モンドへ戻ってきた俺たちは、そのまま街の中へ入った。
夕方前のモンドは、いつも通り人の往来が多い。
風が吹き抜け、街の中には商人や冒険者たちの声が響いていた。
少し前まで風魔龍の襲撃で騒然としていたとは思えないくらい、街には普段の空気が戻りつつある。
……まあ、完全に元通りというわけじゃないけど。
俺たちは大通りを歩きながら、今回の調査について話していた。
「とりあえず、今日はもう遅いし、ギルドに報告して終わりでいいんじゃないか?」
俺がそう言うと、ベネットが頷いた。
「そうだな。今日はいろいろあったし、明日また調べればいいと思う!」
「私も、それでいいと思う」
蛍も賛成する。
フィッシュルは腕を組みながら、街の向こうを見ていた。
「ふむ……だが、此度の異変はまだ幕を閉じてはいないように思えるぞ」
「そうなの?」
パイモンが首を傾げる。
「我が感じ取ったわけではない。だが――」
「フィッシュルはいつもそういう言い方をするからな」
隣にいたオズが静かに補足を入れる。
「なるほどな!」
ベネットが納得したように頷いた。
「いや、分かってないだろ」
俺は思わずツッコんだ。
そのときだった。
「待って」
後ろから声がした。
振り返る。
モナだった。
彼女は少し離れた場所で立ち止まり、空を見上げている。
「どうした?」
蛍が尋ねる。
モナは答えず、しばらく夜空を見つめていた。
やがて、小さく息を吐く。
「……やっぱり」
「何が?」
パイモンが聞く。
モナは俺たちのほうへ振り返った。
「少し、確認したいことがあるわ」
「確認?」
「ええ」
モナは持っていた占星術用の道具を取り出した。
街の中で占星術をするつもりらしい。
俺は少し離れたところから、その様子を眺めた。
ゲームで見たことのある光景。
でも、実際に目の前で見ると、やっぱり違う。
モナが道具を動かすたび、淡い光が周囲に広がっていく。
星の動きを読み取っているのか、モナは何度も位置を調整していた。
その表情から、いつもの余裕が少しずつ消えていく。
「……昨日より、乱れが強くなっている」
「昨日?」
蛍が聞き返す。
モナは頷いた。
「ええ。風魔龍の騒動だけなら、ここまで星の流れが乱れる理由にはならない」
「つまり?」
「この土地に流れているものそのものが、乱されているのよ」
モナは空を見上げる。
「何かが、この土地の流れを乱しているわ」
その言葉を聞いた瞬間、俺は少しだけ嫌な感じがした。
風魔龍。
アビス教団。
そして、その裏で進んでいる計画。
ゲームでは、このあといろいろな出来事が起きる。
俺は知っている。
でも――。
俺の知っている原作の展開が、この世界でもそのまま起こるとは限らない。
実際、俺たちがここにいる時点で、ゲームとは違う。
おじさんもいる。
しかも、おじさんの精霊魔法なんて、ゲームには存在しなかった。
俺たちが関わったことで、すでに何かが変わっている可能性もある。
だから、知っていることをそのまま口にするのは危険だった。
「たかふみ?」
「え?」
蛍に呼ばれて、俺は顔を上げる。
「どうしたの?」
「いや……ちょっと考え事してただけ」
「そう」
蛍はそれ以上聞かなかった。
助かった。
モナはそんな俺をじっと見ていた。
「……あなた」
「俺?」
「さっきから、妙に反応が早いわね」
「そう?」
「ええ」
モナは目を細める。
「まるで、何かを知っているみたい」
「いやいや、そんなことないって」
俺は笑って誤魔化した。
モナはしばらく俺を見ていたが、それ以上追及することはなかった。
「まあいいわ。今はそれより、こちらのほうが重要ね」
モナは再び占星術に集中する。
しばらくして、地面に視線を落とした。
「……街の外にも、いくつか妙な場所がある」
「外?」
ベネットが反応する。
「ええ。星の流れが、ところどころで歪んでいるの」
「それって、魔物がいるってことか?」
「そうとは限らないわ」
モナは首を横に振った。
「むしろ、魔物だけでは説明がつかない」
俺たちの間に、少しだけ沈黙が生まれた。
おじさんが口を開く。
「……なら、確認する」
「どうやって?」
ベネットが聞く。
おじさんは街の外へ視線を向けた。
「精霊に頼む」
「またそれか」
俺は思わず言った。
「他に方法がない」
「いや、そうだけどさ……」
おじさんはそのまま街の外へ向かって歩き出す。
俺たちも後を追った。
街の門を抜ける。
少し離れた場所で、おじさんが立ち止まった。
目を閉じる。
周囲の風が、一瞬だけ変化した。
「……」
おじさんは何も言わず、その場に立っている。
俺には何も見えない。
でも、おじさんには何か分かっているらしい。
「どう?」
蛍が尋ねる。
「この辺りにはいない」
「いない?」
「少し離れた場所にいる」
おじさんが周囲を見渡す。
「数は少ない」
「じゃあ、やっぱり魔物じゃないのか?」
ベネットが聞く。
「分からない」
おじさんは短く答えた。
「ただ……落ち着いていない」
モナが反応した。
「精霊が?」
「そうだ」
「……なるほど」
モナは腕を組む。
「私の占星術でも、同じように周囲の流れが乱れている」
「つまり?」
蛍が尋ねる。
「私の占星術と、彼の感知したものが一致している」
モナはおじさんを見る。
「偶然とは考えにくいわね」
おじさんは特に反応しなかった。
「調べる必要がある」
「同感ね」
モナが頷く。
俺は周囲を見渡した。
何かがいるようには見えない。
風も普通。
草木も普通。
少なくとも、俺にはそう見える。
けれど、モナは異常を感じている。
おじさんも何かを感じ取っている。
ゲームでは、こういう場面なんてなかった。
少なくとも、俺の知っている範囲では。
「……本当に、同じじゃないんだな」
小さく呟く。
「たかふみ?」
蛍が聞く。
「何でもないよ」
蛍は少しだけ首を傾げた。
その横で、モナが空を見上げる。
「……まだ終わっていない」
「え?」
パイモンが聞き返す。
モナは空を見たまま続けた。
「風魔龍の騒動で、この土地は大きく揺らいだ。それは間違いない」
一度、言葉を切る。
「でも、それとは別に……何かが動いている」
「何かって?」
ベネットが聞く。
「そこまでは分からないわ」
モナは素直に答えた。
「星が示しているのは、異常があるということだけ。原因までは、まだ読み切れない」
「そっか……」
ベネットの表情が少し真剣になる。
「じゃあ、もっと調べないとな」
「そうね」
蛍も頷いた。
「このままにはできない」
俺も頷く。
「俺も手伝う」
フィッシュルも胸を張った。
「当然であろう! この異変の正体を暴き、世界の運命を――」
「私も行くよ!」
ベネットが元気よく手を挙げる。
「人数が多いほうが調査もしやすいからな!」
「お前、前にもそれ言ってたな」
「そうだっけ?」
「言ってた」
パイモンが即答した。
「そっか!」
ベネットは笑った。
……緊張感がちょっと戻らない。
まあ、ベネットらしいけど。
そんな中、モナだけは笑わなかった。
彼女は俺たちを見回したあと、静かに言った。
「気をつけなさい」
「……」
「今回の異変は、まだ終わっていない」
その言葉だけは、妙に重かった。
風が吹く。
街の旗が揺れる。
俺は無意識に西の方角へ目を向けた。
何が起きているのかは、まだ分からない。
ただ、俺の知っているゲームの世界と、目の前にある現実が少しずつ重なってきている。
そして同時に、少しずつズレてもいる。
そのズレを作っている原因の一つが、俺たち自身なのかもしれない。
特に――。
隣を歩くおじさんを見る。
何を考えているのか、相変わらず分からない。
「……まあ、おじさんがいる時点で、普通の原神にはならないよな」
モンドの街へ戻る道を進みながら、俺はもう一度だけ西の方角を見た。
何かがいる。
そんな確証はない。
それでも、嫌な予感だけは消えなかった。
そして、その予感が外れることはなかった