異世界おじさん、原神の世界へ   作:ところてんの

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ここまで設定がころころ変わってしまって、すみません。

キャラクターの設定や物語の流れなど、書いているうちに「やっぱりこっちのほうがいいな」と思う部分が出てきて、何度か修正を重ねてきました。

そのため、以前読んでくださった方には「また変わってる?」と思われるかもしれません。

ただ、今回の設定を基準として、これからはできるだけ大きな変更をせずに進めていく予定です。

『原神』の世界観をベースに、『異世界おじさん』のキャラクターたちを加えた二次創作として、原作の雰囲気を楽しみながら、自分なりの物語を書いていきたいと思っています。

細かい部分で原作と違うところや、独自設定などもありますが、「こういう世界線もあったら面白いな」くらいの気持ちで読んでもらえれば嬉しいです。


第1話「異世界おじさん、テイワットへ」

 叔父と暮らすようになって、しばらく経った。

 

 叔父の名前は嶋㟢陽介。

 

 俺にとっては、ただの叔父だ。

 

 ただし――普通の叔父ではない。

 

 十七年間、異世界にいた。

 

 ……という、とんでもない経歴を持っている。

 

「でな。そこで俺は、炎の魔法を使って――」

 

「はいはい」

 

 俺は適当に相槌を打ちながら、スマホを眺めていた。

 

 テーブルの向かいでは、おじさんが真面目な顔で異世界の話をしている。

 

 いつもの光景だった。

 

 異世界グランバハマル。

 

 エルフ。

 

 魔法。

 

 魔物。

 

 冒険者。

 

 聞き慣れてしまえば、もう驚きも薄い。

 

 最初の頃は驚いた。

 

 というか、叔父が十七年間も意識不明だったと聞いた時点で十分驚いた。

 

 しかも目を覚ました叔父が、いきなり異世界の存在を語り始めた。

 

 普通なら病院で精密検査を受けさせるところだ。

 

 実際、俺もそうした。

 

 でも、叔父が見せてきた魔法を見てしまった。

 

 その時点で、俺はもう何も言えなくなった。

 

「……で、その魔法がですね」

 

「おじさん」

 

「なんだ」

 

「それ、前にも聞いた」

 

「そうか」

 

「そうかじゃないよ」

 

 おじさんは特に気にした様子もなく、テーブルの上に置かれた菓子へ手を伸ばした。

 

 俺はため息をつく。

 

 この人は本当に変わらない。

 

 異世界から帰ってきても。

 

 十七年も経っていても。

 

 昔好きだったゲームの話をしている時だけ、妙に生き生きしている。

 

 そして今日も、その話の大半は――。

 

「SEGAが異世界にあったら、かなり状況は変わっていたと思う」

 

「なんで急にSEGAなんだよ」

 

「重要だ」

 

「どこが?」

 

「ゲーム文化は文明に影響を与える」

 

「いや、異世界でゲーム機の話をされても困るって」

 

 おじさんは真顔だった。

 

 本気で言っている。

 

 俺はスマホをテーブルに置いた。

 

「そもそもグランバハマルにゲーム機なんてないだろ」

 

「だからこそだ」

 

「だからこそ?」

 

「ゲームの素晴らしさを伝える余地がある」

 

「いや、そういう話じゃないから」

 

 いつも通り。

 

 本当に、いつも通りだった。

 

 俺も、いつも通りだと思っていた。

 

 このあとも普通に一日が終わって。

 

 夕飯を食べて。

 

 またおじさんの異世界話を聞いて。

 

 明日も同じような日が来る。

 

 そう思っていた。

 

 ――あの瞬間までは。

 

     ◆

 

 最初に異変に気づいたのは、おじさんだった。

 

「……たかふみ」

 

「ん?」

 

「何か変だ」

 

「何が?」

 

 おじさんが窓の外を見る。

 

 俺もつられてそちらを見る。

 

 特に変わったものはなかった。

 

 いつもの夜。

 

 いつもの街。

 

 いつもの景色。

 

「何もないけど」

 

「いや」

 

 おじさんが立ち上がった。

 

「空気が変だ」

 

「空気?」

 

 意味が分からない。

 

 だが、おじさんは真剣だった。

 

 普段から危険な場所では周囲を警戒する人間だ。

 

 俺も一応、窓の外を確認する。

 

 ――その時だった。

 

 部屋の中央。

 

 何もなかった空間に、光が生まれた。

 

「……え?」

 

 最初は小さな光だった。

 

 蛍のような淡い光。

 

 それが、一瞬で広がった。

 

「おじさん!」

 

「下がれ!」

 

 おじさんが俺の前に出る。

 

 同時に、部屋全体が白い光に包まれた。

 

 眩しい。

 

 何も見えない。

 

 音も消える。

 

 床に立っている感覚さえなくなった。

 

「うわっ!」

 

 体が浮いた。

 

 いや。

 

 落ちている?

 

 上も下も分からない。

 

 俺は反射的に手を伸ばした。

 

「おじさん!」

 

「たかふみ!」

 

 声だけが聞こえる。

 

 次の瞬間。

 

 身体が強く引っ張られたような感覚がして――。

 

     ◆

 

 ドサッ。

 

「痛っ!」

 

 背中から地面に落ちた。

 

 土と草の感触がある。

 

「……は?」

 

 俺はしばらく動けなかった。

 

 何が起きた。

 

 さっきまで家にいた。

 

 それなのに。

 

 今、俺が寝転がっている場所は――。

 

 草原だった。

 

「……なんだ、これ」

 

 ゆっくり身体を起こす。

 

 目の前には、一面の草。

 

 風が吹いている。

 

 青い空。

 

 雲。

 

 遠くには山。

 

 さらにその向こうには、巨大な建造物のようなものが見えた。

 

 そして――。

 

「……神像?」

 

 俺の口から、そんな言葉が出た。

 

 見覚えがあった。

 

 ありすぎる。

 

 ゲーム画面で何度も見た。

 

 何度も歩いた。

 

 何度もワープした。

 

 けれど。

 

 実物を見たことはない。

 

 当然だ。

 

 ゲームの中のものなのだから。

 

「たかふみ」

 

「おじさん?」

 

 少し離れた場所で、おじさんも立ち上がっていた。

 

 服についた草を払いながら、周囲を見ている。

 

「怪我は?」

 

「大丈夫」

 

「そうか」

 

 おじさんは周囲を見回した。

 

 その視線は落ち着いている。

 

 こういうところは、本当に異世界を経験した人間らしい。

 

 俺はもう一度、周囲を見る。

 

 草。

 

 木。

 

 山。

 

 風。

 

 そして遠くの神像。

 

 スマホを取り出した。

 

 画面は――。

 

「圏外……」

 

 当然だった。

 

 でも、電源は入る。

 

 時計も動いている。

 

「写真、撮れるかな」

 

 カメラを起動する。

 

 目の前の景色を撮影した。

 

 カシャッ。

 

 写真が保存された。

 

 そこに写った景色を見て、俺は固まった。

 

「……嘘だろ」

 

 ゲームで見ていた景色と似ている。

 

 いや。

 

 似ているどころじゃない。

 

 空気まで違う。

 

 風で草が揺れている。

 

 遠くから鳥の鳴き声がする。

 

 土の匂いもする。

 

 画面の中では感じられなかったものが、全部ここにはある。

 

「おじさん」

 

「なんだ」

 

「ここ……」

 

 言葉が出てこない。

 

 俺はもう一度、遠くを見る。

 

「ここ、テイワットじゃない?」

 

「……テイワット?」

 

 おじさんが首を傾げる。

 

「原神の世界」

 

「ゲームの世界か」

 

「そう」

 

「なるほど」

 

「いや、なるほどじゃないだろ!」

 

 自分でも声が大きくなった。

 

 おじさんは落ち着いている。

 

「本当にゲームの世界なのか?」

 

「景色が似すぎてる」

 

「似ているだけかもしれない」

 

「まあ……それはそうだけど」

 

 俺は周囲を見回す。

 

 ゲームの知識が頭の中にある。

 

 モンド。

 

 璃月。

 

 稲妻。

 

 スメール。

 

 フォンテーヌ。

 

 そして、この風景。

 

 モンドへ向かう途中の景色に近い。

 

 もし本当にここが原神の世界なら。

 

 今いる場所は――。

 

「……モンドの近くか?」

 

「モンド?」

 

「この世界の国の一つ」

 

「詳しいな」

 

「ゲームだから」

 

「そうか」

 

 おじさんは納得した。

 

 俺は頭を抱えた。

 

 いや、納得するのかよ。

 

 普通もっと疑うだろ。

 

「でも、おじさん」

 

「なんだ」

 

「ゲームの世界に来たってことは……」

 

「帰れるか分からないな」

 

「……」

 

 その言葉で、急に現実味が増した。

 

 そうだ。

 

 ここがどこだろうと関係ない。

 

 俺たちは家に帰れていない。

 

 日本にもいない。

 

 つまり――。

 

 俺たちはまた、異世界に来てしまった。

 

 しかも今回は、おじさんが帰ってきた世界とは別の異世界らしい。

 

「……マジかよ」

 

 思わず呟いた。

 

 おじさんは空を見上げた。

 

「異世界という点では、グランバハマルと同じだな」

 

「全然違うと思うけど」

 

「そうか?」

 

「だって、原神の世界だぞ」

 

「俺は原神を知らない」

 

「まあ、そうだけど」

 

 その時だった。

 

「おーい!」

 

 遠くから声が聞こえた。

 

「……誰?」

 

 俺とおじさんは同時に振り返る。

 

 何かが飛んでいる。

 

 白い。

 

 小さい。

 

 人間……ではない。

 

 空を飛びながら、こちらへ近づいてくる。

 

「なんだあれ」

 

「分からん」

 

 おじさんが警戒する。

 

 俺は目を凝らした。

 

 見覚えがある。

 

 いや。

 

 見覚えがありすぎる。

 

「……パイモン?」

 

「知っているのか?」

 

「知ってる」

 

 飛んできた小さな存在は、俺たちの前で止まった。

 

「お前たち、こんなところで何してるんだ?」

 

 間違いない。

 

 パイモンだ。

 

 ゲームで何度も聞いた声。

 

 何度も見た姿。

 

 それが今、目の前にいる。

 

 俺は言葉を失った。

 

 その横には、一人の少女が立っていた。

 

 金色の髪。

 

 白い服。

 

 腰には剣。

 

 見慣れた姿。

 

 ゲームの主人公。

 

 旅人。

 

「……」

 

 俺は思わず見つめてしまった。

 

 画面で見ていた。

 

 何度も見ていた。

 

 それでも。

 

 実際に目の前にいると、印象が違う。

 

 風で髪が揺れている。

 

 表情も、呼吸も、視線の動きもある。

 

 当然だけど。

 

 ここにいるのは、ゲームの立ち絵じゃない。

 

 一人の人間だ。

 

「どうしたの?」

 

 少女がこちらを見る。

 

 落ち着いた声だった。

 

 その声を聞いた瞬間、俺の中で何かがつながった。

 

「……蛍」

 

 少女が少しだけ目を見開く。

 

「私の名前、知ってるの?」

 

「……あ」

 

 しまった。

 

 完全に口に出していた。

 

「いや、その……」

 

「なんで知ってるんだ?」

 

 パイモンが警戒する。

 

 おじさんも俺を見る。

 

 俺は慌てて言葉を探した。

 

「……たまたま」

 

「たまたまで名前が分かるのか?」

 

「それは……」

 

 無理がある。

 

 俺はゲームを知っている。

 

 この世界を知っている。

 

 目の前にいる少女が誰なのかも。

 

 そしてパイモンのことも。

 

 けれど。

 

 ここが本当にゲームと同じ世界なのかは、まだ分からない。

 

「俺は、たかふみ」

 

 とりあえず自分の名前を名乗った。

 

「こっちは……」

 

 隣を見る。

 

「俺の叔父さん」

 

「叔父さん?」

 

 パイモンが首を傾げる。

 

「名前は?」

 

「……」

 

 おじさんが一瞬黙った。

 

 俺は嫌な予感がした。

 

「俺は――」

 

 おじさんが口を開く。

 

「おじさんだ」

 

「いや、本名言えよ!」

 

「身元を隠す必要がある」

 

「なんで今?」

 

 おじさんは真顔だった。

 

「異世界では警戒するのが基本だ」

 

「それは分かるけど!」

 

 パイモンが困惑している。

 

「おじさん?」

 

「そうだ」

 

「名前がおじさんなのか?」

 

「違う」

 

「違うのかよ!」

 

 俺は頭を抱えた。

 

 この人はこういうところがある。

 

 とにかく、自分の身元を隠すために偽名を使うつもりらしい。

 

 ただ。

 

 何を名乗るつもりなのかは、まだ決めていないらしい。

 

 俺はため息をついた。

 

「とりあえず、俺はたかふみ。本当にそれだけだから」

 

「たかふみ……」

 

 蛍が頷く。

 

「よろしく」

 

「あ、うん」

 

 こうしていると、普通に会話できる。

 

 それだけでも助かる。

 

 文字は読めないかもしれない。

 

 通貨も分からない。

 

 この世界の常識も知らない。

 

 でも、会話はできる。

 

 少なくとも、いきなり詰んだわけではない。

 

 ――そう思った。

 

 その直後。

 

 草むらが揺れた。

 

「……?」

 

 蛍が振り返る。

 

 パイモンの表情が変わる。

 

「何かいるぞ」

 

 おじさんも同時にそちらを見た。

 

 ガサッ。

 

 草むらから、人影が出てくる。

 

 一体。

 

 二体。

 

 三体。

 

 さらに後ろからも出てくる。

 

 小柄な身体。

 

 仮面。

 

 棍棒や弓。

 

「……ヒルチャール」

 

 俺は呟いた。

 

 ゲームで何度も見た敵。

 

 最初の方から出てくる、テイワットではお馴染みの存在。

 

 でも。

 

 実物は全然違った。

 

「来る!」

 

 蛍が剣を抜く。

 

 ヒルチャールが声を上げた。

 

 こちらへ走ってくる。

 

「おじさん!」

 

「分かっている」

 

 おじさんが一歩前へ出た。

 

 俺は反射的に後ろへ下がる。

 

 ゲームなら、ボタンを押せば攻撃できる。

 

 けれど今は違う。

 

 ヒルチャールが本当に走ってくる。

 

 足音がする。

 

 土を踏む音。

 

 荒い呼吸。

 

 棍棒が振り上げられる。

 

「――っ!」

 

 怖い。

 

 ゲームならHPが減るだけだ。

 

 ここでは違う。

 

 当たれば怪我をする。

 

 下手をすれば死ぬ。

 

 その事実が、急に目の前に迫ってきた。

 

「たかふみ、下がってろ」

 

 おじさんの声。

 

「分かった!」

 

 蛍が飛び出した。

 

 ヒルチャールの棍棒を剣で受け流す。

 

 金属音が響いた。

 

 そのまま身体を回転させ、一撃。

 

 ヒルチャールが吹き飛ぶ。

 

「すげ……」

 

 ゲームで見ている動き。

 

 でも実際に見ると速い。

 

 そして次の瞬間。

 

 蛍の周囲に風が集まった。

 

 元素の力。

 

 俺は知っている。

 

 風元素。

 

 ゲームで使っていた力。

 

 風がヒルチャールを巻き込み、動きを崩す。

 

「おじさん!」

 

「任せろ」

 

 おじさんが前へ出る。

 

 その動きは、蛍とは違った。

 

 派手ではない。

 

 敵を見ている。

 

 数。

 

 距離。

 

 位置。

 

 地面。

 

 逃げ道。

 

 全部確認している。

 

「三体」

 

 おじさんが呟いた。

 

「右に一体。後ろに二体」

 

「分かるの?」

 

 俺が聞く。

 

「見れば分かる」

 

「いや、それ普通じゃないから」

 

 ヒルチャールの一体が、おじさんへ向かって突っ込んだ。

 

 棍棒が振り下ろされる。

 

 おじさんは横へ移動した。

 

 ほんの少し。

 

 攻撃が空を切る。

 

 そのまま敵の横を通り抜ける。

 

「……」

 

 おじさんが手を伸ばした。

 

 風が動いた。

 

 だが、蛍の使った風とは違う。

 

 元素の光ではない。

 

 何か別の力。

 

「精霊に頼むだけだ」

 

 おじさんが静かに言った。

 

 次の瞬間。

 

 周囲の空気が一気に変わった。

 

 草が大きく揺れる。

 

 砂埃が舞い上がる。

 

 風が一点へ集まっていく。

 

 そして――。

 

「ワーグレント・マグナ――疾風操作」

 

 風が爆発した。

 

「うわっ!」

 

 ヒルチャールたちがまとめて吹き飛ばされる。

 

 一体が地面を転がった。

 

 もう一体が木にぶつかる。

 

 弓を持っていたヒルチャールも姿勢を崩した。

 

「……え?」

 

 蛍が目を見開いている。

 

 パイモンも同じだった。

 

「今の何だ?」

 

 パイモンが叫ぶ。

 

「元素じゃないのか?」

 

「違う」

 

 おじさんは即答した。

 

「精霊魔法だ」

 

「精霊魔法?」

 

 俺はその言葉を聞きながら、吹き飛ばされたヒルチャールを見る。

 

 知っている。

 

 原神には元素力がある。

 

 風。

 

 炎。

 

 水。

 

 雷。

 

 氷。

 

 岩。

 

 草。

 

 でも。

 

 精霊魔法なんてものはない。

 

 少なくとも、俺が遊んできた原神には存在しない。

 

 つまり。

 

 この世界には、俺が知らない力が存在している。

 

「……ゲームと違う」

 

 思わず口に出した。

 

 おじさんが俺を見る。

 

「だから言っただろう」

 

「何を?」

 

「異世界では何が起きるか分からない」

 

「……」

 

 その通りだった。

 

 俺は原神を知っている。

 

 でも、この世界を全部知っているわけじゃない。

 

 そもそも、ゲームの中に存在しない人物が二人もいる。

 

 おじさんと俺。

 

 そして今。

 

 ゲームに存在しない魔法まで目の前で使われた。

 

「たかふみ!」

 

 蛍の声が飛んできた。

 

 振り返る。

 

 まだヒルチャールがいる。

 

「危ない!」

 

 俺は反射的に横へ転がった。

 

 直後。

 

 矢が地面に刺さった。

 

「うわっ!」

 

 心臓が跳ねる。

 

 矢が頬のすぐ横を通った。

 

 ゲームなら絶対にありえない距離だった。

 

「大丈夫?」

 

「大丈夫!」

 

 蛍が弓を持ったヒルチャールへ走る。

 

 その背後から別のヒルチャールが迫る。

 

「蛍、後ろ!」

 

 叫んだ。

 

 蛍が振り返る。

 

 間に合わない。

 

 その瞬間、おじさんが動いた。

 

 手を上げる。

 

「レグスウルド・スタッガ――縛動 拘鎖」

 

 地面から何かが飛び出した。

 

 光のような鎖。

 

 それがヒルチャールの身体へ絡みつく。

 

「グッ……!」

 

 ヒルチャールが止まる。

 

 蛍が振り返った。

 

 そのまま剣を振る。

 

 敵が倒れた。

 

「助かった」

 

「問題ない」

 

 おじさんは短く答える。

 

 俺は息を吐いた。

 

 怖かった。

 

 でも、それ以上に驚いていた。

 

 おじさんの魔法。

 

 蛍の元素力。

 

 二つが全く違う。

 

 それでも、一緒に戦えている。

 

 その事実が妙に印象に残った。

 

 残ったヒルチャールが逃げようとする。

 

 おじさんは追わなかった。

 

「逃がすの?」

 

 俺が聞く。

 

「必要ない」

 

「そっか」

 

 蛍も剣を下ろした。

 

 静かになった。

 

 さっきまで聞こえていた戦闘音が消える。

 

 風だけが吹いている。

 

 草原は何事もなかったように揺れていた。

 

 俺は周囲を見る。

 

 倒れたヒルチャール。

 

 地面に刺さった矢。

 

 折れた木の枝。

 

 そして――。

 

 目の前にいる蛍とパイモン。

 

 少し離れたところに立つおじさん。

 

「……本当に来たんだな」

 

 俺は呟いた。

 

 ゲームの世界。

 

 それが現実になった。

 

 正直、まだ実感がない。

 

 でも、頬を撫でる風は本物だった。

 

 草の匂いも。

 

 土の感触も。

 

 さっき飛んできた矢も。

 

 全部、本物だ。

 

「たかふみ」

 

「ん?」

 

 おじさんが言った。

 

「まずは安全な場所へ行こう」

 

「……うん」

 

 それが一番だった。

 

 この世界について考えるのは、そのあとでいい。

 

 俺たちは立ち上がった。

 

 蛍がこちらを見る。

 

「モンドへ行く」

 

「モンド?」

 

「近くに街がある」

 

 俺はその言葉を聞いて、思わず遠くを見る。

 

 巨大な神像。

 

 風に揺れる草原。

 

 そして、その先にあるはずの街。

 

 モンド。

 

 ゲームの中で何度も訪れた場所。

 

 俺にとっては、知っている場所だった。

 

 でも。

 

 今は違う。

 

 そこにはNPCなんていない。

 

 人がいる。

 

 生活している。

 

 笑っている。

 

 食事をしている。

 

 そして俺たちを見れば、知らない異世界人として警戒するかもしれない。

 

 ゲーム知識だけではどうにもならない。

 

「行こう」

 

 蛍が歩き出す。

 

 パイモンがその横を飛ぶ。

 

「モンドに行けば、食べ物もあるぞ!」

 

「食べ物?」

 

 おじさんが反応した。

 

「何がある?」

 

「え?」

 

「食事だ」

 

「いや、そこ?」

 

 俺は思わずツッコんだ。

 

 さっきまで戦っていたのに。

 

 おじさんの関心は食事へ移っていた。

 

「まあ……モンドなら色々あると思うけど」

 

「そうか」

 

 おじさんは頷いた。

 

「なら行こう」

 

「切り替え早すぎだろ」

 

 俺は呆れながら歩き出した。

 

 草原を進む。

 

 風が吹いている。

 

 遠くに見える神像が、少しずつ近づいてくる。

 

 ゲームで見た世界。

 

 だけど、今は俺たち自身がその中を歩いている。

 

 俺は一度だけ後ろを振り返った。

 

 何もない草原。

 

 日本へ帰る道は、今のところ見えない。

 

 でも。

 

 まずは生き残る。

 

 そして、この世界が本当に原神の世界なのかを確かめる。

 

 それから――。

 

 帰る方法を探す。

 

「たかふみ」

 

「何?」

 

「どうした?」

 

「いや」

 

 俺は前を向いた。

 

「なんでもない」

 

 今はまだ。

 

 何が起こるのか分からない。

 

 ゲームの知識がどこまで通用するのかも。

 

 おじさんの存在で、どれだけ世界が変わるのかも。

 

 何も分からない。

 

 それでも。

 

 俺たちは歩き始めた。

 

 モンドへ。

 

 そして――。

 

 俺たちの知らない、本当のテイワットへ。

 

 こうして。

 

 おじさんと俺の、二度目の異世界生活が始まった。

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