死亡エンドの弱小生徒たちを救うため、闇落ちさせて最強に育てたら教え子たちの愛が重すぎる 作:綿紙チル
「な、なな、なんで、私が……」
エラは震えが止まらなかった。
だって闇魔術を使えるようになるということは、精神的に強いショックを与えられるということと同義で。死ぬより苦しいことが起きるかもしれなくて。
「……ごめんなさい。でも、理由はあるんです」
先生は泣きそうなくらい辛そうな顔をしていた。
その表情だけは作り物めいた真顔とは違って、感情に溢れているような。
「り、理由って言ったって、聞いたところで闇魔術なんて……」
「……とにかく事情を話させていただきます」
エラの気持ちなど考えずに先生は話し始めた。
この学校の真実。
出兵させられた生徒たちは自爆魔法をかけかられ、特攻兵器として命を散らしていること。爆発したときの威力を高めるため、カリキュラムは魔力量を上げるものが多く設定されていること。
「へ? とっこう、へいき? 爆弾として死ぬ? 私たちが……?」
エラはアレンが語る真実を理解しきれなかった。
ただ一方で、この学院には不思議な点があったのも確かで。
彼が語るように魔力量強化の授業が多過ぎる。
それに訳アリの生徒が多いような。普段あまり人と関わらない自分に詳しいことは分からないことではあるが。
腑に落ちるようなことはあるのは確かだったが、アレンの言葉を信じきることなど到底無理で。
「そ、そんなの嘘ですよね?」
「事実です。それでモルガナは亡くなりました」
「あっ……」
エラは分かってしまった。
この学院に不自然なところがあったからではない。
実際に戦場に出てすぐに死んだモルガナ。その真実を知って闇に落ちた先生。
彼らの存在が、生徒を特攻兵器として出兵させる学院という荒唐無稽に思える話を、嘘ではないと声高に主張している。
「……い、嫌です! 死にたくありません!」
エラは錯乱する。
こんなところで取り乱しても意味がないのは分かるけど、感情は落ち着かない。
「そうですよね。私もこれ以上教え子を失いたくはありません」
アレン先生は明らかに横を見た。
そこに誰かがいるかのように、悔しそうな表情を浮かべていた。
「なので俺たちは考えました。どうやったら生徒たちを殺させないようにするかを」
アレンは一呼吸置いてから語り始める。
「それが闇魔術を使えるようにすることです。闇魔術は禁忌の力、扱えるようになれば特攻兵器として消耗されるよりも高い戦果を挙げることできるはずです。そうすれば、軍は生徒たちを雑に死なせない……少なくとも私の教え子たちは死なせずに済みます」
先生の様子がおかしいことには、慣れ始めていた。
彼のような狂人の言うことなんて信じられるわけない、と思っていた。
だけど言っていることは論理的で、頷けてしまう。
「先生の考えは分かりました……でも、どうして私を選んだんですか?」
「教員にしか共有されていないデータなのですが、あなたの魔力量はこのクラスで二番目――今は一番高いのです。人を爆弾にするなら、魔力量が高ければ高いほど良いとされています。つまり、俺のクラスで次に選ばれる可能性が最も高いのが、エラさんだったんです」
エラは質問への答えに対して反応することすらできなかった。
先生の言っていること――つまり遠くない未来に、何もしなければ自分が死ぬということだから。そうならないためには闇魔術を習得しなくてはならない。
だけど自分に闇魔術ができるようになるなんて、とても。
「エラさん。あなたには二つの未来があります。一つは爆弾になって死ぬこと……勿論俺は嫌です。もう一つは死ぬより辛いかもしれない思いをして闇魔術を習得すること。二つに一つしかありません」
エラは押し黙ってしまう。
感情が高ぶって、瞳から思わず涙が流れていた。
先生の言う通り、私はこのままでは死んでしまうのだろう。
だけど闇魔術を習得する……できるかは分からないが、先生みたいに精神が壊れるような出来事を体験しないといけない。
(そんなの両方嫌だ!)
どうして死んだり、死ぬより辛いと言われるようなことをしなくちゃいけないんだだろう。私は何も悪いことはしてないのに、いつも……。
「一日だけ時間を与えます。どちらかを選んでくださいなんて言いません。俺はもうあなたに闇魔術を習得してもらうことを決めています。それが嫌だったら――、明日俺を殺してでも止めてください」
「そ、そんなこと言われても……!」
降り注ぐ理不尽にエラは先生を睨んでしまう。
だけど先生は表情を変えなかった。
「俺をいくら憎まれても構いません。実際に明日殺される覚悟はできています。ただ、この世界は地獄なんです。何もせずに幸せに生きることなんてできない。それだけは憶えておいてください」
先生はそう告げると椅子を片付けた。
「では、また明日会いましょう。さようなら」
エラはしばらく椅子から立ち上がることができなかった。
背中を丸めて涙をこぼした。
「う、ううっ……どうしてわたしばっかりこんな……!」
外は雨が降りそうなくらいの曇天で、部屋は暗く染まっていた。
◆ ◆ ◆
『せ~んせ、よく頑張ったね』
魂だけのモルガナがアレンに話しかけていた。
今の彼女は現世に干渉できない幽霊みたいな状態で、アレンにしか見えない。
『教え子に残酷な選択を迫るなんてこと、できたんだね』
「……本当はやりたくないよ。でも、やらなきゃエラが死ぬ」
誰が好き好んで生徒を追い詰めるんだ。
だけど、そうでもしないとこの地獄みたいな世界を生き抜けない。
『それで先生、どうやってエラを闇落ちさせるかは考えてるの?』
「ある程度は。だけどまだ情報が足りない……だから、モルガナの力を貸してくれないか?」
モルガナはその場で回転した。
頼られたことが嬉しくて喜びを全力で表現しているのだろうか。
そんなモルガナに見せたのは、エラの履歴書。
『なるほどね~。じゃあこれを触媒にやってみようか……
モルガナが闇魔術を発動させた。
彼女の瞳が黒い光を帯びる。
『先生には話したよね。私の闇魔術のこと』
「聞いたよ。対象人物の人生を過去・未来を知ることができるって」
『せいかいっ! 闇魔術は魂で使うから肉体が無くても使えるのは便利だよね!』
嬉しそうに微笑むモルガナ。
彼女の笑顔を見ていると、やはり胸が痛む。
本当なら生きて、もっと笑えたはずなのに……自分のせいでモルガナを死なせてしまったといつも罪悪感に襲われる。
『そういえば……どうして私が闇魔術を使えるようになったか興味ない?』
「教えてくれるなら、聞くよ」
アレンの本心からすれば聞きたくはなかった。
どう考えてもモルガナが闇魔術に目覚めたのは出兵時のときで。
辛い話をさせたくもなかったし、聞かされたら平静を保ってられるか分からない。
でも、彼女を戦場に送り出した責任がある。
できるだけモルガナの気持ちに寄り添うのは、先生としての当たり前のことだ。
『先生そんな怖い顔しないでよ~。別にただの雑談だよ?』
「雑談って……お前」
そんな軽い話じゃないだろ。
なんで、この子はこんなに飄々としてるんだ。
『別にそんな重い話じゃないと思うけどなあ……。それに……どんなに辛くて苦しくて聞いているだけで死にたくなるような話だって、先生なら聞いてくれるよね?』
「……ッツ。ああ、もちろん」
一瞬だけモルガナが冷たい瞳をした。
そうだ、俺は犯した罪を償わなくてはならない。
彼女が話したいと言えば、何も言わずにイエスと頷くべきだったのだ。
『私が戦場についたばかりの頃、士官魔術師がいる場所に呼び出されたの。お前は、我々が使う爆発魔術の弾だって。敵軍に突っ込んで爆発させられるんだって』
「……ああ」
『それでね、従順になるように意識がぼんやりする薬を無理やり飲まされそうになって。抵抗しようとしたら殴られたりとかもしたっけ……』
モルガナは表情を変えずに語る。
でも、決して悲壮的ではなくて、まるで母親に学校での出来事を話すような。
アレンは息が苦しくなった。
想像したらするだけ辛くなるのに、どうしても考えるのがやめられない。
「ごめん、ごめん……モルガナ、本当にごめん」
『せんせ~、謝罪は何回も聞いたよ? ここまでは前座なんだから、しっかりして』
モルガナにため息をつかれた。
前座ってことはこれから更に酷いことが起きるのか……?
もうやめてくれ……。
『で、そこで闇落ちして私は人の人生を知ることができる闇魔術に目覚めたの』
ただ話は想像していた方からズレた。
でも闇魔術に目覚めるということは、やっぱり相当の精神的ショックがモルガナにはあったわけで……何も嬉しくなかった。
『このまま死にたくない。何か少しでも幸せなことが起きないかなって、必死に願った結果だったのかな? 勿論、この闇魔術は私自身の人生も見ることができたわけなんだけど』
「……それで、モルガナは何を見たんだ?」
少しでも相槌を入れる。
暗い顔ばかり晒すわけにはいかないし、ちゃんと彼女の話を受け止めていると示してあげたかった。
『秘密!』
「ひみつ……?」
まさか、この流れで秘密にされるとは思ってもいなかった。
『詳しくはね。でも、未来を見れたおかげで私は死ぬことが怖くなくなった。寧ろ、死んだあとの方が楽しみになったんだ。だって先生に魂だけ蘇生させられて、ずっと一緒にいることができるようになったわけだし』
モルガナは微笑むどころか、悪い笑みを浮かべていた。
生前の彼女なら見せないような黒い欲望に染まり切ったような笑顔。
『この後は楽しみなことがいっぱいあるんだ。あいつらが全員無様に死んでいく場面とか、この腐った世界が壊れていくのを特等席で見れるんだから……!』
モルガナの言っていることが全然分からない。
死んでいくあいつら? 世界が壊れていく?
彼女が何を見たのか分からないけど、愉しそうに笑っている。
『だから私が全部サポートしてあげる。これからも、その先も』
「……よろしく頼む」
『言われなくてもやるから、安心して』
少しだけモルガナに得体のしれないものを感じたが、それも仕方ないこと。
精神が壊れれば人は変わらざるを得ない。
そうしてしまったのは自分なのだから。
『あ、エラの過去解析が終わったよ』
「ありがとう。それでトラウマになっていそうな出来事はあった?」
最悪の会話なのは分かっている。
それでも生徒を死なせないために話を進めていく。
『うん。あるよ。じゃあ、その出来事を説明するから、先生はどうやってエラを闇落ちさせるか考えて』
「……わかった」
アレンはエラの過去を聞いて、彼女の心を壊すための計画を立てた。
どんなことをしてでも生徒を特攻兵器にさせない。
モルガナのように殺させない。
その固い意志で非人道的な作戦を練るのだ。