遺跡の奥へ進む。
通路は、先ほどまでとは明らかに違っていた。
壁に刻まれた紋様は増え、床には複雑な石板が並んでいる。
天井には古い機械。
壁際には用途の分からない装置。
どれも長い年月が経っているはずなのに、まだ動く気配を残していた。
「ここ、かなり深いな」
たかふみが周囲を見る。
「俺もここまで来たのは初めてだ」
ベネットが答えた。
「だから楽しみなんだ!」
「楽しみなのはいいけど、絶対に何か触るなよ」
「分かってる!」
ベネットは元気よく返事をした。
おじさんが先頭を歩く。
その後ろを蛍。
ベネット。
たかふみ。
パイモンが続く。
しばらく進んだところで、通路が開けた。
「……広い」
たかふみが呟く。
そこには巨大な扉があった。
高さは数メートル。
古びた石で作られ、中央には見たことのない紋様が刻まれている。
「これが一番奥の扉か?」
ベネットが近づく。
「たぶんな」
おじさんが扉を確認する。
周囲にもいくつか装置がある。
「この装置を動かせば開くのかもな」
ベネットが一つの装置を見る。
「触るな」
おじさんが言った。
「分かってるって」
ベネットが手を伸ばす。
「……」
たかふみが嫌な予感を覚える。
「ベネット」
「大丈夫だって!」
「いや、だから――」
カチッ。
「……」
ベネットが固まった。
装置が動く。
ゴゴゴゴゴ……。
「え?」
地面が揺れ始めた。
「おじさん」
「まずいな」
揺れが大きくなる。
壁から砂埃が落ちる。
天井から小石が降ってくる。
「やっぱり俺のせいか!?」
ベネットが叫ぶ。
「たぶんそう」
たかふみが即答した。
「即答!?」
その瞬間。
ゴォン!
巨大な扉が動いた。
「開いた?」
パイモンが声を上げる。
違った。
扉は閉じ始めていた。
「え?」
ベネットが振り返る。
「待って!」
蛍が走る。
しかし間に合わない。
ドォン!
巨大な扉が完全に閉じた。
「……」
全員が扉を見る。
「閉じ込められたな」
おじさんが淡々と言う。
「いや、冷静すぎるだろ!」
たかふみが叫ぶ。
「どうするんだよ!」
「出口を探す」
「それだけ!?」
「他にない」
おじさんが周囲を見渡す。
そのとき。
カチッ。
別の装置が作動した。
「……」
たかふみの顔が引きつる。
「今度は何?」
ゴオオオッ!
壁から炎が噴き出した。
「うわっ!」
ベネットが飛び退く。
「炎!」
蛍も横へ移動する。
おじさんが手を伸ばす。
「ワーグレント・マグナ――疾風操作」
強い風が吹き抜けた。
炎の向きが変わる。
壁際へ流れていった。
「右へ」
おじさんが言う。
蛍がすぐに移動する。
「たかふみ、パイモンも!」
「分かった!」
全員が右側へ移動する。
直後。
ゴゴゴゴッ!
天井が震えた。
「次は何だ!?」
たかふみが叫ぶ。
天井の一部が崩れる。
「落石!」
ベネットが叫ぶ。
「走れ!」
蛍が前へ出る。
おじさんが周囲を見る。
「左」
蛍が左へ移動する。
「次は?」
「止まれ」
「え?」
蛍が急停止した。
その直後。
ドゴォン!
巨大な岩が、目の前を通過した。
「……」
たかふみの顔から血の気が引く。
「今の、当たってたら……」
「危なかったな」
おじさんは淡々としている。
「危なかったな、じゃないよ!」
たかふみは冷や汗を拭う。
「死んでたぞ!」
「だから止まれと言った」
「それはそうだけど!」
さらに。
カチカチカチッ。
壁の奥から音がする。
「またかよ!」
ベネットが叫ぶ。
壁が開いた。
そこから巨大な刃が飛び出してくる。
ギィン!
ギィン!
鋭い刃が高速で回転している。
「刃!?」
パイモンが叫ぶ。
「下がれ!」
蛍がベネットを引っ張る。
おじさんは風を操り、刃の動きをわずかに逸らす。
「走るぞ」
「どこへ!?」
「正面」
おじさんが進む。
炎。
落石。
回転する刃。
次々と仕掛けが作動する。
おじさんはそのたびに周囲を確認し、精霊魔法を使って一行を誘導していく。
炎を風で逸らす。
落下する石を避ける。
危険な場所を見極める。
「右へ」
蛍が動く。
「次は?」
「三歩前」
蛍が進む。
「止まれ」
蛍が止まった。
足元の石板が沈む。
「……」
「今のも罠か」
たかふみが呟く。
「ああ」
おじさんが答える。
「よく分かるな」
「見れば分かる」
「俺には全然分からないけど……」
たかふみは周囲を見渡す。
罠だらけだった。
どこを歩いても危険。
少し間違えば、炎が飛んでくる。
石が落ちる。
刃が迫る。
「こんなの、ゲームだったら初見殺しだろ……」
たかふみが呟く。
「ゲーム?」
ベネットが聞く。
「なんでもない」
たかふみは首を振る。
そのとき。
「おじさん!」
蛍が叫ぶ。
前方から巨大な岩が転がってきた。
「走れ!」
全員が走る。
「うわあああ!」
ベネットも必死に走った。
「右!」
おじさんが叫ぶ。
蛍が右へ。
たかふみも続く。
パイモンも飛ぶ。
ベネットだけが――。
「うわっ!」
足を滑らせた。
「ベネット!」
たかふみが叫ぶ。
「止まれ!」
「無理!」
ベネットの身体が前へ滑っていく。
「うわああああ!」
そのまま。
ドン!
壁際にあった装置へ突っ込んだ。
カチッ。
「……」
全員が止まった。
ゴゴゴゴゴ……。
動いていた遺跡の仕掛けが止まる。
炎が消える。
回転していた刃も止まる。
落石も止まった。
遺跡全体が静まり返った。
「……」
たかふみが目を瞬かせる。
「……止まった?」
パイモンが呟いた。
蛍も周囲を見る。
「止まったみたい」
おじさんが装置へ近づく。
しばらく確認する。
「解除されたな」
「え?」
たかふみが装置を見る。
「本当に?」
「ああ」
おじさんが頷く。
ベネットは装置の前で倒れていた。
「……痛てて」
ゆっくり起き上がる。
「みんな、大丈夫か?」
「大丈夫だけど……」
たかふみはベネットを見る。
「お前、何した?」
「何って……」
ベネットは装置を見る。
「転んだ」
「それは見れば分かる」
「そしたら、これにぶつかった」
「それも見れば分かる」
ベネットが笑う。
「やっぱり俺、持ってるだろ?」
「どこが!?」
たかふみは思わず叫んだ。
「どう考えても運が悪いだろ!」
「でも止まったぞ?」
「結果だけ見ればな!」
パイモンも呆れる。
「ベネットの不運って、たまにすごいな……」
「だろ?」
「褒めてないぞ!」
ベネットは楽しそうに笑っている。
「でも、助かったじゃないか!」
たかふみは言い返そうとして。
やめた。
実際に助かった。
ベネットが転ばなければ、あの装置にぶつかることもなかった。
そして。
仕掛けが止まることもなかった。
「……」
たかふみは改めてベネットを見る。
ゲームでは。
不運なキャラクター。
面白い設定。
そう思っていた。
でも。
現実で見ると、とんでもない。
「おじさん」
「なんだ」
「これ、本当に偶然?」
「偶然だろう」
「だよな……」
おじさんは余計なことを考えず、装置の周囲を調べ始めた。
「ここから出る」
「出口、分かるの?」
蛍が尋ねる。
「探す」
おじさんは目を閉じた。
周囲の気配を探る。
精霊へ意識を向ける。
「……」
たかふみには何も見えない。
もちろん、おじさんにも精霊そのものが見えているわけではない。
ただ、周囲の気配を感じ取っている。
「北側」
おじさんが言った。
「向こうに空気の流れがある」
「出口?」
「可能性が高い」
おじさんが歩き始める。
「行くぞ」
「おう!」
ベネットも立ち上がる。
「今度は転ばないようにする!」
「それ、さっきも聞いた」
たかふみが言う。
「今度は本当に!」
「……」
たかふみは不安そうにベネットを見る。
だが。
今度はおじさんが先頭。
その後ろを蛍。
ベネット。
たかふみ。
パイモン。
慎重に進んでいく。
おじさんは精霊から得た気配を頼りに、通路を選んでいく。
「左」
「こっち?」
「ああ」
進む。
「次は右」
進む。
「その石板は踏むな」
「分かった!」
ベネットが大きく避ける。
「今の、俺だったら踏んでたな」
「踏まなくていい」
「だよな!」
やがて。
薄暗かった通路の先に、光が見えた。
「外だ!」
ベネットが叫ぶ。
走り出そうとする。
「待て」
おじさんが止める。
「罠が残っている可能性がある」
「あっ」
ベネットが止まった。
最後の仕掛けを慎重に避ける。
そして。
外へ出た。
「……」
全員が立ち止まる。
外の風が気持ちいい。
「出られた……」
たかふみが息を吐く。
「やったー!」
パイモンが飛び上がる。
ベネットも大きく伸びをした。
「いやー、すごい冒険だったな!」
「誰のせいであんなことになったと思ってるんだよ」
たかふみが言う。
「俺?」
「そう」
「でも、最後は俺のおかげだろ?」
「……」
たかふみは言葉に詰まる。
確かに。
最後に仕掛けを止めたのはベネットだ。
「……そこだけは否定できない」
「だろ!」
ベネットが嬉しそうに笑う。
蛍も少し笑った。
「結果的には助かった」
「よし!」
ベネットが拳を握る。
おじさんは遺跡を見る。
「今日は十分だ」
「もう帰る?」
たかふみが聞く。
「ああ」
おじさんが歩き始める。
蛍たちも続く。
たかふみは最後に遺跡を振り返った。
そして、隣を歩くベネットを見る。
「……不運って、すごいな」
「何か言った?」
「なんでもない」
ベネットは気にせず前を向いている。
ゲームでは、ただの設定だった。
運が悪い少年。
何をしてもトラブルに巻き込まれる冒険者。
けれど。
現実では、その不運が命を危険にさらすこともある。
そして時には。
その不運が、あり得ない形で仲間を助けることもある。
「……本当に、とんでもない奴だな」
たかふみは小さく呟いた。
ベネットが振り返る。
「呼んだ?」
「呼んでない」
「そっか!」
ベネットは笑った。
一行はモンドへ向かって歩いていく。
その背後で。
古い遺跡だけが、静かに佇んでいた。