森の中に、先ほどまで響いていた戦闘の音が消えていた。
ヒルチャールたちの雄叫びも、武器がぶつかる音も、もう聞こえない。
残っているのは、木々の葉が風に揺れる音だけだった。
たかふみは大きく息を吐いた。
「……結構いたな」
森を抜けた少し開けた場所。
近くにあった岩へ腰を下ろし、持っていた水を飲む。
冷たい水が喉を通っていく。
ようやく身体から力が抜けていくような気がした。
「うん」
隣では蛍が剣を収めていた。
服についた土を軽く払ってから、周囲を確認する。
戦闘の跡はあちこちに残っていた。
踏み荒らされた草。
折れた枝。
地面に残った足跡。
少し離れた場所には、倒れたヒルチャールたちの姿もある。
「でも、思ったより早く終わった」
「それは二人の連携がよかったからだろ」
たかふみは、おじさんと蛍を見る。
さっきの戦いを思い返す。
最初は、それぞれが自分の判断で動いていた。
蛍は前に出て敵を引きつけ、おじさんは周囲を見ながら動いていた。
けれど、戦いが進むにつれて二人の動きが変わっていった。
蛍が敵を動かす。
おじさんがその隙を突く。
おじさんが敵の動きを止めれば、蛍が攻撃する。
まるで最初から一緒に戦っていたような動きだった。
「特に途中から、かなり自然に動いてたよな」
「そうか?」
おじさんは特に気にした様子もない。
戦闘が終わったからといって、気を抜いているわけでもない。
森の奥へ視線を向け、まだ敵が残っていないか確認している。
「そうだよ」
蛍もおじさんを見る。
「おじさんの戦い方、少し分かってきた」
「俺も蛍の動きは分かってきた」
「へえ」
たかふみは二人を交互に見る。
この二人、本人たちが思っている以上に息が合っているんじゃないだろうか。
そんなことを考えながら、たかふみは口を開いた。
「じゃあ、ちょっと聞いていい?」
「何?」
「蛍は元素を使って戦うんだよな?」
「そう」
蛍が答える。
彼女は腰の剣へ手を添えながら、簡単に説明した。
「剣を使って、元素の力も使う」
「なるほど」
たかふみは頷いた。
これは、ゲームで知っていることと変わらない。
旅人である蛍は、元素の力を使って戦う。
だが――。
「おじさんは?」
たかふみが振り向く。
「精霊魔法と剣だ」
「やっぱりそこだよな」
たかふみは、さっきの戦闘で見た光の剣を思い出した。
おじさんが手にした剣。
刃そのものが淡く光っていて、普通の武器とは明らかに違っていた。
少なくとも、元素で作られたものではない。
「おじさんの剣って、元素じゃないんだよな?」
「ああ」
「どうやって出してるんだ?」
「精霊に頼んで出している」
「……」
たかふみは数秒黙った。
おじさんは何でもないことのように答えている。
その顔には、これ以上説明するつもりがあるようには見えない。
「また説明が短い」
「必要か?」
「いや、必要だろ」
思わず突っ込む。
おじさんにとっては、精霊に頼んで出している。
それで説明終了なのだろう。
だが、聞いている側からすれば疑問しか残らない。
そもそも精霊とは何なのか。
どうやって契約しているのか。
なぜ剣になるのか。
どうして光っているのか。
聞きたいことはいくらでもある。
蛍とパイモンも、少しだけおじさんを見る。
「おじさんって、そういうところあるよな」
パイモンが呆れたように言った。
「別に隠してるわけじゃないぞ」
「でも説明してないぞ!」
「聞かれなかったからな」
「いや、今聞いただろ!」
たかふみが頭を抱える。
「今まさに聞いてるだろ!」
「そうだったか?」
「そうだよ!」
おじさんは少し考えた。
だが、結局それ以上詳しく説明することはなかった。
たかふみは諦めた。
昔からそういう人なのだ。
必要なことは話す。
だが、本人が必要ないと思ったことは、とことん説明しない。
そんなやり取りを見て、蛍が小さく笑った。
「でも、戦い方は分かりやすかった」
「そう?」
「ああ」
おじさんは蛍を見る。
「お前は元素を使って敵の動きを変える」
「うん」
「その隙を俺が狙う」
「私も、おじさんが敵を止めたら攻撃する」
「なるほど……」
たかふみは、先ほどの戦闘を思い返した。
最初に蛍が前へ出た。
敵の注意を引きつける。
ヒルチャールが蛍へ集中したところで、おじさんが横から入る。
そして、精霊魔法で敵の動きを止める。
そこで蛍が攻撃する。
逆に、おじさんが前に出たときには、蛍が敵の注意を引きつける。
互いに同じことをしているわけではない。
それぞれが違う役割を持っている。
その違いが、むしろ噛み合っている。
「意外と合ってるな……」
たかふみが感心する。
「そうみたい」
蛍も頷いた。
蛍はおじさんの戦い方を思い出すように、少しだけ考える。
「おじさんは、あまり無理に攻撃しないんだね」
「必要以上に動く必要はないからな」
おじさんは周囲を見る。
戦闘が終わったあとでも、その視線は森の中を追っている。
「敵の数、地形、距離を確認する。それから必要な力を使う」
「確かに」
たかふみも頷いた。
思い返せば、さっきもそうだった。
おじさんはヒルチャールが出てきた瞬間、すぐに突っ込んだわけではない。
まず敵の数を確認した。
武器を見た。
こちらとの距離を見た。
周囲の地形も確認していた。
その上で、必要な精霊魔法を使っていた。
光の剣を出したのも、その後だった。
最初から派手な攻撃を繰り出すわけではない。
相手を見て。
状況を見て。
必要なものだけを使う。
おじさんの戦い方は、そういうものだった。
精霊魔法も、ただ敵を倒すためだけに使っているわけではない。
敵の動きを止める。
移動する。
距離を取る。
相手の位置を変える。
自分たちが有利な場所へ移動する。
そうやって状況そのものを変えていく。
そして最後に、光の剣で仕留める。
一方、蛍は状況に応じて元素を使い分ける。
剣だけでは対応できない相手には元素を使い、攻撃の隙を作る。
必要なら元素反応も利用する。
たかふみは二人を見ながら思った。
同じ剣士でも、戦い方はまったく違う。
「二人とも、全然違うんだな」
たかふみが言う。
「そうだな」
おじさんが答える。
「でも、それでいいと思う」
蛍が言った。
「違うから、補える」
「……確かに」
たかふみは納得した。
もし二人とも同じ戦い方なら、同じ弱点を抱えることになる。
近距離戦が得意なら、遠距離への対応に苦労するかもしれない。
元素に頼るなら、元素が通じにくい相手への対応が必要になる。
逆に、精霊魔法に頼るなら、その魔法が使いにくい状況もあるだろう。
けれど、二人にはそれぞれ違う力がある。
蛍には元素。
おじさんには精霊魔法。
そして二人とも剣を使う。
同じ部分がありながら、違う部分もある。
だからこそ、相手が作った隙をもう一人が利用できる。
「次からも一緒に戦えそうだね」
蛍がおじさんを見る。
「ああ」
おじさんは短く頷いた。
「よろしく」
「こちらこそ」
二人は自然に頷き合った。
「……」
たかふみは、その様子を見ていた。
つい少し前まで、おじさんと蛍は一緒に戦うことすら決まっていなかった。
最初は、それぞれが自分の判断で動いていた。
それが今では、互いの戦い方を理解し始めている。
まだ完全に息が合っているわけではない。
戦闘になれば、予想外のことも起きるだろう。
それでも、さっきの戦いを見る限り、この二人が一緒に戦うことには大きな意味がありそうだった。
(この組み合わせ……結構強いんじゃないか?)
たかふみはそんなことを考えた。
ゲームで知っている蛍。
そして、ゲームには存在しないおじさん。
本来なら交わるはずのなかった二人が、今は同じ場所で剣を握っている。
しかも、それが少しずつ自然になっている。
たかふみは妙な感覚を覚えた。
自分が知っている原神の世界。
そのはずなのに、知らない光景が増えている。
風魔龍の事件が終わったあとも、魔物の活動は続いている。
自分たちは調査のために森を歩いている。
そして、蛍とおじさんは新しい戦い方を身につけ始めている。
ゲームの中では存在しなかった組み合わせ。
それが現実になっている。
「たかふみ、そろそろ行こう」
蛍が立ち上がった。
「ああ」
たかふみも立ち上がる。
座っていた岩から離れ、服についた土を払う。
おじさんも腰を上げた。
そして、森の奥へ視線を向ける。
「調査を続けるぞ」
「了解」
「分かった」
「オイラも行くぞ!」
パイモンも元気よく飛び上がった。
四人は再び森の中へ歩き出す。
さっきまで戦っていた場所を離れ、さらに奥へ進む。
木々の隙間から差し込む光が、地面に細長い影を作っている。
風が吹けば、葉が一斉に揺れた。
戦闘が終わったことで、森は再び静けさを取り戻していた。
だが、たかふみは完全には安心できなかった。
ここは、まだ調査の途中だ。
先ほどのヒルチャールたちが、この森にいるすべてとは限らない。
むしろ、風魔龍の襲撃以降に魔物の活動が広がっているなら、別の場所にも同じような集団がいる可能性がある。
おじさんも同じことを考えているのか、歩きながら何度も周囲を確認している。
蛍も時々足を止め、森の奥へ目を向ける。
パイモンだけは、そんな二人を見ながらいつもの調子だった。
「なあ、次はどこを調べるんだ?」
「もう少し奥だな」
おじさんが答える。
「まだ何かあるのか?」
「分からない」
「分からないのかよ!」
たかふみが思わず言う。
「だから調べている」
「そりゃそうだけどさ」
蛍が小さく笑う。
たかふみも苦笑した。
結局、分からないことを確かめるために来ている。
ゲームの知識があったとしても、目の前の森で何が起こるのかまでは分からない。
だから、自分たちで確認するしかない。
たかふみは歩きながら、ふと前方を見た。
木々の向こうに、細い道が続いている。
その先はまだ見えない。
何が待っているのかも分からない。
それでも四人は歩いていく。
元素を使う旅人。
精霊魔法を使う異世界人。
二人の剣士の戦い方は、まったく違う。
けれど、その違いが互いの力を補っていた。
今日の戦いは、そのことを確かめる機会になった。
そして――。
この組み合わせは、これからの旅でも少しずつ形を変えていくことになる。
まだ始まったばかりの旅。
モンドで起きている異変も、終わったわけではない。
四人は森の奥へと進んでいった。