原神転移 異世界おじさん   作:ところてんの

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第3話「旅人と異世界人」

 草原を歩き始めて、少し時間が経った。

 

 先ほどまでの戦闘の緊張感は薄れていたが、俺の頭の中は逆に落ち着かなかった。

 

 何度考えても、状況がおかしい。

 

 俺たちは日本から、この世界へ飛ばされた。

 

 そこで出会ったのが、蛍とパイモン。

 

 しかも、蛍は俺がゲームで知っている「旅人」本人だった。

 

 ゲームの中では当たり前だった存在が、今は同じ道を歩いている。

 

 その事実が、どうしても現実として受け入れきれない。

 

「そういえば」

 

 俺は前を歩く蛍に声をかけた。

 

「蛍は、どうして旅をしてるんだ?」

 

 蛍が足を止める。

 

「私?」

 

「ああ」

 

 ゲームでは知っている。

 

 けれど、ゲームの設定として知っていることと、本人から聞くことは違う。

 

 俺はそう思っていた。

 

 蛍は少しだけ遠くを見る。

 

「兄を探しているの」

 

「兄……」

 

「空という名前の兄」

 

 その名前を聞いた瞬間、頭の中にゲームの記憶が蘇った。

 

 空。

 

 蛍の兄。

 

 そして、彼女がこの世界を旅する最大の理由。

 

 俺は知っている。

 

 この旅が、ただの人探しでは終わらないことも。

 

 けれど――。

 

「どうして離れ離れになったんだ?」

 

「分からない」

 

 蛍は静かに答えた。

 

「私たちは一緒に旅をしていた。でも、この世界に来たとき……何者かによって引き離された」

 

「何者か?」

 

「うん」

 

 蛍の表情が少しだけ険しくなる。

 

「その人物のことも探している」

 

 俺は黙って聞いていた。

 

 ゲームでは何度も聞いた話だ。

 

 でも、本人の口から聞くと重さが違う。

 

 これは設定じゃない。

 

 この世界で、本当に家族を失った人間の話だ。

 

「……そっか」

 

 俺は、それ以上簡単な言葉を出せなかった。

 

 そのとき。

 

「俺も、帰る場所がある」

 

 おじさんが言った。

 

 振り返る。

 

 叔父さんは、いつものような無表情ではなかった。

 

 少し遠くを見るような目をしている。

 

「俺も昔、元の世界へ帰れなくなった」

 

「……」

 

 蛍が叔父さんを見る。

 

「十七年間だ」

 

 短い言葉だった。

 

 でも、その数字だけで十分だった。

 

 十七年。

 

 俺がまだ生まれていない頃から、叔父さんは異世界で生きていた。

 

 帰りたいと思っても帰れない。

 

 日本に戻る方法も分からない。

 

 それでも、生きるために戦い続けた。

 

 俺は今まで何度もその話を聞いてきた。

 

 でも、今この状況になって初めて、その意味が少しだけ分かった気がした。

 

「帰りたい場所がある」

 

 叔父さんが呟く。

 

「それだけは、分かる」

 

 蛍はしばらく黙っていた。

 

 そして、小さく頷いた。

 

「……私も」

 

 その一言だけだった。

 

 でも、それで十分だった。

 

 目的は違う。

 

 蛍は兄を探している。

 

 叔父さんは日本へ帰ろうとしている。

 

 それでも。

 

 どちらも、自分がいた場所へ帰りたいと思っている。

 

 俺は二人を見ながら、不思議な感覚を覚えた。

 

 ただの偶然なのだろうか。

 

 異世界へ飛ばされた叔父さんと、別の世界から来た旅人。

 

 二人とも、帰る場所を求めている。

 

「……似てるな」

 

 思わず呟いた。

 

「何がだ?」

 

 叔父さんがこちらを見る。

 

「いや」

 

 俺は首を振った。

 

「なんでもない」

 

 まだ、自分でもうまく説明できなかった。

 

 ただ、二人が一緒に旅をすることには、何か意味があるような気がした。

 

 もちろん、そんなことを考えても答えは出ない。

 

 だから俺は、別のことを考える。

 

 ゲームの知識だ。

 

 蛍がこれから向かう場所。

 

 モンド。

 

 そこから始まる物語。

 

 俺は知っている。

 

 これから何が起きるのか。

 

 誰と出会うのか。

 

 そして、どんな事件に巻き込まれるのか。

 

 でも――。

 

 俺はその知識を口にすることができなかった。

 

 例えば、

 

「このあと風魔龍が襲ってくる」

 

 なんて言ったらどうなる?

 

 当然、怪しまれる。

 

 そもそも、なぜそんなことを知っているのか説明できない。

 

 ゲームをやっていました。

 

 この世界を知っています。

 

 そんな話をしても、信じてもらえるとは思えない。

 

 それに。

 

 未来を知っていること自体が、この世界にとって良いことなのかも分からない。

 

 俺たちが来たことで、すでに何かが変わっている可能性がある。

 

 なら。

 

 ゲームの知識をそのまま未来だと思い込むのは危険だ。

 

「たかふみ?」

 

「え?」

 

 蛍に呼ばれて、俺は顔を上げた。

 

「どうしたの?」

 

「いや……ちょっと考え事」

 

「そう」

 

 蛍はそれ以上聞かなかった。

 

 その距離感が、ありがたかった。

 

 俺は小さく息を吐く。

 

 知識は使える。

 

 でも、絶対じゃない。

 

 それを忘れないようにしよう。

 

 そう考えていると、パイモンが前から飛んできた。

 

「なあなあ!」

 

「どうした?」

 

「さっきからずっと話してるけど、そろそろモンドへ行こうぜ!」

 

「モンド?」

 

 おじさんが反応する。

 

「ああ! モンドなら人もいっぱいいるし、二人がこれからどうすればいいか相談できると思うぞ!」

 

 パイモンは得意げに胸を張る。

 

「街なら情報も集めやすいからな!」

 

 確かに、その通りだった。

 

 俺たちには情報がない。

 

 なぜここへ来たのか。

 

 どうすれば日本へ帰れるのか。

 

 そもそも、ここが本当にテイワットのどこなのか。

 

 分からないことだらけだ。

 

 だったら、人の集まる場所へ行くのが一番いい。

 

「モンドか……」

 

 俺はその名前を口の中で繰り返した。

 

 ゲームでは最初の国。

 

 プレイヤーが最初に訪れる場所。

 

 俺も何度も歩き回った。

 

 街の構造も、店も、騎士団も知っている。

 

 でも。

 

 ここはゲームの中じゃない。

 

 実際に人が暮らしている。

 

 俺たちが街へ入れば、そこには本物のモンド市民がいる。

 

 ゲームの背景ではない。

 

 一人一人が、この世界で生活している人間だ。

 

「行こう」

 

 俺は言った。

 

「モンドへ」

 

 蛍が頷く。

 

「うん」

 

 おじさんも頷いた。

 

「まずは情報を集める」

 

「それと、帰る方法だな」

 

 俺が付け加える。

 

「ああ」

 

 叔父さんは空を見上げた。

 

 青い空。

 

 風。

 

 遠くの山々。

 

 そこには、日本へ帰るための手掛かりがあるのかもしれない。

 

 あるいは。

 

 何もないのかもしれない。

 

 俺には分からない。

 

 でも、歩くしかない。

 

 蛍には蛍の目的がある。

 

 叔父さんには叔父さんの目的がある。

 

 そして俺には、その二人を手助けするという役割がある。

 

 ゲームを知っている。

 

 それだけが、俺の持っている特殊なものだった。

 

 だからこそ、慎重にならなければならない。

 

 知っている未来を、そのまま未来だと思わない。

 

 この世界を、自分の目で確かめる。

 

 それが必要だった。

 

「たかふみ」

 

「ん?」

 

 叔父さんが振り返る。

 

「モンドは遠いのか?」

 

「ゲームだと……」

 

 言いかけて、俺は止まった。

 

「……そこそこ歩く」

 

「そうか」

 

 叔父さんはそれだけ言った。

 

 そして。

 

「なら、歩くか」

 

「うん」

 

 俺たちは再び歩き始めた。

 

 先頭を蛍とパイモンが進む。

 

 少し離れて叔父さん。

 

 その後ろを俺が歩く。

 

 草原を風が吹き抜ける。

 

 その風景を眺めながら、俺はふと思った。

 

 この旅は、きっとゲームとは違う。

 

 叔父さんがいる。

 

 俺がいる。

 

 ゲームには存在しなかった二人の人間が、この世界にいる。

 

 なら。

 

 原作通りに進む保証なんて、どこにもない。

 

 それでも。

 

 今は前へ進むしかなかった。

 

 モンドへ行く。

 

 情報を集める。

 

 日本へ帰る方法を探す。

 

 そして、蛍の兄――空を探す。

 

 それが、俺たち四人の最初の目的になった。

 

 俺はまだ知らなかった。

 

 この旅が。

 

 ゲームで知っている「原神」の物語そのものを、大きく変えていくことになるなんて。

 

 このときの俺は、まだ。

 

 何も知らなかった。

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