いだすことができています。でも、次にすべきことを教えてくれる人も、褒めてくれる人も……みんないなくなってしまいました。私には、この星でどんな役目が残されているのか……それとも必要とされていないのか、何も分からないんです」
そして、その言葉を最後に――ブリッジはしばしの沈黙に包まれた。
ウィルキンスは懐に入れていた手をそっと抜いて、様々な色が複雑に混ざりあった眼差しをルーに向けた。
「……そうか。話してくれて、ありがとう」
それまでブリッジを包んでいた戦慄の空気は一変し、その場にいたクルーたちは複雑な心情を確かめ合うように、お互いに顔を見合せはじめた。
――しかし、そんな時だった。
「失礼しまーす! ウチのマーダで各区キュービクルの確認回ってきましたぁ、これで旧市街の配線完了っす!」
ブリッジのドアを勢いよく開けて、ヘッドライト付きのヘルメットを被るダウナーな目つきの若い女性作業員が、軽妙な声を室内に響かせた。
それを聞いたクルーの一人は、呆れた声で言葉を返した。
「アリッサ……おめー、空気読めよなぁ……」
「へ?」
アリッサと呼ばれた作業員はポカンとしたまま首を傾げる。
だが、行き場を失った視線をテーブルに落とし続けているルーを一瞥したウィルキンスは苦笑し、短く息をついてから首を小さく横に振った。
「いや、かまわんよ……今はそっちが優先だからの」
そして、ウィルキンスが席から立ち上がり、手をパンパンと叩いて乾いた音をブリッジ中に響かせると、それまで複雑な表情を見せていたクルーたちはひとまず仕事へ向き合う姿勢に切り変え、一斉に持ち場につきはじめた。
「……お嬢さん。お食事中すまないが、いったん窓の外を一緒に見てもらえるかね」
唐突なウィルキンスの誘いを不思議に思いながらも、ルーは無言のまま頷き、席を立ち上がってキャノピーの外を覗きはじめた。
「では……さっそくはじめよう」
そして、ウィルキンスが合図を送ると、コンソールの前に立っていた一人の作業員が大きなレバーを握り、力強く声を発した。
「マッドサンダー、ハイパーローリングチャージャー起動!」
重いレバーを引く音がガコンと響いてから数秒。
束の間の静寂が訪れたかと思えば――
「……うわわっ!?」
やがて、マッドサンダーの轟くような咆哮とともに、ブリッジ全体を揺るがす大きな振動が発生し、ルーは思わず全身がよろめいた。
「ハイパーローリングチャージャー、始動に成功」
「モータートルク、20%、30%、40%……」
「電圧正常、ジェネレーター出力15万キロワットに到達。尚も上昇中」
クルーたちがコンソールの数値を読み上げていく中、時間を重ねるごとにブリッジを包む振動の激しさも増していく。
ブリッジの外では、腰部の巨大なハイパーローリングチャージャーが激しく回転しながら、加速と共に帯電した稲光を闇夜に放ち続けている。
そして、旧市街に住む多くの人々が見守る中――マッドサンダーは口部をさらに大きく開き、さらに高らかとした咆哮を上げると、装甲に覆われたカメラアイの光が縦に尾を引いた。
「……ウィ、ウィルキンスさん……」
一方、ルーはブリッジの手すりをしっかりと握り、先とはまた違った不安げな表情を浮かべている。
そんな彼女に、ウィルキンスは手にしていたシルクハットを深く被りながら優しく声をかけた。
「……儂にも、よく分かるよ。人の手に負えなくなるほど
その言葉の意味を、ルーはすぐに噛み砕くことはできなかったが、ウィルキンスはそれを分かったうえで話を続けた。
「だが、それでも盲目になってはならないのだ。すでにこの世に形を持った力が、どうすれば常に正しいベクトルに向いてくれるのか……それを自分で考えることを、やめてはならない」
「自分で……考える……?」
彼の言葉を反芻させるルーの意識の外側では、クルーたちが口にするでたらめな数値が飛び買っている。
「モータートルクは70%を維持」
「ジェネレーター出力――現在、30万キロワット」
ウィルキンスはそれらの報告にしっかりと耳を傾けつつも、ルーの反応をしっかりと確かめながら、大きく頷いた。
「ひとつ……たとえ話をしよう。かつて、このマッドサンダーには明確な“仮想敵”が存在したとされている。今まさに生み出されているこの膨大な電力も、本来は全てその敵から放たれる攻撃を防ぎ――そして、敵を刺し貫くためだけに注がれるものだったのだ」
キャノピーの外で弾け散るスパークによって、ウィルキンスの表情が明滅する。
刹那、それを見上げたルーの不安は、このゾイドが持つ熾烈な戦争の残り香と合わさり、より一層高まった。
「しかし、時代の流れとともに“仮想敵”が姿を消し、有り余る膨大な力を残したままこの地に棄てられたマッドサンダーは……途方もない思考の果てに、ある選択を取った。それは一体なんだと思うね?」
ウィルキンスの問いに、ルーは答えを詰まらせてしまい、申し訳なさげに首を横に振った。
「彼が取った選択とは……かつて根無し草だった我々冒険団をこの地に留め、仲間を助けるために利用するという、強かな選択だった」
「冒険団を……人間を、この子が利用?」
「ふふ、そうさ。長らく人間が帰って来る日を待ち続けた彼は、この地を偶然訪れた昔の我々に対して――真っ先に
そして、彼がすっと手を掲げると、クルーの一人がコンソールに増設したスイッチボックスに手を掛けながら、大きな号令を発した。
「投入ゥーッ!」
その瞬間、マッドサンダーが生み出し蓄えた膨大な電気エネルギーは、彼に繋がれた無数のケーブルを伝い、四方八方に向けて一斉に放出されていく。
放出された電気はやがて、グスタフのトレーラーに乗せて各区に配置されたキュービクルで変電され、そして網目のように広がる広大な旧市街の隅から隅まで送電され――並び立つ遺構や建造物に、目映い光をあまねく灯しはじめた。
「す、すごい……っ!」
いつしか、キャノピーに貼りつくように外の光景を眺めていたルーは、その瞳に都市の明かりを反射した新たな光を灯しながら、感嘆の声を上げていた。
「ふふふ……当時はまだ若かった儂も、同じ目をしておったよ。なにせ我々人間が喉から手が出るほど欲した、都市一つ分の電力をゾイド一機の力で賄っていたのだからな。だが……じきにこれは、マッドサンダーが我々にある見返りを求めるための、いわば“交換条件”だと分かった」
「交換条件?」
「……あれを見たまえ」
ウィルキンスは旧市街の北端にそびえる、とりわけ明るく照らされた巨大な“瓦礫の山”の区画を指差した。
「かつて、この旧市街がひとつの国の首都だった太古の時代。あれは当時、戦争状態にあった敵国の侵攻に備えた、水際の要衝――いわば最終防衛ラインと位置付けられていた、大要塞の跡地なのだ」
ルーは、またしても首を傾げた。
遠目に眺めているあの“瓦礫の山”と、マッドサンダーが望んだ“見返り”がいっこうに結びつかなかったからだ。
「……あの瓦礫の下には今も尚、古代戦争のために徴用されたゾイドたちが、数多く眠っているのだ」
「……まさか」
「気が付かれたかな、お嬢さん。そう……このマッドサンダーは、人々に忘れ去られようとしていた太古の