モンドを出て、しばらく街道を歩く。
風魔龍の襲撃から時間が経ったとはいえ、周辺の警戒はまだ続いていた。
騎士団から依頼された調査もあり、たかふみたちはモンド近郊を歩いている。
「この辺り、昨日より魔物が少ないな」
たかふみが周囲を見渡す。
「少ないほうがいいだろ」
おじさんは淡々と答えた。
「まあ、それはそうだけど……」
たかふみは苦笑する。
隣を歩く蛍も、森の奥へ視線を向けていた。
パイモンはその上を飛びながら、
「でも、油断はできないぞ!」
と注意を促している。
「分かってる」
蛍が短く答えた。
そのときだった。
「おーい!」
遠くから声が聞こえた。
「ん?」
たかふみが振り返る。
街道の向こうから、一人の少年が走ってくる。
赤い髪。
冒険者らしい服装。
腰には片手剣。
少年は大きく手を振りながら、こちらへ近づいてきた。
「誰だろう?」
蛍が尋ねる。
「冒険者じゃないかな」
たかふみが答えた。
少年は一行の前まで来ると、勢いよく立ち止まった。
「はぁ……はぁ……!」
息を切らしながらも、笑顔は崩れない。
「俺、ベネット!」
少年は胸を張った。
「ベニー冒険団の団長だ!」
「……ベネット」
たかふみの口から、思わず名前が漏れた。
「ん?」
ベネットが首を傾げる。
「俺のこと知ってるのか?」
「いや、そういうわけじゃない」
たかふみは慌てて首を振った。
知っている。
ゲームの中で何度も見た名前だ。
炎元素を使う冒険者。
そして――。
不運で有名な少年。
「そっちは?」
ベネットが、おじさんを見る。
おじさんは少し考えてから答えた。
「黒木天馬だ」
「……」
たかふみが固まった。
「よろしく!」
ベネットが手を差し出す。
「よろしくな、黒木天馬!」
おじさんは普通に握手を返した。
「おじさん」
たかふみが小声で呼ぶ。
「なんだ」
「その名前、使うんだ……」
「ああ」
「いや、なんか急に日本人っぽい名前が来たな」
「偽名だからな」
「そうだけどさ」
たかふみはため息をついた。
「まあ、いいか……」
ベネットは二人を交互に見る。
「おじさん?」
「たかふみは俺をそう呼ぶ」
おじさんが答える。
「じゃあ、俺もおじさんって呼ぶ!」
「話が早いな……」
たかふみはまたため息をついた。
蛍が小さく笑う。
「おじさん」
「蛍まで……」
パイモンも続ける。
「おじさんって呼ぶほうが分かりやすいぞ!」
「もういいよ……」
たかふみは諦めた。
「俺はたかふみ」
「蛍」
「パイモンだぞ!」
「よろしく!」
ベネットは嬉しそうに笑った。
「みんな旅をしてるのか?」
「今は調査」
たかふみが答える。
「騎士団から頼まれてるんだ」
「へえ!」
ベネットの目が輝いた。
「じゃあ、俺も手伝うよ!」
「いや、そこまでしなくても――」
「任せてくれ!」
ベネットは胸を叩いた。
「俺、冒険には慣れてるからな!」
たかふみは嫌な予感がした。
そして。
その予感は、すぐに現実になった。
「おっと!」
ベネットが一歩踏み出す。
足元には、小さな石。
「うわっ!」
ベネットがつまずいた。
「ベネット!」
蛍が声を上げる。
何とか転ばずに済んだ。
しかし――。
「おい!」
背負っていた荷物が傾いた。
ドサッ!
荷物が地面へ落ちる。
中から道具がいくつも飛び出した。
「大丈夫か?」
おじさんが聞く。
「大丈夫!」
ベネットは笑った。
「これくらい、いつものこと――」
カチッ。
「……」
全員が止まった。
「今、何か鳴ったぞ」
たかふみが言う。
「え?」
ベネットが振り返る。
近くにあった古い装置が動き始めていた。
「うわっ!」
ベネットが飛び退く。
「なんだこれ!?」
装置が大きな音を立てる。
ガコンッ!
その音が森の中へ響き渡った。
数秒後。
「ギャッ!」
「ギャギャッ!」
ヒルチャールの声が聞こえてきた。
「……」
たかふみは無言になった。
木々の間から、ヒルチャールが姿を現す。
棍棒を持った個体。
弓を持った個体。
盾を構えた個体。
「またかよ!」
ベネットが叫んだ。
「お前、慣れてるな!?」
「うん!」
「そこは慣れなくていい!」
ベネットが剣を抜く。
「みんな、気をつけろ!」
炎が剣にまとわりついた。
「俺も戦う!」
たかふみは目を見開いた。
炎元素。
ゲームの中では何度も見た。
けれど、実際に目の前で見ると印象が違う。
本当に炎が剣に宿っている。
「……すげえ」
「何が?」
「いや、なんでもない!」
ベネットが前へ出る。
「行くぞ!」
ヒルチャールへ向かって走った。
炎をまとった剣が振り抜かれる。
盾に炎がぶつかり、ヒルチャールが怯む。
「今!」
蛍が一気に距離を詰めた。
剣を振り抜く。
盾が弾き飛ばされる。
ヒルチャールが体勢を崩した。
その瞬間。
おじさんが踏み込んだ。
「キライド ルギド リオルラン――光剣顕現」
光が集まり、一本の剣となる。
おじさんは敵の位置を確認した。
正面。
左に二体。
後方に弓兵。
最初に弓兵を止める。
「レグスウルド スタッガ――縛動 拘鎖」
弓を構えたヒルチャールの動きが止まった。
「今だ!」
たかふみが叫ぶ。
蛍が走る。
おじさんも続く。
一閃。
弓兵が倒れる。
「左!」
たかふみが叫んだ。
棍棒を持ったヒルチャールが迫っている。
おじさんは身体を横へずらした。
棍棒が目の前を通り過ぎる。
そのまま懐へ入り込む。
光剣が振り抜かれた。
ヒルチャールが倒れる。
「すげえ!」
ベネットが叫んだ。
「おじさん、すげえな!」
「普通だ」
「いや普通じゃないだろ!」
たかふみが即座に突っ込む。
「どこが普通なんだよ!」
ベネットが笑う。
「面白いな、お前ら!」
しかし、その直後。
別のヒルチャールがベネットへ襲いかかった。
「ベネット!」
蛍が叫ぶ。
「分かってる!」
ベネットが振り返る。
棍棒を剣で受け止める。
ガキンッ!
「ぐっ……!」
力では押されている。
だが、ベネットは退かなかった。
「まだまだ!」
炎が剣から弾ける。
ヒルチャールが怯んだ。
ベネットはその隙を逃さない。
「今だ!」
蛍が横から斬り込む。
ヒルチャールが吹き飛んだ。
「ありがとう!」
「気をつけて」
「ああ!」
ベネットは笑った。
戦闘は続いた。
たかふみが敵の位置を伝える。
「右からも来てる!」
おじさんが即座に反応する。
蛍が前線を押し上げる。
ベネットが炎元素で援護する。
そして、おじさんが敵の隙を突いていく。
やがて。
最後のヒルチャールが倒れた。
森が静かになる。
「……終わった?」
ベネットが周囲を見渡す。
「ああ」
おじさんが光剣を消した。
「よし!」
ベネットが拳を握る。
「みんな無事だな!」
「うん」
蛍が頷く。
「オイラも平気だぞ!」
パイモンが胸を張る。
「たかふみは?」
「俺も大丈夫」
「よかった!」
ベネットが笑う。
そして、おじさんへ近づいた。
「なあ、おじさん!」
「なんだ」
「さっきの魔法、精霊魔法って言ってたよな?」
「ああ」
「元素とは違うのか?」
「違う」
おじさんは短く答えた。
「精霊と契約して力を借りる」
「精霊と契約?」
「そうだ」
「へえ……!」
ベネットの目が輝く。
「精霊魔法って元素とは違うんだろ? 面白いな!」
たかふみは苦笑した。
「ベネット、そういうの気になるタイプ?」
「もちろん!」
ベネットは即答した。
「知らないものを見つけるのも冒険だからな!」
その言葉に、たかふみは少し黙った。
ゲームで知っていたベネット。
けれど、実際に目の前にいる彼は、ゲームのキャラクターではない。
笑う。
驚く。
仲間を心配する。
そして、不運に巻き込まれても立ち上がる。
「なあ!」
ベネットが言った。
「みんな、これからどこへ行くんだ?」
「この先を調査する」
たかふみが地図を広げる。
「騎士団から頼まれてる場所があるんだ」
「じゃあ!」
ベネットが笑った。
「俺も一緒に行っていいか?」
たかふみが固まる。
「……」
ゲームの知識を考えれば、頼りになる。
戦闘能力もある。
性格も明るい。
問題は――。
「おじさん」
「なんだ」
「どうする?」
「一緒に行けばいい」
「即答かよ」
「戦える」
「まあ、それはそうだけど……」
ベネットが笑う。
「俺なら大丈夫!」
「いや、その台詞がもう不安なんだけど」
「ははは!」
ベネットは気にしていない。
「不運なら、それを上回る幸運を見つければいいんだ!」
たかふみはベネットを見る。
自分の不運を知っている。
それでも落ち込まない。
前を向いている。
「……すごいな」
「何が?」
「いや、なんでもない」
蛍が口を開く。
「私は一緒でもいいと思う」
「オイラも賛成!」
パイモンが手を上げる。
「じゃあ決まりだな!」
ベネットが笑った。
「よろしくな、おじさん!」
「ああ」
「たかふみ!」
「よろしく」
「蛍!」
「うん」
「パイモン!」
「おう!」
こうして。
一行に新たな仲間が加わった。
炎元素を操る冒険者。
ベネット。
ただし――。
「……」
たかふみはベネットの足元を見る。
そこには、さっきの石が転がっていた。
「ベネット」
「ん?」
「そこ」
「え?」
ベネットが足元を見る。
「うわっ!」
慌てて避ける。
「危なかった!」
「……」
たかふみは無言になった。
「今日のところは大丈夫だな!」
ベネットが笑う。
「いや、何が大丈夫なんだよ……」
たかふみはため息をついた。
おじさんが歩き始める。
「行くぞ」
「おう!」
ベネットが続く。
蛍とパイモンも後ろからついていく。
たかふみも歩きながら、ベネットを見る。
ゲームで知っていた名前。
知っていた能力。
知っていた不運。
それでも。
実際に会ってみれば、知らないことばかりだった。
この世界は、もうゲームではない。
ここで生きている人たちは、みんな一人の人間だ。
そして。
その中に、新しい仲間が一人増えた。
「……まあ、なんとかなるか」
たかふみは小さく呟いた。
その前を、ベネットが元気よく歩いている。
モンドの街道に、少年の明るい声が響いていた。