モンドへ戻る街道を、俺たちは歩いていた。
遺跡を出てから、それなりに時間が経っている。
先ほどまでいた場所とは違い、街道周辺は穏やかだった。
青い空。
風に揺れる草。
遠くにはモンドの城壁が見えている。
街道を歩く人や、荷物を積んだ馬車も見かける。
こうして見ると、さっきまでの出来事が嘘みたいだった。
「モンドに着いたら、まず冒険者ギルドだな」
ベネットが歩きながら言った。
「そのあと、準備を整えて――」
「西の森」
蛍が続ける。
「ああ」
ベネットが頷いた。
「そこを調べる」
それ以上、詳しい話はしなかった。
もう必要なことは確認してある。
今は一度モンドへ戻る。
それだけだ。
俺も特に口を挟まず、街道を歩いていた。
隣ではパイモンが何かを食べている。
「なあ、パイモン」
「ん?」
「それ、いつ買ったんだ?」
「さっき!」
「……いつ?」
「気づいたら持ってた!」
「いや、それ大丈夫なのか?」
「大丈夫だぞ!」
「何が?」
「食べられるから!」
「そういう問題じゃないだろ」
俺が呆れていると、ベネットが笑った。
「パイモンらしいな!」
「そうだろ?」
パイモンが胸を張る。
フィッシュルはそんな二人を横目に見ながら歩いている。
オズはその隣を飛んでいた。
おじさんは少し前を歩いている。
相変わらず、周囲を気にしているようだった。
俺はその背中を見る。
こっちに来てから、いろいろあった。
ヒルチャール。
遺跡。
フィッシュルとオズ。
ベネット。
そして、西へ向かう魔物たち。
ゲームの中では、ただのイベントとして見ていたもの。
それが今では、俺たち自身が関わる出来事になっている。
「……」
俺は前を向いた。
そのときだった。
街道の先に、一人の少女が立っていた。
青い髪。
大きな帽子。
星を思わせる装飾が施された衣装。
遠くからでもかなり目立つ。
というか。
……いや、服装すごいな。
ゲーム画面で見たことはある。
でも、実際に目の前にすると印象が違う。
俺には、その人物が誰なのか分かった。
モナだ。
「誰かいるぞ」
ベネットが言った。
「知ってる人か?」
「いや」
俺は首を振った。
もちろん、本当は知っている。
ゲームの中で何度も見た。
占星術師のモナ。
でも、ここでは初対面だ。
向こうが俺たちを知らない以上、普通に接するしかない。
少女はこちらに気づいた。
ゆっくりと振り返る。
そして、俺たちを見た。
視線が一人ずつ動いていく。
蛍。
パイモン。
俺。
おじさん。
ベネット。
フィッシュル。
オズ。
最後に、もう一度俺たち全員を見る。
「……あなたたち」
少女が口を開いた。
「少し変わった組み合わせね」
「そうか?」
ベネットが首を傾げる。
「私はそう思うけれど」
少女は淡々と答えた。
「モンドでは、あまり見ない顔が多いもの」
「俺たち、最近来たばっかりなんだ」
ベネットが答える。
「そう」
少女は頷いた。
その視線が、今度は俺に向く。
「あなたは?」
「俺?」
「ええ」
「俺はたかふみ」
俺は簡単に答えた。
「こっちは蛍」
蛍が軽く手を上げる。
「パイモンだぞ!」
パイモンも名乗る。
そして。
おじさんが口を開いた。
「俺はウルフガンブラッドだ」
「……」
沈黙。
俺は思わずおじさんを見る。
「おじさん、その名前まだ使うの?」
「必要だからだ」
「いや、何に必要なんだよ」
パイモンも首を傾げる。
「ウルフガンブラッド……長いぞ」
ベネットが素直に言った。
「なんと仰々しき名……」
フィッシュルが腕を組む。
「だが、汝らしい名ではある」
「確かに印象には残りますね」
オズが言う。
蛍は少し考えてから、おじさんを見る。
「おじさんでいいと思う」
「……」
おじさんは黙った。
俺はため息をつく。
「ほら。みんなそう思ってるって」
「必要だからだ」
「だから、その必要性が分からないって」
少女――モナは、俺たちを見ていた。
少しの間。
それから、ほんのわずかに口元を緩める。
「……あなたたち、面白いわね」
「面白いというか、おじさんが変なんだよ」
「たかふみ」
「何?」
「余計なことを言うな」
「いや、今の流れでそれは無理だろ」
パイモンが笑う。
「おじさん、変な名前だな!」
「パイモンまで言うのか」
「だってそうだろ?」
ベネットも笑っている。
「でも、覚えやすい名前ではあるな!」
「覚えやすいか?」
「一度聞いたら忘れないだろ?」
「それはそうだけど……」
俺はもう何も言わないことにした。
少女は帽子のつばを軽く持ち上げた。
「私はモナ」
「モナ……」
ベネットが繰り返す。
「占星術師よ」
「占星術師?」
パイモンが興味を示した。
「星を見る人か?」
「簡単に言えば、そうね」
モナは頷いた。
「ただの星空観察とは違うわ。星の動きから、様々なことを読み取るの」
「未来とか?」
「そういうものも含まれるわ」
「すげえな」
ベネットが素直に感心した。
モナは少し得意げな顔になる。
「もちろん。占星術は簡単なものではないもの」
「じゃあ、明日のことも分かるのか?」
「何でも分かるわけではないわ」
「そうなのか?」
「星は答えを示してくれる。でも、その意味を読み取るのは占星術師の仕事よ」
「なるほど」
ベネットは頷いた。
「じゃあ、冒険の役に立つかもしれないな」
「場合によるわね」
「そっか」
ベネットは素直に引き下がった。
そのやり取りを見て、俺は少し笑った。
ゲームでもモナは自信家だった。
実際に会ってみても、その印象は変わらない。
「星を読み、運命を見通す者か」
フィッシュルがモナを見る。
「汝もまた、星々の導きを受けし者なのだな」
「あなたも星に興味があるの?」
モナが聞く。
「無論!」
フィッシュルが胸を張る。
「星々は我が運命を示し、我が歩むべき道を――」
「お嬢様はこういう話が好きなんですよ」
オズが横から説明した。
「ちょっと、オズ!」
「事実ですので」
「む……」
フィッシュルが黙る。
モナは少しだけ目を細めた。
「なるほど」
「何が『なるほど』なのだ!」
「別に悪い意味ではないわ」
「ならばよい!」
フィッシュルは満足そうに頷いた。
「私はモナ。あなたはフィッシュルね」
「然り!」
「それから、こちらは?」
モナがオズを見る。
「私はオズと申します」
オズが丁寧に頭を下げる。
「彼女の従者を務めております」
「なるほど」
モナは頷いた。
「ずいぶん仲がいいのね」
「当然だ!」
フィッシュルが言う。
「我らは深き絆によって結ばれている!」
「そうですね」
オズも微笑んだ。
モナは俺たちをもう一度見回した。
「それにしても、本当に珍しいわね」
「何が?」
俺が聞く。
「あなたたちの組み合わせよ」
「まあ……確かに」
俺も周りを見る。
蛍。
パイモン。
おじさん。
ベネット。
フィッシュル。
オズ。
確かに、ゲームでこんな組み合わせを見ることはなかった。
そもそも、おじさんとたかふみがいる時点で完全に別物だ。
「何か目的があるの?」
モナが聞いた。
「ちょっと調べてることがある」
俺は答える。
「モンドに戻って、準備してから動く予定だ」
「そう」
モナはそれ以上は聞かなかった。
無理に聞き出そうとする様子もない。
ただ。
何か考えているようだった。
「……」
モナが空を見る。
俺もつられて空を見上げた。
青い空。
雲がゆっくり流れている。
今は昼間だから、星なんて見えない。
それでもモナはしばらく空を見ていた。
「どうしたんだ?」
ベネットが聞く。
「少し気になっただけよ」
「何が?」
「星の流れ」
モナが答える。
「最近、モンド周辺の星に少し乱れがあるの」
俺は黙った。
第26話で話していた魔物の件とは別の話だ。
少なくとも、モナは魔物の情報を説明しようとしているわけではない。
「星に乱れ?」
パイモンが聞く。
「ええ」
モナは頷く。
「ほんのわずかなものだけれどね」
「それって、悪いことなのか?」
「まだ分からないわ」
「じゃあ、なんで気になるんだ?」
「普段と違うからよ」
モナは当然のように答えた。
「占星術師なら、その程度の変化でも気になるものなの」
「なるほど……」
ベネットが頷く。
「何か起きるかもしれないってこと?」
「可能性がある、という程度よ」
モナは空を見ながら言った。
「まだ何かが起きたと決まったわけではないわ」
「ふーん」
パイモンは少し考える。
「じゃあ、そんなに心配しなくてもいいのか?」
「今のところはね」
モナはそう答えた。
けれど、その視線は空から離れなかった。
俺はモナを見る。
ゲームの中で知っているキャラクター。
その知識があるからこそ、気になる。
モナは占星術師だ。
彼女がわざわざ「星の流れが乱れている」と言う。
それだけで、何かあるのではないかと思ってしまう。
でも。
ゲームと現実は違う。
俺が知っている展開が、そのまま起きるとは限らない。
だから、今は余計なことを決めつけない。
「それで、モナはこれからどうするんだ?」
俺が聞いた。
「少し調べるつもりよ」
「一人で?」
「基本的にはそうね」
「危なくないのか?」
ベネットが聞く。
「占星術師だからといって、戦えないわけではないもの」
モナは少し不満そうに答えた。
「それに、私は自分の身くらい自分で守れるわ」
「ああ、そういうことか」
ベネットはすぐに納得した。
「じゃあ大丈夫だな!」
「……あなた、ずいぶん素直ね」
「そうか?」
「ええ」
モナは少し呆れたように笑った。
そのとき。
おじさんがモナを見る。
「星の乱れ」
「ええ」
「方向は分かるのか?」
モナが少し驚いた。
「……分かるわ」
「どちらだ」
モナは空を見た。
それから、ゆっくりと西を向く。
「……あちら」
俺たちの進もうとしている方向と同じだった。
「西か」
蛍が呟く。
「ええ」
モナは頷いた。
「ただ、それだけでは何も断定できないわ」
「そうだな」
蛍も頷く。
「でも、気になるな」
ベネットが言う。
「俺たちもそっちへ行く予定なんだ」
「そうなの?」
モナがこちらを見る。
「ああ」
俺が答えた。
「だから、もしよかったら一緒に来ないか?」
モナは少し考えた。
「あなたたちと?」
「そう」
「……」
モナは俺たちを見る。
フィッシュル。
オズ。
ベネット。
蛍。
パイモン。
おじさん。
そして俺。
しばらく考えたあと。
「いいわ」
モナが答えた。
「私も、その方向を調べる必要があるもの」
「本当か?」
ベネットが喜ぶ。
「じゃあ一緒に行こうぜ!」
「ええ」
「やったな、たかふみ!」
「なんで俺に言うんだよ」
「仲間が増えたから!」
「まあ、それはそうだけど」
俺はモナを見る。
ゲームで知っていた人物が、本当に仲間になる。
やっぱり変な感じだ。
でも、悪い気はしなかった。
「よろしく、モナ」
蛍が言う。
「こちらこそ」
モナは軽く頷いた。
「私もあなたたちの調査に付き合うわ」
「よろしく!」
ベネットが笑う。
「何かあったら、俺が守るからな!」
「あなたは……」
モナがベネットを見る。
「随分と自信があるのね」
「もちろん!」
「そう」
モナは少しだけ笑った。
「期待しておくわ」
「任せてくれ!」
ベネットが胸を張る。
「……大丈夫かな」
俺が小さく呟く。
「大丈夫だ!」
ベネットが即答する。
「根拠は?」
「ない!」
「おい」
パイモンが吹き出した。
「ベネット、それじゃダメだろ!」
「でも、何とかなるって!」
「その考え方で今まで大丈夫だったのか?」
「まあ、色々あったけど……」
ベネットが少し目を逸らす。
俺は嫌な予感がした。
「……色々?」
「気にするな!」
「いや、気になるだろ」
モナがベネットを見る。
「あなた、少し変わってるわね」
「よく言われる!」
「そこは否定しないんだな……」
俺は苦笑した。
再び歩き始める。
今度は一人増えている。
モナが俺たちの列に加わった。
歩きながら、モナは周囲を観察している。
ときどき空を見上げる。
フィッシュルも何か言葉を交わしている。
オズは二人の会話を聞いている。
ベネットはパイモンと話している。
蛍は少し前を歩くおじさんの背中を見ていた。
俺はその様子を眺めながら歩く。
ゲームとは違う。
当たり前だけど、ここではキャラクターが勝手に仲間になるわけじゃない。
本人たちが話して。
考えて。
自分の意思で一緒に行くことを決める。
それだけなのに、ゲームとは全然違って感じる。
「たかふみ」
「ん?」
モナが隣に来た。
「さっきから何を考えているの?」
「俺?」
「ええ」
「いや……」
ゲームのことを考えていた、とは言えない。
「モンドに来てから、色々変わったなって」
「変わった?」
「最初は何も分からなかったから」
「今も分からないことは多いんじゃない?」
「まあ、それはそう」
俺は苦笑した。
「でも、少しずつ慣れてきた気はする」
「そう」
モナは前を見る。
「それならいいことね」
「モナは?」
「私?」
「こういうことには慣れてるのか?」
「何に?」
「知らない人たちと一緒に行動すること」
「慣れているとは言えないわね」
モナは少し考える。
「私は一人で研究することが多いもの」
「そうなのか」
「ええ」
「じゃあ、今回だけ特別?」
「そういうことになるわね」
「なんか申し訳ない」
「別にいいわ」
モナは淡々と答えた。
「私自身にも目的があるから」
「そっか」
それなら納得できる。
少し前を歩いていたフィッシュルが、こちらを振り返る。
「モナ!」
「何?」
「汝の星読みの力、いずれ我が運命にも――」
「お嬢様」
オズが止める。
「まずは目的地へ向かいましょう」
「む……」
フィッシュルが不満そうな顔をする。
「それもそうだな」
ベネットが笑った。
「モナの占星術の話は、移動しながらでも聞けるだろ?」
「もちろんよ」
モナが答える。
「ただし、簡単な話ではないわよ」
「大丈夫!」
ベネットが言う。
「俺、こういう話好きだから!」
「本当か?」
「分からないけど!」
「お前な……」
みんなが笑う。
モナも小さく笑っていた。
街道の先に、モンドの城壁が近づいてきた。
風車がゆっくりと回っている。
街からは人々の声が聞こえてくる。
見慣れた景色。
ゲームで何度も見た景色。
それなのに、今は少し違って見えた。
モナがいる。
フィッシュルがいる。
ベネットがいる。
そして、俺たちがいる。
ゲームのパーティーではない。
現実の旅の仲間だ。
「もうすぐモンドだな!」
ベネットが声を上げる。
「やっと着くぞ!」
「まず飯!」
パイモンが叫ぶ。
「お前はそればっかりだな」
俺が笑う。
「腹が減ってるんだから仕方ないだろ!」
「まあ、それはそうだけど」
「たかふみも腹減ってるだろ?」
「……少し」
「ほら!」
「何が『ほら』なんだよ」
ベネットが笑う。
蛍も少し笑っている。
フィッシュルは呆れたように二人を見る。
オズは静かに微笑んでいた。
モナはそんな俺たちを見ている。
「本当に賑やかね」
「いつもこんな感じだ」
俺は答えた。
「そう」
モナは前を向く。
「悪くないわ」
その言葉に、俺は少しだけ驚いた。
「……そうか」
「ええ」
それ以上は言わなかった。
モンドの門が近づいてくる。
街へ入る人々が見える。
俺たちもその列へ向かって歩いていく。
その途中。
おじさんが突然立ち止まった。
「どうした?」
俺が聞く。
おじさんは空を見る。
「……」
何かを確認しているようだった。
モナも気づいたらしい。
「何か感じたの?」
「いや」
おじさんは少し間を置いて答えた。
「今は何もない」
「そう」
モナはそれ以上聞かなかった。
俺も聞かない。
おじさんが何かを感じたのか、それとも単に周囲を確認しただけなのか。
今は分からない。
ただ。
「行くぞ」
おじさんが歩き出す。
「分かった」
俺たちも後を追う。
門をくぐる。
モンドの街並みが目の前に広がった。
石造りの建物。
風車。
人々の声。
店から漂ってくる料理の匂い。
そして、広場へ続く道。
ゲームの中で何度も見た場所。
でも。
今は自分の足で歩いている。
「やっぱりモンドっていいな!」
ベネットが嬉しそうに言った。
「帰ってきたって感じがする!」
「ベネット、ここが故郷なのか?」
「まあ、よく来る場所だからな!」
「なるほど」
俺は笑った。
「じゃあ、まずギルドだな」
「そうだ!」
ベネットが頷く。
俺たちは冒険者ギルドへ向かって歩き出した。
モナも一緒だ。
第26話で集めた情報。
そして、モナが見つけた星の乱れ。
それらがどこへ繋がっているのかは、まだ分からない。
ただ。
次に向かう場所は決まっている。
西。
その先に何があるのか。
まだ誰にも分からない。
俺も知らない。
ゲームでは知っているはずなのに。
この世界で何が起きるのかまでは、分からない。
だから。
今は一つずつ確かめていくしかない。
「たかふみ!」
前からベネットの声が飛んできた。
「早く来いよ!」
「分かったって!」
俺は走り出す。
モナもその後ろを歩いている。
フィッシュルとオズ。
蛍。
パイモン。
ベネット。
おじさん。
そして、俺。
少しずつ変わっていく旅。
ゲームとは違う物語。
その変化を感じながら、俺たちはモンドの街を進んでいった。