奔狼領での調査を終えた一行は、モンドへ戻ってきた。
街へ入る頃には、すでに日が傾き始めている。
風魔龍の襲撃から少し時間が経ったとはいえ、街の人々の間にはまだ緊張が残っていた。
空を見上げる者。
遠くの物音に振り返る者。
騎士団の姿を見て安心したように息を吐く者。
風魔龍の事件が、それだけモンドの人々に大きな影響を与えているということだ。
「まずは騎士団に報告だな」
たかふみが言う。
「ああ」
おじさんは短く答えた。
そのまま一行は西風騎士団本部へ向かった。
今回の調査で分かったことは多い。
奔狼領周辺でのヒルチャールの活動。
複数の地域で確認されている魔物の移動。
そして、それらが単なる偶然ではない可能性。
特に最後の点については、騎士団も無視できないだろう。
騎士団本部。
通された部屋には、ジンとガイアが待っていた。
「お帰りなさい」
ジンが一行を迎える。
「まずは無事に戻ってきてくれて安心しました」
「ただいま」
蛍が答える。
パイモンも胸を張った。
「今回もちゃんと調査してきたぞ!」
「それは頼もしいですね」
ジンが微笑む。
たかふみは持っていた資料を机の上へ置いた。
「じゃあ、報告します」
「お願いします」
ジンが資料へ目を落とす。
「風魔龍の襲撃以降、奔狼領周辺では魔物の活動が活発になっています」
たかふみが説明を始める。
「特にヒルチャールが複数の地域で確認されています。棍棒を持った個体だけじゃなく、弓や盾を持った個体も集団で動いていました」
ジンは頷きながら書類へ目を通していく。
「騎士団でも、同様の報告を受けています」
ガイアが口を挟んだ。
「ただし、妙なのはその動きだ」
ガイアは机の上に広げられた地図を指差す。
「この地域からこちらへ移動した集団がいる。その一方で、別の場所でも似たような動きが確認されている」
「同じような動き?」
蛍が尋ねる。
「ああ」
ガイアは目を細める。
「魔物が増えただけなら、そこまで珍しい話じゃない」
指が地図の上を移動する。
「だが、複数の地域で同じような動きをしているとなると話は変わってくる」
「何か共通した原因がある……?」
たかふみが呟く。
「その可能性はあります」
ジンが答えた。
「風魔龍の襲撃によって魔物の生息域が変化した可能性もあります。しかし、それだけでは説明できない部分もあります」
部屋の空気が少し重くなる。
おじさんは黙って地図を見ていた。
ガイアがそんなおじさんへ視線を向ける。
「君はどう思う?」
「誰かが動かしている可能性はある」
おじさんの答えは短かった。
「誰かが?」
ジンが顔を上げる。
「ああ」
おじさんは地図を見る。
「魔物の動きが不自然なら、その可能性を考える」
ガイアが小さく笑った。
「なるほど。なかなか面白い意見だ」
しかし、その目には警戒が残っている。
たかふみには、それが分かった。
当然だ。
おじさんは異世界から来た人間。
しかも、この世界の元素とは違う力を使う。
精霊魔法。
その正体について、騎士団はまだほとんど知らない。
これまでの行動から敵ではないことは分かってきている。
それでも、完全に信用されているわけではない。
むしろ、未知の力を使えるからこそ警戒されるのは当然だった。
「精霊魔法についても、何か分かりましたか?」
ジンが尋ねる。
「魔物の位置を知るために使った」
「魔物の位置を?」
「精霊から聞いた」
「……精霊から、ですか」
ジンが少し驚く。
たかふみが補足した。
「おじさんには精霊の姿は見えません。でも、気配を感じることができる。それで意思を交わして、情報を得るみたいです」
「なるほど」
ジンは頷いた。
「元素による感知とは異なるもの、と考えたほうがよさそうですね」
「ああ」
おじさんが答える。
「精霊魔法は元素魔法じゃない」
ガイアが興味深そうにおじさんを見る。
「それは何度聞いても気になるな」
「何が?」
「君の魔法そのものだよ」
ガイアは笑みを浮かべた。
「風を操ることもできる。炎も使える。雷まで扱える」
「使える」
「なのに元素ではない」
「ああ」
「不思議なものだ」
おじさんは少し考える。
「精霊に頼んでいるだけだ」
「……それだけか?」
「それだけだ」
「いや、そこはもう少し説明してくれよ!」
たかふみが思わず突っ込む。
パイモンも頷いた。
「そうだぞ! それじゃ分からないぞ!」
蛍は二人のやり取りを見て、少しだけ笑った。
「おじさんらしい」
「蛍まで……」
たかふみはため息を吐いた。
ガイアも肩を揺らす。
「なるほど。君たちの関係もだいぶ分かってきたよ」
「そこは分からなくていいから……」
報告が一段落したところで、ジンが再び地図を見る。
「いずれにせよ、調査は継続する必要があります」
その言葉に、一行の表情が引き締まる。
「風魔龍の襲撃は、現在も収束したとは言い切れません」
ジンは慎重に言葉を選んだ。
「トワリンが再び姿を現す可能性もあります。そして、魔物の異常な動きについても原因が分かっていません」
たかふみは黙って聞いていた。
トワリン。
その名前を聞いた瞬間、ゲームの記憶が頭をよぎる。
風魔龍。
アビス教団。
そして――。
ウェンティ。
ゲームを知っている自分なら、この先に何が起きるのかある程度は知っている。
けれど。
それを、そのまま話していいのか。
分からない。
自分が知っているのはゲームの物語だ。
今ここにいる蛍やパイモンは、画面の中のキャラクターではない。
おじさんもいる。
精霊魔法もある。
すでに原作とは違う出来事が起きている。
「……」
たかふみは口を閉じた。
知識がある。
だからこそ、簡単には話せない。
「たかふみ?」
蛍が声をかける。
「ん?」
「どうしたの?」
「いや……ちょっと考え事」
「そう」
蛍はそれ以上聞かなかった。
たかふみは小さく息を吐く。
今はまだいい。
必要になったら話す。
少なくとも、自分から未来を全部説明するのはやめておこう。
「では、明日から再び周辺の調査をお願いします」
ジンが言う。
「分かった」
おじさんが答える。
「蛍も大丈夫?」
「うん」
「たかふみも?」
「もちろん」
たかふみは頷いた。
ガイアがそんな三人を見る。
「調査先は騎士団から伝える。勝手に深入りしすぎないようにな」
「分かった」
おじさんが即答する。
「……本当に分かってるのか?」
たかふみが横から言った。
「問題ない」
「その『問題ない』が一番問題あるんだよ!」
パイモンが吹き出した。
「たかふみ、分かってるな!」
「分かりたくて分かってるんじゃないんだよ……」
ジンも思わず微笑む。
「それでは、今日は休んでください」
「ああ」
おじさんは頷いた。
こうして報告は終わった。
騎士団本部を出る。
外はすっかり夕暮れになっていた。
街には人々の声が戻っている。
店も開いている。
酒場からは笑い声も聞こえてくる。
風魔龍の襲撃から少しずつ日常を取り戻しているのだろう。
しかし。
たかふみは空を見上げた。
事件はまだ終わっていない。
むしろ。
ここからが本番だ。
「……ゲームとは、ちょっと違ってきてるな」
小さく呟く。
「何が?」
蛍が聞く。
「いや、こっちの話」
「そう」
蛍はそれ以上追及しなかった。
おじさんが歩きながら言う。
「飯に行くぞ」
「急だな」
「腹が減った」
「まあ、それはそうだけど」
パイモンがすぐに反応する。
「オイラも腹減ったぞ!」
「さっき食べただろ」
「別腹だ!」
「それは別腹じゃなくて普通に食いすぎだろ!」
いつものやり取り。
たかふみは思わず笑った。
けれど。
その胸の奥には、まだ小さな不安が残っていた。
風魔龍。
魔物の異常な動き。
そして、その裏にいるかもしれない何者か。
まだ何も分かっていない。
だからこそ。
明日も調査を続けるしかない。
モンドの風は、今日も穏やかに吹いている。
だが、その風の向こう側では――。
まだ何かが動いていた。