フィッシュルとオズが加わった一行は、モンドへ戻る街道を歩いていた。
もちろん、ベネットも一緒だ。
遺跡を出てから、しばらく経っている。
先ほどまでいた遺跡とは違い、外は穏やかだった。
青い空。
遠くに見える草原。
風に揺れる木々。
街道を歩く人々の姿も見える。
遺跡の中で起きていたことが、まるで別の世界の出来事だったように感じられた。
しかし。
たかふみの頭の中には、先ほど聞いた話が残っている。
ヒルチャール。
魔物。
そして、西の森。
「それで、もう一度確認したいんだけど」
たかふみが口を開いた。
「フィッシュルたちは、最近この辺でヒルチャールとかの動きがおかしいって調べてたんだよな?」
「然り!」
フィッシュルが振り返る。
「この地に潜む闇の眷属どもが、平穏なる森を徘徊しているのだ!」
「……つまり?」
たかふみはオズを見る。
「複数の地点で、ヒルチャールの移動が確認されています」
オズが落ち着いた口調で説明した。
「普段なら、それぞれの集落周辺にいるはずのヒルチャールが、少しずつ別の場所へ移動しているのです」
「なるほど」
たかふみは頷いた。
「フィッシュルの言ってる『闇の眷属が森を徘徊している』って、そういう意味か」
「我が言葉をその程度の表現に落とすとは……」
フィッシュルが少し不満そうに言う。
「いや、分かりやすくはなったけどな」
たかふみは苦笑した。
「他には?」
「西より不吉なる気配が漂っている」
「それは?」
「西側の森で、ヒルチャールだけでなく、他の魔物の移動も確認されています」
オズが答える。
「魔物の数そのものが急激に増えているというより、普段とは違う場所で確認されることが増えている、と考えたほうがいいでしょう」
「なるほど……」
たかふみは少し考えた。
フィッシュルの言葉だけなら、かなり曖昧だ。
だが、オズの説明を合わせれば話は変わる。
複数の地点。
ヒルチャール。
魔物。
そして、西側への移動。
偶然で片づけるには、少し気になる。
「ベネットは何か知らない?」
たかふみが隣を見る。
「俺?」
ベネットが自分を指差した。
「ああ。冒険者なんだろ?」
「もちろん!」
ベネットは頷いた。
「最近のことなら、少し気になる話は聞いてるぞ」
「どんな?」
「西のほうで、普段とは違う場所に魔物が出るようになったって話だ」
「それ、どこで聞いたんだ?」
「冒険者仲間からだな」
ベネットは少し考える。
「俺自身も何度か見てる。ヒルチャールが普段いる場所から離れてたんだ」
「数は?」
「そのときはそんなに多くなかった」
「でも、場所が変だった?」
「ああ」
ベネットが頷く。
「だから、ちょっと気になってたんだ」
「なるほど……」
たかふみは地図が欲しくなった。
「パイモン、地図ある?」
「あるぞ!」
パイモンが荷物から地図を取り出す。
「こんなのでいいか?」
「うん」
たかふみは地図を受け取った。
街道の脇で立ち止まり、地面の上に広げる。
蛍も隣から覗き込んだ。
ベネットも地図の反対側から覗く。
「フィッシュル、最初にヒルチャールを見つけたのは?」
「森の東より進みし場所だ」
「……東側か」
たかふみは地図を見る。
「それから?」
「北西へ向かう影を見た」
フィッシュルが答える。
「その後、西の森にて闇の眷属の気配を感じたのだ」
「オズ、具体的には?」
「こちらです」
オズが地図を指差した。
「この辺りです。複数のヒルチャールが確認されています」
「ここと……」
たかふみは印をつける。
「ここにもいるんだよな?」
「はい」
オズが頷く。
たかふみはさらに別の場所へ印をつけた。
「ここと、ここ。それからこの辺にも魔物が移動してる」
地図を見る。
いくつかの地点に印が並んだ。
ベネットも自分が知っている場所を指差した。
「俺が見たのは、この辺だ」
「ここ?」
「ああ」
たかふみはベネットの指先を見る。
「……他の場所と近いな」
「そうだな」
ベネットが頷く。
「これ、たまたまじゃないかもしれない」
たかふみが言った。
パイモンも地図を覗き込む。
「つまり、魔物が同じ方向へ動いてるってことか?」
「そう」
たかふみは頷いた。
「少なくともバラバラに増えてる感じじゃない」
「西へ向かってる」
蛍も地図を見る。
「そうなんだよ」
たかふみは指で地点をなぞる。
「もちろん、これだけじゃ断定はできない。でも、複数の地点で同じような動きがあるなら、何か理由がある可能性は高い」
「俺もそう思う」
ベネットが言った。
「魔物って、何もなければそんなに大きく移動しないからな」
「そうなのか?」
「全部がそうってわけじゃないけどな」
ベネットは冒険者らしく説明する。
「住みやすい場所があるなら、わざわざ離れる理由はあまりないんだ」
「じゃあ、何か原因がある?」
「その可能性はあると思う」
ベネットは頷いた。
「でも、まだ分からない」
「まあ、そうだよな」
たかふみも頷く。
「闇の者どもが、何かを求めて集っているのかもしれぬ」
フィッシュルが言った。
「……何かって?」
「それはまだ分からぬ」
「そこは分からないのかよ」
たかふみがツッコむ。
「だからこそ調査しているのだ!」
「まあ、それはそうだけど」
フィッシュルは堂々と胸を張る。
オズが小さく頷いた。
「現時点では、何かを目的としているのか、それとも別の原因によって移動しているのかも判断できません」
「つまり、情報が足りない」
「その通りです」
たかふみは地図を見る。
まだ断片的だ。
それでも、完全に何も分からないわけではない。
少なくとも。
魔物の移動には一定の方向がある。
西。
そこへ向かっている。
「アビスの魔術師が関係してる可能性は?」
たかふみが尋ねた。
フィッシュルとオズが顔を見合わせる。
「否定はできません」
オズが答える。
「最近確認されている動きの中には、アビスの魔術師の存在を疑わせるものもあります」
「やっぱりか……」
たかふみは小さく息を吐いた。
原神を知っている身としては、アビスという言葉は気になる。
ゲームでも何度も戦う存在だ。
ただ。
実際に目の前に現れたら、話は別だ。
「ベネットは?」
「アビスの魔術師なら、俺も戦ったことがある」
ベネットが答えた。
「普通のヒルチャールとは違う。元素の盾を使うし、遠くから魔法を撃ってくる」
「そうなんだよな」
たかふみは頷く。
「面倒な相手なんだよ」
「たかふみ、知ってるのか?」
「まあ……少し」
ゲームで知っている。
そう言うわけにはいかない。
ベネットは少し不思議そうな顔をしたが、それ以上は聞かなかった。
「だったら、準備はちゃんとしたほうがいいな」
「そうだな」
おじさんが初めて口を挟んだ。
「急ぐ必要はない」
「おじさんもそう思う?」
「ああ」
おじさんは地図を見る。
「情報が足りない」
「やっぱり」
「まず周囲を調べる」
おじさんはそう言うと、周囲へ意識を向けた。
たかふみには何も見えない。
当然だ。
精霊そのものを見ることはできない。
おじさんも精霊の姿を目で追っているわけではない。
ただ、何かと意思を通わせている。
「……調べられるのか?」
「近くならな」
おじさんが短く答える。
「へえ」
フィッシュルが興味深そうに見つめる。
「では、その異界の秘術が答えを示すというのか」
「精霊に頼むだけだ」
「いや、その説明で全部分かるわけないだろ」
たかふみがツッコむ。
ベネットも興味深そうにおじさんを見る。
「精霊って、どんな感じなんだ?」
「説明は難しい」
「そうなのか?」
「ああ」
おじさんは淡々と答える。
「意思を持った存在だ」
「なるほど……」
ベネットは素直に頷いた。
「じゃあ、精霊にお願いして周りを探してもらうってことか」
「そうだ」
「すげえな!」
「まあな」
「おじさん、すげえな! そんな魔法が使えるのか!」
ベネットが笑う。
「精霊魔法って元素とは違うんだろ? 面白いな!」
「そうだ」
おじさんは短く答えた。
「元素とは違う」
「やっぱり別物なんだな」
「別物だ」
フィッシュルも目を輝かせる。
「異界より伝わりし秘術……まさしく禁断の魔導ではないか!」
「禁断かどうかは知らない」
おじさんは淡々としている。
「精霊に頼んでいるだけだ」
「いや、それで済ませるなよ……」
たかふみは思わずツッコんだ。
だが、フィッシュルとオズは笑わなかった。
むしろ真剣におじさんを見ている。
オズが静かに口を開いた。
「異界の魔術師。その力は、我々の元素とは明らかに異なるようですね」
「そうだ」
「なるほど……精霊と意思を通わせ、その力を借りているのですか」
「ああ」
おじさんは短く答えた。
そして、調査を続ける。
風が草原を通り抜ける。
木々の葉が揺れる。
遠くで鳥の鳴き声が聞こえる。
その中で、おじさんだけが何かを探るように黙っていた。
やがて。
「いた」
「何が?」
パイモンが聞く。
「ヒルチャール」
「数は?」
「複数」
「場所は?」
「この先の森」
おじさんが地図を見る。
「この辺だ」
指が示した場所は、先ほどまでの情報とは少し離れていた。
たかふみが地図を見る。
「じゃあ、こっちにもいるってことか」
「ああ」
「……ってことは」
たかふみはいくつかの印を見比べた。
最初はバラバラに見えた情報。
東。
北西。
西。
そして、さらにその先。
「集まってる……」
蛍が呟いた。
「そう見えるな」
たかふみも頷く。
ベネットも地図を見る。
「俺が見た場所も、この方向だ」
「やっぱりか」
「ああ」
ベネットが頷く。
「だったら、やっぱり何かあるのかもしれない」
「そうだな」
フィッシュルが満足そうに笑った。
「やはり我の見立てに間違いはなかった!」
「いや、まだ何も分かってないからな?」
「ぬ……」
「場所が絞れただけだ」
たかふみが言う。
「そこに何があるのかまでは分からない」
フィッシュルは少し黙った。
「……ならば、確かめるまでだ」
「そういうこと」
蛍が頷く。
「俺も行くよ」
ベネットが言った。
「西の森へ?」
「ああ」
ベネットは笑う。
「ここまで調べたんだ。最後まで付き合うよ」
「助かる」
たかふみが答える。
「それに、仲間が困ってるなら放っておけないだろ?」
ベネットは当たり前のように言った。
「ベネットらしいな」
「そうか?」
「ああ」
たかふみは少し笑った。
「じゃあ、次は西の森だな」
パイモンが言う。
「そうなる」
たかふみは地図を畳んだ。
「でも、もうすぐモンドだよ?」
たかふみは街道の先を見る。
「一度戻って準備したほうがいいんじゃないか?」
おじさんは少し考えた。
「そのほうがいい」
「だよね」
急いで行く必要はない。
情報は集まり始めている。
だったら、一度モンドへ戻って準備を整えたほうがいい。
「冒険者ギルドにも聞いてみようぜ」
ベネットが言った。
「何か知ってるかもしれない」
「それいいな」
たかふみも頷く。
「目撃情報が集まってる可能性あるし」
「じゃあ、決まりだな!」
ベネットが拳を握る。
「モンドに戻ったらギルドで情報を集めて、それから西の森を調べよう!」
「おう!」
パイモンも元気よく答えた。
フィッシュルが胸を張る。
「我らが力を合わせれば、闇の正体もいずれ明らかになるであろう!」
オズが続く。
「焦らず、情報を集めるのがよいでしょう」
「そうだな」
蛍も頷いた。
おじさんが先に歩き出す。
「モンドへ戻るぞ」
「分かった」
たかふみも歩き出した。
ベネットも、その隣につく。
「なあ、たかふみ」
「ん?」
「西の森って、どんなところなんだ?」
「俺も詳しくは知らない」
「そうなのか?」
「ああ。ゲームでは行ったことあるけど、実際に歩くのは初めてだから」
「そっか!」
ベネットは笑った。
「じゃあ、一緒に見て回ろうぜ!」
「……そうだな」
たかふみも笑う。
ゲームで知っている場所。
ゲームで知っているキャラクター。
それなのに。
実際に隣を歩いているのは、本物の人間たちだ。
フィッシュルも。
オズも。
ベネットも。
蛍も。
パイモンも。
そして、おじさんも。
ゲームの知識だけでは分からないことが増えている。
たかふみは歩きながら、そんなことを考えていた。
「情報はまだ少ない」
フィッシュルから得た情報。
オズから得た具体的な証言。
ベネットが知っていた目撃情報。
おじさんが精霊から得た情報。
どれも単独なら断片的だ。
けれど。
地図の上に並べてみれば、少しずつ意味が見えてくる。
魔物は無秩序に動いているわけではない。
西へ向かっている。
そこに何があるのかは、まだ分からない。
アビスの魔術師が関係しているのか。
風魔龍の事件と繋がっているのか。
それとも。
まったく別の何かなのか。
「……とりあえず、調べるしかないか」
たかふみは前を見る。
街道の先。
遠くにモンドの街が見えてきた。
「おっ、モンドが見えてきたぞ!」
ベネットが声を上げる。
「本当だ!」
パイモンも喜ぶ。
「もうすぐ飯だ!」
「結局そこかよ」
たかふみが笑う。
「俺も腹減ってきた!」
ベネットも笑った。
「お前もかよ!」
「冒険の後だからな!」
「まあ、俺も少し腹減ったけど」
「ほら!」
「何が『ほら』だよ」
笑い声が街道に響く。
その後ろをフィッシュルとオズが歩いている。
少し前には蛍。
そのさらに前には、おじさん。
いつの間にか、七人の一行になっていた。
まだ分からないことは多い。
集まる魔物。
西へ向かう動き。
そして、その背後にいるかもしれないアビスの魔術師。
断片的な情報は、まだ一本の線にはなっていない。
それでも。
少しずつ、その形が見え始めていた。
次に向かうのは、西の森。
そこに何があるのか。
まだ誰にも分からない。
だからこそ。
一行はまず、モンドへ戻る。
次の調査に備えるために。