風魔龍の襲撃から一夜が明けた。
モンドの街は少しずつ落ち着きを取り戻していた。
街中では壊れた看板や建物の修理が始まり、西風騎士団の団員たちは忙しそうに走り回っている。
俺たちはそんな街の様子を横目に見ながら、再び西風騎士団本部へ向かっていた。
「また騎士団か」
隣を歩くおじさんが言う。
「まあ、昨日のことがあったからな」
「そうか」
「たぶん、今度はちゃんと事件について説明されるんじゃない?」
「なるほど」
相変わらず反応が薄い。
俺としては、もう少しくらい緊張してほしい。
何しろ俺たちは異世界から来たばかり。
しかも、おじさんはこの世界には存在しない精霊魔法まで使っている。
騎士団からすれば、どう考えても気になる存在だ。
そんなことを考えているうちに、本部へ到着した。
「来てくれましたね」
中に入ると、ジンが俺たちを迎えてくれた。
その隣にはガイアとリサもいる。
そして、アンバーもいた。
「今日はモンドの現状について、改めて説明したいと思います」
ジンが席を勧める。
俺たちはそれぞれ椅子に座った。
「まず、昨日の襲撃についてです」
ジンが話し始める。
「襲撃してきたのは、風魔龍トワリン」
その名前を聞いた瞬間、俺は反応しそうになった。
トワリン。
ゲームで知っている名前だ。
風魔龍。
モンドの序章で重要になる存在。
俺はある程度の情報を知っている。
だけど。
それをそのまま口にするわけにはいかない。
『それ、ゲームで知ってるから』
なんて言えるわけがない。
そもそも、そんなことを言ったら、今まで隠してきた俺たちの事情まで全部説明することになる。
だから黙って聞く。
「トワリンが、なぜ突然モンドを襲撃したのかは分かっていません」
ジンが続ける。
「しかし、単なる暴走とは考えにくい」
「背後に誰かいるってことか?」
俺が聞く。
「その可能性があります」
ガイアが答えた。
「そして、今のところ有力視されているのがアビス教団だ」
アビス教団。
またゲームで知っている名前が出てきた。
俺は思わず黙り込む。
知っている。
だけど、知っているからこそ言えない。
ゲームではこうだった。
でも、ここはゲームじゃない。
俺たちが来たことで、すでにいくつものことが変わっている。
だから、ゲームの展開をそのまま話すのは危険だ。
「アビス教団が、トワリンに何かした可能性がある」
ガイアが説明を続ける。
「その証拠を探しているところだ」
「なるほど」
おじさんは腕を組んだ。
「つまり、龍そのものが原因とは限らないわけだな」
「そういうことだ」
ガイアが頷く。
「事件の裏側を調べる必要がある」
ガイアはそう言いながら、机の上にいくつかの資料を並べた。
「目撃情報、魔物の動き、襲撃地点。それぞれを整理している」
「かなり調べてるんだな」
「騎士団だからな」
ガイアが笑う。
「情報がなければ、何も判断できない」
その言葉には、冗談とは違う真剣さがあった。
昨日までの軽い態度とは少し違う。
この人はこの人で、ちゃんと事件を追っている。
俺は資料を眺めた。
ゲームで知っている情報と比べれば、まだ断片的だ。
でも、現実の事件として考えれば当然だ。
全部の情報が最初から揃っているわけじゃない。
「私は街の安全を優先します」
ジンが言う。
「市民の避難や警備体制の確認、騎士団の配置を整える必要があります」
「うん。それが一番大事だと思う」
俺も頷いた。
ゲームではイベントを進めれば状況が動いていく。
でも、現実では街の人たちがいる。
怪我をする人もいるし、家を失う人もいる。
そう考えると、ゲーム画面で見ていた出来事とは全然違って見える。
「私は偵察に出るよ!」
アンバーが元気よく手を挙げた。
「周辺の様子を確認して、魔物の動きや怪しい場所を探すの」
「頼みます」
ジンが頷く。
「何かあれば、すぐに報告してください」
「任せて!」
アンバーは胸を張った。
それぞれの役割が決まっている。
ジンは街の安全。
ガイアは情報収集と事件の調査。
アンバーは偵察。
リサは――。
「私は精霊魔法について調べたいわね」
やっぱりそこか。
「昨日の話を聞いてから、ますます興味が出てきたの」
リサが俺を見る。
「たかふみ君。あなたたちの世界では、あの魔法は一般的なのかしら?」
「……俺たちの世界でも、誰でも使えるものじゃないです」
「そう」
リサは楽しそうに笑う。
「それなら、なおさら調べる価値がありそうね」
おじさんを見る。
「おじさん。あとでまた詳しく聞かせてもらってもいい?」
「構わない」
「ありがとう」
即答だった。
「おじさん、ほんとに警戒心ないよな……」
「必要なことなら話す」
「そういうところだよ」
俺がツッコむと、アンバーが笑った。
「二人って本当に仲いいんだね!」
「まあ、叔父と甥だから」
「なるほど!」
そんなやり取りをしている間にも、話は進んでいく。
「そして」
ジンが、おじさんを見る。
「おじさんにもお願いがあります」
「なんだ」
「昨日の戦闘で見せてもらった力を考えると、今後の調査や戦闘に協力していただけると助かります」
「協力?」
「はい」
ジンは頷いた。
「正式な騎士団員という意味ではありません。ですが、モンドの危機に対して協力してくれるのであれば、騎士団としても非常に助かります」
おじさんは少し考えた。
「分かった」
あっさり答えた。
「いいの?」
俺が聞く。
「何がだ」
「いや、騎士団の仕事を手伝うんだぞ?」
「困っているなら手伝えばいい」
「……まあ、おじさんらしいけど」
ジンも少しだけ表情を和らげた。
「ありがとうございます」
その言葉を聞いて、俺は少し不思議な気持ちになった。
異世界から来たばかり。
身元もよく分からない。
使う魔法も、この世界には存在しない。
それなのに。
おじさんは少しずつモンドで頼られ始めている。
どうしてだろう。
たぶん、特別なことをしているわけじゃない。
おじさんは必要なときに助ける。
昨日だって、風魔龍が襲ってきたとき、まず人を守ろうとした。
戦うときも、無駄に暴れたりしない。
必要なところだけ攻撃する。
そして、終わればいつも通り。
「昼飯はどこだ」
みたいなことを言っている。
……まあ、それはそれでどうなんだと思うけど。
「おじさん」
「なんだ」
「なんか、もう騎士団に普通に馴染んでない?」
「そうか?」
「そうだよ」
本人は本当に気付いていないらしい。
ジンから協力を頼まれ。
ガイアから情報を共有され。
リサから魔法について質問され。
アンバーからも普通に話しかけられている。
つい昨日まで、俺たちはただの異世界人だった。
それが、今ではモンドの事件に関わる協力者になっている。
少し変な感じがする。
でも。
悪い感じはしなかった。
「では、これからも情報を共有しましょう」
ジンが言う。
「トワリンとアビス教団について、何か分かったことがあればすぐに知らせます」
「分かった」
おじさんが頷く。
「俺たちも、何か見つけたら伝える」
俺も答えた。
部屋を出る。
廊下を歩きながら、俺は考えていた。
ゲームなら、この先に起こることをある程度知っている。
でも。
ここでは、その知識だけに頼るわけにはいかない。
おじさんがいる。
精霊魔法がある。
俺たち自身も、この世界に来ている。
ゲームにはなかった要素が、もういくつも増えている。
「たかふみ」
「ん?」
「次はどこへ行く」
「……事件の調査じゃない?」
「そうか」
「いや、おじさんが協力者になったんだから、ちゃんと働こうな」
「分かった」
おじさんはいつもの調子で頷いた。
俺はその横を歩きながら、苦笑する。
こうして俺たちは、少しずつモンドの一員として事件に関わっていくことになった。
そして。
風魔龍トワリンを巡る事件も、まだ始まったばかりだった。