森の中を、俺たちはゆっくりと進んでいた。
木々の間から差し込む昼の光は、地面までまっすぐ届かない。
葉の隙間からこぼれた光が、ところどころ地面を照らしている。
足元には枯れ葉が積もっていた。
一歩踏み出すたびに、乾いた音がする。
「この辺りだ」
先頭を歩いていたベネットが足を止めた。
俺たちも周囲を見る。
昨日、魔物が集まっていたと報告された場所。
見た目だけなら、ただの森だった。
ヒルチャールが暴れたような跡はいくつかある。
だが、それだけではない。
「……ここ、変」
蛍がしゃがみ込む。
地面を指で示した。
「何が?」
ベネットもしゃがむ。
「この跡」
土の上に、細長い線がいくつも残っている。
草も不自然に倒れていた。
「何かを引きずったみたい」
「ヒルチャールが何か運んだとか?」
パイモンが言う。
「それにしては跡が変だな」
俺も近づいて見る。
一定の幅で続いている。
しかも、途中で方向が変わっている。
ただ魔物が歩き回った跡とは違う。
「人間が何かを運んだ可能性もあるわね」
モナが言った。
「人間?」
ベネットが顔を上げる。
「ええ」
モナは地面を見る。
「ほら」
その近くには、靴のような形の足跡が残っていた。
ヒルチャールのものではない。
「……本当だ」
ベネットが呟く。
俺も足跡を見る。
少なくとも、ここに人間がいた。
それは間違いなさそうだった。
「何をしてたんだろうな」
俺が言う。
「それを調べるために来たんだろ」
ベネットが笑う。
「そうだった」
俺たちはさらに周囲を調べることにした。
少し離れた場所で、ベネットが何かを見つけた。
「これ!」
木の根元にしゃがみ込む。
「何?」
俺たちが近づく。
ベネットが拾い上げたのは、黒い金属の欠片だった。
表面には細かな傷が入っている。
「何かの部品かな?」
「見せて」
モナが手を伸ばす。
金属片を受け取り、裏表を確認する。
「……装置の一部みたいね」
「装置?」
パイモンが首を傾げる。
「ええ。何かに取り付けて使う部品だと思うわ」
「何の装置?」
「そこまでは分からない」
モナは金属片を眺める。
「少なくとも、普通の道具ではなさそうね」
蛍が周囲を見る。
「他にもあるかもしれない」
俺たちはその場を中心にして探し始めた。
木の根元。
倒れた草の下。
少し盛り上がった土。
すると、いくつか似たような金属片が見つかった。
「結構あるな」
ベネットが並べていく。
「全部同じもの?」
俺が聞く。
「形は似ているわ」
モナが答える。
「同じ装置の部品かもしれない」
さらに調べると、地面に小さな穴がいくつも開いていることにも気づいた。
「ここにも何か設置してたみたいだな」
ベネットが言う。
「そうね」
モナが頷く。
「地面に固定するためのものだったのかもしれない」
「じゃあ、誰かがここに装置を置いてた?」
「可能性は高いわ」
俺は周囲を見る。
昨日まで魔物が集まっていた場所。
そこに、人間の足跡。
謎の装置。
何かを引きずった跡。
全部が偶然とは思えない。
「おじさん」
少し離れたところにいるおじさんへ声をかける。
「何だ」
「周り、調べられる?」
おじさんは黙って地面を見る。
そして、目を閉じた。
風が吹いた。
木の葉が揺れる。
俺には、それ以上何も分からない。
おじさんはしばらくその場に立っていた。
やがて目を開く。
「人がいた」
「何人?」
俺が尋ねる。
「複数だ」
「複数……」
ベネットが周囲を見る。
「何人かでここに来てたってことか?」
「そうだ」
「何をしてたかは分かる?」
「分からない」
おじさんの答えは短かった。
「どこへ行った?」
蛍が尋ねる。
おじさんは森の奥を見る。
「痕跡は続いている」
「奥へ?」
「ああ」
俺たちは顔を見合わせた。
「じゃあ、追ってみる?」
ベネットが言う。
蛍が少し考える。
「慎重に進もう」
「了解!」
ベネットが頷く。
俺たちは森の奥へ進んだ。
少し進んだところで、また別の痕跡を見つけた。
木の幹に、何かで削ったような傷がある。
その下には、黒い布の切れ端が落ちていた。
蛍が拾い上げる。
「これ……」
布に描かれた模様を見た瞬間、俺は足を止めた。
見覚えがある。
ゲームで何度も見てきたもの。
「……アビス教団」
俺の口から名前が出た。
「アビス教団?」
ベネットが聞き返す。
モナも布を見る。
「知っているの?」
俺は少し迷った。
ゲームでは知っている。
風魔龍事件の裏で動いていた存在。
この先、何度も関わることになる。
でも、それを全部説明するわけにはいかなかった。
ここはゲームの中じゃない。
俺たちが知っている情報が、そのまま正しいとは限らない。
何より――。
おじさんがいる。
本来の原作には存在しない人物だ。
俺の知っている原作の展開が、この世界でもそのまま起こるとは限らない。
「たかふみ?」
蛍が俺を見る。
「知ってるのか?」
少しだけ考えてから、俺は答えた。
「危険な連中だってことだけは分かる」
「それだけ?」
「それ以上は……まだ確信がない」
蛍は俺の顔を見る。
しばらく黙っていた。
「分かった」
それ以上は聞かなかった。
「悪い」
「いいよ」
俺は小さく息を吐いた。
全部話すわけにはいかない。
ゲームの知識は便利だ。
でも、未来を知っているということは、それだけで大きな意味を持つ。
下手に話せば、みんなの判断まで変えてしまうかもしれない。
「アビス教団が、ここにいたってこと?」
ベネットが布を見ながら言う。
「可能性は高いわね」
モナが答えた。
「この装置の残骸もある」
蛍が頷く。
「魔物が集まっていたことも、関係しているかもしれない」
「だとしたら、何か目的があるはずだ」
ベネットが言う。
フィッシュルが布を見つめる。
「深淵より来たりし者どもが、この地にその影を落としているということね」
オズが続ける。
「彼女も、アビス教団が何らかの目的でこの場所を利用していた可能性があると考えているようです」
「調べる必要があるな」
おじさんが言った。
「うん」
蛍が頷く。
俺たちはさらに森の奥へ進んだ。
歩くほどに、痕跡が増えていく。
地面に残された跡。
木に残った傷。
小さな金属片。
そして、人間の足跡。
「これ、かなり新しいんじゃないか?」
俺が言う。
ベネットが足跡を見る。
「そうだな」
「じゃあ、まだ近くにいる可能性もある?」
「あると思う」
蛍が答える。
俺は周囲を見回した。
森の中は静かだった。
静かすぎる。
さっきまで聞こえていた鳥の声も、いつの間にか聞こえなくなっていた。
「……」
おじさんが立ち止まった。
「どうした?」
俺が聞く。
おじさんは答えない。
森の奥を見ている。
「何かいる?」
蛍が剣へ手をかける。
「敵は近い」
おじさんが言った。
その一言で、全員が動きを止めた。
ベネットが剣を抜く。
フィッシュルが弓を構える。
オズが羽を広げる。
モナも杖を手に取った。
パイモンが俺のそばへ寄ってくる。
「敵って、ヒルチャールか?」
ベネットが小声で聞く。
「分からない」
おじさんは森の奥を見たまま答える。
「ただ、近づいている」
俺は息を呑んだ。
ゲームなら、ここで敵が出てくることくらい分かる。
でも、今は画面の向こうじゃない。
本当に何かが近づいている。
枝が揺れた。
ガサッ。
全員がそちらを見る。
何も見えない。
もう一度。
ガサッ。
今度は、さっきより近い。
蛍が剣を構え直す。
「来る」
俺も身構えた。
木々の奥から、何かの気配が近づいてくる。
その気配は、これまで戦ってきたヒルチャールとは違っていた。
人間のようで。
人間ではない。
何かがいる。
森の奥。
木々の隙間から、青白い光が一瞬だけ見えた。
「……!」
俺は息を呑んだ。
次の瞬間。
森の奥から、誰かの声が聞こえた。
「――そこにいるのは、何者だ」
全員が身構える。
俺は森の奥を見つめた。
まだ姿は見えない。
だが――。
確実に、何かがこちらへ近づいていた。