原神転移 異世界おじさん   作:ところてんの

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第6話「モンドの城門」

モンドの城壁が、近づくにつれて大きくなっていく。

 

遠くから見たときには、ただの巨大な建物にしか見えなかった。

 

けれど、近づいてみると、その印象はまるで違った。

 

高い石造りの城壁。

 

風に揺れる旗。

 

城門を行き交う人々。

 

荷物を積んだ荷車。

 

商人らしい人たちの声。

 

そして、その周囲を警戒するように立つ西風騎士団の兵士たち。

 

ゲームの中では、何度も見た光景だった。

 

モンド城。

 

俺が何度も画面越しに歩いた場所。

 

何度もクエストを受けて、何度も同じ道を通った場所。

 

それが今は――。

 

目の前にある。

 

「……本当にモンドだ」

 

思わず、そんな言葉が口から漏れた。

 

「ん?」

 

隣を歩いていたアンバーが振り返る。

 

「どうしたの?」

 

「いや……その」

 

危ない。

 

また余計なことを言うところだった。

 

俺は慌てて言葉を濁した。

 

「思っていたより、大きいなって」

 

「そうでしょ?」

 

アンバーは嬉しそうに笑った。

 

「モンドは自由の都だからね。初めて来た人は、みんな驚くんだ」

 

「へえ……」

 

パイモンが胸を張る。

 

「そうだぞ! モンドはいいところなんだからな!」

 

「パイモンが言うと妙に説得力あるな」

 

「なんでだ?」

 

「食べ物の話ばっかりしてるから」

 

「食べ物は大事だぞ!」

 

そんなやり取りを聞きながら、俺はもう一度モンドを見上げた。

 

ゲームの中では、背景として見ていた場所。

 

しかし現実では、そこに人がいる。

 

風が吹き、旗が揺れ、馬車が動き、商人が声を上げている。

 

画面の向こうでは決して感じられなかった匂いまである。

 

風の匂い。

 

土の匂い。

 

人の生活の匂い。

 

ここはゲームではない。

 

その事実を、俺は何度目か分からないほど思い知らされていた。

 

「……止まってください」

 

城門の前まで来たところで、騎士の一人が声をかけてきた。

 

アンバーが振り返る。

 

「どうしたの?」

 

「アンバー。後ろの方々は?」

 

「この人たちは――」

 

アンバーが説明しようとしたところで、俺はおじさんを見た。

 

おじさんは黙っている。

 

相変わらず、周囲を観察していた。

 

人の動き。

 

城壁。

 

騎士の配置。

 

逃げ道。

 

たぶん、俺が気にしていないところまで見ている。

 

異世界で十七年生きてきた人間。

 

ゲームの知識しかない俺とは、見ているものが違う。

 

「俺たちは日本から来た」

 

おじさんが突然言った。

 

「ちょっと待って!」

 

俺は思わず止めた。

 

アンバーも目を丸くする。

 

「日本?」

 

「うん」

 

「……それって、どこの国?」

 

「国というか、世界だな」

 

おじさんは淡々と答えた。

 

俺は頭を抱えたくなった。

 

この人、本当にこういうところを隠さない。

 

「おじさん、もう少し説明を――」

 

「嘘をつくよりいいだろ」

 

「いや、そうだけど!」

 

正論なのが余計に困る。

 

アンバーは困ったように俺たちを見たあと、少し考えた。

 

「……とりあえず、詳しい話は騎士団で聞いたほうがよさそうだね」

 

「騎士団?」

 

「うん。モンドの西風騎士団」

 

俺はその名前を聞いて、胸の奥が少しだけ緊張した。

 

知っている。

 

もちろん知っている。

 

西風騎士団。

 

モンドの治安を守る組織。

 

ゲームでは当たり前のように関わっていた場所だ。

 

けれど。

 

ここでは違う。

 

そこにいるのはNPCじゃない。

 

本物の人間だ。

 

俺たちを見て判断する。

 

俺たちを警戒する。

 

場合によっては、敵だと判断する可能性だってある。

 

「大丈夫だよ」

 

アンバーが俺の表情を見て言った。

 

「私がちゃんと説明するから」

 

「……ありがとう」

 

その言葉は自然に出た。

 

アンバーは少しだけ笑う。

 

「ううん。困っている人を助けるのは、偵察騎士の仕事だからね」

 

そう言って、アンバーは城門の中へ歩き出した。

 

俺たちもその後に続く。

 

モンドへ入る。

 

ただそれだけのことなのに、不思議と緊張した。

 

ゲームなら数秒で終わる行動だった。

 

でも今は違う。

 

一歩進むたびに、この世界で生きているという実感が増していく。

 

そして俺には、もう一つ気になることがあった。

 

ジン。

 

ガイア。

 

リサ。

 

原神を知っている俺にとっては、誰もが知っている人物だ。

 

でも。

 

この世界では、まだ一度も会ったことがない。

 

そして俺たちの存在によって、原作とは違う反応をするかもしれない。

 

そのことを考えると、どうしても落ち着かなかった。

 

 

西風騎士団本部。

 

建物の中へ入った瞬間、空気が変わった。

 

外の街とは違う。

 

人の出入りはあるものの、そこには明確な緊張感がある。

 

騎士たちが行き交い、書類を運び、何かを報告している。

 

その一人一人が、俺たちをちらちらと見ていた。

 

当然だ。

 

見慣れない服装の男二人。

 

しかも、おじさんは異世界から来たと言っている。

 

さらに、ヒルチャールとの戦闘で正体不明の魔法を使った。

 

警戒されないほうがおかしい。

 

「まずは団長室に行こう」

 

アンバーが言った。

 

「ジンさんなら、きっと話を聞いてくれるよ」

 

「団長室……」

 

俺の心臓が少しだけ速くなる。

 

ジン。

 

実際に会うのか。

 

ゲームの中では、何度も見た。

 

声も知っている。

 

性格も知っている。

 

でも、それはあくまでゲームとして知っているだけだ。

 

目の前にいる本人が何を考え、どう判断するのか。

 

それは俺には分からない。

 

「たかふみ」

 

おじさんが小声で呼んだ。

 

「何?」

 

「緊張してる?」

 

「してるよ」

 

「そうか」

 

「おじさんは?」

 

「別に」

 

「なんでだよ……」

 

「異世界では、もっと怖い場所を歩いてきたから」

 

その言葉には冗談がなかった。

 

俺は少し黙った。

 

十七年間。

 

おじさんは、本当に異世界で生きてきた。

 

俺がゲーム画面で知っている世界とは比べものにならないほど、危険な場所を。

 

だからなのかもしれない。

 

目の前にいる騎士たちを見ても、おじさんは必要以上に怯えない。

 

警戒はしている。

 

けれど、恐怖に飲まれてはいない。

 

「……まあ、おじさんなら大丈夫か」

 

「何が?」

 

「なんでもない」

 

 

団長室の前で、アンバーが立ち止まった。

 

「ここだよ」

 

扉を軽くノックする。

 

「どうぞ」

 

中から、落ち着いた女性の声が返ってきた。

 

扉が開く。

 

そこにいたのは――。

 

一人の女性だった。

 

金色の髪。

 

整った顔立ち。

 

騎士としての制服。

 

そして、静かながらも強い意志を感じさせる眼差し。

 

――ジン。

 

ゲームで知っている姿と、確かに同じだった。

 

けれど。

 

実際に目の前にすると、まったく違って見える。

 

画面越しでは感じられなかった圧がある。

 

ただ立っているだけなのに、この人がモンドを背負っているのだと分かった。

 

「アンバー。報告は?」

 

「はい」

 

アンバーは一歩前へ出た。

 

「城外で、この方たちと出会いました」

 

ジンの視線が俺たちへ向く。

 

まず俺。

 

次におじさん。

 

そして、蛍とパイモン。

 

その視線は穏やかだった。

 

しかし、決して警戒を解いてはいない。

 

「初めまして。私はジン。西風騎士団の代理団長を務めています」

 

「高丘敬文です」

 

俺は頭を下げた。

 

「よろしくお願いします」

 

続いておじさんも頭を下げる。

 

「嶋㟢陽介です」

 

ジンは頷いた。

 

「アンバーから聞きました。あなた方は、この世界とは異なる場所から来たと」

 

「そうです」

 

おじさんは即答した。

 

「俺たちは日本という場所から来ました」

 

ジンの表情がわずかに変わる。

 

「日本……ですか」

 

「はい」

 

「テイワットには存在しない国ですね」

 

「たぶん」

 

おじさんは少し考えてから続けた。

 

「俺たちは突然ここへ来ました。帰る方法も分かりません」

 

俺は横で黙って聞いていた。

 

余計なことは言わない。

 

それが今の俺にできる最善だった。

 

ジンはしばらく考えてから、質問を続ける。

 

「あなた方の目的は?」

 

「日本へ帰ることです」

 

おじさんは迷わなかった。

 

「それと――」

 

一瞬だけ、蛍を見る。

 

「この子も兄を探しているらしい」

 

蛍が小さく頷いた。

 

「私は空を探しています」

 

ジンは蛍を見る。

 

「空……お兄さんですか」

 

「はい」

 

短い返事だった。

 

でも、その声には強い意志があった。

 

ジンはそれ以上、深く追及しなかった。

 

代わりに、おじさんへ視線を戻す。

 

「アンバーから、あなたが特殊な魔法を使ったと聞いています」

 

「精霊魔法です」

 

「精霊魔法……」

 

その言葉に反応したのは、ジンだけではなかった。

 

部屋の外から、別の声が聞こえた。

 

「へえ。随分と興味深い話をしているじゃないか」

 

軽い口調。

 

しかし、その声を聞いた瞬間、俺は誰なのか分かった。

 

――ガイア。

 

扉の近くに、一人の男が立っていた。

 

青い髪。

 

隻眼。

 

そして、どこか人を食ったような笑み。

 

「ガイアだ。騎兵隊長を務めている。」

 

俺は一瞬、言葉を失いかけた。

 

やっぱり本物だ。

 

ゲームのキャラクター。

 

でも、目の前にいるのはゲームのキャラクターではない。

 

俺たちを観察している、一人の人間だ。

 

「よろしく」

 

ガイアが笑う。

 

「異世界から来たという話、少し詳しく聞かせてもらえるかな?」

 

「……」

 

俺は答えなかった。

 

答えられなかった。

 

どこまで話せばいい?

 

原神を知っている。

 

この世界がゲームだったことを知っている。

 

モンドの未来も知っている。

 

そんなことを言えるわけがない。

 

その横で、おじさんはいつものように淡々としていた。

 

「俺の魔法は、この世界の元素力とは違います」

 

「ほう?」

 

ガイアの目が細くなる。

 

「つまり?」

 

「精霊と契約して、力を借りる魔法です」

 

「元素ではない?」

 

今度は別の声。

 

部屋の奥から女性が姿を現した。

 

紫色の髪。

 

眼鏡。

 

落ち着いた雰囲気。

 

「興味深いわね」

 

――リサ。

 

俺はまた、心の中で名前を呼んだ。

 

彼女はおじさんを見て、楽しそうに微笑んでいる。

 

「元素力とは異なる魔力体系……。もう少し詳しく聞かせてもらえるかしら?」

 

おじさんは少しだけ困った顔をした。

 

「説明するのは苦手なんですが」

 

「ふふっ。そうなの?」

 

「はい」

 

「なら、実際に見せてもらうという方法もあるわね」

 

「それは……」

 

俺は嫌な予感がした。

 

この流れ。

 

もしかして、精霊魔法の研究対象にされるんじゃないか?

 

そんなことを考えていると、ジンが静かに口を開いた。

 

「リサ」

 

「分かっているわよ」

 

リサは肩をすくめた。

 

「まずは事情の確認、でしょう?」

 

ジンは頷いた。

 

そして、もう一度俺たちを見る。

 

「あなた方が敵対する意思を持っていないことは理解しました」

 

少し間を置いて。

 

「ですが、未知の力を持つ異世界人を完全に信用することもできません」

 

当然の判断だった。

 

俺はむしろ、その言葉に安心した。

 

簡単に信用されるほうが怖い。

 

「そのため、しばらくは騎士団の監督下で行動してもらいます」

 

「分かりました」

 

おじさんは素直に頷いた。

 

俺も続いて頭を下げる。

 

「お願いします」

 

ジンは柔らかく微笑んだ。

 

「ようこそ、モンドへ」

 

その言葉を聞いた瞬間。

 

俺は少しだけ肩の力を抜いた。

 

ゲームでは簡単に聞いていた言葉。

 

でも現実では、重みが違う。

 

ここから先、俺たちはどうなるのか。

 

ゲームの知識は、どこまで役に立つのか。

 

そして――。

 

おじさんの存在によって、原作はどこまで変わるのか。

 

俺には、まだ分からなかった。

 

ただ一つだけ確かなことがある。

 

俺たちは今。

 

ゲームの世界に入ったのではない。

 

人間が生きている、本物のテイワットに足を踏み入れたのだ。

 

そして、その変化はもう始まっている。

 

「たかふみ」

 

おじさんが小さく呼ぶ。

 

「何?」

 

「モンドって、セガのゲームに出てきそうな街だな」

 

「今その話する!?」

 

俺の声が団長室に響いた。

 

ジンが目を丸くする。

 

ガイアが笑う。

 

リサは楽しそうに微笑み。

 

アンバーは困ったように首を傾げた。

 

そして、蛍は――。

 

少しだけ、笑っていた。

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