異世界おじさん、原神の世界へ   作:ところてんの

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第19話「狼と異世界人」

 奔狼領の調査は、まだ終わっていなかった。

 

 ヒルチャールの集団を倒した一行は、レザーの案内で森の奥へ進んでいる。

 

 先頭を歩いているのはレザー。

 

 その少し後ろに蛍とパイモン。

 

 そして最後尾には、たかふみとおじさんが続いていた。

 

 森の中は静かだった。

 

 さっきまで戦闘があったとは思えないほど、木々の間には穏やかな風が流れている。

 

 葉が揺れる。

 

 枝が擦れる。

 

 遠くから鳥の鳴き声が聞こえる。

 

 それだけだった。

 

「……本当に静かだな」

 

 たかふみが呟く。

 

「うん」

 

 蛍も周囲を見ながら歩いている。

 

 だが、レザーだけは周囲の状況をよく把握しているようだった。

 

 迷う様子がない。

 

 木の間を抜ける。

 

 少し開けた場所を通る。

 

 また森の中へ入る。

 

 まるで、この森そのものが自分の庭であるかのようだった。

 

「レザーって、ずっとここにいるのか?」

 

 たかふみが尋ねた。

 

「うん」

 

 レザーは振り返る。

 

「ここ、俺の場所」

 

「なるほどな」

 

 たかふみは頷いた。

 

 ゲームで知っている情報と一致する。

 

 奔狼領。

 

 狼たちと暮らす少年。

 

 それがレザーだ。

 

 ただ、今のたかふみにとっては、それだけではない。

 

 目の前を歩いているのは、ゲームのキャラクターではなく、この世界で実際に生きている少年だ。

 

 そんなことを考えながら歩いていると。

 

 レザーが、また後ろを振り返った。

 

 視線の先にいるのは、おじさんだった。

 

 さっきから何度も見ている。

 

 正確には、おじさんそのものというより。

 

 おじさんの手にあるもの。

 

 光の剣だった。

 

 戦闘が終わってからも、おじさんは必要に応じて光剣を維持していた。

 

 淡い光を放つ剣身が、木々の隙間から差し込む日差しを反射している。

 

 レザーは、それをじっと見ていた。

 

「……」

 

 おじさんも視線に気付いていた。

 

 だが、特に何も言わない。

 

 そのまま歩いている。

 

 レザーも、しばらく何も言わなかった。

 

 やがて。

 

「おじさん」

 

「なんだ?」

 

 レザーが足を止めた。

 

 後ろを歩いていた一行も立ち止まる。

 

「その剣……」

 

 レザーの視線が、おじさんの手元へ向く。

 

「どうして光る?」

 

 おじさんは自分の手にある光の剣を見下ろした。

 

 少しだけ考える。

 

 そして。

 

「使えるから使っている」

 

「…………」

 

 レザーが黙った。

 

 たかふみも黙った。

 

 蛍も黙った。

 

 パイモンだけが首を傾げる。

 

「……それ、答えになってるか?」

 

 パイモンが言った。

 

「なっている」

 

「なってないぞ!」

 

 たかふみが即座に口を挟んだ。

 

「いやいやいや! そこはもうちょっと説明しようよ!」

 

「何を?」

 

「何をって……」

 

 たかふみは呆れた顔をする。

 

「なんで剣が光るのかとか、どうやって出してるのかとか!」

 

「精霊に頼んで出してもらっている」

 

「だから説明が雑なんだよ!」

 

「分かりやすいだろ」

 

「全然分かりやすくない!」

 

 おじさんは真顔だった。

 

 たかふみは頭を抱える。

 

「レザーも聞いてるんだから、もう少し詳しく説明してやれよ」

 

「必要か?」

 

「必要だろ」

 

「使える」

 

「そういうことじゃない!」

 

 パイモンが笑いながら二人を見る。

 

「たかふみ、おじさんに詳しい説明を期待するだけ無駄だぞ」

 

「それは分かってるけどさ」

 

 蛍も光剣を見る。

 

「私も気になる」

 

「蛍まで?」

 

「どうやって作っているのかは、私も知らない」

 

「そうだよな」

 

 たかふみは少し安心した。

 

 自分だけが説明不足だと思っているわけではないらしい。

 

 レザーは、そんな三人の会話を聞きながら、再び光剣を見る。

 

「精霊……」

 

「ああ」

 

「精霊と、話す?」

 

「話すこともある」

 

「友達?」

 

 レザーの問いに、おじさんは少し考えた。

 

「契約している」

 

「契約……」

 

 レザーがその言葉を繰り返す。

 

 おじさんは光剣を見た。

 

「精霊の力を借りる」

 

「力、借りる?」

 

「ああ」

 

「元素じゃない?」

 

「違う」

 

「でも、風に似てる」

 

「似ているだけだ」

 

 おじさんの説明は短い。

 

 しかし、レザーはそれでも何となく理解しているようだった。

 

 たかふみは二人の会話を聞きながら、少し感心する。

 

 レザーは質問が少ない。

 

 だけど、聞いたことをそのまま受け入れているわけでもない。

 

 自分なりに考えている。

 

「精霊って、どんなやつなんだ?」

 

 たかふみが聞いた。

 

「いろいろいる」

 

「いろいろ?」

 

「風、水、火、雷……そういうものだけじゃない」

 

「へえ」

 

 たかふみは少し興味を持つ。

 

 ゲームで知っている元素とは違う。

 

 精霊魔法。

 

 それは、この世界では未知の力だ。

 

 元素とは違う。

 

 けれど、結果だけを見れば似ているものもある。

 

 だからこそ、テイワットの人間からすれば余計に分かりづらい。

 

「じゃあ、さっきの光の剣も精霊が作ってるのか?」

 

「そうだ」

 

「じゃあ、おじさん自身が光を出してるわけじゃない?」

 

「俺だけではない」

 

「なるほど……」

 

 たかふみが頷く。

 

「つまり、おじさんが精霊に頼んで、その力を借りて剣を作ってるってことか」

 

「ああ」

 

「最初からそう言えばいいだろ」

 

「今言った」

 

「最初に言えよ!」

 

 パイモンが笑う。

 

「やっぱりたかふみとおじさんの会話って面白いな!」

 

「面白くするつもりはないんだけどな……」

 

 蛍も小さく笑った。

 

 レザーはまだ光剣を見ている。

 

「精霊……」

 

 レザーの視線が森の奥へ向く。

 

 そこには、木々の間から見える広い空があった。

 

 風が吹く。

 

 葉が揺れる。

 

「俺、狼といる」

 

「うん」

 

 蛍が答える。

 

「狼、仲間」

 

 レザーは少し考えた。

 

「精霊も、仲間?」

 

 おじさんはすぐには答えなかった。

 

 少し考えてから。

 

「仲間というより、契約相手だ」

 

「契約相手……」

 

 レザーは再び考える。

 

 自分と狼。

 

 おじさんと精霊。

 

 似ているようで、違う。

 

 でも。

 

 力を一方的に使う関係ではない。

 

 そこだけは、何となく理解できる。

 

「おじさん」

 

「なんだ?」

 

「狼と、仲間になれる?」

 

「狼?」

 

「うん」

 

 おじさんは少し考えた。

 

 奔狼領。

 

 狼の縄張り。

 

 ここで狼と仲良くなれるか。

 

 そう聞かれれば。

 

「……普通に襲われると思うぞ」

 

「……そうか」

 

 レザーが少しだけ笑った。

 

「いや、そこで真面目に答えるのかよ」

 

 たかふみも思わず笑う。

 

「まあ、おじさんなら狼に襲われても普通に倒しそうだけどな」

 

「必要ならな」

 

「そこは否定しないんだ……」

 

「襲ってくるなら対応する」

 

「対応の仕方が物騒なんだよ」

 

 パイモンが両手を広げる。

 

「でも、おじさんなら狼とも仲良くなれるかもしれないぞ!」

 

「無理だと思う」

 

 蛍が即答した。

 

「蛍まで……」

 

 たかふみが苦笑する。

 

「なんでだ?」

 

「おじさんが狼と一緒にいるところ、想像できない」

 

「確かに」

 

「おい」

 

 おじさんが初めて少しだけ不満そうな声を出した。

 

 たかふみは笑った。

 

「いや、だっておじさんって動物と仲良くするタイプじゃないだろ」

 

「別に嫌いではない」

 

「じゃあ好きなの?」

 

「普通」

 

「ほらな」

 

「どういう意味だ」

 

 パイモンが笑う。

 

 レザーは、そんな四人のやり取りを静かに見ていた。

 

 森の中にいる自分とは、少し違う。

 

 けれど。

 

 嫌な感じはしない。

 

 むしろ、妙に自然だった。

 

 騒がしいパイモン。

 

 冷静な蛍。

 

 よく喋るたかふみ。

 

 そして。

 

 変な力を使う、おじさん。

 

 四人とも、自分とは違う。

 

 でも。

 

 少しだけ、気になる。

 

「おじさん」

 

「なんだ?」

 

「もっと、見たい」

 

 レザーは光の剣を見る。

 

「その力」

 

「そうか」

 

「もう一回、使う?」

 

「戦いになればな」

 

「戦い」

 

 レザーの目が少し変わった。

 

「強い敵?」

 

「そうかもしれない」

 

「なら、見たい」

 

「レザー、戦い好きなのか?」

 

 たかふみが聞く。

 

「強い相手、知りたい」

 

「なるほど」

 

 たかふみは納得した。

 

 レザーらしい。

 

 ただし、今の言葉を聞いていると少し不安になる。

 

「でも、無理に戦おうとするなよ」

 

「分かってる」

 

 レザーは答えた。

 

 その時。

 

 森の奥から、風が吹いてきた。

 

 木々が一斉に揺れる。

 

 レザーが立ち止まった。

 

「……」

 

 おじさんも足を止める。

 

「どうした?」

 

 たかふみが尋ねる。

 

「何かいる?」

 

 蛍も周囲を見る。

 

 レザーは耳を澄ましていた。

 

「狼」

 

「狼?」

 

 パイモンが辺りを見る。

 

「近い」

 

 レザーが言う。

 

 少しすると。

 

 木々の向こうから、遠吠えが聞こえた。

 

「……!」

 

 たかふみが息を呑む。

 

 ゲームで聞いたことのある声。

 

 けれど。

 

 今はスピーカーから流れてくる音ではない。

 

 森の中から、本当に聞こえている。

 

「狼だ」

 

 レザーが言った。

 

 その表情が少し柔らかくなる。

 

 レザーは森の奥へ向かって歩き出した。

 

「待ってくれよ!」

 

 パイモンが追いかける。

 

 蛍も続く。

 

 たかふみもその後を歩く。

 

 おじさんは最後に続いた。

 

「おじさん」

 

「なんだ?」

 

「狼、見てみたいんだろ?」

 

「別に」

 

「いや、今ちょっと嬉しそうだったぞ」

 

「そうか?」

 

「そうだよ」

 

「気のせいだ」

 

「……まあいいけど」

 

 たかふみは苦笑する。

 

 少し先で、レザーが立ち止まっていた。

 

 木々の間。

 

 一頭の狼がこちらを見ている。

 

 灰色の毛。

 

 鋭い目。

 

 警戒している。

 

 パイモンが小声になる。

 

「おお……」

 

 蛍も足を止める。

 

 たかふみも黙った。

 

 レザーだけがゆっくりと狼へ近づく。

 

 狼は逃げない。

 

 レザーも手を伸ばさない。

 

 ただ、そこにいる。

 

 しばらくすると、狼がレザーの周囲を回った。

 

「仲間?」

 

 蛍が尋ねる。

 

「うん」

 

 レザーが答える。

 

「友達」

 

 おじさんは、その様子を見ていた。

 

 精霊との契約。

 

 狼との関係。

 

 どちらも、人間だけでは成立しない。

 

 相手の意思がある。

 

 力を借りるだけではない。

 

 だからこそ。

 

 おじさんは少しだけレザーに興味を持った。

 

「お前も、相手の力を借りているんだな」

 

「うん」

 

 レザーが頷く。

 

「狼、俺を助ける。俺も狼を助ける」

 

「そうか」

 

 短い返事。

 

 それだけだった。

 

 だが、レザーは少し嬉しそうだった。

 

「おじさんも、精霊助ける?」

 

「ああ」

 

「精霊も、おじさん助ける?」

 

「ああ」

 

「同じ」

 

「似ているな」

 

 レザーが頷く。

 

「うん」

 

 たかふみは二人の会話を聞いていた。

 

 おじさんがこんなに素直に他人と話しているのは珍しい。

 

 もちろん、内容そのものは短い。

 

 でも。

 

 レザーとの会話は、妙に噛み合っている。

 

「なんか似てるな」

 

 たかふみが呟く。

 

「何が?」

 

 パイモンが聞く。

 

「レザーとおじさん」

 

「そうか?」

 

「必要なことしか喋らないところ」

 

「確かに!」

 

 パイモンが頷く。

 

「おじさんもレザーも、もっと喋れそうなのに全然喋らないぞ!」

 

「別に必要ない」

 

 おじさんが言う。

 

「ほら」

 

 たかふみが指を差す。

 

「そういうところ」

 

 蛍が小さく笑った。

 

 レザーも少しだけ笑う。

 

 その時だった。

 

 遠くから、再びヒルチャールの声が聞こえた。

 

「ギャッ!」

 

 レザーの表情が変わる。

 

 狼も耳を立てた。

 

「ヒルチャール」

 

「まだいるのか」

 

 たかふみが周囲を見る。

 

「いる」

 

 レザーが頷く。

 

 おじさんも周囲を確認する。

 

 精霊へ意識を向ける。

 

 森の中に散らばる気配。

 

 数は多くない。

 

 だが。

 

 まだ完全には安全ではない。

 

「奥にいる」

 

「何体?」

 

 蛍が聞く。

 

「五……六」

 

「じゃあ、行こう」

 

 蛍が剣に手を掛ける。

 

 レザーも大剣を構えた。

 

 おじさんは光剣を見る。

 

「おじさん」

 

 レザーが言う。

 

「なんだ?」

 

「また、見せて」

 

「ああ」

 

 おじさんは光剣を握り直した。

 

 レザーは嬉しそうに前を向く。

 

 たかふみは二人を見ながら、小さく息を吐いた。

 

「……まあ、こうなるよな」

 

「何が?」

 

 パイモンが聞く。

 

「おじさんの変な魔法に興味持つ人、また増えたなって」

 

「変とは失礼だぞ!」

 

 パイモンが言う。

 

「いや、おじさん本人が変だから」

 

「それは否定できない」

 

 蛍が淡々と言った。

 

「蛍まで言うのか」

 

 おじさんが呟く。

 

 レザーが振り返る。

 

「おじさん」

 

「なんだ?」

 

「行く」

 

「ああ」

 

 レザーが森の奥へ走る。

 

 蛍が続く。

 

 おじさんもその後を追う。

 

 たかふみとパイモンも慌てて続いた。

 

 奔狼領の森。

 

 そこには、まだ魔物がいる。

 

 風魔龍の襲撃から始まった異変。

 

 魔物の増加。

 

 そして、今度はこの森で出会った一人の少年。

 

 たかふみは歩きながら、レザーの背中を見る。

 

 ゲームで知っていた少年。

 

 けれど。

 

 今はもう、それだけではない。

 

 レザーには、この世界での生活がある。

 

 狼との関係がある。

 

 この森を守ろうとする理由がある。

 

 そして、おじさんの精霊魔法にも興味を持った。

 

「……面白いな」

 

 たかふみが呟く。

 

「何が?」

 

 パイモンが振り返る。

 

「いや、なんでもない」

 

「またそれか!」

 

 パイモンが笑う。

 

 たかふみも笑った。

 

 前を歩く蛍とレザー。

 

 その後ろを、おじさん。

 

 さらに、たかふみとパイモン。

 

 五人の足音が、森の奥へ進んでいく。

 

 まだ調査は終わっていない。

 

 奔狼領の奥には、風魔龍の襲撃以降に生まれた異変が残っている。

 

 そして。

 

 この出会いが、後の戦いにも繋がっていくことを。

 

 この時のたかふみたちは、まだ知らなかった。

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