遺跡を出た一行は、モンドへ続く街道を歩いていた。
先ほどまでいた遺跡の中とは違い、外は穏やかだった。
青い空。
遠くに見える草原。
風に揺れる木々。
――少なくとも、今のところは何も起きていない。
「いやー、今日はすごかったな!」
隣を歩くベネットが、楽しそうに笑っている。
「遺跡の罠が全部止まったのも、俺の運が良かったからだよな!」
「……まあ、結果だけ見ればな」
たかふみは苦笑する。
実際、ベネットが余計なところに触ったせいで罠が作動した。
炎。
落石。
回転する刃。
普通なら、とても笑って済ませられる状況ではない。
だが最後には、ベネットが偶然装置を作動させたことで、すべての罠が停止した。
「でも、もう少し慎重にしたほうがいいと思うぞ」
蛍が言う。
「うっ……それは反省してる」
ベネットが肩を落とした。
「次からは気をつける!」
「本当に?」
「……たぶん!」
「そこは『絶対』だろ」
たかふみがツッコむ。
「ははは!」
ベネットは笑っている。
――相変わらず元気だ。
ゲームで知っていたキャラクター。
そのベネットが、今は目の前で笑っている。
最初は不思議だった。
ゲームの中では設定として知っていた性格も、ここでは一人の人間として存在している。
運が悪い。
でも、その運の悪さを本人はあまり気にしていない。
むしろ楽しそうに冒険をしている。
そんなことを考えていると――。
「……ん?」
前方に、人影が見えた。
一人の少女。
その隣には、大きな黒い鳥が飛んでいる。
少女は、こちらに気づくと立ち止まった。
そして、堂々とした姿勢でこちらを見つめる。
「我が名はフィッシュル!」
突然、少女が名乗った。
「この世界の闇を見通す断罪の皇女なり!」
「……」
たかふみの足が止まった。
「……え?」
知っている。
もちろん知っている。
フィッシュル。
原神に登場するキャラクター。
隣にいるのはオズ。
ゲームの知識そのままの姿だった。
「……フィッシュル?」
思わず名前が口から出る。
すると、フィッシュルがこちらを見る。
「ほう……」
紫色の瞳がたかふみに向けられた。
「汝、我が名を知っているのか?」
「あ、いや……」
たかふみは一瞬言葉に詰まる。
ゲームで知っている。
そう説明するわけにはいかない。
「……有名なんじゃないか?」
「フフ……当然であろう!」
フィッシュルは満足そうに胸を張った。
「我が名はテイワットに轟いているのだから!」
その横で、オズが軽く頭を下げる。
「失礼しました。お嬢様はフィッシュル。そして私はオズです」
「よろしく」
蛍が答える。
「オイラはパイモン!」
「俺はベネット!」
「……たかふみ」
最後にたかふみが名乗る。
そして――。
「俺は……」
おじさんが口を開いた。
一瞬だけ間がある。
「ウルフガンブラッドだ」
「いや、なんでその名前なんだよ!」
たかふみが即座にツッコんだ。
「身元を隠すためだ」
「いや、だからって!」
フィッシュルは少し驚いたようにおじさんを見る。
「異界の者か……」
その言葉に、おじさんは特に反応しなかった。
ただ、淡々と答える。
「必要だから使っている」
「絶対なんかおかしいだろ……」
たかふみは小さくため息をついた。
どうしてよりによって、その名前なのか。
もっと普通の名前はなかったのか。
――まあ、おじさんに普通を期待するほうが間違っている。
「ところで」
フィッシュルが、おじさんへ視線を向けた。
「先ほどから気になっていた。汝から感じる力……この世界の元素とは異なるな」
おじさんは少しだけ考える。
「精霊魔法だ」
「精霊……?」
オズが興味深そうに反応した。
「なるほど……精霊と意思を通わせ、その力を借りているのですか」
「そうだ」
おじさんは短く答えた。
「元素とは違う」
「やはり……」
オズは静かに頷く。
「異界の魔術師。その力は、我々の元素とは明らかに異なるようですね」
「まあ、そうなるな」
たかふみは横から口を挟んだ。
「おじさんの精霊魔法って、この世界の元素とは別物だから」
「興味深い……!」
フィッシュルの目が輝いた。
「異界より伝わりし秘術……まさしく禁断の魔導ではないか!」
「禁断かどうかは知らない」
おじさんは淡々としている。
「精霊に頼んでいるだけだ」
「いや、それで済ませるなよ……」
たかふみは思わずツッコんだ。
だが、フィッシュルとオズは笑わなかった。
むしろ真剣におじさんを見ている。
どうやら、本当に興味を持っているらしい。
「それで」
蛍がフィッシュルに尋ねた。
「あなたたちは、ここで何をしていたの?」
「我らは闇の動きを追っている」
フィッシュルが答える。
オズが補足する。
「最近、この周辺でヒルチャールの動きが妙に活発になっているのです。それに、一部ではアビスの魔術師らしき姿も確認されています」
「アビスの魔術師……」
たかふみの表情が変わった。
ゲームでも知っている敵だ。
そして――。
この時期に動きが活発になるのは、風魔龍の事件と無関係ではない。
「西の森で特に動きが多い」
オズが続ける。
「まだ確かなことは分かりませんが、何かが起きている可能性があります」
おじさんが周囲を見る。
森の方向。
風の流れ。
街道の先。
しばらく黙っていた。
「……俺たちも調べている」
おじさんが言う。
「風魔龍の後から、魔物の動きが変だ」
「ほう」
フィッシュルが反応する。
「ならば、目的は同じということか」
「そうなる」
おじさんは頷いた。
フィッシュルが一歩前に出る。
「ならば我も同行しよう!」
たかふみは少し驚いた。
「一緒に来るのか?」
「当然であろう!」
フィッシュルは胸を張る。
「闇を追うことは、断罪の皇女たる我の使命なのだから!」
オズが静かに続ける。
「私も同行いたします。お嬢様一人で行かせるわけにはいきませんので」
おじさんはすぐには答えなかった。
フィッシュルとオズを見る。
「何を調べている?」
「先ほど申し上げた通り、この周辺のヒルチャールとアビスの魔術師の動きです」
オズが答える。
「風魔龍の事件との関連も考えています」
「……なら、構わない」
おじさんが言った。
「目的が同じなら、一緒に調べたほうが早い」
「決まりだな!」
フィッシュルが満足そうに頷く。
「我が力を貸そう!」
「よろしく」
蛍も頷いた。
「オズも」
「ええ。こちらこそ」
オズが丁寧に頭を下げる。
たかふみも二人を見る。
フィッシュル。
オズ。
ゲームで知っていたキャラクターが、今は目の前にいる。
しかも、ただゲームの設定通りに動いているわけじゃない。
自分たちの意思で行動している。
そのことを、たかふみは改めて実感した。
「じゃあ、西の森に向かうんだな」
「そうだ」
おじさんが答える。
「近い」
「よし!」
ベネットが拳を握る。
「俺も行く!」
たかふみが振り返った。
「ベネットも?」
「もちろん!」
ベネットは笑う。
「冒険は人数が多いほうが楽しいからな!」
「……まあ、そうだけど」
たかふみは少しだけ不安になった。
このメンバー。
大丈夫なのか。
おじさん。
蛍。
パイモン。
ベネット。
フィッシュル。
オズ。
どう考えても、普通の調査隊ではない。
「ところで、おじさん」
「なんだ」
「フィッシュルのこと知ってた?」
「名前は知らなかった」
「じゃあ、さっき普通に対応してたのは?」
「そういう人だと思っただけだ」
「判断早すぎるだろ」
たかふみが呆れる。
すると、フィッシュルがこちらを振り返った。
「異界の旅人よ」
「俺?」
「汝もまた、我らとは異なる知識を持っているようだな」
「……まあな」
「ならば、その知識も頼りにさせてもらおう」
「分かった」
たかふみは頷いた。
ゲームの知識。
それが役に立つことは多い。
でも最近は、それだけでは足りない。
この世界では、ゲームにはなかったことが起きる。
遺跡の罠もそうだった。
ベネットの不運もそうだった。
そして――。
フィッシュルやオズとの出会いも、本来の記憶とは少し違っている。
「……また変わってきたな」
たかふみが小さく呟く。
「何か言った?」
蛍が尋ねる。
「いや」
たかふみは首を振った。
「なんでもない」
前を歩くおじさんが振り返る。
「行くぞ」
「分かった」
たかふみも歩き出す。
フィッシュルとオズも、その後に続く。
向かう先は、西の森。
風魔龍の事件以降、活発になったヒルチャール。
そして、その背後にいるかもしれないアビスの魔術師。
何が起きているのか。
まだ分からない。
ただ一つ確かなのは――。
ここから先は、ゲームで知っている物語とは少しずつ違っていく。
そんな予感が、たかふみにはあった。