風魔龍の襲撃から、少し時間が経った。
モンドの街にはまだ騒ぎの余韻が残っているものの、街そのものは少しずつ普段の姿を取り戻しつつあった。
壊れた看板や建物の一部には修理のための人が集まり、騎士たちも街の見回りを続けている。
そんな中。
俺たちは再び、西風騎士団の本部へ呼ばれていた。
「……また来たな」
隣を歩くおじさんが、淡々と言う。
「いや、呼ばれたんだから来るしかないだろ」
「そうか」
「絶対もうちょっと緊張感持ったほうがいいと思うんだけど」
おじさんは気にした様子もない。
まあ、こういうところは昔から変わらない。
俺たちが案内されたのは、前にも入った部屋だった。
そこにはジン、ガイア、リサが待っている。
どうやら今回の目的は、風魔龍の襲撃そのものについてではないらしい。
「来てくれてありがとうございます」
ジンが立ち上がる。
「今回、皆さんに確認したいことがあります」
「精霊魔法のことね?」
リサが楽しそうに続けた。
「ええ」
ジンが頷く。
「先日の戦闘で、おじさんが使用した力についてです」
やっぱりそれか。
俺は小さく息を吐いた。
当然だと思う。
この世界では元素力が基本になっている。
風、炎、水、雷、氷、草、岩。
それとは別に、おじさんはまったく違う力を使っている。
しかも、俺がゲームをやっていた頃には聞いたこともない。
そりゃ気になるよな。
「まず確認させてください」
ジンが真っ直ぐおじさんを見る。
「あなたの使う精霊魔法は、元素力とは別のものなのですね?」
「そうだ」
即答だった。
「元素ではない」
リサが興味深そうに身を乗り出す。
「まあ……やっぱりそうなのね」
「はい」
俺も頷いた。
「少なくとも、俺たちが知っている限りでは元素とは別です」
ガイアが腕を組む。
「なるほどね。つまり、この世界の元素とは別系統の魔法ってことか」
「そういうこと」
俺が答える。
「精霊魔法は、精霊と契約して、意思を通わせることで力を借りる」
「精霊との契約……」
リサの目が少し輝いた。
「それは興味深いわね」
完全に研究者の顔だった。
おじさんを見る目が、さっきまでとは少し違っている。
「精霊という存在は、どこにいるの?」
「場所による」
「場所による?」
「いるところにはいる」
「…………」
リサが一瞬黙った。
俺は思わずおじさんを見る。
「おじさん」
「なんだ」
「説明する気ある?」
「聞かれたことには答えた」
「そうだけどさ……」
ガイアが小さく笑った。
「ははっ。ずいぶん簡潔だな」
「いつものことです」
俺が答える。
「おじさん、説明が必要なところでも短く済ませるから」
「なるほど。君は苦労しているわけだ」
「まあ……」
否定できない。
リサは気にせず質問を続ける。
「では、精霊は元素生物とは違うのかしら?」
「違う」
「精霊そのものが魔法を使う?」
「そういう場合もある」
「契約には何か条件があるの?」
「精霊による」
「力を借りるために、何か代償は?」
「場合による」
「…………」
リサが少しだけ考え込む。
そして。
「なるほど。ずいぶんと個体差が大きいのね」
「たぶん、そういう理解でいい」
俺が補足する。
おじさんの説明だけだと、話が進まない。
「精霊魔法は、決まった元素を操るっていうより、精霊との関係によって使える力が変わるみたいです」
「契約や意思疎通が重要、ということね」
「はい」
「興味深いわ」
リサは本当に楽しそうだった。
その反応を見ていると、こっちまで少し不安になる。
研究対象として見られている気がする。
「でも、テイワットにはそういう魔法体系はないんですよね?」
俺が確認する。
「少なくとも、俺が知っている原神のゲームにはなかった」
危ない。
思わず「原神」と言いそうになったので、途中で言葉を変える。
「……俺たちが知っている世界では、ですけど」
「そうね」
リサが頷く。
「私も、精霊魔法というものは聞いたことがないわ」
ジンも続ける。
「騎士団としても、同様です」
ガイアが顎に手を当てる。
「未知の力、か」
その言葉に、少しだけ空気が変わった。
未知。
それだけなら、普通は警戒される。
俺たちは異世界人。
そして、おじさんはこの世界に存在しない魔法を使う。
冷静に考えれば、怪しまれて当然だ。
だけど。
ジンは険しい表情にはならなかった。
「もちろん、未知の力である以上、確認は必要です」
ジンが静かに言う。
「しかし、先日の風魔龍の襲撃で、おじさんが人々を守るために力を使ったことも確認しています」
「……そうですか」
「その点を無視するつもりはありません」
その言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。
ガイアも笑みを浮かべる。
「少なくとも、今のところ君たちがモンドに危害を加えようとしているようには見えない」
「今のところ?」
俺が聞き返す。
「念のためさ」
ガイアは軽く肩をすくめる。
「俺たちだって仕事だからな」
「まあ、それはそうか」
俺も納得する。
知らない人間が突然現れて、知らない魔法を使っている。
しかも、かなり強い。
警戒するなというほうが無理だ。
それでも、最初から敵扱いされていないだけありがたい。
リサはまだ精霊魔法のことを考えていた。
「元素とは異なる魔法……精霊との契約……」
ぶつぶつと呟いている。
「調べたいことが増えてしまったわね」
「おじさん、逃げたほうがいいんじゃない?」
「なぜだ」
「リサさん、完全に研究モード入ってるから」
「問題ない」
「いや、問題あると思うけど」
リサがこちらを見る。
「大丈夫よ、たかふみ君。少し話を聞きたいだけだから」
「その『少し』が怖いんですよ」
思わず本音が出た。
ガイアが笑う。
「ははは。たかふみは、おじさんの扱いに慣れているようだな」
「慣れたくて慣れたわけじゃないんですけどね」
おじさんはそんな俺たちを気にせず、椅子に座っている。
「精霊魔法について、まだ質問があるなら答える」
「本当?」
リサが嬉しそうに聞く。
「ああ」
「では――」
「ただし」
おじさんが続ける。
「俺にも分からないことはある」
「……そうよね」
リサは少し考えてから頷いた。
「それも当然かもしれないわ」
俺も同意する。
おじさんが異世界で覚えた魔法。
それを、この世界の人間に説明しろと言われても簡単じゃない。
そもそも俺自身、精霊魔法について全部知っているわけじゃない。
ゲームに存在しなかった力だからこそ、俺にも未知の部分が多い。
ただ、一つだけ分かっていることがある。
この世界にとって、おじさんの精霊魔法は未知の技術だ。
元素とは違う。
アビスとも違う。
そして、おそらくこの世界の一般的な魔法とも違う。
だからこそ、騎士団が警戒するのも当然だった。
それでも。
ジンたちは、おじさんを敵と決めつけてはいない。
昨日まで知らなかった力だからといって、危険だと断定するわけでもない。
実際に何をしたのか。
誰を守ったのか。
それを見て判断している。
「ひとまず、今回の確認はここまでにしましょう」
ジンが話をまとめる。
「精霊魔法については、今後も必要に応じて確認させてもらうことになります」
「分かった」
おじさんは短く答えた。
「たかふみさんも、ありがとうございました」
「いえ。俺も説明できる範囲なら」
俺はそう答えながら、部屋を見回した。
まだ分からないことだらけだ。
俺たちが知っている原神の世界と、実際に存在しているテイワット。
同じ部分もある。
でも、違う部分も少しずつ出てきている。
その違いの一つが、おじさんの精霊魔法だ。
ゲームには存在しなかった力。
そして、それを使うおじさん自身も、この世界では完全な異物になる。
「まあ……」
俺は小さく呟いた。
「今のところ、敵扱いされてないだけマシか」
「何か言ったか?」
おじさんが聞く。
「なんでもない」
「そうか」
おじさんはそれ以上聞かなかった。
俺たちは部屋を出る。
廊下を歩いていると、前を歩いていたリサが振り返った。
「おじさん」
「なんだ」
「今度、もう少し詳しく精霊魔法について教えてくれる?」
「時間があればな」
「ふふ。それは楽しみね」
その顔を見て、俺は思った。
……これ、たぶん次も呼ばれるな。
おじさんの精霊魔法が、モンドの人たちにとって未知のものである以上。
これからも色々と聞かれることになるだろう。
そして俺たちもまた、この世界について知らないことが多い。
だったら。
少しずつ知っていくしかない。
原神のゲームでは知らなかったものを。
実際に存在するテイワットで。
俺たちはこれから、見つけていくことになる。
――そんなことを考えながら歩いていると。
「たかふみ」
「ん?」
「昼飯はどうする」
「……今それ?」
俺は思わず頭を抱えた。
未知の魔法について真面目に調査された直後だというのに。
おじさんは、いつも通りだった。