機動隊到着から、わずか五分後だった。
お台場港湾地区。
第四機動隊が完全に第一線を形成し、特型警備車と盾列がM9との間に防壁を作った、その時。
封鎖線のさらに後方。
それまでとは違う低いディーゼル音が聞こえてきた。
最初に現れたのは、小型の警察車両。
その後ろ。
白い大型指揮車。
そしてさらに。
巨大な車体。
通常の警察車両とは明らかに違う。
何本ものタイヤ。
巨大な荷台。
上部には複雑な固定装置。
警察官なら、知らない者はいなかった。
レイバーキャリア。
交通機動隊員が目を細めた。
「……来た」
別の警察官が振り返る。
「何が?」
「あれだよ」
大型キャリアの側面。
警視庁。
そして特車二課を示す表示。
交通機動隊員が小さく笑う。
「今度こそ、でかい奴にはでかい奴ってことか」
その頃。
第一線。
第四機動隊の若い隊員が無線を受ける。
「隊長!」
白峰あかねが振り返る。
「どうしました」
「警視庁特車二課です。まもなく現場進入」
白峰は即答した。
「道を空けて」
「了解!」
指示が伝わる。
「正面車両、左右退避!」
「特型警備車、一時後退!」
「交通規制線、中央進入路確保!」
それまで岸壁を埋め尽くしていた警察車両が、一斉に動き始めた。
右へ。
左へ。
一本の道が作られていく。
交通機動隊員が誘導灯を振る。
「特車二課! そのまま直進!」
ミニパト。
指揮車。
そして。
レイバーキャリア。
巨大な車列が、ゆっくりと規制線の内側へ入ってきた。
キャリアの荷台。
そこには。
白い巨人。
AV-98Plus。
イングラム・プラス。
長年の改修を受けながらなお、警視庁の人型警察機械として現役に残り続ける機体。
その姿を見た第四機動隊員の一人が、思わず呟く。
「警察にも……ちゃんとロボットあるんだな」
隣の隊員。
「ロボット言うと、特車の人に怒られるぞ」
「今そこか?」
キャリアが停止した。
エアブレーキ。
プシュウウウ……。
白い蒸気。
固定機構が解除される。
そして。
ミニパトのドアが開いた。
佐伯貴美香。
第二小隊長。
彼女は車外へ出ると、まずM9を見た。
一秒。
二秒。
三秒。
「……」
いつものレイバー犯罪とは違う。
見ただけで分かる。
姿勢。
関節。
装甲。
兵器としての密度。
イングラムと同じ八メートル級でありながら、まるで思想そのものが違った。
佐伯は無線を取る。
「第二小隊」
『はい』
「デッキアップ開始」
レイバーキャリア内部。
油圧音。
固定フレームが動き始める。
ウィィィィィン――。
AV-98Plusの上半身がゆっくり起こされる。
警察官たちが一斉にそちらを見る。
白い巨人が夜空を背景に立ち上がる。
胸部。
肩。
頭部。
最後に脚部。
固定解除。
ガコン。
一号機のコックピット。
久我十和。
HUDが点灯する。
「うわ……」
モニター正面。
M9。
資料で見るよりも。
車載カメラで見るよりも。
実物は遥かに異様だった。
十和。
「……同じくらいの背なのに」
天鳥桔平。
『何だ?』
「全然同じに見えない」
『向こうは軍用だからな』
十和。
「軍用……ね」
キャリア側面から機体が降りる。
ズン。
アスファルトが震える。
さらに。
二号機。
間昭彦の機体もデッキアップ。
間。
「しかしまあ」
『どうしました』
「警察官になって、軍用ASと睨み合う日が来るとはな」
平田紗季。
『職務経歴書に書けますね』
間。
「書きたくねえよ」
佐伯はそんな無線を聞きながら、第四機動隊指揮車へ歩く。
白峰あかねもこちらへ向かってくる。
二人。
機動隊。
特車二課。
警備警察の二つの異なる実働部隊を率いる女性指揮官が、岸壁中央で向かい合った。
佐伯が敬礼する。
「警視庁特車二課第二小隊、到着しました」
白峰も返礼。
「ご苦労様です」
佐伯はM9を見る。
「状況は?」
白峰。
「見ての通りです」
二人の視線の先。
M9は立ったまま。
こちらを監視している。
白峰。
「警告、呼びかけともに応答なし」
佐伯。
「攻撃は?」
「なし」
「警察官への接触?」
「進路妨害のみ」
「武器は?」
白峰。
「確認できます」
M9が保持する火器。
佐伯が少しだけ顔をしかめる。
「あれ、ASですよね」
「ええ」
「軍用」
「その可能性が高いです」
佐伯は一拍置いた。
そして。
「……乗ってる人、銃刀法違反で捕まえるんですか? これ」
白峰の表情が、ほんの少しだけ変わった。
「一応、構成要件を考えれば対象にはなり得ます」
佐伯。
「なるんだ」
白峰。
「ただし」
少し間。
「ASを路上で職質した前例はありません」
佐伯。
「でしょうね」
白峰。
「私も初めてです」
佐伯が小さく息を吐く。
「うちもです」
その会話を少し離れた機動隊員が聞いていた。
「前例ないんだ……」
隣。
「ある方がおかしいだろ」
佐伯は双眼鏡でM9を見る。
「ASライフル持ってます」
白峰。
「確認しています」
佐伯。
「こちらも、状況によってはリボルバーカノンを使えますが」
白峰は即答しなかった。
一度。
M9。
一度。
タンカー。
一度。
周囲の隊員。
そして。
「まず警告してください」
佐伯が頷く。
「了解」
白峰。
「搭乗者に降りるよう求めます」
「分かりました」
佐伯が無線。
「第二小隊」
『はい』
「リボルバーカノン使用許可」
十和。
『了解』
佐伯。
「ただし」
声が鋭くなる。
「まず警告」
『はい』
「撃たない」
十和。
『分かってますって』
桔平。
『十和』
「何?」
『聞いた通りだ』
少し間。
『いきなり撃つなよ』
十和。
「だから分かってるって」
間が割り込む。
『お前の場合、“分かってる”が一番信用ならん』
十和。
「昭彦さんまで!」
間。
『相手軍用だぞ』
十和。
「知ってます」
間。
『知っててそれか』
十和。
「だから慎重にやります」
機体。
AV-98Plus。
脚部収納部。
装甲板が開く。
ガコン。
内部。
リボルバーカノン。
巨大な拳銃。
警察用レイバーが携行する、対レイバー火器。
十和は機体を屈ませる。
右腕。
収納部へ。
掴む。
引き抜く。
ガチャ。
銃身。
シリンダー。
巨大な銃器が夜の照明を反射する。
機動隊員の何人かが思わず見上げる。
交通機動隊。
「すげえ……」
先ほどの新人警察官。
「あれ、撃つんですか?」
巡査長。
「撃たせないために持たせるんだよ」
「え?」
「警告で済めば、それが一番いい」
その頃。
M9コックピット。
メリッサ・マオ。
モニターに。
白い警察用人型機械。
マオは目を細める。
「……なるほど」
イングラム・プラス。
決してM9のような第三世代軍用ASではない。
運動性能。
センサー。
装甲。
射撃統制。
どれを比較しても。
軍用機であるM9が上。
マオには一目で分かる。
しかし。
問題は性能ではなかった。
あれは。
警察だ。
「日本の警察、とうとうロボットまで出してきたわね」
マオが半ば呆れたように言う。
そして。
イングラムがリボルバーカノンを取り出した。
マオ。
「……おいおい」
照準方向。
こちら。
「本気?」
M9のセンサーが即座に分析。
銃口方向。
推定口径。
射線。
距離。
脅威度。
警告表示。
マオ。
「撃つ気?」
撃たれれば困る。
M9を破壊されるからではない。
反撃するわけにいかないからだ。
一般警察官。
日本国内。
市街地。
ミスリル。
秘密保持。
あらゆる意味で。
「最悪の相手ね……」
そして。
外部スピーカー。
イングラムから。
若い女性の声。
『搭乗者に警告します』
マオが顔を上げる。
『あなたの装備は銃刀法に違反している可能性があります』
マオ。
「可能性って……」
十和。
『武器を捨ててください』
マオ。
「無茶言うわね」
『繰り返します』
イングラム。
リボルバーカノン。
しかし。
銃口は若干下げられている。
警告姿勢。
十和。
『武器を捨て、機体から降りてきなさい』
静寂。
第四機動隊。
特車二課。
交通機動隊。
所轄署。
全員がM9を見る。
返答なし。
十和。
「……聞こえてるよね?」
桔平。
『たぶんな』
間。
『軍用機なら外部音声くらい拾えるだろ』
マオ。
「拾ってるわよ」
もちろん。
外には答えない。
マオは通信回線。
「ウルズ7」
宗介。
『こちらウルズ7』
「警察のAS……いや、レイバーが出てきた」
宗介。
『確認した』
かなめ。
『警察のロボット!?』
宗介。
『レイバーだ』
かなめ。
『どっちでもいいわよ!』
マオ。
「今、私、逮捕されそうなんだけど」
かなめ。
『は!?』
宗介。
『罪状は?』
マオ。
「銃刀法違反らしいわ」
数秒。
宗介。
『妥当だ』
マオ。
「宗介」
『何だ』
「後で殴る」
宗介。
『なぜだ』
かなめ。
『そこは私も宗介が悪いと思う』
テッサ。
『マオ』
マオ。
「はいはい」
テッサ。
『警察との交戦は絶対に避けてください』
「分かってます」
宗介。
『ASライフルを下げろ』
マオ。
「下げたらタンカーへの進入を許すことになる」
宗介。
『警察そのものは敵ではない』
マオ。
「それも分かってる」
宗介。
『なら』
マオ。
「でも今、こいつらを中へ入れたら」
少し間。
「A21と鉢合わせする」
通信が静かになる。
宗介。
『……肯定だ』
かなめ。
『それって』
宗介。
『警察官に死傷者が出る可能性がある』
かなめが黙る。
マオ。
「だから私がここにいる」
宗介。
『了解』
そして。
イングラム側。
十和。
「応答ない」
桔平。
『動きは?』
「なし」
間。
『銃は?』
「持ったまま」
十和。
「でも……」
桔平。
『何だ』
十和。
「私たちに向けてない」
それは重要だった。
ASライフル。
保持。
しかし。
銃口は警察方向ではない。
佐伯も気づく。
「白峰隊長」
白峰。
「はい」
「あいつ」
「ええ」
佐伯。
「こっち撃つ気ないですね」
白峰。
「今のところは」
佐伯。
「ただ、どかない」
「ええ」
佐伯。
「……何を守ってるんでしょうね」
白峰。
「それを知りたいんです」
視線。
タンカー。
二人とも同じ場所を見る。
A21。
タンカー内部。
監視モニター。
そこには。
信じがたい光景。
警察用レイバー。
軍用AS。
向かい合う二機。
A21メンバー。
「警察までレイバーを投入したぞ!」
「何だ、あれ」
「警視庁のパトレイバーだ!」
「撃ち合うのか?」
「分からない!」
別の男。
「撃ち合ってくれれば好都合だ」
その言葉に。
別のメンバー。
「いや」
モニター。
M9。
イングラム。
「……撃たない」
「何?」
「どっちも撃たない」
警察は警告。
M9は沈黙。
それだけ。
A21側にとって。
それはむしろ悪かった。
警察とミスリルが消耗し合う。
その展開が起きない。
しかも。
時間が経つほど包囲は厚くなる。
第四機動隊。
特車二課。
交通機動隊。
所轄。
そして。
おそらく次に来るのは。
自衛隊。
A21の男が歯を食いしばる。
「早くベヘモスを動かせ」
別のメンバー。
「まだ調整中だ!」
「警察が突入してくるぞ!」
「時間を稼げ!」
「どうやって!」
その頃。
岸壁。
十和は再び外部スピーカー。
『最後に警告します』
イングラムのリボルバーカノン。
今回は。
明確に。
M9正面へ。
マオ。
「……」
表情が少し変わる。
十和。
『搭乗者』
一拍。
『武器を捨てて機体から降りてください』
マオ。
小声。
「悪いけど」
M9の手。
ASライフル。
ほんの僅か。
銃口をさらに地面へ。
敵意がないことを示す。
しかし。
手放さない。
十和。
「……下げた」
桔平。
『見えてる』
間。
『こっちの言葉は理解してるな』
佐伯。
「間違いない」
白峰。
「搭乗者は警察の警告を認識しています」
佐伯。
「なのに降りない」
白峰。
「つまり」
佐伯。
「降りられない理由がある」
白峰は答えない。
だが。
その時。
タンカー内部から。
ゴン……。
重い振動。
全員。
タンカーを見る。
さらに。
ゴォォォォォ……。
低周波。
イングラムのセンサー。
警告。
十和。
「何?」
桔平。
『巨大質量反応!』
間。
『タンカーの中だ!』
マオ。
「まずい!」
宗介。
『マオ!』
A21。
「起動した!」
誰かが叫んだ。
「ベヘモス起動!」
タンカー内部。
巨大な影。
八メートル級のM9。
八メートル級のイングラム。
その二機が。
突然。
小さく見える。
巨大な構造物。
いや。
機械。
人型。
圧倒的な巨体。
白峰あかね。
佐伯貴美香。
久我十和。
間昭彦。
メリッサ・マオ。
相良宗介。
A21。
全員の意識が。
一つの存在へ集中する。
佐伯が呟いた。
「……ねえ」
白峰。
「はい」
「銃刀法どころの話じゃなくなってません?」
白峰は。
巨大な影を見上げたまま。
静かに答えた。
「ええ」
そして。
指揮棒を握り直す。
「完全に別件です」
第四機動隊の無線を開く。
「全隊警戒!」
同時。
佐伯。
「第二小隊!」
十和。
『はい!』
間。
『了解!』
佐伯。
「M9から目を離すな!」
一拍。
「でも――」
巨大な影がタンカーを押し広げる。
鉄板。
構造物。
悲鳴のような軋み。
佐伯。
「あっちを最優先!」
十和。
「了解!」
マオ。
「宗介!」
宗介。
『分かっている』
そして。
東京湾岸。
警察の二機。
軍用AS一機。
その向こうで。
人型兵器という概念そのものを嘲笑うような巨体が。
ゆっくりと。
目を覚まし始めていた。